2話 襲撃と出会い
現在、レティカは辺境行きの乗合馬車に揺られていた。
馬車の中は思っていたよりも人が多く、軽装の装備を着込んだ冒険者のような人間もいれば、幼い子供と寄り添う母親らしき若い女性、沢山の荷物を抱えた商人風の老人もいた。
狭くはあったが、時期的にそろそろ寒くなってきた季節な上に、これから向かうサポロヘイムは北の寒冷地だ。丁度いいだろう。
それにこの頃になると、レティカも現状に対して既に腹は決まっていた。
(ここは心機一転。考えを変えて、全てから解放され自由になったと思えば良いですよね?)
半ばやせ我慢ではあるが、貴族のしがらみに面倒を感じていたのも事実だ。
新天地で裸一貫でやり直すのも悪くはないかもしれない。
一人ウンウンと頷いて、やがて青空を仰ぎ見るレティカ。
そうして馬車に揺られながら、北に向かって三日が経過、外がうっすらと雪景色になり始めた時、外の方から悲鳴と共に馬車が急に停止した。
「ぐぅ――ふわぁ⁉」
眠りこけていたレティカは衝撃で覚醒すると、何事かと外へと顔を出す。
すると、馬車は何人もの男たちに囲まれており、御者の人も彼らに喉元に剣を突きつけられていた。
「ククク、命が惜しかったら、大人しく言う事をきくんだなぁ」
リーダーらしき髭面の男はいかにも悪そうな笑みでお決まりのセリフを口にする。
周囲の男たちもやたらと人相が悪く、いかにもといった風体をしている。
(なるほど。これはいわゆる盗賊という奴ですか)
得心がいったレティカは初めて見る小説や劇の中でしか知らなかった悪漢たちに、謎の感動を覚えていた。
「おい。お前ら、盗れるもん盗ってさっさとズラかるぞ!」
「ヘイ、お頭! おいテメェら、全員馬車から降りて、有り金も荷物も全部よこせ!」
髭面の男……お頭の指示を受けた子分たちは馬車の中で縮こまっていたレティカたちを恫喝する。
ここで逆らっても仕方がない、とレティカは一番に馬車を降り、他の乗客たちにも目配せして促した。
レティカの視線を受けた乗客たちは、一人また一人と馬車から次々と下りていく。
「おっ、いい女がいるじゃねえか」
しかし、その途中で賊の一人は下卑た笑みを浮かべて、こちらへと近付いてきた。
(くっ。やはり腐っても貴族の娘、そういうのが雰囲気とかでわかってしまうのですね……!)
近付いてくる賊に対し、レティカは覚悟を決めて、マントの下の護身用のマジックアイテムに手をかける。
しかし、賊はレティカをあっさりと素通りして、後ろの方にいた親子の母親の方の腕を掴む。
「いやぁああ! 離してぇ!」
「お母さああん!」
「ククク。抵抗したって無駄だぜぇ!」
ガン無視されたレティカはマントの下でポーズを取りながら、硬直する。
「……」
「あん? なんだよ、そこの地味な眼鏡女。何固まってんだ。さっさと金目のモン全部出せ」
「……」
「ん? なんだ、その手に持った丸い紙包み――がぁああ!」
とりあえず、レティカは無言で懐に忍ばせていた小さな皮袋を山賊の顔面に命中させる。
赤と黄が混じった粉が舞い、絶叫を上げる賊。
「ぶえっくしょい! ……このアマ……ハクシュッ! ……許さね……ブフゥー!」
賊は目の前のレティカを斬り捨てたいのだろうが、痒みとくしゃみでそれどころではなく、顔面を鼻水と涙塗れにして地べたを転げ回っている。
「ふむ。痴漢対策に作った催涙弾の試作品だったけど、少し威力配分間違えたかなあ……。材料の薬草に魔石を砕いた粉末を肥料にして育てた影響かも?」
一人地獄絵図と化している賊を眺めながら、のんびり考察及び今後の改善点を模索しているレティカに、他の賊たちは激昂する。
「テ、テメェ、この地味眼鏡女! よくも仲間を!」
「ただで済むと思うなよ。地味眼鏡女!」
「野郎ども! その地味眼鏡女をたたんじまえ!」
「地味眼鏡、地味眼鏡、うるさいんですよ! アナタ方、世界中の眼鏡っ子と眼鏡っ子好きを敵に回したいんですか⁉」
レティカの方はそれ以上の怒りを爆発させる。
一方的な婚約破棄、辺境への左遷。いいかげん、こちらも鬱憤が溜まりに溜まっていたのだ。
この際こいつらにぶつけさせてもらおう、そう思ったレティカは旅套をたなびかせ、その下を見た賊たちは絶句した。
そこには怪しげな液体が入った小瓶や試験管、読めない記号や文字が刻まれたナイフやスクロール、といくつものマジックアイテムが収まっていたのである。
「死ぬ覚悟がある奴だけかかってこーい!」
手に魔法戦闘用の携帯杖を構えながら、レティカはそう叫ぶと、手始めに小瓶や試験管を賊たちに向けて投げまくる。
『ぎゃああああああああ!』
すると、色とりどりの爆発が巻き起こると共に、賊たちの悲鳴が響き渡る。
しかも、話はそこで終わらない。
「ひひっ、うひひっ、ひゃははははははは!」
「うわぁああああん! サミィ許してくれぇ! あの時、お前の靴下を盗んだのは俺なんだぁ!」
「ひぃいい! なんだ。このデカいスライムはぁ! いやあ! 見ないでくれぇ!」
ある者はひたすらに笑いが止まらなくなり、ある者は泣きながら己の恥ずかしい過去を吐露し、ある者はスクロールから召喚された巨大スライムに飲み込まれ服を溶かされ全裸を晒す(男である)。
「こ、この女、イカれてやがる……ぐぉお⁉」
その光景を見て、戦慄している賊もカラフル爆発の嵐に呑み込まれた。
「フハハハハハハハハー!」
半ばヤケクソで哄笑するレティカ。
彼女の後ろに避難した乗客たちもドン引きであった。
「小娘が舐めやがってぇ……!」
「あっ――!」
しかし、いつの間にか、賊の一人……リーダー格の髭面男が死角に飛び込んできており、意表を突かれたレティカは慌てて次の小瓶を投げようとするも、その前に腕を掴まれてしまい動きを封じられた。
「よくも滅茶苦茶してくれやがったなあ! だが、これで終わりだぁ!」
髭面はトドメとばかりに剣を持った手を振りかぶる。
――あっ、これ死んだな。
あっさりと覚悟を決めたレティカは目を閉じた。
「――ありゃ?」
しかし、いつまでも刃が己を切り裂く衝撃も痛覚も襲ってこない。
「ぐっ、ぐぅ……!」
呻き声が聞こえて、おそるおそる目を開けるレティカ。
すると、肩に弓矢が刺さった髭面が、痛みから剣を落としていた。
レティカは矢が飛んできた方向へ視線を向けてみると、そこには弓を番えた青年を乗せた馬がこちらに向けて駆けてきていた。
「せいっ!」
「ガハッ⁉」
黒髪の青年は馬から飛び降りながら、髭面の顔面に蹴りを喰らわせる。
「おい、大丈夫か⁉」
「あ。――はい」
ピクピクと痙攣して起き上がる様子の無い髭面をよそに、レティカは青年の問いになんとか頷いた。
「ふむ。パッと見た限り怪我はないようだが、念のため、とりあえずウチの治癒師に見てもらいな。もう少しで到着するからよ。もちろん、後ろにいる人らも一緒に――え?」
青年が話している最中、突然レティカは無言で彼に向けて杖を向ける。
杖の先から火が灯り、驚愕の表情で固まる青年。
直後、レティカが杖から放った火球は、青年の後ろにナイフを片手に迫っていた賊の一人に命中した。
「ほぎゃわああああああ!」
火達磨になった賊は火を消そうと足元の雪原に転がる。
「……あんた、魔法使いだったのか。助かったよ。ありがとな」
「いえ。こちらこそ、さっきはどうも」
転がる賊の頭を鞘で叩いて気絶させながら、礼を言う青年にレティカも礼を返す。
「旦那ー!、一人で先行しないでくださいやぁ!」
そこへ後ろから青年よりも幾分か年上の男が息を切らして走ってきて、続くようにさらに後方へゾロゾロと装備をした者らがやって来る。
格好を見るに、どうやら彼らはこの領で活動している冒険者たちらしい。
「悪い悪い。遠目で既に人が襲われてたからなぁ。こりゃ急げと思ってな」
言って、青年は改めてレティカを見る。
「俺たちは最近ここら辺で出没してた山賊……コイツらを何とかするために派遣されたんだが、アンタは身なりからしてもしかして王都から来たのか? つーことは最近こっちに飛ばされてきたっていう……」
こんな冒険者にまで自分の話は届いているとは思わなかった。
隠すつもりもないので、レティカはとりあえず自己紹介をする。
「あ、はい。そちらの領主様の下で魔法関係の仕事に就かせてもらう事になりました。レティカ・シュガードナです」
彼女の名を聞いた青年は得心の行ったような笑みを受かべた。
「へぇ。こんな辺境の地に左遷された魔法士ってのはどんな問題児かと思ったが、少なくとも腕はいいみたいだな」
「そりゃどうも……」
縛り上げられた賊たちを見ながら、挑発気味な物言いをしてくる青年に思わずレティカはムッとする。
「……っと、俺の紹介が遅れたな。俺の名はダスト。ここらでは冒険者をやらせてもらってる。それじゃあ、お前さんら全員都市まで送りがてら、あんたも辺境伯の屋敷まで案内してやるぜ」
そう言って、ダストと名乗った青年は屈託なく笑った。