第60話 極まれ、空き缶
溢れ出る経験点。
大量の敵を倒し、遊の肉体に経験点がみなぎる……。
「お陰でついに極まってしまった」
「何が?」
「空き缶」
「えーっ!!」
勢いが止まらないファナティックの中を掻い潜りつつ、遊はレベルアップを選択する。
選択可能アイテムに表示されている中で、燦然と輝く空き缶のアイコン。
それは明らかにそれまでと違っていた。
「空き缶(極み)って書いてあるじゃん」
「スノン読めるの?」
「遊の感覚を共有できてるっぽいな。なんだよ空き缶の極みって。ゴミじゃないの?」
「空き缶をポイ捨てして攻撃するという、非常にモラルのないアタックであることは確かなんだ。後に空き缶は残らないんだけどね。だけど、あらゆる武器は極めることで強くなる」
「ほほー」
遊が空き缶(極み)を選択する。
それと同時に、レベルアップで止まっていた時間が動き出した。
ワーッと押し寄せてくるファナティック。
その表情はもうヤケクソだ。
どんなに数で攻めても、しかも不自然に数が増えていても、眼の前にいる猫探偵まで届かない。
だが、今度こそは……!
今度こそはと思ったら、状況が更に悪くなったのだった。
ズバババババーッと音がして、周辺一帯に空き缶がばらまかれる。
これがファナティックの前衛を撃退したかと思ったら、後続に向かってトラックが走ってくる。
なんとトラックの荷台が丸ごとダストボックスだ。
そこに空き缶が満載されており……。
「な、なんだあれはー!!」「く、くず入れが持ち上がって……」「ウワーッ!! 空き缶の雪崩だーっ!!」「ウグワーッ!!」
その場を洗い流すような、空き缶の雪崩が辺り一帯に降り注ぐ!
極限まで強化された空き缶に触れ、ファナティックは消滅。
その時、時限制で現れたこの地区、信濃町のボスである信濃町煉瓦館ロボが動き出した。
そう、煉瓦館が立ち上がったのである。
新宿御苑と言い、この辺りのボスは特徴的な大きな建物が動かなければいけない決まりでもあるのだろうか。
一瞬だけ遊は考えた。
そしてすぐに、的が大きいことはいいことだと納得する。
さらに、煉瓦館に続いてこの街の象徴である大学病院まで立ち上がる。
巨大ボスの二本立てだ。
後ろでは自衛隊員たちが驚きの声をあげていた。
彼らだからこそ、パニックにならずに済んでいるに過ぎない。
セシリアもちょっと心配になったようで、
「遊! たった一人……とスノンで大丈夫なのですか?」
「大丈夫だよ、問題ない」
遊が歩き出した。
唯一人、巨大な二体のボスに向かって歩みを進める。
その光景だけを見ると絵になるのだが……。
ひっきりなしに、周囲に空き缶がぶっ放されている。
強化された空き缶は地面にぶつかると跳ね回り、やたらとうるさい。
反射した空き缶にも当たり判定があるようで、背後から当てられたファナティックが「ウグワーッ!?」と消滅する。
そう。
今の遊は、完全に空き缶連射装置と化していた。
炎の矢も同じくらい大量に放たれているのだが、空き缶がとにかく目立つ。
色とりどりの空き缶がぶっ飛び、跳ね回り、あちこちにトラックがやって来てダストボックスの中身をぶちまける。
『ぐごごごごご!』
煉瓦館も遊を一気呵成に攻め立てようとするのだが……。
『ぐごごーん』
「あっ、大量の空き缶に足を滑らせて転んだぞ」
「空き缶の追加効果だね。反射と滑って転んでスタンする。これが空き缶の真骨頂だよ」
『がおおおーん』
「もう一体もすっ転んだぞ!」
「スタン効果はほんと便利だよねえ」
これを好機と、ボスのギリギリまで近寄る遊。
至近距離であれば、炎の矢と空き缶だけではなく、最大の攻撃力を誇るひっかきが命中するようになるのだ。
つまり、空き缶は安全にひっかきを当てるための布石となるのだ。
『ぐごごごーっ! ウグワーッ!』
動き出す前に、集中攻撃を喰らった煉瓦館が砕け散った。
そして普通の煉瓦館に戻り、元あった場所にしずしずと帰っていく。
「倒すと元の位置に戻るんだ……」
「ここは建物自体は無事なんだよね。破壊すると色々問題があるからね。まさか異世界化した新宿なのに、こんなところまでゲームを再現してるなんて……」
残るは大学病院ロボ。
大学病院に長く伸びる腕が生え、ニョキッと短い足が出たような外見なのだが……。
『がおおおおーっ! オーケーッ!!』
「あっ! 病院のベッドを投げつけてきた!」
「洒落にならない攻撃だな!?」
ベッドの上に縛り付けられた患者が離脱し、さらに追尾して来るという二段構えの弾を放つ。
なお、一度回避すると患者はバタッと倒れて消滅する。
これを見て自衛隊諸氏が、「最低すぎる攻撃だ!」「これを考えた奴は最悪のサイコパスだな!?」「やっていいことと悪いことがあるだろ!」とブーイング。
大学病院ロボはそれを受けて激怒した。
『オーケーッ!!』
がおおーんと咆哮をあげながら、胴体についた窓を次々に全開にした。
その全てにベッドが収まっており、患者ごと射出して攻撃しようというのだ。
ボスによる強力な攻撃と見ていいだろう。
だが、大学病院ロボの判断は遅かった。
既に、遊が足元まで到達していたのである。
「僕が立ち止まることで、空き缶トラックがダストボックスをぶちまけるんだ。つまり……僕が動き続けることで、空き缶トラックはダストボックスを使うことなく増え続ける……!」
「な、なんだってー!? そんな裏技みたいな……」
「スノンもゲーマー用語を使い始めて来たねえ」
遊は嬉しそうだった。
そして立ち止まったのはロボのつま先。
そこを目掛けて、ダストボックスが大量の空き缶を吐き出し始めた。
『ウグワーッ!?』
ただでさえ踏むと滑って転ぶ空き缶が、津波のように襲ってくる。
大学病院ロボは堪らず転んでしまった。
その転んだ上に、さらにダストボックスがぶちまけられる!
お神輿が突っ込んでくる!
ロケット花火がピュンピュン飛ぶ!
『ウグワーッ! ウグワーッ!!』
さらに、遊がロボの底面に密着し、最大効率でひっかきと炎の矢を当てた。
たった一人の飽和攻撃である。
どれほど巨大であろうと、その全身に絶え間なく最大限の攻撃を加えられればすぐに限界が来る。
『ウグワーッ!!』
大学病院ロボはひときわ大きく叫ぶと、爆発した。
その中から、きれいな大学病院が現れ、元の位置に帰っていった。
自衛隊員たちから、ホッとした声が漏れる。
「良かった……。弾丸代わりに射出される患者さんはいなかったんだ」
信濃町解放。
一行はここから四谷へと向かうのだった。
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