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ぐっど、ずっと、もーにんぐ。

作者: ゆーり

うちのメイドはとても可愛い。


午前10時。

遅く起きた朝、軽く伸びをしながらダイニングへの扉を開けるとふわっとコーヒーの豆を挽くいい香りがする。仕事柄不規則な生活になっているにもかかわらず、毎日自分が起きる時間を見計らって食事の準備をしてくれる彼女。メイドとしての責務を果たしていると言われればそれまでだが、そもそもメイドとして雇っている訳じゃない。


激しい雨の中で途方に暮れていた獣人の子。それが彼女。まだ小さな頃から身の回りの世話をしてくれるようになり、それが今も続いているだけだ。怠惰な自分の面倒を10年以上も見続けてくれているのはとても助かるし、一切手を抜こうとしない健気な姿勢には頭が下がる。


「やっと起きましたか、ねぼすけご主人」


いつの間にか、口は少し悪くなったけれど。


「昨日は遅かったんだよ、知ってるだろ?」


「そうですね。綺麗なお客様と熱心に愛を語り合っていらっしゃいましたものね」


「仕事の話しかしてないが」


「帰られたのは夜中の2時?3時?随分と長い夜をお過ごしだったようで」


「話を聞くのも仕事のうちだからな。眠れないほどうるさかったか?」


「別にそんなことはないですけど」


しれっと後ろを向いて朝食の支度を始めたが、不機嫌そうにしっぽがパタパタと揺れている。そんなところがとても可愛くて思わず頬が緩んでしまう。


テーブルに並べられたのは焼きたてのトーストとプチトマトを添えた柔らかめのスクランブルエッグ。前日を考慮して食べやすいものを用意してくれる彼女はとても優秀なメイドだと思う。


窓の外に目を向ければ清々しいほどの快晴。食べ終わったらご機嫌斜めなお嬢様のエスコートをしなければ。どこに出かけようかと考えながらまずは甘いカフェラテを一口。じんわりとした温かさで胃が満たされるのが心地いい。


昨夜の3時15分。

久々に見た彼女の寝顔は可愛かった。


いつとはなしに自分と同じ時間に寝て、自分より早く起きるようになった彼女。ゆっくりと寝顔を見る機会も減っているのでたまにはこういうのも悪くない。






うちのご主人様はとても優しい。


午前10時30分。

彼が遅い朝食をとっているところを片肘をつきながら眺める。少し態度が悪いかなと思うけど、今朝はそんな気分だから仕方ない。正式なメイドじゃないんだから許されるはずだ。多分。


「ちょっとお行儀悪いぞ?」


許されなかった。でもまぁ直さないけれど。


路地裏でじっと座り込む私に声をかけてくれた彼。それがご主人様。その前のことは覚えていない。ただ気が付いたらそこにいた。ずぶ濡れの私を連れ帰り、落ち着くまでと家においてくれた。


あなたのめいどさんにしてください。


前日に拾った幼い獣人からそう言われた時は驚いただろう。彼もまだ独り立ちしたばかりの年齢だったし。他にいくあてもない中で放り出されるのは怖い。だからずっとここにいるためにどうすればいいか考えた。実際はしばらく大したことが出来ていたはずもない。今思えば子供のままごと。でも彼は根気強く私の成長を見守ってくれた。


今ではこの街も私のような獣人に寛容ではあるけれど、当時はそうでもなかった。何でも屋を営む彼は街で多くの人と関わる。偏見の強かった当時は私をそばに置くことできっと多くの苦労があったはずだ。それでも彼は何も言わずにずっと私のご主人様でいてくれた。


私は世界一ご主人様に愛されているメイドだと思う。そこはちょっと、ほんのちょっとだけ自慢。


食後のコーヒーにもたっぷりのミルクにお砂糖3杯。仕事の日はブラックしか飲まないけれど、オフの日は徹底的に甘いものを欲しがるご主人様。食前と食後には何も言われなくても私はこれを出すし、彼もそれを当然のように口にする。


「ちょっとしたら出かけようか。そうだな、たまには海にでも」


「おさかなっ!…なんですか、寝不足な私を買収ですか」


「買収されてる自覚があるわけだ?」


「みゃぁっ…!?もう!ご主人なんて知りませんっ」


「はは。楽しみだな。いい天気だしデート日和だ」


デート。最近は忙しかったから二人で出かけるのは久々だ。嫉妬を見透かされているのがなんだか癪で努めて平静を装うけれど、ぴょこぴょこと嬉しそうに耳が揺れてしまうのは抑えられない。でもいいの。素直じゃない私の口の代わりに彼へ気持ちを届けてくれる。


それにしても。


仕事も人間関係も器用なくせに、私に対しては本当に不器用なご主人様。昨日は早朝から夜中の3時までほとんど休む暇もなく仕事をしていた。あのお客様との歓談も…あれも仕事のうちでしょう。言いませんけど認めます。


だから今日は本当は家から一歩も出たくないほどに疲れているはず。しばらくは忙しくなりそうだからゆっくりできそうな日も他にない。それを分かっているくせに嬉しいお誘いを遠慮するほど私は大人じゃないのだけれど。


でもね、ご主人様。

私は案外ちょろいんですよ?

機嫌を取りたければ口づけのひとつでもしてくれればいいのに。


昨夜の3時16分。

隣で寝た振りをする私にそっとしてくれたように。


(了)

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