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転生ミスで異世界へ  作者: たけのこ
第九章
99/103

第九十六話 アエル

 長くデコボコした道を、女の子を抱えながら歩く。

 1時間ほど歩いたところで、女の子の言った通り、レイナの症状は治まった。

 少し頭痛が残っているようだが、移動に支障はないとのことだ。


 なるべく上にまで振動が来ないように細心の注意を払いつつ、周囲にも気を配るという骨の折れる作業を繰り返し、目的地であるアエルに到着したのは真夜中だった。


 到着してすぐに診療所を探したが、小さな町ということもあり見つからなかった。

 ひとまずは休める場所を確保することに決め、何とか空いていた一室を借りることが出来た。

 ボロボロの一室にポツンと設置されたベッド、その上に女の子を横にしてやる。


 女の子の顔は紅潮し、息はゼーゼーと荒い。

 まるで悪夢にうなされているかのように、震えている。

 俺とレイナは医者じゃないため、何が原因なのか見当もつかない。


 レイナは下級回復魔法を使用することが出来るが、そもそも回復魔法は外傷にしか作用しない。

 そのため、例えば疲労や病気から来る不調には効果がないのだ。

 まだ分かりやすい怪我とかの方がよかったかもしれない。


「私は魔法薬を見繕って来るよ。エトは見守っててあげて」

「わかった。この子のことは任せてくれ」


 任せろとは言ったが、容態が急変した場合に打てる手は限られている。

 俺に出来ることは、せいぜい心臓マッサージと人工呼吸くらいだからな。


「頼むから治ってくれ……」


 ベッドの横でただ祈ることしか出来ない今の状況が、非常にもどかしい。

 医学知識が溢れる前世に15年も生きていたにもかかわらず、何一つ学ばなかったことに後悔が生まれる。


「うぅ……」


 女の子が苦しそうに、声を絞り出す。

 お腹からはぐ~という、とても聞き慣れた音が聞こえてきた。

 もしかして、お腹が減っているのか?


 いつからか不明だが、少なくとも服がボロボロになるくらいの期間、ひとりぼっちだったのだろう。

 満足に食事や休息を取れていなくても不思議ではない。


「えっと……何か食べれるものは……」


 旅に備えて保存食は揃えてあるけど、弱っている女の子が食べるには向かないだろう。

 レイナが戻り次第、俺は食材を探しに出かけるとするか。

 作る料理は、お粥がいい。


「……? これは……」


 部屋の外、暗い廊下から足音が聞こえてくる。

 レイナが帰ってきたのだろうか。

 いや、それにしては早すぎる。


 よく耳をすましてみると、足音は複数あることが分かった。

 それに、レイナと比べてかなり重い音、つまり男である可能性が高い。

 狙いはこの部屋とは限らないが、万が一に備えて俺は用心する。


 足音は他の部屋には目もくれず、真っ直ぐこちらに向かって来る。

 やはり、狙いはこの部屋のようだ。

 推測するに、標的はこの女の子か。


 一歩、また一歩、と足音が迫って来る。

 やがて、足音が聞こえなくなり、スッと扉が開いた。


「ノックぐらいしろよ。こっちには病人がいるんだぞ」


 扉の先には、男が2人立っていた。

 黒を基調とした服装に身を包み、如何にも闇の世界の人間といった感じだ。

 こんなおっかない風貌の輩に狙われるなんて、普通に生きてればまず有り得ない。

 つまり、この子には、俺達が想像する以上にやばい秘密が隠れているのかもしれない。


「お前らに用はない。我々の邪魔をするなよ」


 先頭に立つ男がそう忠告してくる。

 わざわざお前()と言うあたり、レイナの存在はバレていると見ていいだろう。

 つまり、尾行されていたということ。

 無防備な移動中を狙わなかった辺り、見つかったのはこの町に入ってからか。


「お前ら、一体何者だ? いい歳こいた2人の男が、こんな幼い女の子を狙うなんて普通じゃないぞ」

「お前に話すことはない」

「あっそ、冷たいな」


 流れで情報を得ようと試みたが、やっぱり駄目か。

 仕方ない、この子の口から直接聞くとしよう。


「お嬢様を確保する」


 先頭の男がずかずかと部屋に侵入し、ベッドに向かって歩いて来る。

 迷いのない行動、もはや俺の姿は眼中にないようだ。


「ぶッ」


 男が俺の隣を通り過ぎろうというタイミングで、俺は裏拳を繰り出した。

 不意打ちとはいえ、きっと防がれるだろう。

 そう考えて2撃目の準備もしていたが、なんと初撃で容易に男の顎に命中させることが出来た。


 見事にクリティカルヒットを貰った男は、そのまま吹っ飛び、壁にぶつかった。

 どうやら起き上がる気配もなく、完璧にのびたようだ。


 成人しているとはいえ、大の大人から見れば、俺はまだまだ子供。

 だからこそ、邪魔はしてこないと高を括っていたのだろうか。

 それにしても、あまりの呆気なさに、俺自身、驚きを隠せない。

 もしかして、こいつ等そんなに強くないのか?


「貴様ッ! 『火流――――――――」

「させねぇよ!!」


 後方に待機していたもう一人の男が、魔法を放とうと構える。

 が、そんなのお構いなしに、俺は正面から突っ込んだ。

 この狭い室内で下手に魔法を使用されれば、女の子に命中しかねない。

 だったら怪我を覚悟で、最短で潰したほうがいい。


 構えたままの男の手を掴み、一気に引き寄せる。

 そして、体勢が崩れたところを見計らって、拳をぶつけた。

 それだけで、こっちの男も気絶した。


「やっぱり、弱いな」


 追手は強いと相場が決まっていると思っていたのだけど、漫画の読み過ぎだっただろうか。

 魔闘気を使っているだろうが、あまりにもお粗末なものだし。

 まあ、か弱い女の子を連れ戻すくらいだったら、この程度でも務まるか。


 にしても、この子は俺達を襲撃した張本人だってのに、何で俺は守ってるんだろう。

 まだ幼くて、可哀想だからか? それは、あるかもな。

 だって、今目の前で横たわっているのが醜いおっさんだったら、そのまま知らんぷりしていたかもしれない。


 ……いや、レイナはともかく、俺は結局、助けただろう。

 いくら襲撃した張本人だとしても、目の前で死なれるのは寝覚めが悪いからな。

 それに、ちょっと事情が気になったりするし。


 守ると決めたはいいが、これからどうしようか。

 発見された以上、ここも安全とは言えない。

 まだこの町に敵が潜んでいる可能性があるし、この一室にとどまり続けるのはまずい。

 弱くとも数が増えれば厄介だし、やがて本当の強者がやって来るかもしれないし。


 ひとまず、レイナの帰りを待つとしよう。

 決断を下すのは、それからでも遅くないはずだ。



 レイナが戻ってきたのは、それから数十分後だった。

 この町のことを何も知らない彼女だが、それにしては随分と早い帰還だった。

 どうやら、運よくお店の場所を教えてもらえたようだ。


「いや~道中、やけに喧嘩腰の連中に絡まれたと思ったら、そうか追手だったんだね」

「今回は弱かったから何とかなったけど、次もそうとは限らない」

「そうだね。予定より早いけど、もう町を出た方がいいかも。これ以上、この町で騒ぎを起こせば、別の問題も生じるわけだしね」

「けど、そうすると心配なのは、この子の容態なんだよな」


 女の子の症状が、疲労と空腹から来るものとは断言できない。

 一応、魔法薬をレイナが幾つか揃えてくれたが、症状に効くかは不明だ。

 そのため、変に動かして容態が悪化でもしたら、元も子もない。


 この場に残るリスクか、この場を離れるリスク、そのどちらか一方を選択しなくてはならない。

 だが、その選択の前に、一つだけ試してみたいことがある。

 それは、敵に俺達の位置情報がまだ広まっていない今しか出来ない。


「レイナ、今度はお前がこの子を守ってくれ」

「え? どこ行くの?」

「今から俺はシェフになる。そのための食材探しだ」

「もうお店閉まってるんじゃない?」

「……シェフに任せなさい」


 食材を揃えるのも、立派なシェフの仕事のはずだ。

 それに、か弱い女の子のためなら、俺は頭を下げることは苦じゃないしな。




 ---------




 夜遅くで閉まっているお店が多かったが、なんと食材をゲットすることが出来た。

 そして、俺が作ったのは、熱の日のお供であるお粥だった。

 正確には白米ではないため、お粥もどきなのだが、味はそう悪くない。

 まあ、買ってきた食材をふやかすだけだから、不味い方がおかしいんだけど。


「ほら、食べてくれ」


 スプーンを使って一口一口、女の子に食べさせる。

 ゆっくりだが、女の子はしっかり咀嚼し、飲み込んでいる。

 どうやら、うまく出来ているようだ。


「へぇ……上手じゃん」

「昔、従妹にやってたからな」


 従妹の顔は、今でも鮮明に思い出せる。

 今、どれくらい成長したんだろうか。

 そんなことに思いを馳せていたら、あっという間にお粥はなくなった。


「あとは、魔法薬を飲ませるだけだな」


 レイナが買ってきた魔法薬は、それぞれ飲む用の回復薬、魔力回復薬、そして漢方のような薬の3個だ。

 そのどれかひとつでも、効果があればいいのだけど。

 とりあえず、3個全てを飲ませてあげた。


「今できることは全部したけど、これで治るかな」

「そこはもう信じるしかないよ」

「そうだな。よし、早いうちに移動しよう。この子は俺が背負うから、荷物は頼んでいいか?」

「うん。もちろん」


 本来の予定だったら、出発は明日の夜明けと同時だった。

 しかし、このまま朝まで滞在するより、暗いうちに移動した方が追手に見つかり辛いだろう。


「――――――――待て。廊下から足音がする」


 こっちに向かって来ているな。

 まさか、もう新手か。

 情報の伝達が想像以上に早い。


「邪魔するぞ。おっと、子供が2人……やる気が削がれるな」


 扉の先には、筋肉モリモリのマッチョが立っていた。

 全身に毛が生え茂り、口から牙が覗いていることから、恐らく犬の獣人か。


「だから、ノックぐらいしてくれ」

「ん? ああ、それは悪かった」

「――――――――『水流弾(ウォーターショット)』」


 レイナが杖を構えて、即、魔法を放つ。

 が、獣人の男は、片手で容易に弾いた。


「この程度の魔法で、この俺を倒せるわけがないだろう。聞け! 俺の名はグラフォード! 獣人族の戦士だ!!」

「『電撃(スパーク)』」

「だから無駄だと言って――――――――ぐッ!?」


 魔法を素手で弾くような脳筋には、触れたらアウトの電撃魔法がよく効く。

 とは言え、俺の電撃魔法を喰らったのに、ピンピンしている。

 かなり洗練された魔闘気。どうやら、名乗るだけはあるようだ。


「『水激流(アクアストリーム)』」


 再びレイナが魔法を放つ。

 今度の魔法は、大量の水を一気に放出する上級水魔法だ。

 弾くとか、そういう次元の話じゃない。


「今のうちだよ!」

「分かってる!」


 俺は女の子を背負い、右手で壁を破壊した。 

 部屋は2階だったため、飛び降りることが出来る。


 この場で、こいつを相手にするのはリスクが高い。

 雑魚じゃないから苦戦は必至だし、レイナの水魔法で周囲の人間も顔を出すだろう。

 このままじゃ、町ぐるみの揉め事になる。


「人に名乗らせておいて、逃げるのか!!」

「勝手に名乗っただけだろ!!」


 大量の水で流されるグラフォードの声が、廊下の奥から聞こえてくる。

 頼むからこのまましばらく流されていてほしい。

 その間に、俺達はとんずらするから。


「行くぞ!」


 2階から飛び降り、うまく着地することが出来た。

 宿を壊してしまったが、不慮の事故だったと見逃してもらおう。

 弁償しようにも、そんな暇はないわけだし。


「はぐれないでよね。『(ミスト)』」


 レイナの杖の先端が光り、周囲に霧が現れる。

 数メートル先が見えなくなるほどの濃霧が、町ひとつを包み込んでいる。


「こんな一度に魔法を連発して大丈夫か?」

「まだ……大丈夫だよ。『水激流』は出力をだいぶ抑えたし、『霧』は町が小さいおかげで、そんな魔力使わない。けど、この後に備えて、そろそろ節約したいかも」


 レイナの姿を見失わないように注意しつつ、俺は周囲の状況に耳を傾ける。

 何処からともなく聞こえてくるのは、町民の騒がしい声ばかり。

 グラフォードとやらの声も足音も、何一つ耳には入ってこない。


 この濃霧だ、一度見失えば追跡することは不可能だろう。

 撒くことが出来たと結論付けていいはずだ。


 このあとは、町から離れた適当な場所で夜が明けるのを待つとしよう。

 それから、今後の動きを考えればいい。




 ---------




 アエルから離れ、俺達は森の中に逃げ込んだ。

 開けた土地よりは目立たないだろうし、魔物を狩れば食料にもなる。


「この子、一体何者なんだろう?」

「分からない。ただ、大の大人が寄ってたかって追跡してるんだ。それ相応の理由はあるはず」

「何だ、お前ら何も知らないのか」


 居るはずのない男の声が、背後から突然聞こえてくる。

 咄嗟に振り返る俺とレイナだったが、男の太い腕が掴みかかって来る。


「何でお前がいるんだよ……!」


 そこに佇んでいたのは、アエルで撒いたはずのグラフォードだった。

 そんな馬鹿な、あの視界の悪さだぞ。

 一度でも見失えば、もう追跡することは不可能なはずなのに。


 それに、ここまで接近されるまで気配に気づくことが出来なかった。

 足音を聞くことに注力していなかったこともあるが、それ以上に土が音を吸収してしまったのがデカい。

 この距離間じゃ、レイナは不利すぎる。


「くそッ! 『電――――――――」

「待て!!!」


 グラフォードの腕に、一際強い力が走る。

 電撃を喰らわせようと考えていたが、待て、とは一体どういう意味だ?

 追手のくせに、何を考えている?


「この娘……死にかけではないか」

「だから、助けようと頑張ってるのに、お前らが邪魔してくるんだろ!」

「これは想定外だ……。少しどいていろ」


 グラフォードが女の子の傍に寄り添い、軽く脈や体温を測る。

 その一連の流れは、俺のそれよりも明らかに手慣れたものだった。

 こいつ、まさか助けようとしているのか?


「その子から離れろ。今度は手加減しないぞ」


 無防備なグラフォードの背後から、レイナが杖を構える。

 今度の彼女は、どうやら本気のようだ。


「落ち着いて話を聞け。俺達は確かに、この娘を連れ戻ることが任務だ。だがしかし、それは死体ではなく生きたまま。つまり、俺とお前達の目的は一致しているはず。今は争っている暇はない」

「いきなり攻撃してくる連中を信用しろって?」 

「俺は獣人族の戦士だ。汚い手は使わない」


 多分、こいつの言っていることは信用できる。

 仮に裏切るつもりなら、そもそも俺とレイナを不意打ちできるチャンスを逃すはずがない。


「それで、どうなんだ? 治りそうか?」

「この心拍数の速さ、やつれ、荒い呼吸、これは典型的な魔力欠乏症の症状だ」


 魔力欠乏症……古の洞窟でアンドルとアリスが掛かったやつか。

 体内の魔力を限界まで消費すると、発病するとかだったはずだ。

 俺達を襲撃するまでに、大量の魔力を消費していたのだろうか。


「恐らく空腹、睡眠不足、体力減少が重なり、消費した魔力を体内で回復できなかったのだろう」

「一応、飯は食べさせたし、魔力回復薬も飲ませた」

「なに? それは、英断だ。あとは、食えなくなるくらい飯を与えて、眠れなくなるくらい眠れば快方に向かうはずだ」

「本当に? 確かなの?」

「俺は獣人族の戦士だ。嘘は言わん」


 容態を確認し終わり、グラフォードが立ち上がる。

 そして、大きな体をこちらへと向けてきた。

 咄嗟に、俺とレイナは構える。


「この娘はもう大丈夫だ。あとは言わんでも分かるな?」

「私達とお前の殺し合いってことでしょ? 分かってる」

「ちょっと待て、殺し合いだと? 最近の子供はどうも物騒だな。獣人族の戦士は、無駄な殺生を好まない」

「さっきから戦士戦士うるさいな。どれだけ誇りに持ってるのかは知らないけど、うっとおしい」


 思っても口に出さなかったのに、デリカシーのないレイナは簡単に口にだす。

 見ろ、グラフォードのやつ、ちょっと涙目になってるじゃん。

 そういうのは、触れないであげるんだよ。


「ごほん……とにかくだ、俺からひとつ提案したい。この娘を賭けた勝負、俺とお前達のどちらかが気絶するまで、というのはどうだろうか?」

「俺達、2人がかりでもいいのか?」

「当然だろう? これは、俺達とお前達、2つの勢力の衝突なんだ。生憎、この場には俺しかいないが、わざわざお前達がそれに合わせる必要はない」


 俺とレイナは一度、顔を見合わせる。

 グラフォードの提案は、俺達にとってはメリットでしかない。

 考えたくはないが、もしも負けても、レイナが死ぬことはないわけだし。


「分かった。その勝負、乗った」

「よぅし! そうと決まれば、早速始めるとしよう!」


 グラフォードがどれだけ自分の腕に自信を持っているのかは知らないが、2対1なら勝機はあるはず。

 それに、最悪、負けたとしても、またリベンジすることだってできる。

 汚いと言われようが、俺は何の戦士でもないんだからな。

 俺にとっては、誇りなんて埃と同じさ。


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