第12話 戦支度
同僚の塩辺とともに定食屋で朝食を摂る。
ハムエッグ定食が美味い。
今度は絶対、ここにセシリアを連れてこよう。
遊はそう心のなかで誓った。
「そのためには、セシリアには安心して食事ができるようになってもらわなくちゃだな」
「おいおい、お熱いねー。今度俺にも紹介してくれよ。どこでどうやってあんな外人の美少女と出会ったんだ? 美女って言うか美少女だろ? 明らかに俺らより年下だし、なんつうか事務のお局様と比較すると、動きに隅々がキビキビとだな」
「それ以上いけない」
「おっと! 田舎はどこで噂話を聞かれてるか分からないからな」
娯楽の少ないこの町だ。
年配の方々の楽しみは、噂話である。
昨日今日ポロッと漏らした話が、町のあちこちに伝わったりする。
このプライバシーの無さが、現代的な若者にとって不人気なのだろう。
遊の働く工場に配属された若手は、三人に二人が異動を希望したり辞めたりしている。
遊本人も、ゲームセンターのないこの町で、生きる希望を失ったように生活していたのだが……。
今はとても楽しい。
この数日間が信じられないほど充実している。
「じゃあ、僕はこれで」
「またゲームするのか! レトロゲーばっかやってて面白いのか?」
「面白いよ。こう、集中できる。自分との戦いだ」
「分からん世界だ! それよりソシャゲの方が面白くねえか? ってか、今どきスマホにソシャゲ全く入れてないって、そっちの方が信じられねえよ」
「僕はソシャゲの良さがよく分からなくて……」
お互い、趣味が全く違う。
だが、年が近い遊と塩辺は、つるまねばこの田舎の地ではやっていけないのだ。
明日の職場での再会を誓い、塩辺と別れる遊。
やるべき事は、ゲームセンター“ドリフト”が出現する時間まで、ゲームのおさらいだ。
スーパーで飲み物とスナック類を買い……。
ふと、セシリアの事を考えた。
「持って行く用の飲み物も買っておこう……」
炭酸水に感激していたから、きっとそれがいい。
第三ステージクリアにはさほど時間がかからないだろうから、炭酸水も冷えたままだろう。
遊はこうして、昼からゲームにいそしみ、寝落ち。
日が暮れてきた頃合いにハッと目覚め、またゲームをした。
そして時間がやって来る。
日が完全に沈んでしまう頃合いで、遊は外出することにした。
場所は職場の近く。
いつもなら何も無い空き地に、今日もその店はあった。
「三日連続でここにある……。夜だけ現れるのはどうなってるんだ。メイガス・バレットだけじゃなく、他にも懐かしいゲームがあったよな。終わったらそっちを遊ぼう……」
ぶつぶつと欲望を呟くが、遊の精神は研ぎ澄まされていっている。
ゲームセンターに入る前の、自分なりのイニシエーションとしてコーラを買った。
「いらっしゃいませ、救世主よ!」
にこやかに迎えてくれる、店主の女性。
彼女は一体何者なのだろう?
そんな疑問を感じたりもする。
だが、重要なのは眼の前のことだ。
メイガス・バレットには今日も、クレジット1の表示。
二人がけの椅子に座り、スタートボタンを押した。
「ゲーム再開だ。……そうだ。今日は第四ステージまで行っちゃおう」
「クレジットはイコールあなたの命だと知ってなお、あまりにも豪胆な物言い」
店主の声は感心半分、呆れ半分だった。
遊はゲームの中に飛び込むようなイメージを抱く。
意識がメイガス・バレットに飲み込まれていく的な……。
※
「遊!?」
打ち上げ用装備を装着し終えたメイガスが、突如起動した。
セシリアは、救世主の帰還を知る。
『あ、はい。僕です。凄い、ちゃんと装備ができてる。遊んでる時は装備が整ってて当たり前だと思ってたけど、裏でセシリアが頑張ってくれてたんだなあ……。もう感謝しかない』
「感謝するのは私の方です! 命を賭けてあなたが戦ってくれるのですから、私は持てる限りの技術でメイガスのコンディションを整えねばいけません。こう言うのはおこがましいかも知れませんが……私たちは今、二人で戦っているのですから」
『そうか! そうだね……! あ、あと、これ』
セシリアは眼の前で、メイガスのコクピットハッチが開くので仰天した。
無理やり開けたらあのゲームセンターとやらに移動するし、遊は自らここを開けてコミュニケーションしてくるタイプだとは思えなかったからだ。
コクピットから、ビニールがニュッと突き出た。
遊の手は無い。
宙に浮いているように見える。
彼の存在は、聖王国においては救世主という概念と化しているのではないだろうか?
だから、彼には実体がない。
ふと、セシリアはそんな事を思った。
彼の世界にいる遊は、きちんと肉体があるというのに。
『セシリア、炭酸水』
「あ、ありがとうございます! あ、冷えてる……!」
『すぐに第三ステージをクリアして戻って来るから。待ってて。そうしたら一緒に飲もう』
勝利宣言だった。
なんという人だろうか。
心強い。
『いっけね、これじゃフラグだ。まあ、無理しないでクリアしてくるから』
ハッチが閉じた。
「はい! では、発射準備を行います。空母甲板にメイガスを転送!」
『いつでも行ける』
「ロケットブースター点火! 発進どうぞ!」
『じゃあ、行ってくる』
その声だけを残して、メイガスは空を目掛けて一直線に駆け上がっていく。
“3rd STAGE START!”
そんな文字が、空に浮かんだように見えた。
お読みいただきありがとうございます。
面白い、先が気になる、など感じられましたら、下の星を増やして応援などしていただけると大変励みになります。