オオカミサマ。 第一話 日常
「人間」とは
「平和」とは…
「共通の夢」とは……
これは
「僕らが目指すユートピア」
人類の果てしない欲望の先にある
「誰一人として辿り着かない禁忌の物語」
その序章の物語である。
実の弟を殺すことは実に気持ちいいことだ。
憎き弟が喚くのを見て身震いし、自ずと笑顔になっていく。
もはや弟が憎いのか殺したいのかもわからない。
もはや僕は人間ではないのだろう。
と、今頃世間では私のことを思っているのだろう。誰が血に飢えた狼なのだろうか。訳あって弟を殺した僕か、ここぞとばかりに非難する新聞社か。将又これを見ている君たちか。
この世界は言わば死後の世界。各々が夢見た数多の理想の集合体。僕らはそれらを一つにまとめ上げて「天国」という国を作った。ほら、世界の中心に大きな青い石があるでしょう?あれがこの世界を束ねている「天命機『ハルコン』」。
だが、それはたかが数名によって滅んだ。それほど脆い理想だったのだ。そして彼らは我々旧秩序の重鎮を「オオカミ」と呼んで蔑んだ。今や存在自体が罪なのだ。だから我々は集団を作った。その集団の跡目争いで先ほど言ったように弟を殺した。
そんな無残な兄の名は「御伽莽鐘」。
オオカミ集団「御伽家」の二代目当主だ。
まだ話してないことがあるが、どこから話すべきか…。
「まあ、お茶でも飲んで落ち着きなさって」
「ああ、ありがとう。相変わらず美味しく入れるもんだ。」
「ええ、お茶だけは上手く注げますの」
そう、彼女はお茶【だけ】上手く注げるのだ。料理、家事はかなりの音痴である。だが、お茶は一流だ。彼女は別のオオカミ集団「吉永家」の組員「浅見瑠璃、こうして完全に瓦解した御伽家の再興を手伝っている。家督争いで今やこの二人しかいなくなったこの御伽家ものどかで良いのだが、僕には夢がある。「オオカミ制度の破壊」だ。この腐りきった差別は「天国」にはいらない。そのためなら例え彼女であっても殺してしまうのだろう。弟にそうしたように。
オオカミ制度は破滅しないように作られている。いわば「宿命」。カースト制度のようなもので生まれた瞬間から存在が決まるのだ。そして役職もある。さながら人狼ゲームのようだ。僕らはもちろんオオカミだし、警察官は騎士が多い。他にも占い師、狂信者、恋人などと自分の役職に応じた能力で将来が決まる。皮肉な話、天国より下界のほうがよっぽど自由だ。夢がない死後の世界をどうして「天国」と言えようか。「愛しき僕らのユートピア」の完成こそ誰もが持っている人類共通の夢だ。それに夢を追いかける人間ってかっこいいと思うし。(あくまで個人の感想だが…)
「じゃあしばらく家を空けるよ。留守番頼んだ」
「ええ、最近特捜班が多いので特にお気をつけて。」
「あああそうだな。十分気を付ける。」
そんな挨拶をして食材調達と情報収集のため町へ向かった。特捜班はオオカミ特別捜索班の略で、警察組織の管下。オオカミに関する事案を解決する実力行使部隊。選りすぐりの精鋭たちが獲物をにらんで逃さない。もはやそっちが狼だろと言いたいのはさておき、彼らが最近活発なのは御伽家の衰退によるものだ。集団を抜けたオオカミ、いわゆる一匹オオカミが増えたからだろう。生憎まだ受け入れる体制が整って無い為、もう少し辛抱してもらうしかない。時間は十分あるし、ゆっくり復興していけばいいだろう。
そんなこんなで町まで向かったわけだが、相変わらず人目に付きにくい片田舎。新しい人を見るほうが珍しい。この町では偽名を使っているが、昔ながらの人にはいつも通り接している。そろそろ町の人は気づいているはずだが、私に対する印象が違かったのか何ら影響はない。このどことなく和やかな雰囲気が僕は好きだった。温かい雰囲気を久々に味わい、自身が人間であることを実感した。その後はそのままコソ泥のように夕焼けとともに消える。少し惜しい気持ちにもなるが仕方ない。僕は君たちとは違うから。
「オオカミも悲しそうな顔をするのね。」
正面を向けば見慣れた顔だ。御伽家特別捜索班班長の桔梗宇奈が一人
大木に体を預けていた。
「オオカミも人間だ。ほっといてくれや」
「侵害ね、人殺しに同じ感性があるとは思えないんですけど」
「また鬼ごっこか?未だに捕まんないのによく頑張るね」
桔梗は大木に預けていた体を怒りに任せて起き上がらせる
「っさいわね!捕まえたら終わりなんだから!」
勢いよくスタートダッシュを決めた二人は何度目かの逃走劇を繰り広げた。他人から見たらもはや鬼ごっこのような一方的な展開は今回も続いた。単純な体力も策略もすべて掌の上で転がされているような感覚。
「また遊んでやるよ」
桔梗はこの言葉にまた腹を立てた。
「いい加減捕まりなさいよ!」
「オオカミを今後捕まえないなら捕まってもいいよ~」
「そんなんありえない!次は絶対に捕まえるから!」
いつも通り御伽の勝ち逃げだ。そのまま御伽家の帰路に就いた。このような日々がずっと続けばいいのだが。いや、続かせるために夢を叶えなければならない。一等星が見える夜。再び心に誓った。