第63話 防衛省を取り戻せ
市ヶ谷に何があるかと言うと……。
防衛省なのである!
市ヶ谷の中心に、どどんと大きく構えた防衛省が、今は紫色に輝いていた。
ゲーミング防衛省とでも言うべきだろうか。
「ぼ、防衛省があ~」
輸送車の助手席で、隊長が情けない声をあげた。
気持ちは分かる。
何もかも変わってしまった新宿で、強い気持ちを保っていた自衛隊ではある。
だが、それがよく見知っている防衛省ともなれば……。
今始めて、彼らは新宿アポカリプスを現実味を持って受け止めたのだ。
「ここを解放したら、あとは西新宿だから。すぐに元の防衛省に戻るよ。あっ、ほら、他のプレイヤーがいる」
防衛省の門の前で、二つの人影が手を振っていた。
「あれは……岬二尉!? 彼女もその、プレイヤーだと言うのか!?」
どうやら隊長とはそれなりに見知った仲だったらしい。
遊はどう答えたものかをちょっと考えてから……。
「実際は普通の自衛隊の方だと思うんですけど、恐らく皆さんの中から選ばれたんですよ」
「選ばれた……? どういう基準で……」
輸送車が止まり、自衛隊員たちが降りてくる。
向こうも、周囲の建物に隠れていた隊員が集まってきた。
お互いに敬礼した後、状況の報告を行っている。
「それはさっぱり分からないんですが、選んだっぽい人が誰なのかは分かりますね」
「だ、誰なんだ」
「ゲームセンター“ドリフト”の店長です」
「ゲームセンターの店長……!?」
隊長が頭を抱えてしまった。
事態は混迷の度合いを深めただけであった。
「遊、色々知ってる自分でさえこの辺りの説明は突拍子もないって思うんだから、常識的なこの世界の人間だと大混乱だと思うぜ」
「そうかな……そうかも」
「それよりも遊! エリィさんと、新しいプレイヤーだという方に挨拶に行かないと!」
「ああ、うん! ゲームではよく知ってるんだけど、それが現実の人になるとどんななんだろうね。楽しみだなあ」
ちょっとズレたことを言いながら、車を降りる遊なのだった。
そんな彼に、エリィが駆け寄ってくる。
「ねえ遊! ダーリンが足止めのために残ったんだけど!」
「すぐに来るんじゃない?」
「そうだとは思うけど」
防衛庁の向こうで、大きな爆発が起こった。
神楽坂の辺りである。
爆発を背景に、一人の男がアッパーカットの姿勢で飛び上がっていくのが見えた。
達人、無事である。
「良かったー。ダーリンは無敵だけど、見えないところで死んじゃうかもしれないしね……」
「確かにどこかでころっと死にそうではあるよな」
スノンがぼそっと言ったので、目を吊り上げたエリィに追い回されることになった。
遊は、新たに仲間になったプレイヤー、岬二尉と挨拶する。
「安曇野です。今はこの人の肉体を借りてるんですが、そういう形でこのゲームをですね、クリアして新宿を解放しようかと」
「はあ……」
ポカーンとしている岬二尉なのだった。
なお、セシリアは彼女を警戒している。
「この世界の若い女性でしょう? 岬さん、パートナーはいらっしゃるんですか?」
「あ、いえ。いませんけど……」
「ちょっと遊と距離をちゃんと空けてもらってですね! フリーな女性が男性の近くにみだりに寄るというのはですね」
「あっあっ、私、別にそんなつもりありませんから……!」
妙なところで戦いが繰り広げられている。
自衛隊員たちが、この光景をポカーンと眺めていた。
さて、そんな一行をよそに、市ヶ谷のステージであろう防衛省内部には大量の怪物が湧き出している。
兵士の姿をカートゥーンで表現したような、そんな怪物だ。
「ねえ、ダーリンが来るまで待たなくていい? あたしたちも戦えるけど、決定力に欠けるって言うかさ」
「ええ。特にその地区のボスとでも言うべき相手が現れると、私達の攻撃では……」
「ああ、大丈夫大丈夫」
遊は、エリィに捕まってぶら下げられているスノンを回収した。
「た、助かったー! そうだぞ! 遊は強いんだからな。……いや、強いと言うかなんというか……。多分言語化がとても難しい感じだ……」
「どっちなのよ?」
その答えはすぐ分かることになる。
防衛省の扉が開き始めたのだ。
たっぷりと溜め込まれていた、軍隊の怪物たちが溢れ出す。
人間の津波とでも言うべき数が、一気に襲いかかってきたのだ。
誰もが緊張を纏いながら、武器を構える。
ただ一人だけ、猫探偵は扉の直前に立ち……一切緊張などしてはいなかった。
彼の周囲に、無数のペットボトルロケットが浮かび上がる。
幾つものお神輿が出現する。
「は!? 嘘でしょ!? 遊からダーリン並のヤバさを感じるんだけど!」
「嘘……! たった一人でどれだけの武器を持ってるの!?」
「レベルアップすれば誰でもここまで来れるからね。それじゃあゴー」
遊が歩き出すと、戦いが始まった。
「殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!」「行け行け行け行け行け!」
と突っ込んできた軍隊が、ペットボトルロケットの乱打でぶっ飛ばされ……。
「ウグワーッ!」「ウグワーッ!」「ウグワーッ!」「ウグワーッ!」「ウグワーッ!」「ウグワーッ!」「ウグワーッ!」「ウグワーッ!」「ウグワーッ!」「ウグワーッ!」「ウグワーッ!」「ウグワーッ!」「ウグワーッ!」「ウグワーッ!」「ウグワーッ!」「ウグワーッ!」「ウグワーッ!」「ウグワーッ!」「ウグワーッ!」「ウグワーッ!」「ウグワーッ!」「ウグワーッ!」「ウグワーッ!」「ウグワーッ!」「ウグワーッ!」
と断末魔を上げながら消滅していく。
軍隊が補充される速度よりも、ペットボトルロケットが何もかも粉砕していく方が速いのだ。
さらに、神輿が突っ込んでいって集団に風穴を空ける。
そこに遊がのしのし歩いて踏み込んでいくのだ。
ただ一人で、遊は防衛省の軍隊を圧倒している。
「おっ、こっちも電動キックボードが出てきた! これをレベルアップしてと……。こいつとお神輿が合体進化するんだよね……」
ニコニコしながら、自分を狙う射撃を全て回避し、一方的に軍隊を蹂躙し。
遊は防衛省の最奥まで突き進むのだった。
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