歓迎会
「絶対周りの子達にも聞こえていたわよ!まったく、声が大きいんだから!」
「へへへ。意気込み過ぎてつい…」
新学期初日は授業が無く、今日は簡単なオリエンテーションのみで解散となった。
ちょうどお昼の時間だったため、二人は揃ってカフェテリアに来ていた。
一番端の眺望の悪い席に座り、いつもと同じ1番安いランチセットを注文したレナ。
普段ならケルティも同じものを頼むのだが、今日は飲み物しか頼んでいない。
「今日は飲み物だけなの?」
「ちょっと節約しようと思ってね。」
どことなく自慢げな表情のケルティは、カバンから自前のランチボックスを取り出してテーブルの上に広げた。
「嘘でしょ…………」
ケルティが蓋を開けた瞬間、レナの表情が強張る。
ランチボックスには野菜とは到底呼べない名もなき緑の葉っぱ達が詰めし込まれており、その隙間にちぎったパンが埋め込まれていた。
「へへへ。お弁当作ってきたの。」
嬉しそうに微笑んで葉っぱを食べ始めたケルティに、レナはもう何も言えなくなった。
その代わり、自分のランチセットからチキンを取り分けてそっとケルティに分けてあげていた。
「でも結局話しかけられなかったなぁ…」
「さすがにアレではねぇ…」
レナがチラリと向けた視線の先には、大勢のクラスメイト達に囲まれ熱烈な歓迎を受けているセリウスの姿があった。
キラキラと輝く高位貴族の子女達が集まり、皆彼と親しい間柄になろうと必死に詰め寄っている。
セリウスも嫌がることなく、にこやかな笑顔で皆に気を配っているように見える。
その気取らないところが更に彼の人気を後押ししているようであった。
「とにかく、私たちは帰ったら作戦会議よ!」
「なんで私まで巻き込まれているのよ…」
さすがの二人もここでは居心地の悪さを感じ、咀嚼のスピードを速めた。
チーズやハム、レタスを挟んだバケットを頬張り、あっという間に皿を空にする。
食べることに必死だったケルティは、こちらを気にする青い瞳に最後まで気付くことは無かった。
***
「キンベラー様はこれまでどちらにいらしたの?」
縦巻きの金髪をくるくると人差し指に巻き付け、猫撫で声を出すキャメリア・グレンダン。
ここにいる者達の自己紹介が終わった後、ヒエラルキーの頂点に君臨する彼女が真っ先に質問を投げかけて来た。
誰にも話させる気は無いらしい。
「ああ、僕は飛び級入学だから。学園というものは今日が初めてなんだ。」
「まあ!」「嘘だろ」「すごいな」「ヒューッ」
さらりと優秀さを伝えて来たセリウスに、周囲から驚きと称賛の声が上がる。
この学園には入学試験があり、貴族だからといって誰でも入れるわけではない。
皆それなりに勉強と対策をして試験に臨むのだ。その苦労を知っているからこそ、『飛び級入学』という事実に恐れ慄く。
「飛び級ってセリウスお前、一体いくつなんだよ。」
年下であることが分かった途端、ダリク・スロットルが気安い口調で問いかけて来た。
同時に肩を組むように腕を乗せてきたが、セリウスは笑顔のまま受け入れている。
すぐさま、この場の主導権を握りたいキャメリアがキツく睨みつけてきたが、ダリクはどこ吹く風だ。同性というアドバンテージに嫉妬し、唇を噛み締める。
皆セリウスの答えが気になって仕方なく、興味津々で彼のことを見ていた。
一点に皆の視線を集めたセリウスは少しだけ間を置くと、そっと唇に人差し指を当てる。
「年齢は僕のコンプレックスでね、同い年だと思って接してくれると嬉しい。」
「「「「!!!!!!」」」」
片目を瞑り、僕らの秘密事だよと言わんばかりに妖艶に微笑むセリウス。
同年齢とは思えない大人びた仕草に、女子生徒のみならず男子生徒まで僅かに頬を紅潮させている。
何人かは自身の胸の高鳴りに焦り、飲み物を一気飲みしていた。
セリウスの周囲が異様な熱気に包まれる中、ひとり涼しい顔をしている彼はカフェテリアの奥に視線を向けた。
「あそこにいた女子生徒達はどうして一緒じゃなかったんだい?同じクラスメイトだろ?」
ふと疑問に思ったことを首を傾げて尋ねるセリウス。
そのキョトンとした愛らしい振る舞いに、今度は何人かの女子生徒が胸を押さえている。彼のあまりの尊さに目頭を押さえている猛者まで出て来た。
「彼女達は、わたくしたちとは違うからですわ。」
代表してキャメリアが端的に答えた。
そんなことより、とセリウスのことを一つでも多く知るため意図的に話を変えようとする。
「へぇ?どこがどう違うのかな?初めて会う僕にはよく分からなくて、詳しく教えてもらえる?」
先ほどまでと同じ口調、同じ柔和な笑顔だというのに、なぜかセリウスの圧力が増した。
場の空気が変わったことに気付いたクラスメイト達が顔を見合わせるが、キャメリアは異変に気付いておらずスラスラと答える。
「ケルティさんはお金のある男性にしか興味がないですし、レナさんは一代限りの男爵家で貴族の常識を持ち合わせていませんの。だから関わってはいけないよと親から言い付けられているのですわ。」
「やめた方がいいよ。」
「!?」
当然のことを言っただけと思っていたキャメリアは、セリウスのことを見て絶句した。
全く目の笑っていない冷え切った笑顔を自分に向けられていたからだ。
「同じクラスメイトなんだ。決めつけで悪く言うのは良くない。皆もそう思うだろう?」
「………………え、ええ。」
「うん、分かってくれたならいいよ。」
セリウスか放っていた周囲にプレッシャーを与える空気は一気に消え去り、彼はまた温かな笑顔に戻った。
「今日は僕のためにありがとう。こんなに心優しいクラスメイトに恵まれて、僕は本当に幸せ者だよ。」
心からの笑顔で感謝の言葉を口にするセリウス。
圧倒されたクラスメイト達から再度拍手が送られる。
セリウスに感じた一瞬の違和感が彼らの心に残ることはなく、歓迎会は楽しいものとしてお開きとなった。