第22話 BONUS STAGE
「お帰りなさい、救世主よ! いやあ、素晴らしい働きでした! オーバーロード、%&$+#$#……この世界で発音できるように言うなれば、黒船王を撃破! しかもあなたは特別な力を何一つ使っていない! 技術のみ……! ただの人間が、技術のみで超越存在とその眷属を残らず撃破したのです! しかも単独で! 私は嬉しい……。今夜は美味しいお酒が飲めそうです……おや? どうしたのですか? ゲームはもう終わってしまいましたよ。まだご用事が? ははーん、報酬ですね? でしたら金銭なり何なり、私の力が及ぶ範囲で用意しましょう……。おやあ?」
遊は席から離れない。
流れていくゲームを見つめながら、タイミングを見計らっているようだ。
彼の指は、スタートボタンの上にある。
そして店長は気付いた。
まだ、画面のクレジットがゼロになっていない。
つまり……この世界に、救世主が干渉する余裕があるということだ。
「何を……何をしようとしているのですか? これ以上の干渉は不要。この世界、聖王国は救われ、長い繁栄を謳歌することになります。我々が干渉するべき事件は起こらないのですよ……!」
「最後に一つ、やることが残ってる。つまり、ボーナスステージだ」
「そんなものはありませんよ!?」
何をしようとしているのだ?
店長は混乱した。
そして思い出す。
彼の前にも、世界を救った者がいた。
その男はアクションゲームの技量で世界を幾つも救った後、「俺より強いやつに会いに行く」という不思議な願いを叶え、この世界から姿を消した。
つまり、永遠の戦いの中に身を投じたのである。
確か、コンボの達人とか名乗っていたか。
「本物の救世主は皆、おかしいのかも知れませんねえ……」
店長は諦めることに決めた。
救世主のやりたいようにさせてやろう。
遊が見つめる画面は、スタッフロールの後、映像が映し出された。
聖王国だ。
その空。
遊はスタートボタンを押した。
※
「なんだ!?」
聖王国の人々は空を見上げて、驚愕した。
PRESS START BUTTON
この星の運命を変えた、あの文字が空に映し出されている。
だが、どうしてだろう。
あれは救世主をこの世界に呼ぶ文字だったはずだ。
この世界は既に救われた。
侵略者は全て滅び、聖王国は平和を取り戻した。
そこで、人々は考えたのだ。
聖王国をまとめていた王家は、王女セシリアを残して皆いなくなった。
王家はこの国を守ることに寄与したか?
否。
救ってくれたのは救世主だ。
であるならば、今この世界は新たな一歩を踏み出すべきであろう。
議会は王制の廃止を決議した。
この国は民主制となり、選挙によって指導者を選ぶ方式に変わる。
聖王国は、共和国へと生まれ変わったのである。
古き時代の象徴である王女は、侵略者による被害の責任を取る形で、幽閉刑となった。
この戦いで民は、家族や恋人、友といった者たちを失った。
その怒りは、誰かを人身御供にせねば収まらなかったのである。
ただ、王女が救世主を助け、戦場に身を置いていたことを軍人たちが証言した。
これによって極刑は免れた形である。
軍人たちはみな、理不尽だと憤った。
だが、王制を廃し、自らこそが歴史に名を刻む改革者であると鼻息を荒くする、議会の議員たちに言葉は届かなかった。
民もまた、新たな時代の到来に興奮し、王女の尽力に目もくれなかった。
軍人らは抗議のために職を辞した。
共和国は彼ら全員を罪人とし、辺境へ追放した。
セシリアは一人、粛々と刑を受け入れ、塔へ幽閉されたのだった。
そんな日のことだった。
唐突に、この世界に救世主が降り立つ。
既に救われたはずのこの世界に、救世主が?
なぜ?
何のために?
誰もが疑問を懐いた。
PRESS START BUTTON ……… START!
この文字は、共和国のどこにいても、全ての人間が目にしたのである。
分別のついた者は誰もが、これを目撃していた。
そして……。
首都上空にプロトタイプメイガスが現れる。
即ち、首都の領空である。
例え救世主であろうと、許可なく飛行することは許されない。
この国はそういった決まりを遵守する国になったのだ。
『止まれ! 例え救世主様であろうと、勝手に飛行することは許されない! 降下し、都外へ着陸せよ!』
首都防衛用の新型メイガスが、救世主を取り囲む。
その誰もが、新たに市民から志願してきたパイロットだ。
使命感に燃えている。
だが、救世主からの返答はなかった。
無言のまま、旧式メイガスが空を進む。
『止まれ! 止まれーっ! 管制室! 救世主様が止まりません! どうしましょうか!』
『やむを得ん、撃墜せよ! 我が国は生まれ変わった。既に、救世主が必要な国ではないのだ! 法を侵すならば救世主と言えど敵! 責任は私が取る!』
『参謀閣下! 了解! 撃墜する!』
新型メイガスが戦闘態勢に入った。
彼らはプロトタイプメイガスを遥かに凌駕する機動性を発揮し、一瞬で旧式を包囲。
追尾式ミサイルを次々に発射する。
救世主はそれらを無視し、悠然と飛行した。
その前方から、後方から、ミサイルが急接近する。
当たる……と思われた瞬間、救世主の機体が消えていた。
いや、ミサイルが反応する直前で、急速に下降したのだ。
機体はくるりと回転しながら……前部と後部のミサイル目掛けてビーム機銃を斉射した。
爆発。
爆風の中を、プロトタイプメイガスが悠然と通過する。
『なっ!?』『ミサイル、全て撃墜されました!!』『ありえない! ビーム機銃の射程でミサイルを落とせるはずが……!』『ただの一斉射で命中させた……!! 化け物だ……!』
『格闘戦だ! 新型メイガスの性能は旧式とは比べ物にならん!! 肉薄すれば圧倒できる! 諸君は一騎当千、共和国最強の戦士だ! 例え救世主と言えど、必ず勝てる!』
『了解!』
防空部隊は一斉に、プロトタイプメイガス目掛けて踊りかかった。
ビーム機銃が閃く。
それは、救世主の動きを追尾して射撃されていた。
だが……。
『あ、あ、当たらない!』『避けられる!? どうして!?』『照準できない! 照星に収めることすらできない!!』『後ろからの射撃だぞ!? 背中に目でも付いているのか!?』
遥かに性能で優るはずの五機が、プロトタイプメイガスを全く捉えることができない。
それどころか、射撃を続けた彼らはビーム機銃が底を尽いてしまった。
ミサイルも機銃もない。
全ての戦闘手段を喪失してしまったのである。
悠然と、救世主が飛んだ。
共和国の空を、守るものなどもはや無いはずの救世主が。
『目的を……目的を告げよ、救世主!』
地上からは対空砲撃が行われる。
だが、その全てが当然のように当たらない。
撃たれた瞬間には、救世主は狙った場所とは全く違うところにいる。
それでいて、前進し続けているのだ。
『目的を……! 目的を!!』
『ボーナスステージは流石に手応えが無いな。やっぱり不殺でちょうど良かった』
独り言が返ってきた。
何と言ったのか!?
手応えがない!?
救世主は不殺と言ったのか!?
つまり、命を狙われていながら、彼は共和国軍を相手に徹底的に手加減をしていたことになる。
全ての攻撃を悠然とやり過ごし、プロトタイプメイガスはそこにやって来た。
塔の直上である。
ここで、共和国は救世主の狙いをようやく理解した。
『ならん! それは……それだけはならん!! やめろっ!! やめろー!』
叫び声が聞こえる中、メイガスは最小限の射撃で塔の外壁を破壊した。
「きゃっ!」
悲鳴が聞こえる。
セシリアがそこにはいた。
メイガスは塔に密着し、コクピットを開いた。
ゲームセンターに繋がっているはずのコクピット。
覗いても、その中には何も見えはしない。
そのはずだ。
だが、今はそこに、遊がいた。
彼が手を差し伸べている。
「行こう!」
「遊! で、でも……」
「行こう、セシリア。僕にとってこのゲームの救うべき世界は、君なんだ! 君を助けなくちゃ、ゲームがクリアできない。だから、僕を助けると思って助けさせてくれ!」
不思議な物言いだった。
つい吹き出すセシリア。
そして、頷いた。
「はい!」
セシリアは遊の手を取って乗り込む。
二人の乗ったメイガスが加速した。
プロトタイプメイガスにはありえない速度である。
『止めろー! 止めろーっ!! 我らの! 共和国の面子が!! 建国早々、真正面から乗り込まれてすべての攻撃を躱され、しかも殺さずの慈悲を掛けられて、王女まで奪われたのだ!! 何もかも失ってしまう! 共和国に、誇りも何も無くなってしまう!!』
必死に追いすがる、共和国軍。
だが、異常な加速を開始したメイガスに誰も追いつけない。
ついに、彼らは追跡を諦めた。
首都を越えたメイガスは、ひたすら加速していく。
そして上昇……。
『き……消えました。レーダーに反応ありません。まるでこの世界にいなかったみたいに、忽然と……』
『そんな馬鹿な……』
この日、建国早々、共和国は全てを失った。
そこは既に救世主の助けが必要なくなった世界である。
※
「呆れた……!! 何をなさっていたんですか!? あの世界は平和を保てぬでしょう。面子を潰された国の言う事を、民が聞くと思いますか? ああ~なんたること~」
わざとらしく嘆く店長をよそに、セシリアはすぐに遊を抱きしめた。
「遊! もう、大変なことをして! 責任は取ってくださいね」
「ま、前向きに善処します」
「まあ! いいでしょう。じっくりと攻略? 遊の言葉ならそういうのですよね。やってみせますとも」
鼻息も荒くセシリア。
そこへ、店長が声を掛けてきた。
「王女様、良かったのですか、共和国のことは?」
「私は彼らに世界を預けました。その世界をどう作っていくかは彼ら次第です。私、その……遊が助けに来た時点で何もかもどうでも良くなってしまって……」
今にも遊の頬にキスをしそうだ。
遊が顔を真赤にしながら硬直している。
「あーあー! 店内でのメイクラブは困ります! 早く! 早く出ていって! あ、救世主、何かお願いがあったりはしますか?」
「あっはい」
遊は即座に応える。
助かった、とその顔には書いてあった。
「セシリアがこっちで普通に暮らせるようにしてください」
「……無欲ですねえ……!」
こうして、遊とセシリアはゲームセンター“ドリフト”を出た。
またこの店に来ることがあるだろうか?
それは分からない。
今はひとまず、ずっとこちらで暮らすことになったセシリアと、どんな風に過ごしていくのか……。
それが一番の問題だった。
「遊、それでは私、一つお願いすることがあります」
「あっはいなんでしょう」
「私もお料理とやらをします。教えて下さい!」
「あっはい! じゃあ食材を買って行きましょう。ええと、夜だから何がいいかなあ。カレーかなあ」
「カレーとはなんですか? いえ、遊が言うのだから美味しいものなのでしょうね」
歩き出した二人のお喋りは、いつまでも続くのだった。
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