第40話 第五ステージ 不毛の大地
一面が、毒の沼地と、それに適応した毒々しい草木に覆われた大地である。
この向こうにドラコニア最大の都市たる竜都がある。
かつては豊饒の大地であったここは、毒竜の裏切りによって不毛の大地となった。
毒竜の眷属の他に、この地で生きられるものなどいない。
毒沼の深くに沈み込みながら、毒竜……ダークドラゴンは唸っていた。
『ドラゴンゾンビとシードラゴンの反応がなくなった。アースドラゴンに噛ませてあったネビュラゴールド様の力も戻ってこない……』
明らかな異常。
ドラコニアの地に、魔龍が広げた支配の領域。
それがいつの間にか大きく狭まっているのだ。
ネビュラゴールドより直々に力を与えられたダークドラゴンには、それが分かった。
魔龍が怒り狂っているのが分かる。
ついに不毛の大地までかの御仁がやって来た。
『ダークドラゴンよ!!』
『ははーっ!!』
『この私の因子をかすめ取る輩がいる!! 許せぬ!!』
『ははーっ!!』
『ドラコニアの竜どもの結晶を手に入れるのは私のはずであった! それがどうだ!』
『ははーっ!!』
『私は結晶を手に入れることもできず、それどころか因子を削られている! どういうことだ! 答えよダークドラゴン!』
『ははーっ!!』
ただただ、主の怒りという名の嵐が過ぎ去るのを待つ。
やがて、ネビュラゴールドはダークドラゴンに当たり散らしても無駄だと悟ったようだった。
ぶつぶつ言いながら、竜都へと戻っていく。
かの黄金の龍は、ドラコニアに満ちるエネルギーを吸い上げ、次なる星渡りのエネルギーとすべく来襲した。
その力は極めて強大。
ドラコニアのいかなる竜であろうと太刀打ちはできまい。
そしてネビュラゴールドは、強い力を持ちながらもその性格は姑息。
人間を使い、竜の裏を掻き、反撃の力を削ぎ、着実に侵略を行う。
その全ては、己のエネルギーを得るためだ。
『恐ろしいお方よ。竜都を通じてエネルギーを随分吸い上げていらっしゃるはずだが、それでもまだ足りぬとおっしゃられる。ま、本来は手に入るはずだった竜どもの結晶が得られぬのだから、お怒りはごもっともだがな』
ぷかりと毒沼に浮かび上がるダークドラゴンなのだった。
周囲には、有翼の毒蛇、肉を穿ち血を啜る種を投擲する、吸血樹、ダークドラゴンに従う人間が変じた魔人たち……。
毒竜の眷属がひしめいていた。
『お前たち、望まぬ客人が来るぞ。迎え撃て! この場で彼奴めを仕留めれば、ネビュラゴールド様もお喜びになろう! もとより、あのお方の下に付くより他に路はなし! 意地を張ったバカどもは皆死んだ! 馬鹿は死んでも治らぬからな! そうれ! 行け!!』
毒竜の姿は、長大なヘビのようだった。
毒沼から鎌首をもたげると、その全長は百メートルを優に越す。
高く高く伸びた体から、毒竜は戦場を睥睨した。
今、不毛の大地めがけて浮き岩が飛来しつつある。
岩の上には真っ青な竜。
守りの竜だ。
ただ一頭で、ネビュラゴールドが支配してきた土地を奪還してきた、恐るべき敵。
ダークドラゴンが生まれる前に現れ、この世界を奪おうとした外なる敵と戦い、打ち払ったとは聞いたことがある。
『伝説だとばかり思っていたが、現実であったか! あのような小さい竜が、ドラコニアのドラゴンたちを退けてきたとはとても信じられん……! ぬぬっ!! あやつは氷竜!! 復活したのか!?』
なんと、浮き岩の後ろには巨大な氷竜がしがみついているではないか。
ネビュラゴールドが直々に殺し、ドラゴンゾンビにしたはずだ。
だが、奴はああしてピンピンしている。
『これはまずい……まずいぞ。ネビュラゴールド様にとって、あまりにも予想外のことばかりが置きている。俺がここで奴らを倒さねば、大変な怒りを食らうことになってしまう……!!』
ダークドラゴンの行動指針は、自己保身である。
魔龍が飛来すると、すぐさまその実力を見抜いて傘下に入った。
ダークドラゴンの裏切りで、ドラコニアの戦況は負け戦に転じた。
それは勝ち馬のはずであった。
だが、今は状況がおかしくなっている。
ドラコニアの全てを魔龍のものにしたはずだったのだが……。
今や、魔龍の手に残るのはこの不毛の大地と竜都のみ。
あっという間に取り返されてしまった。
『まずい……まずいぞ……!! これで不毛の大地まで奪い返されるような事があれば……俺はまるで馬鹿ではないか!! 裏切らずに他のドラゴンどもと手を結んでいれば、いい勝負が出来ていたとでも言うのか!! 今になって! それはないだろう!! ええい、眷属ども何をしている! やれ! 攻めろ! 数はお前たちのほうが遥かに多いのだ! 押し潰せーっ!!』
雲霞のごとく出現し、飛びかかってくる毒竜の眷属。
迎え撃つのは小さな守りの竜だけ。
氷竜と浮き岩が遠ざかっていくから、戦いには加わらないようだ。
毒竜はホッとした。
『氷竜はどうとでもできよう。問題は守りの竜と竜の巫女だけだったのだが、幸い、巫女は引いてくれたか。となれば、我が眷属の数はドラコニアの竜域でも最大。押し返すには手数が足りまい!』
そう。
戦い始めた守りの竜の攻め手は口から吐き出すブレスのみ。
明らかに攻撃の数が足りていない。
四方八方から押し寄せる毒竜の眷属に、あの攻撃だけでは対抗ができない。
『首でも生やして手数を増やすことだな! できればの話だが!!』
毒竜が勝利を確信して高笑いをあげた時である。
守りの竜がポツリと、『あー仕方ない、やるか、首三つ!!』そう呟いたのである。
『は?』
毒竜の見つめる先で、守りの竜の首からさらに二つの首が出現した。
ただ一つの首から吐き出されるだけで、多くの眷属たちを屠ってきたブレス。
その数が、純粋に三倍になった。
数の力で押し込んでいた眷属が……ただ一頭の守りの竜に押し返される……!!
『ダークドラゴン様! これはいけません!』『攻撃が、攻撃が三倍になりました!!』『しかもこちらの攻撃をひょいひょい避けます!』『向こうの攻撃は当たります!』『率直に言って駄目です! ウグワーッ!!』
眷属たちが倒されていく……!!
守りの竜は単身、眷属全てを相手取って圧倒。
前進してくる……!
『馬鹿なーっ! 何が、何が起こっていると言うのだーっ!!』
ダークドラゴンは叫びながら、戦闘態勢に入るのだった。
お読みいただきありがとうございます。
面白い、先が気になる、など感じられましたら、下の星を増やして応援などしていただけると大変励みになります。




