沈みゆく心
夜の静寂。
フォスは一人、焚き火の前で腕の黒い紋章を見つめていた。
その光は以前よりも濃く、まるで“脈打つ影”のように皮膚の下で動いている。
「……力を使うたび、少しずつ俺じゃなくなる気がする。」
小さく呟いた声は、夜風に溶けた。
ティアは眠らずに彼の後ろに立っていた。
「そんなことない。フォスはフォスだよ。」
フォスは振り返らない。
「……ティア、お前は俺のことを信じすぎだ。」
「信じるしかないの。」
ティアの声には迷いがなかった。
「闇がどんなに怖くても、あの時フォスが“使う”って決めたのは、私を守るためでしょ?
その気持ちだけは、闇になんて奪えない。」
焚き火の光が二人の顔を照らす。
ほんの一瞬、フォスの瞳が闇色に輝き、ティアは小さく息をのんだ。
フォスは手で顔を覆い、低く笑う。
「……それでも、時々怖いんだ。自分の中の声が、俺を誘ってる。」
そこへ、ノクスがふわりと浮かび上がる。
「フォス……休んで……」
ティアが驚く。「ノクス、今……喋ったの?」
ノクスは光を帯びながら頷く。
「フォスの中……闇がうずいてる。放っておくと、心を飲み込む。」
フォスは苦しげに目を閉じた。
「……そんなこと、わかってる。」
ノクスはフォスの腕にそっと触れた。
その瞬間、ノクスの体が淡く光り、フォスの中に入り込む。
――一瞬、闇の世界が広がった。
冷たい霧の中、フォスは“もう一人の自分”と向かい合う。
その影は笑っていた。
「お前が望んだんだ。力を。守るために。」
「違う、俺は――!」
「否定しても遅い。俺はお前の闇。共にいる限り、お前は完全には光に戻れない。」
フォスが叫ぼうとした瞬間、ティアの声が闇の中に響く。
「フォスっ! 戻ってきて!!」
光が差し込み、影が一瞬後退する。
ノクスの小さな姿がフォスの前に現れ、
「まだ帰れる……僕が、つなぐ。」と囁いた。
その言葉とともに、闇が弾けた。
――目を開けると、フォスはティアの腕の中にいた。
ティアの目には涙がにじんでいる。
「もう……一人で抱えないで。」
フォスは息を整えながら、彼女の手を握る。
「……ああ。今度は、ちゃんと話すよ。」
ノクスが弱々しく鳴く。
「ピィ……フォス、まだ……“中”に何かいる。」
ティアとフォスは顔を見合わせた。
焚き火が消え、夜空の星が静かに瞬く。
その奥に、誰かの視線のような“黒い光”が潜んでいた――。
次回 闇に咲く願い




