第十四話 花火
「どうした? 逃げるのか人間」
「お前の巨体に暴れられたんじゃ、今後俺の居城となるこの城が、瓦礫の山になっちまうだろうが。ついて来い大トカゲ」
俺は放心するアイリスを脇に抱え、反射を纏った足で城の床を思い切り蹴る。
すると、自らの体が反射され、城の外へと一瞬で飛び出す。
「おい、アイリス。あの大トカゲについて何か知っているんだろ? ボケっとしてないでさっさと教えろ」
「……あれは聖竜グリムノア……多分、お父様があなたを倒すために……王国の民の命を犠牲にして……」
アイリスは表情を曇らせながらポツリ、ポツリと言葉を紡いだ。
状況は想像以上に悪い様だ。
「……ちっ……なるほどな。それで俺の女たちも、城の連中も死んでいたわけか。
あのトカゲは王国の民すべてを殺したと言っていた。
つまり、今この国で生き残っているのは、王国の生まれでありながら、なぜか生きてるお前と、この俺だけというわけか」
正確には帝国軍と、他国からこの国へとやってきた人間は生きているだろうが、この国で生きている人間はほとんどいなくなったと見ていいだろう。
例え聖竜を倒せても、生気を取り戻さなければ、俺の手に残るのはアイリスと空っぽになったこの国の玉座というわけだ。
「あの愚王、余計な真似をしやがって……」
「フワーハッハッハッハ!!」
聖竜は城の一部を破壊しながら外へ現れる。
銀翼の翼を大きく羽ばたかせ、とてつもない速度で飛んでくる。
「さあ、妾を楽しませてもらおうか人間」
聖竜は俺を焼き尽くそうと、口から熱線を吐き出しながら迫る。
だが、熱線は俺に当たると、聖竜が吐き出す勢いの数倍の威力となって跳ね返された。
自分の熱線をまともにくらう聖竜。
しかし、まったく効いてる様子はない。流石に自分の吐き出した炎で焼かれるような間抜けではないらしい。
懲りずに熱線を何度も放射する聖竜。
次第に俺を焼き殺す事は不可能と理解したのか、鋭い眼光で上空からこちらをじっと見つめている。
「……ふーむ。妾の炎を喰らって無傷であるどころか、それを跳ね返すか。面白い人間じゃな」
「面白がってられるのも今のうちだぜ」
俺は空を舞う聖竜の巨体めがけ、そこら辺に落ちている瓦礫を蹴り飛ばす。
そのまま反射で蹴り飛ばしては瓦礫が反射の力に耐えられず破壊されてしまうので、瓦礫にも反射を付与してある。
俺の反射スキルは俺以外の無機物へも一時的に反射をかけられるのだ。
「――グオッ!?」
反射の効果で威力が増幅した瓦礫は聖竜の右肩を擦り、鱗の一部を大きく抉り取りながら空の彼方へと飛んでいった。
流石の聖竜も飛翔した瓦礫ごときに貫かれるとは思っていなかったのか驚愕する。
「どうした大トカゲ。さっきまでの高笑いが嘘のようだぜ」
「――馬鹿な……妾の鱗の硬度はアダマンタイトに匹敵するのじゃぞ……あんな飛び石如きじゃ傷一つ付くはずが――」
「そう悲観するな。お前の軟弱な装甲をぶち破るには、そこら辺の小石で十分だったというだけの話だ」
「ほざくなよ人間!! 妾の美しい鱗に傷を付けたこと後悔させてくれる!!」
鱗を剥がされた聖竜は激昂すると、翼を大きく広げ、遥か上空へと上昇する。
豆粒ほどのサイズになった聖竜は、滞空すると、雲を粘土のように練り上げ始めた。
「聖竜なんていう大層な名前が付いていても、所詮は爬虫類だな。頭のできが悪いらしい。
俺との実力差を瞬時に理解し、逃げることを選択したアイリスの方がよほど賢い。なあ?」
ずっと俺に抱えられているアイリスは、今の聖竜との攻防を間近で見続けたせいか、子犬の様に震え、怯えている。
「実に愛くるしい」
俺がアイリスの反応を楽しんでいると、いつのまにか空が雲に覆われ真っ暗になる。
聖竜は練り上げた灰色の雲から雷を吸い出し始め、それを両腕で圧縮する。
すると雷は一つの青白い光の球へと変化し、ものすごい音を立てながら大気が震え始める。
「炎が効かないと分かれば次は雷か。なんとも単純なおつむだな」
俺は呆れながらも上空を仰いでいると、聖竜の無駄にデカい声が王都に反響する。
「フワーハッハッハッハ!!!!
人間、貴様が何もできず突っ立っている間に、王都を吹き飛ばすだけのエネルギーが溜まったぞ!!!!
流石の貴様もこれは跳ね返せまい!!!!」
王都を吹き飛ばすというのもあながち嘘ではなさそうだ。
前世でこんな状況に立たされていたら、地球の終わりだとでも思ったかもしれないな。
派手な演出だ。
「消し飛ぶがいい!!!! 雷霆雷爆!!!!」
聖竜が腕を振り上げると、青白い光の球が空をひび割れさせるほどの無数の雷を放出し、王都へと降下してくる。
流石にあの光の球を王都で爆発させるわけにはいかないな。
「少しの間そこで待っていろ」
俺はアイリスをその場に下ろすと、膝を曲げ、全力で跳躍する。
すると俺の体は反射で降下してくる光の球へと一直線に飛んだ。
反射で空気抵抗を無くしているので遠くから見たら弾丸の様な速度だろう。
「弾けろ」
俺は光の玉に急接近すると、体を回転させ、まるでサッカーボールの様にそれを蹴り上げた。
すると光の球は反射し、流れ星の様に水平線の彼方へと吹き飛んでいった。
その数秒後、光の球は遥か遠くで爆発し、視界が青白い閃光に染まった。
そしてとてつもない轟音が鳴り響く。
「新たなる王の誕生を祝した花火としては上出来だな」
俺は美しい光景を横目に、上空で絶句する聖竜に笑いかけるのだった。




