第48話 魔都新宿
気がつくと、そこは何らかの建物の一室だった。
雑多にファイルが積み上がったデスクがあり、あちこちがパーテンションで区切られており、ソファがあり、ガラステーブルがあり、コーヒーメーカーがあった。
ハンガーラックには、同じような色の茶色いコートが何枚も掛かっている。
そして床には猫のトイレとひっかくための板。
そこはどこからどう見ても……。
「探偵事務所だ……」
「探偵事務所だって? そりゃあなんだい?」
スノンがにゃにゃにゃと疑問を口にした。
そしてにゃっと驚く。
「遊、姿が変わってる!」
「ああ、そうだろうね。新宿アポカリプスを舞台に、探偵事務所で猫を飼っているといえば……。猫飼い探偵、駐琉好太郎!」
「あっ、そうか! つまりこの世界の人物と同化して、遊の救世がもう始まったってことか!」
「ご理解いただけて助かる。そしてスノン、君は僕の武器だ」
「自分が武器!? また!?」
「そういうキャラなんだよ。スノンは白猫だから、必然的に僕が守護にするのは天使ということになる。ということは、セシリアは天使役……」
「天使なんて迷信ではないのですか?」
声がしたと思ったら、セルメガネを掛けてポニーテールにしたセシリアがいた。
服装が事務員的なものになっている。
「あっ、好太郎の助手の爪砥リアの格好!」
「つめとぎ……? それはもしかして、遊と一緒に戦える的な?」
「インターミッションにだけ出てきてストーリーを進める脇役」
「まーたーですかー!!」
むきーっと怒るセシリアなのだった。
だが、遊としては一安心。
新宿アポカリプスはどんどん敵が出てくる、危険な戦いを行うゲームだ。
このヒリヒリ感が楽しいのだが、そこにセシリアを巻き込みたくはない。
「ちょこちょここのポケベルで連絡ができるから」
「まあ可愛いデバイス! 原始的なのですね」
「多分、このポケベルを通じて僕の戦いを見られるし、連絡もできる」
「へえ! 思ったよりも便利なのですね!」
「実際はそんな使い方できなかったって聞くけどね……。後年の移植作品で、そういうシーンが追加されたんだ」
「まーた遊がマニアックな事を話しているぞ。それよりも行くんだろ? 早く行こう」
にゃにゃにゃと急かすスノン。
「そうだね。じゃあセシリア、そういうことだから行ってくる。ステージをクリアする度にここに帰って来ると思うけど」
「今回は元の世界には戻らないのですか?」
「一応、ここが元の世界だからね」
「あ、そうでした! では遊、頑張ってきて下さい!」
「うん、頑張る!」
いつにないやる気をセシリアからもらいつつ、探偵の部屋を出る遊なのだった。
そこは雑居ビルの一室。
エレベーターは老朽化から使用禁止になっており、階段を使って一階まで降りる。
「うわー、窓から見える光景が灰色で殺風景だなあ!」
「新宿アポカリプスは、地獄と新宿が同化しちゃったみたいな世界だからね。だからビル街はほんとに荒れ果ててる。まさにアポカリプス」
「ほほーん。で、一緒に来たはずのあいつらはどこに行ったんだろうなあ」
「コンボの達人とエリィさん? 二人とも、担当するプレイヤーキャラクターのスタート地点に飛ばされたと思う。何をやるのかは分からないけど……。もしかすると、違うシステムのゲームかも知れない」
「違うシステムってなんだよー」
「あの人はアクションゲームで救世主やってた人だそうだから……そっちは専門外だなあ」
下り階段が終わり、遊はスノンを伴って外に出た。
次の瞬間『ポジションを選択せよ』と頭上に文言が出現する。
・炎の天使ガブリエル
・色欲の悪魔アスモデウス
「選択、ガブリエル!」
『承認。汝の守護はガブリエルである』
「はい、ゲームスタート」
「ちょちょちょちょちょ! 何が起こったの? 自分に教えてくれ!」
「つまりね、この世界では人間は活動できないから、天使か悪魔に守護を頼むことになる。これでプレイスタイルが変わるんだ。天使は直接的な攻撃スキルとバフ。悪魔は間接的なスキルと敵へのデバフ。よろしい?」
「分かったような分からないような」
「敵がやって来たから、説明しながら進めていこう」
猫探偵駐琉となった遊は、戦場に向けて歩き出す。
そこは新宿区大久保。
ごちゃごちゃとした雑居ビルに、国際色豊かな店が立ち並ぶ。
それらの店から、精気を失った青白い顔の人間が歩み出てくる。
彼らは一様に、遊を目指して歩き出した。
近づくにつれて、その姿が変容していく。
捻じくれた角の生える、小鬼の姿だ。
服が破れ、指先から鉤爪が生え、靴は脱げて牛の後足のように変化する。
『ウオオオオ』『オオオオオ』『ウオオオー』
「気味が悪いんだけど!」
「あれが一般的な雑魚敵。タフネスも低いし、経験点もどんどん落としてくれる。ここで回収してレベルアップしていくぞ! ガブリエルの加護は攻撃力アップと炎の矢だ。そして猫探偵の基礎攻撃は猫ひっかき」
「猫ひっかき!? 自分ひっかくの!?」
「スノンはそのままついてくればいいんじゃないかなあ。多分、敵に接触するだけで」
遊とスノンは、最初の敵に接近した。
スノンはまさに、小鬼の目と鼻の先。
「うわわー!」
悲鳴を上げたところで、空中にいきなり、巨大なひっかき跡が出現した。
これを受けて、小鬼が『ウグワーッ!』と叫んで消滅する。
後に残るのは、1pと書かれた丸い泡。
これが経験点というやつらしい。
遊に吸い込まれていった。
そうしている間にも、遊は敵がやってくる方角へ、どうやら自動的に炎の矢を発射している。
「大体のノリは分かった? これで経験点を集めてレベルアップし、どんどん自分を強化していくわけ」
「分かったけどな……。ほんと、遊は常に冷静だよなあ」
「ははは、平常心の僕は無敵だからね」
談笑しながら、新宿アポカリプスの戦いが幕を開けるのだった。




