第17話 インターミッション3
「いつもよりも覇気に満ちてるな! いいぞいいぞ。安曇野さんは仕事は正確だし、実力はあるんだ。足りなかったのが覇気だからな!」
主任に肩をポンポンされて、はあ、と答えておく。
機械の保守点検を行いつつ、この後は工場の行程チェック。
この街の大きな雇用を担う工場は、様々な小物を生産している。
いわゆる、雑貨屋や百均に並ぶようなアイデアグッズをひたすら作るところなのだ。
やりたくてついた仕事ではない。
そもそも、遊は勉強も運動も得意ではない。
ゲームだけが好きだった。
幸い、高校を卒業して入った電算機専門学校が就職に強く、この工場を持つ会社に入ることができたのだ。
昔から人生に対してあまりやる気がないため、遊はこんな田舎町への転勤も二つ返事で引き受けた。
まさかゲームセンターが無いとは思わなかったが……。
そんな自分に今、覇気があるとしたら……。
頭の中に、セシリアの顔が思い浮かぶ。
お小遣いとして三千円渡した。
これでランチと、おやつと、ちょっとブラブラするくらいはできるだろう。
それから、図書館の場所も教えた。
彼女のことが心配だが、17時までは仕事が終わらない。
悶々としつつ、何故かみなぎるやる気。
仕事はもりもり進んだ。
もとより、真面目に仕事をするタイプだ。
そこにやる気が加われば、仕事の進みも早くなる。
あっという間に午前が過ぎ、昼休憩。
食堂で本日のランチ、ブタしょうが焼き定食をパクパク食べた。
セシリアはちゃんと、食事ができているだろうか。
心配だ。
午後も悶々としつつ、バリバリ仕事をした。
時間が過ぎるのが遅いような、早いような。
気がつくと定時だった。
「お疲れ様です!!」
「ああ! 今日の安曇野さんはいつもと違ったね! 何かいいことあった? 明日もよろしくね!」
主任に声を掛けられつつ、定時退社。
工場の敷地にある門まで向かうと……。
ちょうどセシリアがバス停に降りてきたところだった。
なんと、一人でバスに乗れるように!?
驚愕する遊。
彼女も遊に気づき、笑顔になって手を振った。
「遊! お仕事お疲れ様です! これから戦いに挑むと言うのに、労働にも勤しむなんて……。あなたは本当に、聖王国にいたなら国民の鑑です!」
「変な感激のされかたしてる……。セシリア、大丈夫だった? お昼はちゃんと食べられた?」
「はい! スーパーでおにぎりを四つ買って、炭酸水でいただきました! おにぎりというのは楽しいものですねー」
お昼は存分に堪能したらしい。
どこで食べたか聞いたら、ゲームセンターが出現する、あの空き地だそうだ。
工場のすぐ近くではないか。
その後、遊が教えた図書館に行き、易しい日本語が書かれている本を読んで勉強していたと。
偉いなあ、と感心する遊。
「では、これからどうしますか遊?」
「ゲームセンターが出現するのがだいたい18時頃だから……ちょっと時間があるよね」
二人でうーんと考えた。
近場で時間を潰すには?
ゲーム以外は無趣味な遊。
さらに、時間を潰せる娯楽などない町である。
困ってしまった。
「私も今日一日、町を見て歩いたのですが。恐らく、遊の活動範囲近辺ですとスーパーと図書館、あとは個人商店だけしかありませんね。学校が一つだけありましたが」
「うん、小学校と中学校が一つになったやつでしょう。高校は町の外じゃないとなくて、大学はバスで二時間掛けないと行けないらしい」
「なるほどー」
感心するセシリア。
「私、王都とメイガスの発掘場の往復だけで生きてきましたので、こういう人々の生活する場で暮らすのは初めてなんです。だから、実は何も無いところを歩いているだけで楽しくって」
「じゃあ、時間まで散歩しますか」
「しましょう!」
そういうことになったのだった。
なお、これまでセシリアと話し込んでいるところを、早番の社員やパートの方々にバッチリ目撃されてしまった。
翌日、安曇野遊は外国人の女性とお付き合いをしているという情報が、工場中に広まることであろう。
田舎において人間関係の変化とは、最大の娯楽なのだ。
さて、時間が来るまでの間、二人は商店街にて揚げたてコロッケとバナナを買った。
コロッケをサクサク食べ、バナナの皮を剥いて食べ。
町中を歩き回る。
遊はここに来て、今まで自分が町の風景をまともに見たことがない事に気付いた。
「もう一年もここにいるのに、この町ってこういう姿をしてたのか……」
「どうしたのですか、遊? まるで初めて見たような顔をして」
「いやあ、初めて見たのかも知れないです……。ゲームしかやってこなかった人生なので……」
「なるほど、なるほど。それを言ったら、私も王女と技術者しかやってこなかった人生です。お互い、世界には初めてのことでいっぱいですね!」
なんと前向きな人だろうか。
遊は感心してしまった。
そんな彼女と一緒だからこそ、世界の姿が今まで変わって見えているのかも知れない。
「じゃあセシリアさん」
「はい」
「聖王国を救ったら、初めてのことをたくさんしましょう。まずは、あの部屋だと狭いから引っ越しとか……」
「いいですねえ」
セシリアが微笑んだ。
その笑顔は、自分の身に降りかかる、全てが終わったあとの運命を知っているかのように見えた。
「これからの僕は、口にしたことは実現することにしますから」
だから、きちんと言っておく。
こんな事を言えば相手にどう思われるか?
そんなのを気にするような余裕はない。
「は、はい!」
真剣な遊に、ちょっとドキドキしたのか、セシリアは目をそらしてコロッケをパクパク食べた。
そして、また時間がやって来る。
「ようこそ救世主よ! ゲームセンター“ドリフト”へ!」
「あっ、店長さん、差し入れのバナナです」
「あっ、これはどうも……」
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