影の庭
黒い扉をくぐると、そこは異様なほど静かな世界だった。
空はない。地もない。
ただ、深い闇の中に、無数の“影”だけが揺れている。
ティアが震える声でつぶやいた。
「ここ……まるで、世界の裏側みたい。」
ノクスがフォスの肩の上で光を放つ。
「ここは“影の庭”。
かつて闇の王が封じられた場所のひとつだって……聞いたことがある。」
フォスは足を踏み出し、暗闇に目を凝らす。
すると、闇の奥から足音が響いた。
「やっと来たか。」
その声――フォスのものと同じ。
もうひとりのフォスが現れた。
彼は黒い外套を纏い、瞳は金と漆黒が混じった不思議な光を放っていた。
「ここが俺の“世界”だ。
お前が拒んできた闇が、形になった場所。」
フォスは剣を構えながら言う。
「お前の世界じゃない。
闇は――人を支配するものじゃない。」
もうひとりのフォスは静かに笑う。
「支配? 違うさ。
俺は“救い”を求めただけだ。」
その言葉にティアが反応する。
「救い……?」
「そう。
この世界では、光を信じる者は報われず、
闇を恐れる者だけが苦しむ。
だったら――光と闇を入れ替えればいい。」
フォスの表情が険しくなる。
「世界を、闇に沈めるっていうのか。」
「違う。
光が上にある限り、誰かの影は下にできる。
なら、いっそ“同じ高さ”にしてやる。」
その声は、怒りでも狂気でもなかった。
ただ、深い悲しみを帯びていた。
フォスはゆっくりと剣を下ろす。
「……お前、誰かを失ったんだな。」
もうひとりのフォスが一瞬、目を伏せる。
「ティアを、救えなかった世界の俺だよ。」
ティアが息を呑む。
「私を……?」
「お前は闇に呑まれ、俺は光を信じ続けた。
だが、届かなかった。
だから、俺は闇を受け入れた。
闇と契約し、全てをやり直す力を得た。」
フォスは目を閉じ、静かに言った。
「だから“影の契約者”……。」
もうひとりのフォスは頷いた。
「そう。だが、この力を完全にするには、
“もうひとつの俺”――つまりお前の光が必要だ。」
ティアが一歩前に出る。
「やめて! フォスを奪うなんて、許さない!」
影のフォスはティアを見つめた。
「君は優しい。でも、優しさはいつか“無力”になる。
それを俺はもう知っている。」
ティアの瞳に怒りと悲しみが宿る。
「それでも、私は諦めない!
フォスを、光も闇も全部受け止めてみせる!」
フォスはその声に微笑んだ。
「……聞いたか。これが“俺たちの世界”のティアだ。」
もうひとりのフォスが静かに目を閉じる。
「そうか……まだ“光”を信じられるのか。」
沈黙。
やがて、彼は背を向けて歩き出す。
「いいだろう。
俺はすぐにはお前を奪わない。
ただし――黒月が満ちるその日、
“どちらのフォス”が本物か、決めさせてもらう。」
その言葉とともに、彼の姿は闇に溶けて消えた。
フォスは剣を下ろし、息を整える。
「……黒月。あの日が来るまでに、俺は“闇を理解”しなきゃならない。」
ティアが静かに頷く。
「一緒に行こう。フォスも、もうひとりのフォスも、全部救うために。」
ノクスが微笑む。
「うん、ボクたちは3人で1つだもんね。」
その瞬間、影の庭の闇がわずかに光を帯びた。
まるで、闇の奥で何かが“目覚め始めた”ように。




