第10話 コインは命か
空母に帰還したメイガス。
それと同時に、遊の視界がゲームセンターに戻ってきた。
そう。
俯瞰で戦場を見ることが出来ていたとは言え、今までの遊の知覚は聖王国宇宙港にあった。
ゲームの臨場感ではない。
「遊!!」
大きな声とともに、遊は頭を抱きしめられた。
柔らかくていい匂いがするものに包みこまれ、混乱する。
「ウワーッ」
「凄い! あなたは凄いです、遊! 機械の騎士たちをあっという間にやっつけてしまった!! これで地上から宇宙へのルートが開けました!」
セシリアである。
感激しながら、遊を抱きしめているのだ。
「ですが……今の聖王国は、惑星そのものを包み込む黒船帝国のバリアによって封鎖されています。これを解除しないことには、真に宇宙へ攻め出る事はできないでしょう」
「お姫様、空を見つめながら呟くのはいいですけど、彼、気絶しそうですよ」
「えっ!? あっ、遊、しっかりしてください! 遊~!!」
頭を抱えられて豊かな胸に押し付けられた遊は、危うく酸欠で失神するところだった。
「ぜひーぜひー、人生で一番幸せな酸欠だったかも知れない……」
「ごめんなさい! ついつい、はしゃいでしまって……!! これまで黒船帝国との戦闘で、これほどの勝利を連続して迎えられたことは無かったのです! しかも、メイガスには一つの傷も無く!」
「そりゃあ、被弾したら終わりだもの。弾避けは当たらないことが大前提」
「そんなことが可能なのですか!?」
「シューティングゲームやり込んだ人は結構できるようになるよ。僕だって別に、凄く得意なわけじゃないけどできるようになったし」
「謙遜にも程がありますね」
店主の女性が肩をすくめた。
とりあえず、遊の息が落ち着くのを待つ。
セシリアもジュースを飲みつつ、ほうっとため息をついた。
「なんだか、夢の中みたいです。あれほど強大な敵と戦い、押し返すことができたなんて……」
「あ、はい。この感じだと……明日が聖王国包囲網の突破戦ですよね? どうやればいいのかは知っているんで、備えていきましょう」
「た、戦う前から勝つ気で!?」
「勝たないと負けるじゃないですか」
「今日一日一緒にいた時は、優しくて引っ込み思案な人だと思ったのに……。戦うときだけ、誰よりも優秀な戦士の顔になる……。これはずるいです」
「キュンと来ましたか」
「止めて下さい店主さん!」
「ウグワーッ! ボディーっ!?」
セシリアの照れ隠しのボディブローが店主の腹を穿ち、前のめりに倒れる店主。
だが、店主はすぐに回復した。
「思わぬ反撃でしたねえ。それで王女様、何か言いたいことがあるのでは?」
「はい」
セシリアは遊に向き直る。
この強力な戦士を、万全の状態で次の戦場に送り届けるため……自分にはやるべきことがあるのだ。
「私は、聖王国に帰ります。その上で、メイガスを整備し、ロケットユニットを装着します」
「あっ、大気圏突破のために……」
「はい! ただ、気をつけて下さい! ロケットユニットが使える時間は、およそ3ミニー……この世界では分と言うのでしたっけ。この短時間で黒船帝国の妨害をくぐり抜け、星を包み込むバリアを破壊せねばなりません。遊」
あまりにも困難な任務。
聖王国の名だたる戦士たちでも、これほどの困難を果たして見せよと言われれば、誰もが言葉に詰まることだろう。
しかし。
「ええ、やります」
遊は、この戦士は刹那ほどの間もおかずに即答した。
「頼もしい……!!」
セシリアが目をうるうるさせる。
遊はこういう女性の反応は初めてなので、オロオロした。
「ああ、救世主が困っていますよ! 王女様、お仕事に戻ってくださいな。私が送り届けましょう」
「はい! では、遊。また明日……」
「ま、また明日!」
店主がパン、と手を叩くと、セシリアの姿が消えていた。
それと同時に、ゲームセンターの電源も全て落ちる。
暗闇の中、店主が「閉店時間となりました」そう告げた。
「あの、一つだけいいですか」
「はい、なんでしょうか救世主よ」
「このゲーム、残機の表記が無いんですけど……。思うに、クレジットは多分、僕の命と直結してる。それで間違いないですか?」
顔の見えない真っ暗闇だと言うのに、遊には店主が笑顔になったのが分かった。
「お分かりいただけましたか……! そう、当店におけるクレジットは、あなたの命そのものです。機体が落ちる時、あなたは死にます」
「やっぱり」
あっさりと、遊はその事実を受け入れていた。
「おや。前任の救世主たちは皆、この事実を知るとうろたえ、戦場に戻ってこなかったか、あるいは信じなかった方はケアレスミスで亡くなったものですが……」
「いや、別に僕は人生に未練がないので……」
「おやまあ」
店主が呆れた声を漏らした。
そして店の扉が開く。
街灯の光が、差し込んでくる。
照らされた店主の顔は、すっかり呆れ顔だった。
「いけませんよ。命は大切なものです。投げやりなんて、もったいない。救世主、あなたはまだまだ若いのですから大いに生きることを楽しむべきです」
「あ、いや、シューティングゲームができればそれで満足なんで……。っていうか今、一番生きている喜びを感じてるくらいで」
店主の表情がまた変わった。
笑顔だ。
いや、笑顔がちょっとひきつっている。
「本物ですねえ……! あなたならば、やれるのかも知れません」
「何がです?」
「本当の救世主をやってくれるかも知れないと思いまして。では救世主よ! また明日のご利用を!」
「あーっ、ぐいぐい背中を押さないで下さい! 力で退店させられる~」
かくして店外に一歩踏み出した途端、遊の後ろにあった店は消えてしまったのだった。
「あー……。言いたいことだけ言って消えてしまった。色々聞きたいことがあったのに……」
あったが、考えてみると言葉にできない。
自分はどうやら、言語化が苦手らしいと遊は思った。
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