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第1話 INSERT COIN

 シューティングゲームは青春だった。


 ゲームセンターに通い詰め、その時の小遣いをありったけ小銭に変えた。

 筐体のコイン投入口前に積み上げ、スタートボタンを押す。


 自機が飛び出す。

 弾を避け、弾を当て、パワーアップパーツを取得し、敵の動きを覚え、弾の癖を把握し、ステージをクリアしていく。


 積み上げたコインの数は徐々に減っていった。

 やがて、ワンコインでそのゲームをクリアできるようになると……。


 インカム……収入を見込めなくなったそのゲームは撤去され、新たなゲームが置かれる。

 そしてまた、小遣いを小銭に変えて投入する。


 後ろに人がいれば、席を譲る。

 何より、コインを積み上げているのはコンティニューするためではない。

 また初めからやり直すためだ。


 ワンコインによるクリア。

 それ以外に価値を感じない。


 コインの数は、挑戦できる回数。

 それが一枚になった時、その世界を自分のものに出来たという満足感が溢れた。


 シューティングゲームは、青春だった。


 生活と一体となっていたゲームから離れたのはいつのことだったか。

 高校を卒業し、専門学校に通い、就職した。


 勤務先となった工場は家から遠く、社員寮に入った。

 そこには……ゲームセンターが無かった。


 ゲームと関わりのない日々が始まる。

 それでも、シューティングゲームへの欲を抑えきれず、家庭用ゲーム機を買ってゲームをした。

 コインの残量というプレッシャーはそこにはない。


 存分に遊べる。

 だが……物足りなかった。


 一度やられても、何度でもノーコストで再挑戦できる環境は、知っているゲーム体験とは大きく異なっていた。

 忠実に移植されたから何だというのか。

 自分のゲーム体験とは……あの時、あの場所。


 あのゲームセンターでなければありえないものだったのだ。

 ゲームが恋しい。


 また、ゲームセンターでシューティングゲームを遊びたい……。

 渇望しつつも、仕事は多忙で、退勤後は疲労困憊だ。

 家庭用ゲームを少しやって寝るだけの日々。


 休日は疲れを取るために、ひたすら寝た。

 自分は何のために生きているのか?


 そんなことが脳の片隅をよぎるが、熟考するほどの余裕などない。

 日々は猛烈な勢いで過ぎ去っていく。

 夢に見るほど、ゲームセンターに恋い焦がれながら、それに手が届かぬ日々が続いた……ある日。


 職場を出た眼の前に、その店があった。

 小さな店だ。


 店頭には、古びた小型のUFOキャッチャーがある。


 ゲームセンター“ドリフト”


 そういう名の店だった。

 今朝出勤した時には存在していなかった店だ。

 古びたネオンで作られた店名が眩しい。


 引き寄せられるように、ふらふらと入店した。

 店内に響く、様々なゲームの音。

 スロットがあり、UFOキャッチャーなどの景品ゲームがあり、メダルゲームがあり……。


 外見より広い店内を、歩く。

 目当てのゲームを求めてひたすら歩く。


「おや、いらっしゃいませ」


 バーテンダーのような服装をした女がいた。

 年は良く分からない。


「ドリフトへようこそ。君は選ばれたようだ」


「あの」


 何か話しかけられているようだが、それに答える余裕など無かった。


「シューティングゲームはどこに」


「ビデオゲームコーナーですね? それでしたら、あちらです。ただ、申し上げてくことがございます」


 女性店員が不思議なことを言う。


「チャレンジは一度のみ。コインは一枚制限です。次はございません」


「ああ」


 頷く。

 当然だ。

 コンティニューなどしない。


 たった一枚のコインでクリアする。

 そのプレッシャーをこそ求めて、自分は今ここにやって来たのだ。


「では、ご健闘を、救世主よ」


「ありがとう」


 店員の言葉に反応する余裕もない。

 ポケットを漁る。

 財布には、札しか入っていない。


 近頃、ずっと電子マネーでやりくりしていた。

 コインを使う機会など、早々ない。


 両替機の前に立った。

 涙が出てくる。


「久々だなあ……」


 紙幣が飲み込まれ、ジャラジャラとコインが出てきた。

 確か、チャレンジはワンコインのみだったな。


 一枚のみを握りしめ……。

 おっと、ドリンクをお忘れなく。

 自販機でコーラを購入した。


 小銭を財布にしまうのももどかしく、ポケットに押し込む。


 振り返った先にあったのは、懐かしきシューティングゲームの数々だった。

 そのうちの一つ……。

 自分がシューティングの世界に入るきっかけとなった、とあるゲームが目に入る。


「メイガス・バレットか……! しかも1だ。懐かしいなあ……」


 席についた。

 画面には、『INSERT COIN』の文字が踊る。


 デモムービーが流れ、その中で、ドットで描かれた少女が助けを求めていた。


『助けて下さい! 聖王国は今、黒船帝国によって侵略されています! あなたが……あなただけが希望なのです!』


『──聖王国の全ての地域は陥落し、残されたのは聖王都のみ。王女にして技術者であるセシリアは、ただ一機残された戦闘機、メイガスに望みを賭ける……。これが王国最後の希望。今、メイガスは飛び立つ。強大な帝国を、ただ一機で押し返すために──!』


 再び、『INSERT COIN』の文字。


「久々だなあ……!」


 手に小銭を握る。

 投入口に差し入れる……。


 カラン、と音がして、コインは飲み込まれていった。


 画面の表示が変わる。


『ようこそ、救世主よ』


 おや?

 こんな表示、あったかな……?

 まあいい。


 スタートボタンへと手を伸ばした。

 さあ、始めようか。

数話のシリアスの後、まったりした日常の展開があります。

緩急つけたスタイルのお話であります。


お読みいただきありがとうございます。

面白い、先が気になる、など感じられましたら、下の星を増やして応援などしていただけると大変励みになります。


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