第23話 引越し日和
「おー、ここかあ。レンガ造りっぽいマンションなんかよく空いてたよな」
塩辺がレンタルした軽トラを運転してくれている。
助手席に遊。
荷台には、それほど多くないと思ったら思ったよりも多かった荷物。
ベッドやら、テレビ台代わりの棚やら、本棚やら。
冷蔵庫、洗濯機、電子レンジ。
意外とかさばったのが衣類を入れるクローゼットだろうか。真新しく、柄は女性っぽい。
「ありがとう。持つべきものは同僚だ」
「ここまでやったら友達でいいだろ。というか、上手いことやったなあ。独身寮脱出、同期で第一号じゃねえか」
「そっか。でも、同期は僕と塩辺の二人だけだろ」
「そりゃそうだけどよ。俺だっていつかは脱出したい……! お前みたいに相手を見つけて」
運転席の扉を開けながら、ぐっと拳を握り込む塩辺なのだった。
目的の階は最上階。
一階に二つしか部屋のない小さいマンションで、一番上である五階はバルコニーが、オープンテラスのように広がっている。
その手すりのところに、金色の髪をひとまとめにした女性がいた。
遊たちを見つけて、大きく手を振る。
遊も笑顔になって、手を振り返した。
「いいなあ……。俺も可愛い嫁さんほしいなあ」
「いやその、僕らは別に結婚してるとかそういうわけでも……」
「同棲ってのは結婚のβ版だって言うじゃねえの。謙遜するな謙遜するな。というかな、シングル相手に謙遜はよくない……俺の自尊心とかな」
「あっごめん」
「マジで謝るなって! 安曇野が裏表のないやつだってのはよく分かってるから! よし、運ぶぞ! エレベーターついててほんと良かったよなあ」
二人で、大きな家具をひいひい言いながら運ぶ。
エレベーターに乗せて、五階へ。
「待っていました、遊! 私も運びますよ!」
腕まくりする彼女が、異世界の元王女セシリアだと知るものは、遊以外にいないのだ。
「いや結構重いからさ! 女の子は危ない……うおっ!? 明らかに軽くなった! セシリアさんパワフルだなあ!」
「技術者にして王族たるもの、常に鍛えてますからーっ! ふんぬらー!」
「セ、セシリア無理しないで~!」
晴天の下、三人は汗だくになって家具を運び込むことになった。
流石に人数がいれば、引っ越しもサクサクと終わる。
その日のうちに、運び込みは終了したのだった。
電気と水道は繋がっている。
ガスはプロパンだからすぐに使える。
問題はインターネットだ。
2週間先まで使えない。
「まあ、それはそれでいいか。スマホがあるし」
「お前、本当にスマホを活用しないもんな」
家具の設置を大まかに終えて、休憩中の男二人。
時間はそろそろ昼過ぎだ。
「二人とも! ピザを取りました! Lサイズ二枚です!」
「うおー!!」
「おおー! 多くない?」
「多くねえだろ! 俺が食う!」
「私だって食べます」
「僕もまあ、食べはする……」
遅めの昼食は、Lサイズのミートピザと、同じサイズのモチピザ。
ドリンクはもちろん、お徳用サイズのコーラ。
「おおお、エネルギーが満ちていく……」
「本当に美味しい……。この世界の食事は本当に美味しいです! ピザとコーラを合わせると、どうしてこんなに美味しくなるのでしょう……!」
もりもり食べる二人を眺めながら、遊はコーラを飲んでホッと一息つくのだった。
思い返すだに、本当によくぞ上手く行ったものだと思う。
まず、聖王国から連れ出したセシリアは、何故かこの世界に戸籍が出来上がっていた。
架空の家系図なのだが、日本に帰化したイギリス人の娘ということになっている。
次に、給料用の口座に大金が振り込まれていた。
1000万円ほどだから、新生活準備金としては十分。
振込主は、ゲームセンター“ドリフト”とあった。
なるほど、これが世界を救った報酬なんだろう。
さらにこれだけではなかった。
引っ越し先もすぐに見つかったのだ。
二人で覗いた不動産で、ちょうどこのビルの最上階の居住スペースが空いたところだった。
地下にBARがあり、中二階みたいな一階に花屋と床屋。
さらに上にはネイルサロンなんかが入り……。
三階からが居住スペースだった。
住人が亡くなったのと、築年数が古いということで格安で売りに出されていたのだ。
「三桁万円で中古マンションが買えるなんて思わなかった……。これで僕はここに根っこを張って生きていく感じになるなあ……」
しみじみ呟く。
ゲームセンターもない町だが、それもいいかと思える。
何しろ、ここにはゲームと同じくらい大切になった人がいるのだ。
「なんですか? 遊? 私のことじーっと見て」
「いやあ、良かったなーって」
「そうですか? 不思議な人ですねえ」
セシリアが首を傾げた。
結局その後、塩辺は家具の全設置まで手伝ってから、
「セシリアさん、いい娘がいたら紹介してくれよな! 頼むぜ!」
とか言って去っていったのだった。
そのうち、ちょっといいご飯を奢ってお礼をしようと思う遊。
何しろ、自分にもセシリアにも、彼に紹介できる女性なんか見当もつかないのだ。
「ああ、そうだ。引っ越しの挨拶に行かないと……」
「聞いたことがあります! 庶民は隣近所に顔を見せて、安心感を与えるのですよね。私も行きます!」
こうして、隣の家と下の階に挨拶に行った。
邪魔にならない粗品として、タオルセットを用意しておいた。
職場の主任に聞いた情報である。
主任は『安曇野くんも結婚するのか! いいぞいいぞ! ともに長い苦役の道を歩こう! 家に居場所がなくなったらいいスナック知ってるからな!』
縁起でもないことを言っていた。
隣近所にも挨拶が終わり……。
まったりとした時間。
日がゆっくりと暮れていく。
夏が近づいてきているのが分かる。
「遊、ちょっとお散歩しない?」
「いいね」
さっきのピザはまだかなりお腹の中に残っている。
腹ごなしの散歩に付き合うのもいいだろう。
二人で家を出て、近所を歩き回った。
ビルは沿線にあり、工場までは少しだけ遠くなった。
自転車通勤も考えていいかも知れない。
スーパーは近くなった。
「私、スーパーで働いてみようと思うんですよ」
「ほええ」
セシリアが急にそんな事を言ったので、たまげる遊だった。
「私もお金を稼いで、家にお金を入れます。遊にもらってばかりではいられませんからね! 王族の誇りにかけて就職してみせますよ!」
燃えるセシリア!
頑張ってほしいなと思う遊なのだった。
そんな二人が、沿線沿いをトコトコ歩いていると……。
日がそろそろ落ちてきたという頃合い、団地が並ぶ地域に場違いな建物があることに気付いた。
LEDではない、時代遅れのネオン看板。
全面ガラス張りの正面。
窓にはペタペタと、ゲームのポスターが貼ってある。
看板には大きく、
ゲームセンター“ドリフト”
店の前に、見覚えのある女性が立っていた。
店長だ。
「新たなるオーダーです、救世主よ」
彼女は実に嬉しそうに笑いながら、二人にそう告げるのだった。
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