第15話 明日が仕事なのだ
視界がパッと明るくなったかと思うと……。
そう明るくない空間に飛び出した。
ゲームセンターである。
後ろにはセシリアがくっついている。
「ど、どういう体勢?」
「感激して遊に抱きつこうとしたら、背中にしがみついていました! 私はこれでもいいのですが」
「あの、僕も構わないのですが、その、当たっていまして」
遊には見えないが、セシリアはちょっとだけ不敵に笑った。
当ててんのよとでも言いたげである。
奥手な遊の中の男らしさを目覚めさせようとしているのだ。
ここに、バタバタとやって来た女店長。
「あーっ、お客様困ります。店内でのメイクラブはお控え下さい」
「メイクラブではなく……」
「いいではないですか」
「!?」
セシリアの物言いに耳を疑う遊なのだった。
ともかく、二人は距離を取り。
「いや、お見事です救世主よ。第三ステージと第四ステージを連続で制覇なさるとは。本来ならば切り離すはずが、これはオーバーロードの介入でしょうね」
したり顔でぺらぺら解説する店長を、遊はじっと見つめる。
「あの。あなたは一体なんなんですか」
「私ですか? 私は見ての通り、ゲームセンター“ドリフト”の店長ですよ」
「いえそうではなくて……。どうしてメイガス・バレットを現実の異世界と繋げられるんですか? 何が目的で、一体何者なんですか」
「遊がとても男らしい感じに見えます」
「うっ、セシリア、茶化さないでね……」
店長はにっこり笑った。
「当然の疑問でしょうね。よろしい、少しだけお教えします。私は、暴虐なるオーバーロードの存在を憂える者です。ですからこうしてあらゆる世界を巡り、オーバーロードを倒せる戦士を集めています。今お伝えできるのはこんなものですが、どうです?」
「十分です」
「ええ!? 何も話していないようなものではありませんか! もっと追求しなくてもいいのですか? こう! 逃げるのを許さずに質問を!」
シュッシュッとシャドーボクシングするセシリア。
立て続けのステージクリアで、テンションが上っているのだ。
遊がこれを見て戸惑った。
「いや、僕はそれだけ教えてもらえば大丈夫だから。それにあんまり詮索するのは悪いですよ……」
「そうですか? 遊がそう言うのなら私も納得しますね」
セシリアが拳を収めた。
店長は防御の姿勢を解いた。
昨日ボディブローを喰らってから、警戒していたらしい。
「そもそも……オーバーロードとはなんなのでしょう。黒船帝国の皇帝がそうだと言うのですか? それはつまり……人智を超えた力を持つ、星を渡る怪物……?」
「おっと、風営法の関係で閉店時間です! それではお二人共、またのご来店を!」
また床がスライドして、遊とセシリアを外に追い出してしまった。
ゲームセンターが薄れて消えていく。
空き地だけが残った。
「逃げられました!」
悔しそうなセシリアなのだ。
「風営法って言うけど、まだ午後八時じゃないか……」
「あまり時間が経過していないということですか?」
「うん。後でこっちの世界での時間のことを教えるね」
「はい、よろしくお願いします! では……夕飯はあのスーパーというところで買っていくのですよね? 私、昨夜から戦闘用のビスケットと水しか口にしていないのでお腹が減ってお腹が減って」
「大変じゃないか! たくさん食べ物を買おう!」
遊とセシリアの二人は、早足でスーパーに向かった。
田舎の町であるこの辺りは、午後八時ともなると個人経営の店は全て閉まってしまう。
「今日は焼き鳥が残っていた……嬉しい」
「ヤキトリ、ですか?」
「そう。鶏肉の色々な部位が焼かれて、味付けされて串に刺さっているんだ。家に帰ったらバラしてシェアしよう」
「いいですね! 楽しみです!」
その他、おつとめ品のちらし寿司ととんかつ弁当が残っていたので購入。
サラダの類は、値引きなしの新鮮なものを購入した。
「お姫様におつとめ品ばかり食べさせてても悪いからね……」
「よく分かりませんが、気を使わなくて結構ですよ! 私はあなたの世話になりっぱなしなのです! まだ、どうやってこの恩を返せばいいのか分かりませんが……必ず! 必ず、倍にしてお返ししますからね!」
「倍返しですかあ。そうすると食費だけなら三千円くらいかな……」
会計を終え、帰宅する。
狭いながらも、この数日で輝きを増した我が家。
「まあ! 私の服がベッドの上に! もしかして、ベッドで寝ていないのですか? いけません! 戦士は良質な睡眠を取るべきです。私の服は床において、きちんとベッドで寝て下さい」
「ベッドはセシリアに寝てもらうので……」
「でしたら、一緒に寝ればいいではないですか!」
「なんですって」
ここが二階でなければ、驚きで飛び上がるところだった。
お弁当とお惣菜をレンチンし、ヤキトリは串から外して皿に並べる。
この家唯一の皿だ。
他には大きなボウルと小さなボウルしかない。
この間のコーンフレークの朝食は、このボウルを使った。
「皿も買い足さなくちゃな……。っていうか、セシリアはいつまでいられるんだろう。いなくなるならお皿を買っても」
ぽつりと呟く遊。
セシリアは鼻歌を歌いながら、買ってもらった服を広げて眺めている。
ふと思い出す。
それはメイガス・バレットのエンディングだ。
何度も見て、別の感情を動かされることはなかったあの場面。
聖王国は王制を廃し、共和制となる。
最後に残った王女セシリアは身を引き、塔に幽閉される……。
「うん、よくない」
遊は決意した。
皿を買い足そう。
それから、二人で住める部屋数のあるところに引っ越そう。
家賃補助がもらえるから、なんとかやっていけるはずだ。
「遊? どうしたのですか? なんだかキリッとした顔をしていたような」
「あ、いや、なんでもないです! ええと、あの、そう言えば僕は明日は仕事なので、五時までは戻ってこないんですが……」
「なるほど。じゃあ私は……この街を探検していますね」
「強い……!」
思わず呟く遊なのだった。
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