焚き付けられる悪意
ケルティとセリウスの二人が深刻な雰囲気で向かい合っている頃、学園には同じく張り詰めた空気で相対する者達がいた。
下校時間はとうに過ぎた夕刻、人気のない校舎裏、一方は突き刺すような凍てついた目をしており、もう一方はその瞳に抗うかのように意地で身体の震えを押さえ込んでいる。
側から見た二人の力関係は一目瞭然であった。
「なんてザマなの。」
その瞳よりも冷え切った声が最初に沈黙を破る。
腕を組んで顎を突き出し傲慢な態度を取るキャメリアは、真っ直ぐに目の前の人物を睨みつけた。
「俺は約束通りアイツの秘密を暴いた。クラスメイト全員の前に晒してやったのに、それで動じないのがおかしいっての。俺は何も悪くねぇよ。」
「言い訳なんて聞きたくないわ。」
ダリクの言葉をキャメリアはピシャリと跳ね除けた。彼女の冷えた瞳の奥にふつふつと怒りの熱が沸いてくる。
「ねぇ、次しくじったらあんたの家も潰すわよ?グレンダン侯爵家の犬のクセに。こんなことも一人で出来ないなら、パパにでも泣きついて助けてもらえば?まぁ、あの我が家に言いなりの傀儡に何か出来るとは思わないけれど。」
「……っ」
親まで馬鹿にされダリクの頭に血が昇る。
衝動で手を上げてしまわぬよう拳を握りしめて強く下唇を噛み締めた。力任せに強く噛み締めたせいで口内に鉄の味が広がる。
「あら、犬のクセに返事もできないの?本当に貴方ってしょうもないのね。さすがはスロットル家のご子息だわ。」
ふふふっと華のような笑顔で可愛らしく微笑むキャメリア。
その可憐な見た目で躊躇なく刺すような言葉を発してくる彼女に、ダリクは戦慄が走った。
グレンダン侯爵家の力添えにより現在の地位を手に入れたスロットル伯爵家。そのため、このような状況でも己のプライドのために主に抗うことは許されない。
互いにまだ成人前とはいえ、両家の間には確固たる主従関係が存在した。
「……分かった。次はもっと上手くやってやる。それで文句ねぇだろ。」
「良い子ね。まぁ、また失敗したところで貴方の家が取り潰しになるだけだから、私は別にどちらでも良いのだけれど。せいぜい頑張りなさい。期待しないで待ってるわ。」
キャメリアは、俯いたままのダリクをその場に置き去りにして立ち去った。
「クソッ…どいつもこいつも馬鹿にしやがって。こうなったら、どんな手を使ってでもアイツをあの立場から引き摺り下ろしてやる。見てろよ。」
西陽の入らない校舎裏に一人きり、ダリクは地を這うような声で決意を言葉にした。
***
「僕は君に嘘をついていた。年齢のことも、出自のことも。本来であれば、全て伝えた上で君に選んでもらう立場なのに…君に嫌われるのが怖くて見栄を張ってしまったんだ。自分の矮小さに嫌気がさす。」
「そんなこと…」
「君にだけは知られたくなかった。僕の口からきちんと説明したかった。それなのに僕は、君を誰にも取られまいと早くパートナーに誘いたいがために真実を伝えないまま…だから僕には改めて君をパートナーに誘う義務がある。ああ、そうしなきゃいけないんだ。」
「は」
「ケルティ、一度僕とのパートナーを解消してほしい。その上で改めて僕からのアプローチを…」
「ちょっと待って!」
セリウスの止まらない自虐に加え、パートナーを再度組み直すという極端な話にケルティは両手を前に突き出して待ったの声を掛けた。
どこから訂正すべきかとそのままの姿勢でしばし頭を捻らせる。
「とにかく、パートナーはこのままで。やり直しとかそういうの良いからね?だからセリウス様は何も気にしないで。私も何も気にしてないから。ね?」
「ケルティ…」
いつも悠然と構えているセリウスの表情がくしゃっと潰れ、みるみるうちに瞳に水分が溜まっていく。
そこにいたのは優美に振る舞う大人びた青年ではなく、年相応のただの15歳の少年であった。
「ちょっと、泣き出さないでよ!?」
珍しく隠さずに感情を表に出すセリウスに、ケルティは激しく動揺している。
まるで年下の男の子を泣かせてしまったような罪悪感を感じていた。
ー いつもはあんなに余裕たっぷりの笑顔でいるクセに、なんでこんなことで一々動揺してるのよ!これじゃまるで本当に私のことを…
「……っ」
頭に余計なことが過ってしまったケルティは、動揺を隠すためにテーブルの上にはあったナプキンを手に取った。赤くなる顔を片腕で隠しながら、セリウスにナプキンを差し出す。
「ありがとう、ケルティ。」
ケルティからナプキンを受け取った途端、ぱっと花開くように輝く笑顔を見せたセリウス。
そこにもう涙はなく、代わりに熱の籠った瞳は真っ直ぐにケルティのことを捉えていた。
「今度はちゃんと自分から言うから。だから今は少しだけ待っていてほしい。僕の想いと共に全てを話すと約束する。」
ね?と優しく微笑むセリウスがそれ以上何か言うことは無かった。
ケルティの方も自分の熱を収めることで精一杯で聞き返す余裕などない。
その後、ケルティはセリウスに勧められた三段重ねのパンケーキを堪能しながら互いにあれこれ話をし、平穏なティータイムを過ごしたのだった。




