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危機回避



「きゃあああああああっ!!!」

「…っうわあああああああ!!!」


天井が低い階段下に甲高い悲鳴が響いて反響する。

その悲鳴に驚いた野太い悲鳴が重なり、さらに大音量の叫び声となった。



「大丈夫!?」


悲鳴に反応して心配そうに駆け寄る声が上の方から聞こえて来た。急いで上階から駆けつけて来たらしい。



「….え?は??セリウス様!?一体何が…」


先に冷静さを取り戻したケルティが、駆け降りて来た人物がセリウスであることに気付く。


そして目の前には、彼のジャケットであろう上着を頭から被り視界を塞がれパニックになっているキャメリアの姿があった。

すぐに駆け寄り、セリウスが片手で彼女の頭から上着を剥ぎ取る。



「ごめん。上着を脱いだ時に手を滑らせてしまって…」


申し訳なさそうに美しい顔面を歪ませて両手を合わせるセリウス。


派手に取り乱した姿を見られたキャメリアは何も言えず、真っ赤な顔でスカートの裾を握りしめ唇を尖らせている。



「これは重たいだろうから僕が戻しておくね。」


さりげなくキャメリアの手から花瓶を取り上げると、セリウスは一段高い出窓に置き直した。


彼女が事前に用意した花瓶には最初から水が入っていなかったが、彼がそれを気に留める素振りはない。



「で、二人はこんなところで何をしていたの?僕は校内を見学して回っていたんだけど。この辺りは今は使われていないんだってね。」


「えっと…」


これは正直に言って良いものだろうか、とケルティは正面にいるキャメリアのことをチラリと見る。

フンッと顎を引いた彼女は思い切り視線を逸らした。



「もう帰りますわっ。」


この場から逃げるように立ち去るキャメリア。

ケルティの横を通り過ぎるその一瞬、僅かに歩くスピードを緩める。



「今日のこと他言したら、今度は家ごと潰すわよ。覚悟なさい。」

「ひっ…」


去り際、表情ひとつ変えず低い声で脅しを言ってきたキャメリアは、そのまま何事も無かったかのように通り過ぎて行った。

ケルティは何も言えず、ただ茫然と彼女の背中を見送った。




「ケルティ、馬車まで送っていこう。」

「……けっ、結構です!!!」


キャメリアの脅しが耳から離れず、これ以上関わりたくないと思ったケルティはセリウスの申し出を全力で断り、そのまま走り去って行った。



「まぁ、そんなことは僕がさせないけどね。」


一人残されたセリウスは、誰に言うでもなくポツリと心の声を口にしていた。




***




「た、ただいま…」


帰宅したケルティは自室に入るなりカバンを床に放り投げ、上着も脱がずに制服のままベッドの上に倒れ込んだ。

長年使い込まれたベッドのスプリングが軋む音が聞こえる。



「お帰りなさいませ、ケルティ様。…今日は随分とお疲れですね。」


この邸唯一の使用人であるミカは、彼女の帰宅に合わせて自室へと顔を出していた。そして、寝転がっている状態でケルティの着替えを手早く進めていく。


歳が近く、姉妹のような信頼関係を築いている二人の間には遠慮というものがない。

ケルティは器用に転がされながら部屋着への着替えを完了させた。



「金髪縦ロールに青目って何であんなにおっかないの…優しさって言葉知らないんだよきっと。こっちが没落寸前だからって言いたい放題言ってきて腹立つ…」


「…何があったかは分かりませんが、見た目で決め付けは良くありませんよ。第一、この国のほとんどは青目ではないですか。ほら、ケルティ様も。」


「…じゃあ金髪縦ロールに限定する。」


仕事に戻ったミカはケルティの話を真面目に聞いておらず、脱がせた制服をブラッシングしてハンガーにかけ、転がっているカバンをクローゼットに仕舞い、今度はお茶の用意を始めた。



「はぁ…またあの優しい世界の夢が見たい。あの時は皆にお嬢様扱いされて幸せだったなぁ…」


「…あの頃とはもう違いますからね。」


「そういえば」


紅茶の良い香りにつられて起き上がったケルティはソファーへと移動した。

ベッドと同じく年季の入った剥がれ掛けの革張りのソファーが悲鳴を上げる。



「あの子、今どこにいるんだろう?ミカ、何か知ってる??」


「……どなたのことでしょうか?」


ティーポットを片付けようとしていたミカの手が止まる。

部屋から出て行こうとしていたが、ケルティの側に戻りソファーの横で膝を付いた。



「ほら、私が路地裏で見つけて来た綺麗な男の子。1年くらいうちで預かってて…確か名前は…『ダンケル』だったかな。物凄く可愛くて私に懐いてくれていたのに、いきなりいなくなったでしょう?あの時はショックだったな…」


「……あの頃は使用人達が大量に離職してましたから、彼も危機感を覚えて勤め先を変えたのかもしれません。私も詳しいことは知りませんが。」


「そう……」


ケルティはティーカップを手に取り口に付けた。

複数の茶葉の香りが混ざり合い、複雑な旨みが舌に残る。

アレースト家で唯一金をかけている嗜好品がこの茶葉であった。見栄を気にする父親の矜持で、今も変わらず馴染みの店から同じ茶葉を取り寄せている。



「お父様は帰ってくる?」


ケルティからの問いかけに、ミカは無言で首を横に振った。



彼女の父親は、ここ数年他の貴族の領地で出稼ぎをしておりこの邸には滅多に帰って来ない。

廃業した家業の代わりに少しでも稼ごうと、身体を酷使している。

ケルティの母親は、周囲にバレないよう自室に閉じこもって衣装の手直しを受託していた。寝る間も惜しんで僅かな手間賃を得ているのだ。


そんなここ最近の母親の状況に、ケルティも薄々勘付いてはいた。


そのせいもあって、ケルティの富裕層との結婚に対する意思は強まる一方であったのだ。




「ミカは黙っていなくならないでね。」


「ええ、もちろんです。私自らケルティ様のお側を離れることなどあり得ません。」


ケルティが抱える不安に、ミカはすぐさま力強く肯定の言葉を口にした。

彼女の返事に安心したのか、ケルティは穏やかな表情で残りの紅茶を楽しんでいた。



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