ダンスパーティに参加するということは
「レナっ!」
ようやく現れた本物の親友の姿に、ケルティは思わず大きな声を上げた。
縋るような彼女の視線にレナは不思議そうに首を傾げる。
「おはよう、ケルティ。何かあったの?」
「それが聞いてよ!さっきセッ…」
勢いよく話し出そうとしたケルティは、はっと我に返り途中で言葉を飲み込んだ。
挨拶と称して手の甲に口付けされたことを話そうとしたのだが、あれが紳士の嗜みであり貴族のマナーなのであれば自分の気にしすぎではないかと思い至ったためだ。
本人は挨拶の一環で行ったことにも関わらず変に騒ぎ立てれば、それこそ相手のことを意識してしていると自ら主張するようなものである。
不自然に言葉を止めたケルティに対してレナは何も言わず、鞄を置いて授業の準備を始めた。
そのすぐ横で、レナの制服のポケットから飛び出している白い何かが目に入ったケルティ。
「ねぇ、それ何?」
「ああ、これ…」
レナはケルティが何を指しているのかすぐに気付き、ポケットの中に突っ込んでいた白い封筒を取り出した。その数5枚以上。
そして、ケルティから差出人が良く見えるよう机の上に綺麗に並べた。
『エリナ・フロースト』
『カリアラ・ゲルダン』
『セラフィーヌ・ファルタス』
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「え、何これ。全部クラスメイトからの手紙?何があったの??」
「間違いなくお茶会の招待状でしょうね。全く気が早いんだから。それに、私に媚びを売ったって何もならないわよ。」
「媚び…?全く話が見えないんだけど、どういうこと??」
封筒を一つ手に取りヒラヒラと翻しながら、レナがため息をついた。
「セリウス様の影響でしょうね。昨日のパートナーの話がもう学園中に広まってるのよ。それで今のうちにお近づきになろうとケルティと仲がいい私にまで声を掛けて来たんだわ。本当に女って物凄く貪欲よね。」
「あ・・・」
登校時に感じた視線と初めてされた挨拶を思い出したケルティ。レナの話を聞いてようやく合点がいった。
「その様子、貴女も心当たりがあるのね。これしばらく続きそうね…面倒ごとに発展しないと良いのだけど。」
「私やっぱり断った方が良いのかな…これ以上周囲の注目集めたくないし、第一レナにまでこんな迷惑かけてるし…」
「馬鹿ね。」
「いたっ!」
人差し指でおでこを小突かれたケルティが両手で額を抑えた。不意打ちの一撃は相当痛かったのか、僅かに瞳が潤んでいる。
「今更断るなんて、セリウス様の怒りを買うことの方が恐ろしいわよ。」
「ん?それってどういう…」
「それに」
ケルティの疑問を遮るように言葉を続けた。ワザとひと呼吸置き、キラリと意地悪い視線を投げかける。
「さっき手の甲に口付けされてまんざらでも無かったじゃない。今さら気のないフリなんてしなくていいわよ。」
「なっ…………………………………」
レナの言葉で一瞬にして顔に熱が集まるケルティ。
せっかく忘れていたのに、セリウスの甘い声、肌に触れた柔な唇の感触、優しい微笑みの記憶が脳内に沸き起こる。
そのことに加え、あの場面を親友に見られていたかと思うと例えようのない羞恥心まで込み上げてきた。
「あ!あれはっ!!違くてそのっ…単なる挨拶というか…ただのマナーというか、別に深い意味なんて無くてっ」
「ふう〜ん」
「レーナーッ!!」
両手を必死に振り必死に弁明するケルティだったがレナが真面目に取り合うことはなく、ひたすらニヤけた視線を向けられるだけであった。
そんな彼女の様子を遠くから眺め、必死に笑みを堪える黒髪の彼の姿があったのはケルティもレナも知らない。
「ケルティ嬢、一緒に授業に参りませんか?」
「…はい?」
唐突に声を掛けてきたのは、セラフィーヌ・ファルタス伯爵令嬢であった。
彼女はいわゆるクラス内カーストの2軍に位置しており、キャメリアの反対勢力に当たる。
栗色のストレートの髪はサラサラで洗練されており、優雅に微笑む彼女の佇まいには品の良さが滲み出ていた。
「一限目って自習の時間じゃ…」
セラフィーヌの言葉の意味が分からず、混乱したケルティは助けを求めるように隣のレナに視線を投げかける。
「ケルティは夏のダンスパーティーに参加するんだから、ダンスの授業に出た方が良いわね。私は参加しないからこれまで通りここで大人しく勉強しとくわ。セラフィーヌさん、ケルティのことお願いするわ。」
「ええもちろんよ。それと、私のことはどうぞセラフィーヌと気軽にお呼びになって。その…私もケルティ、レナとお呼びしても…?」
「良いわよ。じゃあねケルティ、パートナーがお待ちかねよ!早く行ってらっしゃい!」
「え!??嘘でしょ…私踊るの…?ダンスなんて小さい頃にやったきりで全然できないんだけど!」
「まぁケルティったら。そのための授業なのだから安心なさって。さぁ行きますよ。」
『ダンスパーティーに参加する』ということだけに囚われ、参加して会場で踊るということにまで思考がいってなかったケルティ。
あの見た目麗しいセリウスと手を取り皆の前でダンスを披露するのかと思うと、急に目の前が真っ暗闇になった。
「いや、絶対無理無理無理無理無理無理無理…!!己の恥を晒すだけならまだしもセリウス様の顔面に泥を塗りたぐることになるっ……キンベラー家の怨みまで買ってしまうかも…ああどうしようもう…」
「ふふふふ」
狼狽するケルティのことを微笑ましそうに見つめながらも、セラフィーヌは力強く彼女の腕を引っ張り、ダンスの授業が行われる練習塔へと引き連れて行ったのだった。




