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勝ち目のない冷戦


ケルティがセリウスに目を付けられていると確信したあの日から、二人の壮絶な鬼ごっこが始まった。

無論セリウスにそんな気はなく、ケルティがひたすらに彼の接近を避ける、というひどく子どもじみたものであった。


そんな彼女の奇行をレナは生暖かい目で眺めていた。




「…よしっ!ここは大丈夫!」


昼休み、ケルティは最近の日課となっている安寧の地を求めて空き教室を探しまくっていた。


音楽準備室となっている小部屋には厚手のカーテンが掛かっており外からは室内が見えないようになっている。

その点に安心したケルティは今日のランチ場所をここに決めたのだった。


二人は教室の隅に片付けてあった机と椅子を適当に引っ張り出し、弁当を広げる場所を作った。




「こんなこと、いつまで続ける気?」


ケルティに付き合わされているレナがため息混じりに聞いて来た。

彼女もケルティに合わせるため家から弁当を持参して来ている。




「……………………卒業まで。」

「馬鹿」


ケルティの心からの本音はレナによって一蹴されてしまった。



「もっと現実的に考えなさい。そもそも、ケルティは何も悪いことをしてないんだから逃げなくてもいいのよ。一層のこと、彼と直接話してみれば?」


「そんなことをしたら、うちの家が取り潰されちゃう、かも…キャメリア怖い…」


「もう潰れているも同然じゃない。」


「そんなこと言わないでよ!いやそうなんだけど。」


「どっちよ。まぁいずれにせよ、貴女の家に何かあったとして、当面の衣食住くらいうちでなんとか出来るわ。」


「レナ……」


レナの言葉に思わず瞳が滲むケルティ。


親友の心強い言葉に胸の奥がじんわりと熱くなった。

ありったけの感謝の気持ちを込めて机におでこがくっつきそうなほど頭を下げる。



「不束者ですが、宜しくお願い申し上げます!」


「あ、ケルティの嫁入り先を探すことも急務だったわね。」


まるで嫁入り時のような挨拶に、レナは新たな懸念を引っ張り出してきた。途端にケルティの顔面が引き攣る。



「そうなんだよっ。もう伝手も使い果たしたし、校内はほとんどがお手付きだし…どうしよう…3学年になってから問題が山積みだ…うぅ…」


「…お手付きって、該当者全員に手紙を送っただけでしょ。変な言い回し止めなさい。」


呆れるレナをよそに、ケルティは手を動かして弁当を食べ進めていく。

どんな状況下でも人間腹は減るらしい。



「やっぱりこれは、セリウス様の所に嫁ぐしかないんじゃない?あんなに追いかけてくるんだし、少しは興味があるのかもしれないわ。」


「家を危険に晒してまでそんな博打みたいなこと出来ないって!!」


「一旦家のことは横に置くとして、ケルティ貴女、あんなに見た目麗しい男性に名前を呼ばれて目をかけられてドキッとしないの?普通は胸がときめいて恋に落ちるんじゃないかしら?」


「こい?コイ?恋?…なんて言うかその、そういう目で男性を見たことがないんだよね。基本は資産と将来性の有無で家のためになるかどうかって判断しているから。」


「貴女に聞いた私が馬鹿だったわ…今の質問は忘れてちょうだい。」


話が通じないことに疲れたのか、レナは瞑目して目頭を指で揉んでいる。



「そういうレナはどうなの?セリウス様のことを皆が好きになるなら、レナだって恋に落ちてるんじゃないの?」


「それは無いわね。私の好きなタイプは、ゴリラみたいに身体が大きくて野生味溢れる男だから。あんな綺麗な人間には心惹かれないわ。まぁ観賞用としてたまに眺めるくらいなら悪く無いけれど。」


「うっわ…レナも大概だよね。」


「うるさいわよ。」


その後も仲良し二人組の会話はテンポよく進んでいくが、自分達しかいない空間でおしゃべりに夢中だった二人は、僅かに開いたドアの隙間から耳を澄ましている存在に気づていなかった。



「…これは中々に手強いな。」


黒髪の彼はひとりぼやくと、ケルティ達に気取られないよう気配を消してその場から音もなく立ち去っていった。




翌日、朝のホームルームで教師から夏に開催されるダンスパーティーの説明を受けた生徒達は待ってましたとばかりに色めき立っていた。


この学園で数々の逸話を誇る伝統的な行事に、普段は大人しいグループに分類されるような者達も楽しそうな雰囲気で溢れている。


そんな中、ケルティとレナの二人は通常運転であった。



「レナ、ダンスパーティー行くの?」


「まさか。私の婚約者は学外だし、わざわざここ王都に連れてきて参加させるなんて面倒よ。」


「そうでした……………」  


レナに婚約者がいる事実をすっかり忘れていたケルティは、形容し難い衝撃で机の上に突っ伏した。



「ケルティには良いきっかけになるんじゃないかしら?学園の公式行事だから普通のデートより断然誘いやすいわよ。」


「そうかもしれないけれど、パーティーに着て行くようなドレスなんて到底準備できないし…そもそも誰を誘うんだって話…」


「そうねぇ……」


教室内をぐるりと見渡した二人は同じタイミングでため息をついた。


このクラスの半数以上が既に婚約しており、ケルティの条件に合いそう且つフリーの相手といえばダリクくらいであったが、黒い噂の絶えないスロットル家は最初から頭数には入っていなかった。



「こうなったら新入生に声を掛けてみるか。相手が卒業するまで私も留年し続ければいいし。入学者名簿は手に入れたから、家名順で片っ端から…」


「貴女、時々恐ろしいことを言うわね…」


二人が話し込んでいる内にいつの間にかホームルームは終了となっていた。

1限目は教養の授業で絵画を学ぶこととなっており、他のクラスメイト達は皆美術室への移動を始めていた。


皆が教室の出口へと向かう中、人波に抗って教室の奥へと進む人影があった。

ケルティの正面に立った彼は一呼吸置いた後、真剣な表情から一転眩しいほどの笑顔を見せた。


「ケルティ、僕のパートナーになって欲しい。」




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