もうひとりのフォス
霧の森の奥。
フォスは岩の上で黙って夜空を見上げていた。
黒月の光がその横顔を照らし、まるで別人のように静かだ。
ティアは少し離れた場所からその姿を見つめていた。
「……フォス、あの日から、どこか変だよね。」
ノクスは小さく頷いた。
「うん。ボク、わかる。フォスの“中”に、もうひとりのフォスがいる。」
ティアは目を細める。
「もうひとり……。」
ノクスは続けた。
「祠で“調和の契約”を結んだとき、光と闇が混ざった。
フォスはその両方を受け入れたけど、
“もうひとり”は――闇だけを選んだんだ。」
ティアはその言葉を噛みしめながら、拳を握る。
「フォスは優しいから……全部抱えようとする。
でも、その優しさがいつか彼を壊すかもしれない。」
ノクスはティアの手に小さく触れた。
「ティア……怖い?」
少し間を置いて、ティアは微笑んだ。
「怖いよ。でも、離れない。
フォスを闇から連れ戻せるのは、きっと私とノクスだけだから。」
フォスが振り返る。
その瞳の奥――ほんの一瞬、黄金と闇の色が混ざり合った。
「……ティア、ノクス。
今の俺、少し……違うかもしれない。」
ティアは一歩近づく。
「違ってもいい。闇があっても、フォスはフォスだよ。」
フォスは微かに笑う。
だが次の瞬間、頭を押さえ、苦しそうに膝をついた。
「っ……く、また……声が……!」
ノクスが光を放ち、ティアが駆け寄る。
「フォス、しっかりして!」
フォスの影が地面に広がり、その中から“もうひとりのフォス”がゆっくりと姿を現した。
冷たい笑みを浮かべ、言葉を紡ぐ。
「ティア、ノクス。
あいつを救おうとしても無駄だよ。
闇を抱えたまま進むなんて、矛盾そのものだ。」
ティアが睨みつける。
「そんなことない! 闇を抱えたって、光は消えない!」
「光が闇を照らすように、闇も光を喰う。
均衡とは、どちらかが消えることなんだよ。」
“もうひとりのフォス”が腕を伸ばし、ティアの杖を黒い糸のような闇で絡め取る。
ティアが苦しそうに叫ぶ。
「っ……離して!」
ノクスが小さな体で飛び出し、フォスの影に光を放つ。
「フォスはそんなこと言わないっ!!」
一瞬、光が影を貫いた。
本物のフォスがその隙に剣を構え、影を斬り裂く。
「……黙れ、俺の偽物が。」
斬られた影は霧となって消えながら、不気味に笑った。
「偽物はどちらだ……?」
フォスの体がぐらりと揺れる。
ティアが支えながら、必死に呼びかける。
「フォス、闇なんてどうでもいい! 今は私を見て!」
その声に、フォスの瞳が光を取り戻す。
「……ああ。俺は、俺だ。」
夜が明け、黒月がゆっくりと薄れていく。
フォスは疲れたように空を見上げ、息を吐いた。
「ありがとう……二人がいなかったら、戻れなかった。」
ノクスが微笑む。
「ボクたち、仲間だもん。」
ティアも頷く。
「もうひとりのフォスが何を狙ってるのか、確かめよう。
きっと――黒月と繋がってる。」
フォスは剣を握り、静かに頷いた。
「あいつを、終わらせる。」
だがその足元――フォスの影が、わずかに笑った。




