プロローグ
『お嬢様、外はもう冷えますよ。』
『ありがとう。でも心配しすぎよ。』
『風邪を引くので、早く上着を着て下さい。』
『まぁ、準備が良いのね。』
少しひんやりした秋の風が頬を撫ぜる。木々の葉を揺らす音が耳障り良い。
『お嬢様は僕の命の恩人ですから。貴女の人生は僕がお守りします。』
『もう、大袈裟なんだから』
ふふふっと楽しげに笑う自分の声。
ー ああこれは昔の夢だ。
いくつの時のことだろう。まだ10歳にも満たない幼い頃の自分の幸せな記憶。
自分と似たような琥珀色のふわふわの髪で、いつだって真摯に向けてくる青い瞳の男の子。
自分のことを「お嬢様」と呼んでくれる相手が減っていく中、自分よりも年下の彼は見た目に似合わない丁寧な口調と恭しい態度で接してくれた。
それがむず痒く、そして嬉しかった。
彼といるこの穏やかな時間がとても幸せで心地よく、このまま時が止まれば良いのにとさえ思っていた。
日に日に事業の経営状況が悪くなっていく私の家の空気は最悪で、普段は優しい両親も顔を合わせれば言い合いをする、そんな悪夢のような毎日だった。
愛想を尽かした使用人達は続々と家を出て行き、邸の中は季節の移り変わりと共に冷え切っていった。
『私、決めたわ。お金持ちの家に嫁ぐ。』
『いきなりどうしたんですか?』
『私の家は今お金がなくて困ってるの。だから私がなんとかしないと。そうすれば、おかあさまもおとうさまもまた笑顔になってくれるわ。』
『お嬢様…』
『安心して。貴方のお給金はどんなことがあってもきちんと支払うから。貴方の大切な将来を奪うような真似は決してしないわ。』
彼からの返事はなかった。
難しい顔をしたまま黙って私のティーカップに紅茶を注ぐ。
ー ああ、ここで終わってしまったんだ。
これが彼と過ごした最後の記憶。
あの日から彼の姿は見ていない。
こんな家見限ったのかもしれない。貧乏貴族のくせにお嬢様気取りをする自分の相手に嫌気がさしたのかもしれない。
でも、いつかまたどこかで彼と会うことが出来たのなら、その時はあの日々の御礼と謝罪の言葉を伝えよう。
そして、彼が今幸せの中にいることを切に願う。
新連載始めました!
小説を書き始めてそろそろ1年ということで、記念になるような作品に仕上げられるよう頑張ります。
少しでも気になったら読み進めて頂けると嬉しいです。
これからどうぞ宜しくお願いします。