第39話 猫と初仕事
朝になった。
新居では、ベッドを二つ買っているので猫が一匹増えたくらいでは何の問題もない。
遊が右に、セシリアが左側に寝るのだが……。
「常々私は思うのです」
朝食のできる匂いに誘われて目覚めたセシリアが、唇を尖らせる。
「ベッドは一つでも良かったのではありませんか?」
「そ、それは僕が眠れなくなるから困る」
「気にしないで眠ればいいと思います」
「気になるってば!」
「守りの竜と巫女はやはりそういう仲であったか」
猫の姿をしながら、当たり前みたいな顔でベッドで眠った氷竜。
遊とセシリアのやり取りを見ながらふんふんと鼻を鳴らす。
ちなみに、二人のベッドは最初は距離があったのだが初日にセシリアの熱い抗議によって遊が折れ、ピッタリくっついている。
セシリアは寝返りを打って、遊のベッドに毎晩のように侵入してくるのである。
なお、遊は一度眠ると朝六時くらいまでは目覚めないし、セシリアも美味しい匂いがしてこない限り目覚めないため、大体密着した状況で朝を迎えることになる。
「毎朝心臓に悪い……。過ちを犯してしまったのではないかと……」
「まあ!! まだそんな気を使っているのですか! 遊の守りがとても堅い……。殿方は案外守りに入るものなのですね」
「守りの竜だけに」
氷竜がぼそっと言って、にゃっと猫スマイルを浮かべた。
「氷竜がダジャレを……!! そんなキャラだったんだ……。あっ、ベーコンエッグできたよ」
「待ってました! 顔を洗ってきます!」
セシリアはダジャレに反応しなかった。
大満足の朝食を終え……。
「本日は私の初出勤です」
「あっ、そうだ! 頑張って、セシリア! いじめられたら言ってね。僕がこう……ぜ、全力で助けに行く」
「大丈夫ですよ、遊! 救世主の手を煩わせるまでもありませんから」
「自分が店の外で見張ってるから」
「頼む、氷竜」
……このドラゴン、ひょっとしてずっと我が家に居着くつもりか……?
などと遊は考えるのだった。
外見こそ大きい白猫なものの、氷竜は言葉を喋るし、用を足す時はトイレを使うし、自分からシャワー(水)を浴びるし、冷えた野菜が好物だ。
猫の姿に見えるが、全く違う何者かであるのは間違いない。
「ドラゴンソウルの最終ステージに、住み着いた氷竜に、セシリアの仕事……。頭がパンクしそうだあ」
「遊はまず、眼の前の仕事をきちんとやればいいと思います! 見てて下さい。私だってちゃんと職について働けるんですから」
誇らしげに出勤していくセシリアなのだった。
遊の職場である工場とは別方向。
後ろ髪を引かれつつ、遊は出勤した。
「おっ、どうした安曇野くん、奥さんと喧嘩でもしたかね? ははは、夫婦というものはそんなもんだ! 奥さんの機嫌はちゃんと取っておかないといけないぞ」
「いや、結婚はしてませんから」
上司に、夫婦の先輩としてのありがたいお言葉なんかをやたら語られつつ……。
遊の仕事は終わる。
あまりにもセシリアが心配で、遊は退勤してからダッシュ。
スーパーへ向かう。
なんだかこう、ドラゴンソウルをやるようになってから体力がついた気がする。
まさか、守りの竜としての身体能力が現実にも影響を及ぼしている……?
いやいや、そんな馬鹿な。
「あれはゲームなんだから」
スーパーの前まで到着すると、白くて大きな猫が繋がれている犬に吠えられているところだった。
猫……氷竜は犬が届かないギリギリ辺りで、尻尾を振ったり前足を振り上げて威嚇っぽい動きをしたり。
犬の反応を見て遊んでいるのだ。
「またドラゴンが犬をからかってる」
「おお、守りの竜よ。仕事は終わりか? こちらの世界では大変だな。救世主であろうと仕事はしなきゃいかんのか。自分にはとても無理だ」
「なんて情けないことを言うんだ……。セシリアはどうだった?」
「仲良くやっていたぞ。みんな、セシリアが守りの竜の妻だと思っている」
「結婚はしていない」
「多分それを言っているのは守りの竜ただ一人だけだぞ。あと、昼になると自分にご飯をくれる人間ばかりだ。ここはいいところだな」
そこへ、ちょうど仕事の終わったセシリアが出てきた。
なんだか肌がつやつやしている。
勤労の喜びを感じているのだ。
「遊ー! やりました! 私、しっかりと仕事をしましたよ! 今日一日でレジ打ちの仕事の大半を覚えました!」
「おおーっ、すごい」
素直に感心する遊である。
セシリアはどうやら物覚えがとてもいいらしい。
彼女はいかに、今日の仕事が初体験づくしであり、刺激的であったかを語った。
これをふんふんと聞く遊と氷竜なのだが、その光景を微笑ましげに眺めながら、セシリアの同僚が帰っていく。
明日には噂になっているかも知れない。
二人は改めてスーパーに入り、食材など諸々を購入した。
ついでに、店長への差し入れのバナナ。
出現したゲームセンター“ドリフト”は、本日も怪しい雰囲気である。
当たり前のような顔をして入店する氷竜に、店長が顔をしかめた。
「動物は入店禁止なんですがねえ」
「自分はドラゴンなので問題ない」
「それを決めるのは私なんですがねえ……」
入店してすぐに、遊は奥にあるメダルゲームコーナーに気付く。
競馬のメダルゲームで、ディスプレイに映っている馬の上に、昨日消えたおじさんがジョッキーとして乗っている。
まさか、おじさんも救世主として競馬メダルゲームの世界で戦っているのか!!
遊は衝撃を受けるのだった。
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