囁く影
フォスが幻影を斬り払ったあと、霧の通路に再び静寂が戻った。
けれど、空気はまだ重く、どこか耳鳴りのような音が響いていた。
ティアが杖を握り直し、小さく呟く。
「……終わったと思ったけど、まだ何かいる。」
ノクスが警戒しながら光を放つ。
「うん。気配が……分かれてる。三方向から来るみたい。」
その瞬間、霧の奥から低い声が囁いた。
「ティア……あなたはまた、守れないかもしれない。」
ティアがビクリと肩を震わせる。
声は彼女の背後から聞こえた。
「前もそうだったでしょう? 誰かを助けようとして、全部失いかけた……」
ティアの目の前に、かつての村の光景が浮かんだ。
燃える森。泣き叫ぶ子どもたち。
そして、倒れた“誰か”。
フォスが慌てて駆け寄る。
「ティア!? しっかりしろ!」
けれどフォスの声も届かない。
ティアは幻影の中で立ち尽くしていた。
「……私、また……あの時みたいに……」
涙が頬を伝う。
すると、ティアの杖が淡く光り出した。
ノクスが息を呑む。
「ティアの魔力が……暴走してる!」
フォスがティアの肩を掴み、強く呼びかける。
「ティア! もう過去は終わった!
あの時の自分を責めるな! 今ここにいるお前が、俺たちを守ってるだろ!」
ティアは震える手で目を押さえた。
「……私、守れてる……のかな。」
ノクスが柔らかく微笑む。
「うん。フォスを守ったのも、ボクを助けたのも、ティアだよ。」
その言葉に、ティアの瞳から涙がこぼれる。
杖の光が安らかに広がり、幻影が霧のように消えた。
ティアは小さく息を吐いた。
「……ありがとう。大丈夫、もう迷わない。」
だがその時、背後でノクスが苦しそうに顔をしかめた。
「う……っ……!」
フォスとティアが振り向くと、ノクスの身体が黒い靄に包まれていた。
その中で、誰かの声が囁く。
「……光は弱すぎる。お前も影に堕ちれば、もっと自由になれる……」
ノクスの目がわずかに闇色に染まりかける。
ティアが叫んだ。
「ノクス! 負けないで!」
ノクスは必死に目を閉じ、震える声で答えた。
「……ボクは……もう……影には戻らない……!
フォスとティアがいる限り、ボクは光の方へ進む!」
その瞬間、ノクスの光が爆ぜるように広がり、黒い靄を吹き飛ばした。
霧が晴れ、再び静寂が戻る。
フォスは深く息をつき、仲間たちを見回した。
「……幻影は、心の弱さを狙ってくる。
でも、それを乗り越えた分だけ、俺たちは強くなってる。」
ティアが微笑み、ノクスも頷く。
「うん。もう大丈夫。どんな囁きがあっても、私たちは惑わされない。」
黒月の残滓が少し揺れ、低く呟いた。
「……でも、迷宮の声はこれで終わらない。
次の試練は――もっと深い場所から来る。」
霧の奥、闇の通路の向こうで、微かに光る何かが彼らを見つめていた。




