第44話 かくしてドラコニアは救われて
ネビュラゴールドが滅びた。
彼が吸い上げていた、ドラコニア世界の因子が拡散していく。
魔龍によって滅ぼされかけていたこの世界だが、これからはゆっくりと再生していくことだろう。
『今回は後味が良かった』
「まあ。私の世界がまるで後味が悪かったみたいに。いえ、あんまり良くはなかったですけど」
浮き岩の上に戻った守りの竜。
彼に寄りかかって、竜の巫女が笑う。
『不毛の大地に緑が戻り始めてる! 世界が再生するぞ!』
氷竜が歓声を上げた。
浮き岩が、これまで巡って来た世界を戻っていく。
海には多くの船が漕ぎ出していた。
これまで絶たれていた、海と海を繋ぐ交易。
再開した後は、これまでのうっぷんを晴らすかのように、多くの人と物を運んでいくことだろう。
雪原では青空が広がっていた。
雪解けが始まり、これから春になっていく。
『じゃあ、自分はこれで……』
氷竜はここで浮き岩から降りた。
里の人々のもとに帰っていくのだろう。
憤怒の火山では、新たな火竜の誕生を祈る祭りが行われていた。
今もなお黒煙を上げ続ける火山から、やがて次世代の火竜が生まれるだろう。
そして地竜の里。
なんと、里の中央部から大きな卵が見つかったようだ。
今は里の民たちがかわりばんこで、卵に抱きついて暖めている。
「何も失われてはいないのかも知れませんね。遊が守った世界は、これからも続いていくのです」
『うん、なんだか爽やかな気分だなあ……。おっと』
遊の意識が、守りの竜から離れていく。
浮き岩は辺境の村へと辿り着いた。
そして、村の端の大きな穴にすっぽりと収まる。
元あった場所に戻ってきたのだ。
守りの竜はそこで、岩の彫像になった。
竜にもたれた巫女もまた、彫像になる。
遊とセシリアの意識は彼らを離れ……空に昇っていった。
『ゲームクリアだ。いやあ……今回も楽しんだ……』
『救世を楽しいと言うの、きっと遊しかいませんよ』
『そうかな? ……そうかも』
そんなやり取りをしながら、二人は空の彼方まで到達すると……。
ゲームセンター“ドリフト”にいた。
「お疲れ様です、救世主よ! 二度目の救世、お疲れ様でした!」
店長が拍手で迎えてくれる。
そして二人にコーラを奢ってくれた。
遊は嬉しくなる。
勝利のコーラの味は格別だった。
「自分も何かもらっていい?」
「フルーツジュースでいいですか?」
「それでいいよ」
隣では白猫も、お皿にあけてもらったフルーツジュースをぺちゃぺちゃ舐めている。
……白猫?
「あれっ!? 氷竜!?」
「えーっ!? あなた、雪原に帰っていったのではなかったのですか!?」
「うん、そうなんだ。そうだったんだが……聞いてくれよぉ~」
なんとも情けない声をあげる氷竜なのだった。
「話せば長いことながら、次の世代の氷竜が卵になって出現したところだったんだ」
長くない。
一言で終わった。
「あれまあ。なんで?」
遊の疑問に、氷竜がにゃーんと切なげに鳴く。
「自分がドラゴンゾンビになったことで、その代の氷竜が死んだ扱いになったんだろうなあ……。ドラコニアはグレートドラゴンの肉体で出来た世界だから、大地たるグレートドラゴンが世代交代すべしと判断したんだ。にゃおーん、自分は帰る場所を失ってしまった。放浪の氷竜だ」
「放浪の猫ちゃんなのですね」
「いや竜だから」
相変わらず猫扱いしてくるセシリアに、氷竜が真顔で訂正してくる。
「私は知りませんからね? 救世主と姫君がちゃんとドラゴンの面倒見てくださいね?」
うちでは絶対飼わない、と怖い顔をする店長だ。
だが、心配はいらない。
既にセシリアが氷竜を抱き上げていた。
「にゃーん、まだジュースが残っているのに」
「ああー、ひんやりして気持ちいい。氷竜さんはうちのこになりましょうね」
「なんだって、養ってくれるのか。やる気のない自分としては、それは何よりありがたい」
「えっ、うちに来るの!? 別にいいけど……」
「うんうん、遊は寛大ですもんね。それに、一緒に戦った仲間ですし。確か、後でネビュラゴールド戦をおさらいしようって言っていたんじゃありませんでした?」
「そうだった!」
ハッとする遊。
こうしてはいられない。
「じゃあ店長、また。夕食の買い物をして、晩ごはんを作って……。明日は休みだから、今日は遅くまでネビュラゴールド戦をこするぞ氷竜」
「うひー! さっきあんだけ激闘を繰り広げたのに、まだ魔龍とやり合う気かよー! 守りの竜はやっぱおかしいよー」
「そうそう!」
セシリアは立ち上がり、抱っこしたままの氷竜に囁いた。
「守りの竜じゃなくて、遊。そういうお名前です。私も竜の巫女ではなくて、セシリア。いいですか?」
「ほーん、名前があったんだなあ。ネビュラゴールドみたいだ」
「こっちでは名前があるのが当たり前なのですよ? それであなたのお名前ですけれど……」
「自分は氷竜で良くない?」
「いけません! 遊、氷竜さんの名前を二人で考えましょ!」
「あ、はい」
グイグイとセシリアに迫られて、思わず頷く遊なのだった。
店長はこれを見ながら、
「まあ、お二人に会うことはもう無いでしょうが……店外でならば存分にメイクラブしてくださいね」
などと言って、ゲームセンターごと消えていった。
何も無い空き地に立つ、遊とセシリアと氷竜。
「これで最後ですか……。なんだか終わってしまえば、あのお店が名残惜しいですね」
「僕はこう、二度あることは三度あるような気もするんだよなあ」
「おい二人とも。自分の名前をつけるとか言ってたけど、そんなことができるのか? 名付けなんてグレートドラゴンしか出来ないことだと思ってたのに。一体どういう名前をつけるんだ? なあ?」
にゃあにゃあと声を響かせて、二人と一匹の影が空き地を遠ざかっていく。
少ししてから、ゲームセンター“ドリフト”がまた出現した。
店から、ハツラツとした表情のおじさんが飛び出してくる。
「うおおおーっ!! 競馬異世界を救ってやったぞーっ! 俺は救世主だーっ! 今日は飲むぞーっ!!」
意気揚々と叫び、彼は走り去っていった。
再び消えるゲームセンター。
そしてまた、空き地は静寂に包まれる。
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