蠢く影
朝の森は、いつもより静かだった。
鳥の声も、風の音も――まるで世界が息を潜めているように。
ティアは焚き火のあとを整えながら、ぼんやり空を見上げていた。
夜明けのはずなのに、雲が低く垂れこめている。
「……なんか、空の色が変。」
彼女のつぶやきに、フォスは剣を背に立ち上がった。
「昨日の祠の影響かもしれないな。妙な気配が残ってる。」
ノクスはティアの肩の上で震えている。
「フォス……“外”に、何かいる。」
フォスが振り向くと、森の奥の霧がゆっくりと蠢いた。
黒い靄が木々の間を這い、まるで生き物のように形を変えていく。
ティアが思わず後ずさる。
「……闇、まだ消えてなかったの?」
フォスは剣に手をかけ、低く構えた。
「違う。これは……別のものだ。」
霧の中から現れたのは、かつてフォスたちが倒したはずの“闇の従者”。
しかしその姿は歪み、まるで“何かに再構成された”ように見えた。
「おかしい……。こいつら、祠と一緒に封じたはずだ。」
ノクスが青白く光る。
「ボク、わかる……これは、ボクの“残り”。
祠から漏れた闇の欠片が、別の意志を持っちゃったんだ。」
フォスが剣を抜く。
「ってことは、闇の王の意志が――また動いてるってことか。」
闇の影が呻くような声を上げ、地面から無数の腕を伸ばす。
ティアは杖を構え、光の魔法陣を展開した。
「光よ――“シルフェ・アーク”!」
光の矢が闇を貫き、霧が一瞬晴れる。
だが、その奥に見えたのは――“人の形”をした影。
フォスが目を見開いた。
「……人間、だと?」
影は静かに顔を上げた。
その瞳は、闇と同じ黒紫に輝き、声を発した。
「フォス……ティア……。お前たちの“誓い”が、この世界を狂わせた。」
ティアが息をのむ。
「な、なにを言って――」
「光と闇を混ぜたことで、この地の均衡は崩れた。
封印は歪み、“我ら”は再び目を覚ます。」
影が手を伸ばすと、地面から黒い花が咲き、
そこから再び、闇の靄が生まれていった。
フォスは歯を食いしばり、剣を振り下ろす。
「お前が誰であろうと、闇に支配はさせない!」
剣が光を放ち、影を切り裂く。
だが、影は霧のように消え、フォスの背後で声だけが響いた。
「お前たちの願いは、美しくも、罪深い。」
風が止み、空が暗くなる。
黒い雲の中で、雷が一瞬だけ光った。
ノクスが小さくつぶやく。
「……あれは、“影の王”だ。
闇の王の残り火が……別の存在として動き始めてる。」
フォスは拳を握りしめ、
ティアとノクスを見た。
「なら、止めるしかない。
この手で、俺たちの“誓い”を守るために。」
ティアが強く頷く。
「うん、もう逃げない。光も闇も、全部抱えて進む。」
夜明けが再び訪れる。
だがその空の彼方では――黒い月が、静かに形を取り始めていた。




