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第6話 王女が彼シャツに着替えたら

 ついてきてしまった。

 どうやら、YOUのいる世界は自分のいた世界とは異なる上に、今日は帰ることができないらしい。


 黒船帝国の圧倒的な侵攻。

 聖王国が滅亡に瀕し……。

 父王の死。


 思うだけで、眼の前が真っ暗になってしまいそうになる。

 だが。

 すぐ前を、何度も振り返りつつゆっくり歩く彼。


 YOUが全てを塗り替えてくれた。

 聖王国が成すすべもなかった、黒船帝国の怪マシン群を、旧式のメイガスただ一機で圧倒し、蹂躙してみせた。

 恐らく、その時間は4ミニー(4分)も掛かってはおるまい。


 まさしく救世主。

 この人が、聖王国を救ってくれるのだ。

 そう思えば、今日出会ったばかりの男の家に踏み入ることも、当然だと思えた。


 自分は彼に何を捧げられる?

 聖王国は救われたとしても、復興に長い時間が掛かるだろう。


 侵略者に対し、有効な手を打てなかった王国は廃されるかも知れない。

 もとより、共和制にすべきであるとの議論が元老院では盛り上がっていたところだ。


 今回のこれが、王族として自分の最後の仕事になるであろう。

 セシリアはそう感じていた。


 だからこそ、我が身を救世主の報酬とし、これからの戦いを願うつもりだった。


「あの、YOU」


「あの、イントネーション的には遊でお願いします……!」


「あ、はい! 遊……遊は、どうして戦ってくださったのですか。性能の劣るメイガスで、あの圧倒的な黒船帝国に……」


「なぜって。戦うつもりだったから」


 即座に返答が来た。

 セシリアは、電撃に打たれたようなショックを覚える。


 戦うつもりだったから。

 それはどういうことなのだろう?

 彼は、戦闘を生業とする戦士なのだろうか?


 いや、それにしては、セシリアが知る軍人たちの誰とも違うのが遊だ。

 身のこなしはキビキビとはしておらず、疲れている風に見える。

 背丈はさほどなく、体だって細身だろう。


 正直、強そうには見えない。

 彼に比べれば、聖王国の軍人たちの方が何倍も頼りになるように思える。


 だが……。

 その軍人たちが手も足も出ず、一方的に蹂躙されるばかりだった黒船帝国を。

 遊はたった一人で全滅させてみせた。


 全滅である。

 聖王国を襲った黒船帝国の部隊は、ただの一機も生き残ってはいない。

 強さは、見た目で測ることが出来ないものだ。


 セシリアはそれを実感してくれていた。


「だから」


 遊が言葉を続ける。


「明日は二面をクリアしないと」


「やってくださるのですか!? また、危険な戦いに身を置いてくださると!」


「いや、あの、その、クレジットが入ったままなんで……」


 理由のわからない事を言っているが、彼の表情に嘘はなかった。

 彼は、当然のこととして明日の戦いに挑もうとしている。


「でしたら、どこで戦うのですか?」


「宇宙に上がるための港があるでしょう。あそこをクリアします」


「聖王国宇宙港!? あそこは、黒船帝国最強の騎士団が駐留している場所です……! 王国軍が何度も奪還のために戦いましたが、歯が立たなかった……。一騎当千の怪物たちの根城ですよ……!」


 すると、遊がきょとんとした。


「いや、二面はようやくチュートリアルが終わったくらいのところだから。大丈夫。任せて下さい。タイムアタックもできてお得なんで」


 優しい声でそう告げてきた。

 なんだろう、この安心感を覚える声は。

 彼がそう言うならそうなのかも知れない。


 セシリアは思った。


「ところで、今向かっている大きな建物が遊の家なのですか?」


「あ、いや、あれはスーパー。地元に一軒しかなくて、今ならおつとめ品が安いから」


「はあ……」


 遊がふとセシリアを振り返り、ハッとした。


「あっ、女の人がいるなら、着るものとか下着とか……。あああ、バスが終わっちまってる……! 明日休みだから、買いに行きましょう」


「……? あ、ありがとうございます」


 なんだか気を使ってくれているようだ。

 その様子が可愛らしく見えて、セシリアは微笑んでいた。


「遊、これはなんですか?」


「あっ、それはですね、唐揚げです。家でチンします」


「チン……? では、この食べ物はなんでしょう?」


「それはハンバーグ弁当ですね。これもチンします」


「あっ、これは知っています! サンドイッチですね!!」


「セシリアさんの世界にもサンドイッチ伯爵がいたんだ……」


 食材を2人分買って、遊の家へ。

 そこは古びたアパートだ。


 遊の会社が一括で借り上げて、男子寮としている建物なのだが……。

 そんな事をセシリアが知る由もない。


 なお、女子寮はこの地域で最新のマンションである。

 それでも地方勤務を望む女性が少ないため、女子寮はマンションの家賃補助という形になっているのだ。


「先輩でも女の人を連れ込んだりしてるから……。男性専用ではないと思う……」


 遊がぶつぶつと言い訳めいたことを言っている。

 だが、セシリアは気にしないことにした。

 彼はきっと、繊細な人なのだ。

 でもだからこそ、戦闘では針の穴に糸を通すような戦術を実行できる。


 最強の戦士であることと、優しい人であることは両立するに違いない。


「うんうん、私の中に今まで無かった知見です。考え方を改めねば……」


 室内は、狭かった。

 六畳一間に、トイレと一緒になったユニットバスがついている。

 玄関から廊下と部屋には扉がなく、一直線。


 キッチンは電熱式のコンロが一つだけ。


 セシリアには何もかもが珍しい。

 技術者としての好奇心を刺激され、うずうずしてきた。


「あ、あ、あの、遊!」


「あっはい!」


「ちょっと……探検してもいいですか」


「あっ、どうぞ」


 許可をもらい、セシリアはユニットバス、洗濯機、キッチンに流しに冷蔵庫を触れて回った。


「魔法ではなく、機械仕掛けで水を出したり物を冷やしたりしているのですね……」


 その間に、遊が買ってきたお惣菜をレンジで温めている。

 いい匂いが漂ってきた。

 セシリアはお腹が鳴るのに気づく。


「そう言えば……ずっと何も食べていないのでした」


 それどころではなかった。

 スプーンを使わせてもらい、ハンバーグ弁当なるものを食べた。

 とても美味だった。


「この白いものは、味の濃い肉料理の受けとしてとても優れていますね」


「お米です。僕も米は好きだなあ」


「お米ですか。あ、この唐揚げというものも美味しいです。喉が乾いてきました……」


「炭酸水をどうぞ」


「発泡水! 貴重なものではないのですか?」


 セシリアの反応が面白いらしく、遊はずっとニコニコしていた。

 食事が終わり、一息つく。

 遊がそわそわしている。


「どうしたのですか?」


「あの……ちょっとゲームをしてもいいですか……。いや、女性を家に連れ込んで、一人用のゲームをやるなんて常識外れだとは思うんですけど」


「構いませんよ。遊のやりたいようにしてください。この家の主はあなたでしょう?」


「あ、はい、どうも」


 いそいそとゲーム機を起動させる遊なのだった。


「あの、それで……私は汗を流したいのですが」


 セシリアの言葉に、遊がハッとした。


「じゃ、じゃあユニットバスの使い方を教えます。ええとこっちで……温度は39度で設定しているからちょうどいいと思うんで、このハンドルを回してもらえば……」


「ああ、聖王国の水道に近いのですね。分かりました。着替えはどうしましょうか」


「女性用の下着がないので……! その、僕のワイシャツがあるのでこれを……!」


「ありがとうございます! 何から何まで、遊には世話を掛けてしまいます」


「いえいえ、そんなことは……。ではごゆっくり……」


「はい! ……あっ、とっても暖かいお湯が出る……。もうちょっと熱くてもいいけど、これくらいでもいいかな……。石鹸もあるのですね? あら、これは……」


 遊がしばらくシューティングゲームに励んでいると、後ろで浴室の扉が開く音がした。


「ああ、いいお湯でした。髪を洗うための薬液まであったのですね。久しぶりの洗髪で、すっきりしました!」


「あ、それは良かった……。アッー」


 振り返った遊が硬直した。

 そこには、洗い髪をタオルで包んで、裸ワイシャツ姿になったセシリアがいたのである。


 だぶっとしたワイシャツから伸びる、真っ白な足。

 その下を想像したのか、遊が顔を真赤にした。


「あの、あの、髪を乾かすのはそこのドライヤーで! あと、ベッド使っていいですから! 僕は床の座布団で寝るんで!」


「は、はい! ……もしかして遊、家に女性を入れるのは初めてなのですか?」


「そうです」


 ということで。

 セシリアにとって、異世界で最初の夜は更けていくのだった。

彼シャツさせるために3000文字以上綴ったんですよ


お読みいただきありがとうございます。

面白い、先が気になる、など感じられましたら、下の星を増やして応援などしていただけると大変励みになります。

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