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山津波の復興中に家族を失っても、悲しむ暇はない。

作者: 瀬崎遊

 その報告を聞いて私は立っていられなくなってみっともなくもその場に腰を落とした。

 トサッと音がするからそちらを見ると妹も同じように腰を落としていた。

「嘘だと言って・・・」

 妹の声だったのか私の声だったのか?


 報告をしてきた家臣の顔を見て望む答えを伝えてくれるのを待っていたけれど、告げられた言葉は何も変わらなかった。


 執事のセスに「お嬢様・・・」と声を掛けられたけれどそれに返答することが出来なかった。

「お嬢様、しっかりしてくださいませ。エウリアル伯爵家の今後はすべてお嬢様にかかっています」

 セスは厳しい声で私を叱責した。


「そう、そうね。私がしっかりしなければ・・・」

 現実味がなくて涙は出てこない。

「お父様たちの遺体は?」

「今こちらに向かっています」


「そう。ありがとう。セス!お父様たちのお葬式の準備を。バズに並行してエウリアル伯爵家を継ぐのは私だと周知してちょうだい。そしてその手続を私がサインすればいいところまで仕上げてちょうだい」

「はっ!!」


 私が動き出したことで妹も立ち上がる。

 やはり妹も涙は出ていない。

 私は妹を抱きしめた。

「これからは私がシューリを守るわ。だから泣いていいのよ」

 妹は「あっ、あっ・・・」と声を上げ私にすがりついて大声を上げて泣き出した。


 私は妹を慰めながら次は、一体何をすればいいのかしら?と思考を飛ばしていた。

 妹の泣き声が収まってきたところを見計らってメイドに任せる。


「私は王家に話を通しに行ってきます。その支度をお願い。衣装は黒で」

「かしこまりました」

 メイド長のアンリが頭を下げて私の前から居なくなって独りになった。




 二ヶ月前、領地で山津波が起こってその対処に父と兄二人と、弟が馬に乗って駆けつけた。 

 早期の領主の登場で放心状態だった領民も力を取り戻し、救助活動に合わせて復興活動も行われた。


 少し落ち着いた頃、母と姉夫婦が馬車に乗って災害地域への訪問に行った。

 私は家のことを頼まれて、集まってくる情報と、五つ下妹の面倒を見ることになった。

 

 母達が領地に着いてそれからはいい報告が次々ともたらされ、私は安心しきっていた。



 小雨が二日続いたそうだ。

 やっと晴れて山津波が起こった少し下方で、父たちは復興作業を行っていたそうだ。

 晴れて良かったと母と姉が差し入れを持って行き、その差し入れを領民も一緒に摘んでいた時、山からゴゴゴゴゴ……という音が鳴り何かと見上げたときにはまた山津波が起こった。


 土砂が数人の領民と私の両親達を呑み込んでしまった。

 呑み込まれなかった領民と護衛騎士たちが慌てて呑み込まれた人達を助けようと土を掘り返したけれど、領民が三名助かっただけで両親、兄、弟、姉夫婦とも助からなかった。


 運良く全員の遺体は発見された。

 領地で綺麗にされて今王都のこの家に向かっているという。

 夏場でなくてよかったと言わざるを得ないだろう。




 私の支度が終わって私は王城へと向かう馬車の中で零れそうになる涙を必死で堪えていた。

 初めて身に纏った黒いドレス。

 まさか家族のために着る日がこんなに早く来るなんて考えたことがなかった。

 王城の門衛が我が家の紋章を見て、いたましげな顔をして通してくれる。

 先触れを出したことが功を奏したのだろう。


 待たされること無く謁見の間に案内されて、壇上には王族全員が揃っているのではないか。

 思わず一歩下がってしまった。


 私は慌てて臣下の礼を執って陛下へと挨拶を述べ、領地であったこと、そして私と妹を残して領主が亡くなった事を告げる。

 陛下からは父は忠義のものであった。惜しい者を亡くした。と言葉をいただいた。


 正しく導く努力をするので私に領主となることを認めて欲しいと願い出た。

 ここで陛下の許しをいただかないと、叔父がエウリアル伯爵家を我が物にしようと動き出すのは目に見えていた。

 そうなった時、私と妹にはいい未来はないだろう。


 私が領主になることに陛下は少し心配された。

 当然だろう。十六の小娘に領地を任せる決心など簡単にできるものではない。

 陛下には私の能力も解らないのだから。

 陛下の不安に「ならば」と声を掛けたのが王弟のシャール殿下だった。


「メイルノースには婚約者が居ないだろう?」

 そう、私には今は婚約者がいない。

 子供の頃には婚約者は居たのだけれど、婚約者らしいことをする前に病気で亡くなってしまって、その後私は誰とも婚約をしていなかった。


「はい・・・」

「私が婚約者となり、メイルノースを手助けしよう」

 陛下は「ちょっと急ぎ過ぎだ!!」とたしなめていたが、王弟殿下は「今思いついたことではない。元々婚約打診は前からしていた」と言い出した。


「申し訳ありません。私は父から何も聞いていなくて・・・」

「タイミングが悪かったのだと思う。婚約打診をして直ぐに山津波の一報が入った為に返答は領地より戻ってからということになっていた。伯爵として異論はないが、メイルノースの気持ち次第だと手紙をもらっていた」


 そう言って渡された手紙は確かに父の文字で王弟殿下が言った言葉通りのことが書かれていた。

「ですが王弟殿下に嫁入りするのと、王弟殿下に我が家に来ていただくのでは大きく違いがあります。我が家に王弟殿下に来ていただくだけの力はありません」


 陛下が大きく頷いているが、王弟殿下は不満顔になった。

「それに今は皆の葬儀を無事に終えることが急務なので、他のことまで考えている時間がありません」

 王弟殿下は「解った。私は私の好きにする」と少し不穏なことを言った。


 第三王子と王弟殿下が私の後押しをしてくださったおかげで、最終的に陛下は私が領地を継ぐことを認めてくださり、最短で手続きをしてくれることになった。

「山津波の上に後継者争いまで起こってはエイリアル伯爵家が潰れかねない。メイルノースの領主を認め必要と思われるところに必要な人員の派遣も行おう。山津波の調査にこちらから人を送るとしよう」

「ありがとうございます」




 残った家族よりも多い棺の前で私は領主として家族を送り出すことを求められていた。

 妹のことが気になっていたけれど、次から次に舞い込む事柄の対処に追われていた。

 やっと妹の手を握ることが出来たのは葬儀が始まってからだった。

 妹は真っ赤な目をしてずっとしゃくりあげている。

 私にできることは抱きしめてあげることしか出来なかった。


 葬儀には王弟殿下と学園で同級生だった第三王子が来てくださった。

 王弟殿下は私の背後に付き添ってくださって睨みを利かせてくれていた。私の背後には王家がいるのだと無言で伝えてくれているのだ。

 本当に感謝しかない。



 葬儀の後、叔父に「メイルノースでは領主として何も出来ないだろうから私が領主になる」と言われたが「すでに陛下に私が領主となることを認めていただいている」と伝えると、顔を真赤にして「今直ぐ領主の座を渡せ」と怒鳴りつけられた。


 別室で控えていてくれた王弟殿下が私の横に座り「メイルノースは王家が支えるから心配はない」と伝えてくれて叔父一家は口惜しそうに帰っていった。


 それからも何度も我が家にやってきては私に「領主の座をこちらに寄越せ」となだめたりすかしたり、時には脅したりされたが「王家がお認めになっていますので」と断り続けた。



「殿下、私の逃げ場を潰していっていますか?」

「まぁ、そういう捉え方も出来なくはないだろうな」

「喪が明けるまで待っていただかなければなりませんが・・・」

「側で力にならせてくれるのならそれでかまわない。私がいると色々なことがほんの少し楽になるだろう?」


「それは・・・はい。だからこそ頼ることに迷いがあります。今はいっぱいいっぱいで私の婚約のことなど考えられません。なのに優しくされてしまうと頼ってしまう自分が嫌なのです」


 王弟殿下は葬儀の日からずっと、護衛騎士を残していってくれる。

 そして殿下は少数の護衛に囲まれて帰っていくのだ。

 葬儀後、王弟殿下は日参してくださって、領地のこと、私が領主として必要なことに手助けしてくださった。


 助けてもらうことが当たり前になるころには家族の葬儀から一年が経っていた。

 この一年は王弟殿下と妹、そして使用人の皆に助けられてなんとかやってこられた。


 葬儀後しっかりしすぎた妹を時折可哀想に思って抱きしめると、文句を言いながら抱きしめ返してくれる。

 妹が側にいてくれて本当に良かった。

 妹のおかげで私は折れずにいられた。


 喪が開けて直ぐ王弟殿下から婚約打診が届いて私は「喜んで」と受け入れた。

 すでに王弟殿下は私の家族の一員になっていた。

 結婚式は伯爵家に見合ったものをと話していると、陛下から周辺の領地を加増されて、伯爵家から侯爵家と陞爵することになった。


 王弟殿下が降下するには必要なことだと言われて、受け入れるしかなかった。

 ゆくゆくは公爵家にまで陞爵したいと胸の内を明かされた。

 それが可能なのか私には解らなかったけれど、これからは頼りになる王弟殿下がいるのだから、おまかせしていればいいのだと気づいて「陛下のお心のままに」と答えた。


 王弟殿下との結婚式が急いで執り行われ、その後にエウリアル侯爵家へと陞爵した。

 侯爵家となったことで私は領主から身を引き夫となった、シャールに全てを任せることになった。

 エウリアル侯爵家となり、叔父一家は何も言ってこなくなったのが自分の結婚よりも嬉しい慶事だったかもしれない。

 

 王家が後押しをしてくれたおかげで山津波の跡は綺麗に片付けることが出来、シャールが立ち上げた新たな産業も根付き始めた。


 妹が侯爵家の娘として嫁に行き、大切に扱われていると聞いて私は肩の荷が下りた気がした。

 シャールは時折一緒に執務をしようと言って私にも仕事をさせる。

「せっかくの能力の無駄遣いをしてはならないだろう?」

「私は我が子を可愛がって呼ばれたお茶会に行っているだけで十分ですよ」



 子供を連れて一緒に家族のお墓参りに行く。

 両親には孫も日に日に大きくなっていますよ。

 兄弟には甥と姪がこんなに大きくなりました。と。


 そしてエウリアル家が今度、公爵家になることになりました。と報告した。

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[良い点] これが親が無くなった後に叔父に乗っ取られてドアマットヒロインにならずに幸せになる方法か!って最初はハラハラ中盤からはニヤニヤ最後はニコニコしながら読みました きっと亡くなった両親は、 「…
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