第43話 魔龍ネビュラゴールド戦
『来た! 来たーっ!! うわああの野郎、顔を見たらなんだか恐怖よりもムカついてきたぞ……』
氷竜はやる気十分。
『っていうか守りの竜、見た目全然変わってないんだけど。それでいいの?』
『速度と連射を一段階ずつ上げたよ。かなり強くなってる』
『地味ぃ~!!』
「いいのです! 遊はほら、本人が強いのですから!」
守りの竜を全肯定する巫女に、氷竜はあんぐりと口を開けた。
『あーさいですか、さいですか! もう自分はお腹いっぱいだわ! ほらほら、早くやろうぜ! あいつ、怒り心頭ですぐそこまで迫ってるから!』
『もちろん! じゃあ行こう。ラストアタックだ』
守りの竜が飛び立つ。
すぐ眼前に、巨大なネビュラゴールド。
三頭の黄金竜。
『貴様ッ! 貴様あーっ!! 私が! この私がやってきた営みをことごとく! 何もかも無駄にしてくれた!! 振り出しだ! いや、もっと悪い! ドラゴンどもは全滅した! なんということだ! そこに生き残ったアイスドラゴンすら貴様に寝返った! もうこの世界では、私の旅立ちに必要な因子は得られない! いや、何百年も掛かるだろう! なんということをしてくれたのだ!!』
その鼻先に、ブレスがドカンと一発ヒットした。
長々と恨み言を吐き出した魔龍だが、何のことはない。
守りの竜は何も聞いていなかったのだ。
勝手に戦闘態勢に入り、ヒュンヒュンと動き回っている。
やる気は十分。
聞く気は不十分。
『きぃっ!! 貴様ぁぁぁぁぁぁ!!』
ネビュラゴールドは激昂した。
今まで、いかなるドラゴンと戦ってきても余裕を崩さなかった魔龍が、今、初めて精神の均衡を投げ捨てた。
空が一面の暗雲に包まれ、無数の稲妻が降り注いでくる。
稲妻の落下地点を知ってでもいない限り、回避はできない攻撃だ。
だが。
守りの竜は、本当に落下地点を知っているかのように、すいすいと空を飛び回る。
ただの一発も、稲妻が当たらない。
そして守りの竜が放つブレスは、次々とネビュラゴールドに炸裂するのだ。
時折、守りの竜の周囲を旋回する氷竜のブレスも当たる。
『ざまぁ!!』
氷竜が楽しげに叫んだ。
ネビュラゴールドの激昂はより一層激しくなる。
魔龍の咆哮に呼ばれて、降り注ぐ稲妻の密度が上がる!
上がるのだが……。
その猛攻すら、すいすいと避けて攻撃を続ける守りの竜なのだ。
『なんだ、あれは……! なんなのだ、あの竜は!!』
ここに来てネビュラゴールドは、己が相対しているあの小さきドラゴンの不気味さに気付いた。
今までこの世界で相対してきたドラゴンは、そのどれもが必死に食らいついてきた。
そして力及ばず、ネビュラゴールドに嘲弄されながら力尽きたり、あるいは自らを帰れぬ狂気の中に沈めたものだ。
だが、このドラゴンは違う。
まず、会話が成立しない。
そして無言で淡々と攻撃を仕掛けてくる。
一撃一撃の威力は弱い。
今までのドラゴンで最弱と言っていい。
だが!
その攻撃が止まらない。
一秒たりとも止まらない。
いかに、攻撃を跳ね返す黄金の鱗といえど、攻撃を受け続けて無事であるはずがない。
ネビュラゴールドに、ダメージが通り始めていた。
ぐるぐる動きながら、守りの竜の三本の首のうちのどれかが、必ず魔龍を向いてブレスを当ててくる。
『くそっ! 避けられぬ!!』
ネビュラゴールドが吠えた。
圧倒的な力を保証してくれていた己の巨体が、今この時、この場において弱点となりつつある。
魔龍が一瞬躊躇した隙に、守りの竜が三本の首を前方に向けつつ肉薄。
今までの三倍に及ぶブレスを叩きつけてくる。
『ぬおおおおおお!!』
猛烈な連射だ!
これほどの攻撃を喰らったことはない。
いや、攻撃を許したことなど無い。
だが、このドラゴンは!
守りの竜は、こちらの意志などお構いなしにただただ攻撃を当ててくる……!!
『なんだ、なんなのだ貴様はあああああああ!!』
ネビュラゴールドはこの場に至って、ついに己の肉体を行使することにした。
羽ばたき一度で、一つの土地が滅びる。
強大無比な嵐を巻き起こす羽ばたきである。
これを使って、巨体での突撃を敢行した。
空が避け、周囲に衝撃波が巻き起こる。
己が呼んだ暗雲も切り裂かれ、進むだけで空気の壁が爆発する。
触れれば、ドラゴンと言えどひとたまりもあるまい。
だが。
既に守りの竜は、突撃の先にいなかった。
衝撃波をくるくる回っていなすと、ターンしてネビュラゴールドの背後から攻撃を続ける。
まるで、この攻撃が来るのを知っていたかのように。
『なんだっ!! 貴様はなんだ! なんなのだーっ!!』
何もわからない。
ただ、この小さいドラゴンが、己にとって最も恐るべき敵であることだけが分かる。
世界を破壊せんばかりの突撃を行うネビュラゴールド。
それを次々にいなし、攻撃の手を一時も止めない守りの竜。
いつしか舞台は海上まで移動しており……。
『こうなれば!! 私の因子を全開で使い、この世界の因子と同化して貴様を……!!』
ネビュラゴールドがギラギラと輝き始める。
魔龍から光が伸び、それがドラコニア全体に広がっていった。
ネビュラゴールドは今、この世界、ドラコニアそのものと融合する事を選んだのである。
世界そのものと一体となり、守りの竜を屠る。
その後、己がどうなろうと知ったことではない。
『げげえっ! あ、あいつとんでもないことを!!』
氷竜が驚き、叫んでいる。
魔龍はほくそ笑んだ。
焦るがいい。
貴様が私をここまで追い詰めたのだ!
私は先のことなど考えず、貴様を殺すことだけのためにこの世界を……!
次の瞬間、守りの竜は首の一つの眼前にいた。
ブレスの連射が叩きつけられる。
これまでダメージを受け続けていた首は、それによって限界を迎えた。
『ウグワーッ!!』
断末魔とともに爆発する。
『なっ!?』
守りの竜は少しも焦ってなどいない。
これまで蓄積してきたダメージを、ここで活かして決めようとしているのだ。
『私の……私の耐久の限界を知ってでもいるのか!? そんな馬鹿な! 貴様ッ、そんな馬鹿なーっ!!』
『ウグワーッ!!』
もう一本の首も爆発した。
残るは、中央の一本のみ。
すぐ眼前に、守りの竜が来た。
『こっちは原作通りだった。良かった、弱くなってなくて。お陰で』
ブレスが叩き込まれる。
ネビュラゴールドはここで初めて、守りの竜の言葉を聞いた。
それは、絶望的な言葉だった。
『お陰で予定通り倒せる』
『予定通りっ……!! きさ、貴様っ、貴様ぁぁぁぁぁぁ!!』
無数のブレスを浴びて、ネビュラゴールドの思考が沸騰した。
否、焼き尽くされたのだ。
『ウグワーッ!! このっ、この私がっ! こんなっ、こんなところで滅びっウグワーッ!!』
黄金の魔龍は、何も無い海上にて大爆発。
その因子はバラバラに飛び散り、傷ついたドラコニア世界を再生させるためのエネルギーとして降り注いだのだった。
『う……うおおおおお!! やった、やったぞーっ!!』
氷竜がハイテンションになって叫ぶ。
その姿がオプションから、元の巨体に戻った。
『あいつが光り始めた時、この世界ごと取り込まれると思ってもうダメだと思ったのに! なんでやれたんだよ、守りの竜!』
『あそこで溜め始めると無防備になるんだよ。そこまでに均等に首にダメージを与えておいて、ここでトドメを刺すのがセオリー。ここで失敗したらゲームオーバーだからね』
『何言ってるんだか全然わかんねえ。だけど、守りの竜がネビュラゴールドを手のひらで転がしたってことだけは分かった……』
『まあ大体そんなものだよ。よし、家に帰ったら復習しようか』
『家でもネビュラゴールドと戦うの!?』
そんな二人を迎えに、浮き岩と竜の巫女がやってくるのだった。
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