第56話 ベルトスクロールアクション
「ただいま!」
「おかえりなさい! 思ったより早かったですね……。ポケベルで連絡してからすぐに到着したみたい。私は嬉しいんですけど」
「うん、移動手段を確保したからね」
レンタルサイクルを使うことで、徒歩の数倍の速度で移動ができるようになるのだ。
「いやいや、遊がレンタルサイクルに乗った瞬間、探偵事務所にいたぞ!? 一瞬で移動したじゃないか」
「新宿アポカリプスがそういうシステムだからね。アドベンチャーパートの移動は、行ったことがある場所までは一瞬。そこを拠点にして、次の場所に移動する感じで……」
「だんだん自分も、遊の言わんとしていることが分かってきた……」
「スノンと心が通じあえて嬉しいよ」
「染まっていっている~。自分は竜だと言うのに人間に圧倒されるばかりでこう、情けなさが……いやいや、人間がおかしい。遊があまりにおかしい」
「なんだって」
「私もそこは否定しませんが、遊がどんどん明るくなってきていて嬉しいです。やはり趣味が同じなお友達ができたおかげでしょうか……」
ニコニコしながら、セシリアがテレビを点ける。
そこでは今まさに、コンボの達人が戦っていた。
※
「あたっ! おああーっ!! ほあっ、ほあっ、ほあたー!」
「ダーリン後ろは任せて! だりゃーっ! うりゃっ、うりゃっ、うりゃー!」
上落合の十字路にて、四方八方から押し寄せる荒くれ者風の怪物たち。
モヒカンだったり肩パッドだったり、ハゲだったり眼帯をしていたり。
どれもこれもが筋骨隆々なその連中を、コンボの達人が連続パンチで捌く。
ぺちぺち攻撃を当てると向こうの体力が尽きるらしく、「ウグワーッ!」と消滅していく。
ここは新宿区と中野区の境目。
中野を背中にすれば、敵に包囲されることはないというわけだ。
「すげーっ! 巨漢の群れと格闘家と美女が戦ってる!」「何だあのパンチ!? 巨漢が一瞬でKOだ!」「あの女の子だって凄いぞ! 手からビームが出てる。ビーム……?」
中野区側と新宿は結界で阻まれているのだが、そこに野次馬が取り付いてわいわいと感想を戦わせている。
「危ない! 危ないから下がりなさい! いつこの見えない壁が壊れるかも分からないんだ!」
そこに兵員輸送車が到着し、自衛隊の面々が降りてきた。
彼らは野次馬に避難するようにいいつつ、横目でチラチラと新宿区の戦いを見る。
「くらいやがれーッ!!」
その瞬間、コンボの達人が空中に飛び上がりながらくるくると回転蹴りを放った。
回転しながら前進していく。
触れた巨漢たちが、「ウグワーッ!!」「ウグワーッ!!」「ウグワーッ!!」と吹っ飛び、経験点に変わっていった。
「どういう原理で浮いてるんだ……!? なんで前進するんだ……!?」
自衛隊員たちにも、達人の動きの原理は分からない。
だが明らかなのは、封鎖された新宿区において、侵略してきた何者かと戦う人々がいるということだ。
英雄なのか?
それともただの目立ちたがりなのか……?
「あちゃあ!」
「あっ、パンチでナイフを撃ち落とした!」
「おあたあ!」
「あっ、連続パンチでマシンガンの弾を撃ち落としている!!」「そんな馬鹿な!」「いや、眼の前でやってるんだから現実だろう!」
達人は弾丸の雨の中をパンチで相殺しながら突き進み、射撃手を振り下ろしの中段攻撃でひるませ「ウグワーッ!? 馬鹿なーっ!!」パンチを連続で打ち込んで粉砕する。
「ウグワーッ!!」「なんだこいつら!?」「あの袖が破れたハチマキの男がいけねえ!」「銃もナイフも効かねえ!」「どういう原理で攻撃を防いでるんだ!」
難攻不落のコンボの達人に、雑魚どもはたじたじである。
どれだけ頭数を集めても押しきれない。
むしろ、押し戻されていく。
上落合の十字路からスタートしたはずだったのに、既に中落合まで押し込まれてしまった。
コンボの達人が敵を押し返すと、新宿と中野を隔てていた結界がその分だけ、新宿側に食い込んでいく。
そうすると、自衛隊は新宿へと進行することが可能になるのである。
「ひたすら一本道を突き進みながら、現れる敵を倒していく……。これ、どこかで見たことが……」
隊員の一人が呟いた。
そして、ハッと気付く。
「ベルトスクロールアクション……!! アクションゲームだ!! ってことは、進むところまで進むと……」
ここで、雑魚たちの戦いは時間切れである。
「てめえらああああ!! 何をちんたらやってやがるんだーっ!!」
とんでもないボリュームの怒号が響き渡った。
ズンッ! ズンッ! と地面が揺れる。
「な、なんだこの揺れは!」「お、おい見ろ、あれは!!」「ビルの壁面に巨大な手が!? そんな! あんな大きな人間がいるはずが……!」
おそらく、身長にして18m。
落合を治める魔王の手下が出現したのである。
「お前らが侵入者か!! 何者だあ!!」
「名乗るほどの者ではない。だが……人は俺を、コンボの達人と呼ぶ!」
「エリィだよー」
「舐めやがってぇーっ!!」
「名乗ったのに!」
エリィが口をぽかんと開けた。
「いいか、耳をかっぽじってよく聞け! 俺様はなあ! 魔王フルーツパラー様からこの地を任された地区長、モンゴル! 人読んでモンゴル地区長とは俺のことよ! 隙ありぃーっ!! ぬおおおーっ!!」
モンゴル地区長の頭には、牛のような二本の角。
そして両手に持つのは刃渡り3mはあるハンドアクスである。
これを振り回しながら、地区長が襲いかかってくる。
「ダーリン!」
「おう!! 初手は……小パンで相殺しながら様子を見る……!!」
振り下ろされたハンドアクスと、達人の小パンチがぶつかりあった。
バキィーンッと音がして、ハンドアクスが僅かに弾かれる。
「ぬうっ!! だが弱い!!」
地区長は叫びながら、二撃目を振り下ろした。
達人はこれを再び小パンチ……今度は二撃連続で放って相殺する。
「攻撃が重い……! 小パン二発か! だとすると、必殺技を出させるわけにはいかんな。相殺のコストが重すぎる! できたとしても、3フレームくらいこちらが不利だ!」
達人は地区長を強敵と認める。
だが、その口には笑みが浮かんでいた。
「エリィ! 俺を打ち上げろ!」
「オッケー! 乗って!」
エリィが手を組んで差し出すと、そこに達人が足を引っ掛ける。
「そーれっ!」
組み合わされた手が頭上へと打ち上げられた。
その勢いを利用して、達人も飛翔する。
その高さはおよそ15m。
ちょうど、モンゴル地区長が角を使って突進してくるところだった。
「轢き殺してやるあああああああ!! なにっ!?」
「おあたあっ!!」
空中で放つ、小キックが角を受け止める。
その足が、いつの間にか次のキックに入れ替わっていた。
中キックである。
「なんだ!? 俺様の突進が! 突進が止まる……!?」
中キックが二回ヒットして、突進は完全に相殺された。
だが、達人の空中コンボはまだ終わってはいない。
中キックが終わり、そこに差し込まれる大キック。
「おおおっ!!」
空中かかと落とし!
「ウグワーッ!!」
モンゴル地区長は頭頂をかかとで撃ち抜かれ、地面に向かって叩きつけられた。
道路が砕け散り、衝撃で周囲のビルの窓ガラスが割れる。
そして……地区長がバウンドした。
「行くぞ!!」
既に達人は着地している。
達人のコンボが始まる。
浮いた地区長をパンチ、パンチ、パンチ。
だがあまりの重さで、浮かせコンボの補正が切れる。
そこで達人は一度叩きつけのハンマーパンチを挟み、再び地区長をバウンドさせた。
「ウグワーッ!? 何が! 何が起こっている!? 俺様は! 俺様はどうなっているんだーっ!!」
状況を理解できない地区長。
状況把握に必死で、体勢を立て直そうとしなかった、それが彼の敗因だった。
上段蹴り二発から、肘打ち、パンチ、パンチパンチパンチ。
「ウグワーッ! ウグワッウグワッウグワーッ!! 俺様が、こんなチビにぃ~!?」
そして達人の全身が光り始める。
「これぞ空手の真髄! ドラゴンタイガーアッパーカット!!」
一瞬体を沈めた達人は、体を旋回させながら飛び上がった。
拳が天に向けて突き上げられる。
その先に、地区長の顎があった。
18mの巨体が……達人のジャンピングアッパーカットで打ち上げられる!
さらに、回転する達人がアッパーカットを連続ヒットさせながら、東京スカイツリーくらいの高さまで飛び上がった。
「ウグワーッ!? こんな、こんな馬鹿な!! 最強の肉体を得た俺様が! 俺様がこんなところでーっ!! 俺様からしてもここは、高すぎる~っ!! ウグワーッ!!」
断末魔とともに、モンゴル地区長が砕け散った。
彼が内包していた経験点が降り注ぐ。
それと同時に、落合地区は解放された。
いや、新宿と外を隔てていた結界の一部が破れたのだ。
新宿アポカリプス、自衛隊が戦線に加わる。
その中には、緊張の面持ちの女性隊員がいた。
彼女の胸には、レンジャー訓練を終了したエリートの徽章が輝いている。
※
「来た! この自衛隊員がね、新規追加コンテンツで使える新しいプレイヤーキャラなんだ」
「これイレギュラーじゃないの!?」
嬉々として説明する遊に、スノンがまたツッコミを入れるのだった。
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