第九十五話 旅の始まりに
転送魔法陣を利用し終えて転送屋を出ると、そこには初めて見る景色が広がっていた。
通りには売店が列を成しており、まるで祭りのようだ。
街の活気の方は、祭りとは言い難いほどに冷めているけども。
「貧相な住宅街に、小汚い服装……王都サンダルトとは真逆だね」
「なあ、言いたいことは分かるけど、公共の場で口にするなよ。こんな所で揉め事はごめんだぞ」
「そうだね。ごめん」
貴族の区画で長く暮らし過ぎたせいで、俺達の感覚がバグっているんだ。
あそこは絵画の中と言われても疑わないくらいの上品な街だったからな。
「それでさ……ここは何処なの? 私、何も知らないでついて来たからさ」
「ここはアズマ共和国の東部に位置するルナって町だよ。ちなみに、あっちに広がるネクロシス山脈を越えた所にラー王国がある」
「へー、じゃあ距離はともかく、地図的には隣ってことなんだ」
視線の先には横一直線に並び立つ山々の姿があり、そこら一帯をまとめてネクロシス山脈と呼ぶ。
その中でも一際抜きん出ているのは、世界一の標高を誇るグリムという山だ。
ゴツゴツとした輪郭に、山頂付近には深い靄がかかっている。
本によると、そこには真剣流の道場があり、選び抜かれた猛者どもが日々鍛錬を重ねてるらしい。
これは小耳に挟んだ噂だが、その道場には剣王が滞在しているとか。
当初はラー王国から馬でネクロシス山脈を越えるプランを立てていた。
しかし、ネクロシス山脈には凶悪な魔物が住み着いており、越えるにはそれ相応の実力と装備が必要だと判明したため断念した。
もしも旅を無事に終えることが出来たのなら、その時は挑戦してみてもいいかもしれない。
「何だか寒いね」
「確かに少し肌寒いな」
山脈を挟んでいる影響か、ラー王国とは気温が十の単位違う。
冬を抜けて季節は春のはずだが、道行く人は防寒具に身を包んでいる。
旅に支障が出るようならともかく、とりあえずは今着ているローブで凌ぐとするか。
「それで、最初の目的地はどこなの?」
「こほん……まず最初にこの町から北部に向かって徒歩で移動してアエルという町を目指す。とりあえずはそこで一泊して、明日さらに北上して目的地ニンバスに到着っていう流れだ」
「ニンバス……聞いたことあるかも。確か魔法薬で有名だったよね。まさか、魔法薬でも調達する気なの?」
「いや、魔法薬じゃなくて町自体に興味があるんだ。本で読んだんだが、その町は雲の上にあるらしい」
「え? じゃあ、私達はこれから死ぬってこと?」
「いや、死んでもお前は下に行くだろ」
冗談のつもりだったけど、本気で蹴られた。
まさかとは思うが、自分は天国行きだと信じているのだろうか。
まあ、俺から言わせれば、天国も地獄もないけどな。
一度死んだ俺が言うんだ、間違いない。
「話を戻すけど、標高が高いってわけじゃないんだ。何ならこの町とそんなに変わらない」
「……ってことは、何かタネがあるってこと?」
「ま、その辺は着いてからのお楽しみってことで」
旅の目的地を調べる段階で、俺はそのタネを読んでしまった。
口で説明するのは簡単だけど、出来ればレイナには初見での反応を楽しんでもらいたい。
「でもさ、それじゃあ何でこの町にわざわざ寄ったの? 直接ニンバスまで転送魔法陣で行っちゃえば良かったのに」
「それが、ニンバスはどっかの国に属しているわけじゃなくて、その町ひとつが自治権を持ってる独立国家ならぬ独立町みたいなんだ。そのせいで転送屋を設置できなかったらしい」
転送屋を設置するには欠かせない転送魔法陣だが、その原理は魔法陣に転送魔法を組み込むことにある。
魔法陣に魔法を組み込むことは慣れれば可能らしいのだが、転送魔法の方はそうはいかない。
そもそもの話、転送魔法というのは誰でも使える無属性魔法ではなく特異属性魔法なのだ。
その昔、転送魔法が使える女がいた。
女はその魔法をどうにか世間の為に利用できないか考えた。
そうして女は自身の転送魔法を魔法陣に組み込み、その魔法陣を巻物に書き記すという手段を確立した。
その後、女は生涯を通して魔法陣を巻物に記し続け、その生涯を終えたという。
今の転送屋で転送魔法陣が機能している理由は、床の裏に女が書き残した巻物を仕込んでいるからである。
肝心の女が亡くなっている以上、魔法陣の記された巻物の数は有限だ。
そのため、転送魔法陣を設置したい場合は多額の金を払うことで、余っている巻物を購入する必要がある。
つまり、今回の目的地であるニンバスのような財政力が乏しい場所は、巻物を購入するができず、転送屋を設置することが不可能なのだ。
「それと、これは俺の考えだけど、いきなり目的地ってよりは、自分の足で辿り着きたいと思わないか?」
「う~ん、確かにそれは思うかも」
「だろ? んじゃ、今日は頑張ってアエルまで行くぞ」
「えいえいお~」
レイナの気合も十分のようだし、さっさと目指すとしますか。
馬ではなく徒歩での移動のため、呑気に歩いてると日が暮れてしまう。
せめて馬のレンタルでもあれば、お得に時短できたのに……。
まあ、そんな充電バッテリーのような扱いは出来るわけないよな。
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歩くのに支障が出ないよう軽めに食事を済ませ、俺達は北に向かって歩き始めた。
天気は晴れ、気温は低いが歩くには都合がいい。
高低差の少ない長閑な道が続き、俺とレイナは談笑しながら進んだ。
そして数時間後、段々と道が険しく歩き辛いデコボコに変化した。
目的地までのルートは事前に調べてきたが、これは想定外だった。
真っ直ぐ道のりと書いてあっても、油断大敵ということか。
「ごめんな。まさか、こんなデコボコ道だったとは思わなくて……」
「責める気はないよ。私も我儘通してもらった身だしさ」
「……やけに優しいな」
「そう? いつもこんな感じだよ」
レイナの態度に多少の違和感を覚えつつも、先を急ぐ。
時間が経つにつれて、日が沈み周辺は暗く物静かになっていく。
額に汗を滲ませながらも、レイナは黙々と歩き続ける。
以前のパーティーならば、絶対に文句の一つや二つ吐いていただろう。
しかし、今日の彼女は大人しく従順だ。
「なぁ、もしかして腹でも痛いのか?」
「え? いきなり何の話?」
「何ていうか……今日のお前は他人行儀と言うか、控えめだ。何か気に食わないことでもあったのか?」
俺の問いかけに、レイナは観念したように溜息をついた。
そして、隠していたことがバレたかのように目を逸らす。
「確かに気を遣ってるよ。だって、2人きりの旅なんだから、喧嘩でもしたら私どうしたらいいか分からないもん」
「……今更じゃないか? 家族が散り散りになった当初は、ずっと2人で行動しただろ」
「それとこれとは違うんだよ。あの時は緊迫した状況だったけど、今は違うわけだし」
楽しい旅を台無しにしたくないから、相手に合わせているってことか。
確かにこの旅を楽しいものにしたいと考えているのは事実だが、素を出さない旅は却って苦痛だぞ。
それに、俺は取り繕ったレイナではなく、素のレイナと旅をしたい。
「そんな小さいこと気にする必要ないだろ」
「そう? 旅の途中で私のこと帰したりしない?」
「ああ。そんなことで帰したりはしないよ」
「最後まで一緒、約束だから」
「ああ、約束」
自分の我儘でついて来たこともあり、旅の途中で帰されることを恐れていたらしい。
たかが喧嘩くらいで、そんな冷たい態度を取るわけがないのに……。
もしかして、俺のことを思って言っているのか?
こいつは俺に合わせて学校に通うくらいの過保護だし、余程俺のことが心配なんだろうか。
傍から見たら、そんなに俺は頼りないのかな。
「それなら安心だよ。んん……やっと、のびのびと喋れるよ。あ、別に素に戻ろうが、責める気は本当にないから」
大きな欠伸をかまし、いつものレイナに戻る。
これでよそよそしい彼女は居なくなり、俺も気兼ねなく旅に集中できる。
そんな矢先、レイナが突然立ち止った。
「――――――――痛ッ!」
「どうした?」
「何か首の後ろがチクッとする。ちょっと見てくれない?」
レイナが帽子を取り、後ろ髪を持ち上げる。
彼女の言う通り首筋を確認してみると、そこには小さく鋭い針のようなものが刺さっていた。
一体何のはずみでこんなものが刺さるのだろうか。俺は疑問に思いつつも、右手で優しく取っ払った。
「見てみ、こんなちっこい針が刺さって――――――――レイナ?」
つまんだ針を見せようと差し出すが、肝心のレイナは気にも留めない。
それどころか、こっちを向こうとも、喋ろうともしない。
違和感を覚えて肩を揺するが、そのまま彼女は倒れ込んでしまった。
「おい! どうしたんだよ!!」
まさか、心筋梗塞とか、そういった類の急病か?
いや、それにしてはタイミングが良すぎる。
普通に考えて、首後ろに刺さっていたこの針の影響だろう。
つまり、毒――――――――
ひとまずレイナをそのままに、俺は周囲の状況を確認することにした。
が、その時にはすでに遅く、左手にチクッとした痛みを覚える。
その箇所に視線を向けると、そこにはレイナのものと全く同じ形状の針が刺さっていた。
「――――――――チッ!」
すぐさま針を取り除くが、十中八九、体内に毒が入っただろう。
針に仕込まれた毒が、致死性か非致死性か判断することはできない。
ただ一つ言えることは、最悪を想定した方がいいということだけ。
レイナのパターンから考えるに、毒の効果が出るまでには少々時間が掛かるはず。
それに俺の場合は左手だから、さらに猶予があると見ていい。
その間に敵を叩くか?
いや、敵の数も位置も分からない以上、それは得策じゃない。
しかし、このまま倒れれば敵の思う壺だ。
……やるしかない。
毒が体内に回る前に、刺された箇所を斬り落とす。
途轍もない痛みだろうが、これしか残された方法はない。
ごちゃごちゃと考える前に覚悟を決めて、俺は左腰から剣を抜く。
そして、その勢いのまま振り下ろすが、その瞬間、俺は気づいた。
いや、正確には思い出したのだ。
この剣、斬ることが出来ないのだ。
偽アテナは偽物故、切れ味がゼロであることを完全に失念していた。
左手を斬り落とすことを諦め、俺は両手を構える。
「『電撃狼』!!」
体の自由が奪われようが、魔法の操作は出来るかもしれない。
そう考えて、事前に魔法を残しておく。
他に残された手は、もしかしたらに賭けることだけだった。
「――――――――うッ」
急に体に力が入らなくなり、うつ伏せに倒れ込む。
どうやら、毒が体内を回り切ったらしい。
それと同時に、電撃狼も消えてしまった。
指一本動かすどころか、喋ることも出来ない。
だが、周囲の音も聞こえることから、感覚器官は機能しているようだ。
意識もハッキリとしている辺り、致死性はないのか?
そんなことを考えていると、後方から足音が聞こえた。
安全と判断して犯人が姿を現したようだ。
首を動かせないため、顔を確認することは出来ない。
「その……ごめんなさい」
この声……女? それも、子供のものだ。
その他には声はおろか、足音すら聞こえてこない。
まさか、単独犯ということだろうか。
「……お金だけもらいます。あ、全部とは言いません。少しだけですから……。
毒はあと1時間もしたら勝手に分解されますから、安心してください」
「へぇ……つまり、お金目的の襲撃ってことか」
レイナの荷物を漁る犯人の後ろから、俺は剣をそっと構えた。
狙いは首筋だが、切れ味はないため脅しのようなもの。
本命は、死角から構えている電撃魔法だ。
「動くなよ。出来れば、手荒な真似はしたくない」
「ど、どうして、動けるの……?」
「俺もびっくりだよ。ま、心当たりがないわけじゃないが、半信半疑だった」
魔人族の血には、自然治癒能力がある。
その影響か、俺の体内で毒に対する抗体が作られたらしい。
最後の最後に残された万が一だったけど、うまくいった。
「ゆっくり立ち上がれ、そしてこっちを向くんだ。妙な動きをしたら、その時点で攻撃する」
「……は、はい」
犯人は抵抗するつもりはないらしく、大人しく指示に従っている。
ここで初めて犯人の容姿を確認できた。
身長は低く、アリスと同じかそれ以下だ。
頬はこけており、目にはクマがある。
紫色の髪はボサボサとしており、ここ最近、手入れをしていないことが見て分かる。
「他に仲間はいるか?」
「いない……です」
「単独犯ってことか……」
念のため、周囲を確認するが新手の気配はない。
どうやら、本当にこの子、一人らしい。
「聞きたいことが山ほどあるけど……ひとまず、解毒薬は持ってないか?」
致死性の毒ならまだしも、非致死性の毒を使う者は解毒薬も持っているパターンが多い。
その方が、後々有利に働くことがあるからだ。
そう、昔読んだ漫画が言っていた。
「おい、大丈夫か?」
女の子の息が荒くなり、やがて全身が震え出した。
瞳も虚ろになり、もはや焦点も合っていない。
明らかに、体に異常をきたしている。
「ごめん……なさい」
最後にそう言い残して、女の子は倒れ込んでしまった。
すぐさま俺は、額に手を当てて体温を確認する。
この熱さ、高熱だ。
「くそ……何がどうなってんだよ」
毒に倒れたレイナと、体調不良で倒れた女の子。
元々持っていた荷物もある中、この2人を抱えて歩くのは至難の業だ。
重量的な問題ではなく、持ち方の問題で。
「ハア……ハア……私のことは……気にしないで」
「レイナ! 大丈夫なのか!?」
「歩くだけなら……何とか」
1時間は持続すると言っていたが、レイナはフラフラになりながらも立ち上がった。
見るからに無理をしているが、ここは彼女の言葉を信じるしかない。
「限界が来たら言ってくれ」
「うん。迷惑かけるね」
まずはレイナの荷物を拾い上げて、自分のと一緒に無理やり肩に掛ける。
そして、空いた両手で女の子をお姫様抱っこの形で持ち上げた。
この辺で野宿しようにも、女の子の容体が心配だ。
可能な限り、早く医者に診せた方がいいだろう。
そのためには、当初の予定通り、このままアエルに向かうしかない。
旅は始まったばかりだってのに、どうしてこんな羽目になるんだよ。
散々叫びたい気持ちはあるけど、今は行動しなくちゃ。
疑問もいっぱいだけど、それは後々女の子の口からでも聞くとしよう。
薄暗い道を歩く俺達は、まだ知らなかった。
この子を助けたために、後々厄介な問題に巻き込まれることを。




