ほんとのきもち
昼休み、ケルティは珍しくレナと二人でカフェテリアにいた。
セリウスと過ごす時とは異なり、テーブルの上には馴染み深いシンプルなランチセットが二つ並んでいる。
だが、久しぶりのレナとの昼休みだというのに、ケルティは浮かない顔をしており、とてつもなく食の進みが遅い。
「あれだけ朝からイチャついてたら騒ぎにもなるわよ。貴女が選んだ人はそういう目立つ相手なんだからもう諦めなさい。」
「別にイチャついてたわけじゃないって。セリウス様が勝手にほんのちょっと触れてきただけで別にそんなんじゃ…」
「は?それをイチャつきと呼ばずに何と呼ぶのよ。」
パンに手を伸ばしていたレナは視線を上げ、呆れた顔で思い切りため息を吐いた。
朝のケルティ達のやり取りは音速の速さで学園中に広まっており、授業塔に着いてからもずっと好奇の視線に晒されていたのだ。それによりケルティはすっかり疲弊していた。
なおケルティは、思惑通りにことが運んだセリウスが込み上げる笑みを噛み殺していたことなど知る由もない。
「で、プロポーズはされたの?」
「ゴフォッ!ゴフォッ!ゴフォッ!」
レナの唐突すぎる切り込みに、運悪くお冷を口に含んでいたケルティが思い切り咽せた。
口から吐き出しはしなかったものの、咳が止まらず涙目になっており苦しそうだ。
「ちょっと!いきなり変なこと言ってこないでよ!窒息死しちゃうっ」
「変?あれだけ毎日毎分毎秒好きを全開にしてるんだから、別に変なことじゃないでしょう?むしろ、あれだけアピールしておいて決定打を口にしてこない方がよほど不誠実…って、もしかして…」
話している途中でケルティの顔色が良くないことに気付きレナの口調も不安定になる。
気遣わしげにケルティのことをじっと見ると、しばらくして彼女は小さく頷いた。
「嘘でしょ…アイツ何考えてんのよ。」
レナの口調が粗雑になった。
ここにはいない誰かさんに向けて睨みつけるような怖い顔をしている。
セリウスの白黒付けない態度はケルティ自身も気なっていたことではあったが、自らの口で言うのは自信過剰な気がして誰にも言えずにいた。
それを親友の口から指摘され、やはりこれはおかしいのか何か裏があるのかと言いようのない不安が込み上げてくる。
「こうなったら私が問い詰めてやるわ。確か今教員室に行っているのよね?」
「いやいやいやいや、ほんと大丈夫だから!!」
力強く拳を握りしめて立ちあがろうとしたレナに、ケルティはテーブルの上に身を乗り出して彼女の袖を掴んだ。
「…じゃあ聞くけど、ケルティは彼のことをどう思ってるのよ?」
諦めて椅子に座り直したレナが今度は冷静に核心をついてきた。途端にケルティの表情が固くなる。
「どうと言われましても…」
「相手のことを好きか嫌いか、それくらい分かるでしょう?」
「好きって良く分からなくて….」
ー だってこれまで家の助けになるかどうかだけで、好きかどうかで相手を選んだことないし。最初からクラスで浮いた存在の私は愛とか恋とかキラキラした世界とは無縁だと思ってたし。
それに、情を待てば後から辛くなるのは自分だ。お父様を見ていても分かる通り、優しい人だって状況によっては性格が変わることもある。心から好きだった相手を嫌いになることだって…
だから、臆病な私は口では家のためと言いつつ自分が傷付きたくないから、感情じゃなくて利益で相手を選ぶことにしたんだ。
でもセリウス様なら、一生あの笑顔のまま私に優しくしてくれるんじゃないかって思わせてくれる。……というより、私が彼にはあのままでいて欲しいって期待して願ってしまってるんだろうな。
だからもし、彼が今目の前から消え去ってしまったら私は、
「セリウス様がいなくなったら寂しいと思う。」
随分と間を空け、ケルティがポツリと言葉を落とした。
たったの一言であったが、親友のレナにはケルティがはっきりと自分の気持ちを言葉にしたのを初めて聞き、彼女の中で芽生え始めた感情を確かに感じ取った。
レナは黙ったまま自分の皿の上に乗った鶏肉のソテーを切り分けると、スプーンとフォークを使って器用にケルティの皿に乗せた。
「大変良く出来ました。」
「ええと…ありがとう…?」
「それでもう十分よ。さっきの言葉をちゃんと彼に伝えてあげると良いわ。それてもし何も変わらなかったらその時には…」
ー グサッ
「ひいっ」
目の前でフォークを中に突き立てるレナに、ケルティが悲鳴を上げる。
「私がよく言って聞かせるわ。」
レナは刺した肉を口に放り込み、頬に手を当てながら美味しそうに噛み締めた。
「だからケルティはちゃんと話してきなさい。その方が彼も踏ん切りがついて覚悟を決めやすくなるわ。」
「うん、多分それくらいなら言えそうかも。それに、噂が広まって次の縁談にも支障が出るかもしれないし、このまま曖昧にしておくのはやっぱり良くないよね。」
「え…貴女まだ縁談申し込んでるの?大丈夫?お相手、どこかの侯爵家の手で秘密裏に葬られていたりしない?」
「え?ううん、まだ縁談申し込めそうな相手はいないけど、でも卒業まであと半年ちょっとだし、将来のことは考えておかないと。このままだと没落して家族全員路頭に迷っちゃうもん。」
「…そうね。このまま一生見つからないことを祈るわ。」
レナはまだ見ぬケルティの縁談相手に、心の中でそっと手を合わせていた。




