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転生ミスで異世界へ  作者: たけのこ
第八章
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第九十三話 二人だけの舞踏会

 さらに日が経過し、今日は舞踏会当日。

 日本で言うなら文化祭に相当するイベントであり、年に一度ということもあって生徒の盛り上がりは最高潮だ。

 俺の所属する8組もその例に漏れず、朝から男女問わずハイテンションな輩だらけだった。


「へっへっへ、聞いて驚けよ。なんと、7組の女子とペア組んじまったぜ」

「それは結構な朗報だな。一週間も前から探した甲斐があったじゃないか」

「まあな。けど、それよりも俺が心配してんのは、お前の方だぞ。どうすんだよ、ペア」


 ペアが見つかったことでテンションが最高潮のエリックが、朝から俺の机のまわりを離れない。

 断られ続けたために一時は廃人のように崩れ落ちていたけど、そこから立ち直れたようで何よりだ。

 そして今は俺の心配してくれているようだが、生憎とペア探しはしていない。


「舞踏会は今回が初めてなんだろ? このままじゃ踊るどころの話じゃなくなるぞ」

「俺は舞踏会には出席しない。いや、正確には踊らないつもりだ」

「はぁ!! 何でだよ!?」

「ま、色々とあってな」

「ちょ、何処に行くんだよ!! 諦めるのはまだ早いだろ!!」


 そろそろ約束の時間のため、俺は席を立ち、教室を出る。

 戸惑い顔のエリックには悪いが、諦める諦めない以前の問題なのである。

 まあ、嬉しいことにペアのお誘い自体は数日前にあったんだけど、わざわざ口にはしない。



 教室を出て足早に向かったのは、食堂でも図書室でもなく中庭だ。

 詳しくは、その隅に設置されているベンチの方だ。

 約束の5分前に到着したつもりだったけど、どうやら相手の方は10分前行動だったらしい。


「よ、朝ぶりだな」

「うん。そっちはお変わりないようで」

「そういうレイナはお疲れ気味だな。もしかして、ペアの誘いでもされたか?」

「そんなわけないでしょ。私みたいな人間を好きになる変わり者なんていないよ」


 ベンチにて虚ろな眼を空に向けていたのは、気だるそうなレイナだった。

 こんな弱り切っている理由は、まあ推測することは簡単だ。

 大方、クラスメイトがうるさいとかそういう理由だろう。


「どいつもこいつも舞踏会の話ばっかりでうんざりだよ。私はそんな行事一ミリも興味無いのにさ」

「じゃあ、本当に出席しないつもりなのか?」

「うん。けど、早く帰ったら母さんに小言言われそうだし、あの塔の最上階で時間をつぶそうかなって」


 レイナが指差すのは、サンダルト魔法学校に存在する塔の中でも2番目に高い塔だった。

 あそこでは確か天文学の授業が実施されることが多かったはずだ。

 ここで余談だが、1番高い塔は生徒の立ち入りが禁止されている。


「へぇ……星でも見るのか?」

「いやいや、馬鹿みたいに踊り狂ってる連中を見下してやろうかと思って」


 どうせそんな理由だと思ったよ。

 まあ、舞踏会は屋外で開かれるため、物理的に見下すことが可能ではあるけど。

 俺は大人しく図書室にでもこもっておこうかな。


「私はともかく、エトはいいの? 人生で最初で最後の舞踏会になるかもしれないのに……」

「ああ、もう決めたことだ」


 残された数年で、この世界を可能な限り記憶に残すことが俺の今の目標だ。

 当然、今日の舞踏会も出来ることなら参加したかった。

 けれど、この舞踏会においてペアを組むという行為には、文面以上の意味が内包されている。


 この学校の舞踏会では、基本的にペアの相手は異性であることが求められる。

 特に厳格な規則で決められているというわけではないが、開校以来の暗黙の了解ってやつだ。

 さらに厄介なことに、ペアに選んだ相手とは特別な関係になれるとかいう噂があるのだ。

 この噂のもとは、第50代国王ウェールズ・サンダルトだ。


 この人物、なかなかの奥手だったようで、いくつもの逸話がある。

 その内のひとつが、意中の女と結ばれたいがために、わざわざ舞踏会という行事を作り出したというもの。

 あまりにも回りくどい気がするけど、結局はペアに誘うことに成功し、その後に晴れて結婚することができたそうだ。


 その噂は今もまだ生徒の間で根強く残っており、ペアに誘った相手とは将来特別な関係になると本当に信じている者もいる。

 まあ、結婚までは行かなくとも、特別な間柄になることは間違いない。

 なんせ一年に一度の行事を共に過ごすのだから。


 では何故、俺は舞踏会に参加するつもりがないのか。

 その理由は、ずばりこの噂の存在である。

 もうすぐ学校を去る俺にとっては、重い足枷になること間違いなしだからな。


「ま、お互い孤高の存在として、胸を張って過ごそうじゃないか」

「胸を張れるのはお前くらいだよ。んじゃ、このあと授業あるから」


 隅のベンチを陣取る自称孤高の存在とやらに手を振り、俺は校舎へと戻る。

 すでに廊下も騒がしいが、本番は日が沈み切ってからだ。

 はぁ……先が思いやられるよ。




 ---------




 軽く授業を受けて、残った時間をぶらぶらと過ごしていると、あっという間に日が沈んだ。

 学校周辺は薄暗い静寂に包まれているが、校内は一転して明るく騒がしい。

 廊下から外を覗いてみると、男女のペアが手を繋ぎながら歩いている。


「ついに、始まるのか」


 何だろう、この気持ちは。

 参加しないはずが、妙にソワソワして落ち着かない。

 まるで映画本編の前に流れる広告を、ジッと眺めているような気分だ。


 校内はもう舞踏会一色に染まっている。

 すれ違う人は皆、ペア同士で揃っており、始まりを待っている様子だ。

 興奮、緊張、冷静、その顔に浮かべている感情は様々だな。


 とっくに日は沈んでいるけど……始まるまで少し猶予があるようだ。

 今のうちにペアと合流しておけ、そういう意図が感じられる。

 さてと、独り身を馬鹿にされる前に、さっさと図書室に行くとしよう。


「そこで止まれ」


 屋外から遠ざかるように廊下を歩く俺の前に、3人の男が立ち塞がった。

 どうやら舞踏会に染まっていない連中が、俺以外にもいたようだ。

 しかも、その内のひとりには心当たりがある。


「まさかこのタイミングで復讐にでも来たのか?」


 中央の大男の名は、ブル。

 5組の喧嘩番長として有名であり、2組のアグラーの子分だ。

 つい数日前の喧嘩は、まだ記憶に新しい。


「けしかけたのはアグラーか?」

「違う。俺は、自分の意思でここに来たんだ」

「へぇ……にわかには信じられないな」


 アグラー本人の姿は見当たらないが、見知らぬ顔が2つもある。

 片方は坊主頭で木刀を腰に携えている。もう片方は手ぶらなところを見るに魔法使いだろうか。

 ブルに加えて2人の子分を差し向けてきたようにしか捉えられない。


「拙者は今のところおぬしと剣を交える気はない。この者たちといるのも、偶然目的が一致しただけだ」

「その通り……だよ。そもそも、僕はこの2人とは面識なんかない……しね」


 昔の武士のような口調の木刀使いからは、確かに殺気は感じない。

 しかし、言い方的にこの後の展開次第では戦闘に発展しそうだ。


 自信なさげに語尾を滲ませる魔法使いは、いかつい2人と見比べると、もやしっ子といった印象だ。

 前髪で目を隠している辺り、人付き合いが得意ではないのだろう。

 当然、敵意は全く感じ取れない。


「そんじゃ、一致した目的とやらを教えてもらおうか」

「俺が話そう!」


 3人の中で一歩前に出たのは、ブルだった。

 恐れることなく堂々とした姿からは、相変わらずの態度のデカさを感じる。


「単刀直入に言おう。()()()()()()()()()()()?」

「………………は?」

「とぼけるなよ。お前がレイナさんの身内ということは割れているんだ」

「いやいや、どうしてそこでレイナの名が出て来るんだよ」


 舞踏会直前ということもあり、教師の目が行き届いていないこのタイミングを見計らって襲撃しに来たのかと思ったけど、意外なことにブルの口から出てきたのはレイナの名前だった。

 ていうか、そもそもお前はレイナに手を出してただろ。

 あれか? 好きの裏返しってやつなのか?


「どうしても何も、レイナさんをペアに誘うために決まっているだろう」

「はぁ!? だったら、事前に申し込んでおけよ!」

「断られたんだよ! そして、今が最後のチャンスなんだ!」 


 一回断られたのなら、それはもう何度アタックしても無駄なのでは?

 というか目的が一致ってことは、こいつら3人ともレイナ目当てってことだよな。

 レイナのやつ、朝は謙遜してたくせにペアの申し込みされてるんじゃねえか。


「拙者たちには時間がない。レイナ殿の居場所を教えてもらおう」

「お願い……します」


 う~ん。

 俺が狙いじゃないのなら、ここでむやみに騒ぎを起こす必要はないしな。

 何よりこいつ等にとってはかなり深刻な話だろうし、俺がとやかく言うのもずれている。

 自分でまいた種だろうし、ここはひとつレイナのやつに丸投げするか。


「レイナの居場所は――――――――」


 その時、俺の脳裏に鋭い稲妻が走る。

 そして、浮かび上がったのは他でもないカインさんの笑顔だった。

 否、笑顔でありながら笑顔ではない。

 これは、問いかけているのだ。


『本当にそれでいいのかい?』


 カインさんの声が聞こえてくる。

 そうだよ、冷静に考えてみろ。

 もしもこの3人の中からペアが選ばれたとしたら、そいつはレイナと特別な関係になるのだ。


 それがブルだったとしよう。

 まずレイナの隣を、態度のデカい大男の姿が占領することになる。

 そして、ゆくゆくはアルムガルト家にも足を踏み入れることに。

 そしてそして、ある夜にレイナの部屋から聞きたくもない声が聞こえてくることに。

 そしてそしてそして、最終的に2人は結ばれて――――――――


 嫌だ!! これ以上は想像したくない!!

 俺の脳みそが無意識のうちにブレーキを掛けてくる。

 危なかった。これ以上は気を失うところだった。


 カインさん。

 あなたの果たせなかった責務、俺に任せてください。

 必ずや、望む結果をもぎ取ってみせます。


「――――――――居場所は教えられない」

「なッ!! 今の状況を理解してるのか!?」

「悪いけど、教えるわけにはいかない。どうしてもって言うなら、俺を超えてみろ」


 俺如きを超えられない輩が、レイナと釣り合うわけがない。

 俺の中の父性が暴走する。


「仕方ない……こうなれば実力行使だ」

「誰から行く? 拙者でも構わんが……」

「全員まとめて掛かって来い」


 あれ? ちょっと暴走しすぎた?

 いや、もう後戻りはできない。

 1対3がなんだい。かかってこいや!


「それでは、お言葉に甘えさせてもらおう」

「――――――――行くぞぉ!!」


 坊主が木刀を抜き戦闘態勢に入る。

 先に仕掛けたのは、ブルの方だった。


「また真正面かよ」


 この前の喧嘩から何も学んでいないのか、ブルは相変わらず馬鹿正直に殴りかかって来る。

 躱すことは簡単だが、面倒なためもう一度同じ形で倒すか。


「――――――――ッ!」


 次の瞬間、背後に気配を感じた。

 拳が迫る刹那、俺は受けを止めて回避に専念する。


 しゃがみながら上半身を後ろに捻らせることで、正面の拳と後方からの薙ぎを同時に躱す。

 そしてそのまま後方の状況も確認しつつ、両手を地面に付けて捻った勢いのまま横に一回転した。


「ほう……拙者の攻撃を目視せず躱すとは……」

「8組のくせに生意気な!」


 魔人族の血による影響は、筋力増強だけではない。

 反射神経、動体視力、瞬発力などに加えて、五感も鋭くなった。

 おかげで敵の気配を探知しやすくなり、さらには元々そこに割いていたリソースを思考に回すことが出来る。


「どうやら、大口をたたくだけはあるらしい。6組の意地をかけて、拙者……参る!」


 次に仕掛けてきたのは、坊主頭の方だった。

 地面を駆けて、一目散に接近してくる。


「チッ!」


 俺は偽アテナを抜き、応戦する。

 一撃に全てを賭けるブルとは違い、一撃一撃が次の手に繋がる、しっかりと計算された動きだ。

 防御する仕草はないし、二刀流でもないため甲剣流と双剣流は違うだろう。

 それに動きは鋭いけど、相手を振り回すほどではないため龍剣流でもない。

 とすれば消去法で真剣流か。


 流石に剣技に関しては、剣術歴1年の俺よりも坊主頭の方が上だ。

 俺の知っている型ならば動きを読んで隙をつけるけれど、どうやら違う。

 今は技術の差を反射神経で補っている形だ。


「うらあぁぁ!!」

「――――――――むッ」


 坊主頭の背後から、ブルがいきなり飛び出してくる。

 おかげで、坊主頭の攻撃は中断された。

 そう、こうなることを待っていた。


 こいつ等は敵が一致しているだけで、仲間というわけではない。

 特にブルは性格的にも攻撃手段的にも、共闘には向いていない。


「喰らえ!!」


 ブルが渾身の右ストレートを放ってくる。

 回避することも出来たが、それよりもわざと喰らった方がいい。

 そう判断し、俺は両腕でガードした。


「――――――――ぐッ」


 いくらガードしているとはいえ、流石に直撃は痛い。

 後方へと殴り飛ばされる俺の姿を見て、追い詰めたと勘違いしたブルはすぐさま距離を詰めて来る。

 肝心の坊主頭は気まぐれなブルの動きに攻めあぐねていた。


「殺った!」


 再び右拳を構えるブル。

 廊下の壁際まで下がった俺は、ジャンプしてそのまま両足で壁を蹴る。

 追い詰めたと勘違いしているブルは、俺の急接近に反応できず掌底をもろに喰らった。


「ぐぼぇ!」


 いや、もろにではない。

 辛うじて右腕を掌底と体の間に挟ませることで、威力を軽減された。

 反対側の壁まで飛ばしたが、意識は残っているようだ。

 まあ、次の一撃で仕留めればいい。


「ふッ!!」


 ブルに向けて偽アテナを振るうが、間に坊主頭が割って入って来た。

 どうやらブルを守るつもりらしい。

 だが、さっきの剣戟で確信したことがひとつある。

 それは、俺の方がはるかに力が上ということだ。


「――――――――なッ?」


 俺の剣を受けた坊主頭は、堪えることが出来ずにそのまま吹き飛ばされる。

 そして同時に俺の目に映ったのは、坊主頭の木刀に亀裂が入るところだった。


 吹き飛ばした坊主頭が戦線復帰するまで、おそらく数秒。

 その間に、ブルは戦闘不能にしておく。


「くそがぁ!!」


 無事な左手の方で、殴りかかって来る。

 追い詰められていることもあり、単調な一撃だったため躱すことは容易だった。

 そして宙を切ったブルの左手の裾を掴んで逃げられないようにしつつ、逆の手で剣の先端を構える。

 狙いはブルのみぞおち、今度こそ終わらせる。


「うおらぁ!!」


 偽アテナの先端が、ブルのみぞおちに直撃する。

 切れ味は皆無のため死にはしないだろうが、痛みでもう動けないだろう。

 これで残りは、坊主頭だ。


「――――――――ふッ!」


 噂をすれば、坊主頭が背後に迫っていた。

 こいつの剣の動きは一通り見たし、然したる脅威ではない。

 そう考えつつ、迎撃するために俺も構えようとするが、やけに剣の動きが遅い。


「……タダでやられると思うなよ」


 視線の先では、みぞおちに突き立てられた偽アテナの刀身を握るブルの姿があった。

 仕留めたと思ったのに、まさか妨害する元気が残っていたとは……。

 これも、レイナを想う故の意地だろうか。


「俺は絶対に認めないぞ!!」


 次の瞬間、俺の頭部に木刀が直撃した。

 さらに一撃、もう一撃といった感じで何度も殴られる。

 木から作られているとはいえ、本気で振るう木刀はかなり痛い。


「拙者たちの勝ちだ!!」


 坊主頭をそう確信させる、最後の一撃が放たれる。

 が、それは頭部を直撃することはなく、俺の左手によって阻止された。


「――――――――なッ!? まだ動けるのか!!」

「生憎、この程度じゃビクともしない体なもんでね……」


 そのまま左手に力を込めて、木刀をへし折った。

 事前に刀身に亀裂が入っていることは把握していたため、その位置にさらに強い力を加えてやれば折ることは容易かった。


「お、おぬしは……!」

「『電撃(スパーク)』」


 多くの剣士は真剣の利用を前提とする指南を受けているため、真剣では起こりえない事態には一瞬の隙が生じる。それこそ、今回の坊主頭のように。


「あがががが――――――――」


 電撃が直撃した坊主頭は、その場に力なく倒れ込む。

 念のため触って確かめたが、死んではいない。

 おそらく気絶か、それに近しい状態だろう。


「くそ……結局、負けんのかよ……」

「残念だったな。レイナへの思いが、俺の方が数十倍は大きかっただけだ」

「舐めやがって……」


 ブルは壁にもたれかかったまま、力なく倒れ込んだ。

 みぞおちの激痛に気合で耐えていたんだ。大したもんだよ。


「……で、お前はどうするんだ?」

「ふふふ……いやぁ、驚きましたよ。まさか8組の分際でその2人に勝っちゃうなんてさ」

「……キャラ、さっきと違くないか?」

「ああ、すみません。こっちが素です」


 残ったのはただのもやっし子のはずだが、どうやら闇落ちしたらしい。

 今この瞬間に、闇落ちもやしが誕生したのだ。


 冗談はさておき、こいつは他の2人と違って少々不気味だ。

 協力する素振りも見せないし、今の状況でも汗のひとつもかいていない。

 そして何より本性を現すという悪役っぷり。

 警戒した方がいいな。


「いやぁ……この人たち馬鹿ですよね。レイナさんと踊れるのは一人だけなのに、お互いに助け合っちゃうんだもん。笑いそうでしたよ。まあ、おかげで僕はいいとこ取りが出来ますけど」


 何なんだこいつは……。

 計算高いクズなのか、それとも馬鹿なのか。

 けど、こんなこと言ってるくせに本心はレイナと踊りたいだけなんだもんな……。うん、きっと後者だ。


「今から楽しみで仕方がない。レイナさんと踊るのが……」

「どうせ断られるぞ」

「いやいや、僕からの誘いを断るわけがない。いや、僕が断らせない」


 こいつ……危ない思考してるな。

 従わせるためには暴力も厭わない、まるでDV彼氏のようだ。


「それじゃ、行きますよ」


 もやしっ子が地面に手を触れたその瞬間、足元に微かな振動を感じ取る。

 俺は瞬時に後方へと跳躍し、足元から伸びてくる巨大な手を躱した。


「チッ! 避けてんじゃねぇよ!!」


 今度は廊下の左右の壁から手が伸びてくる。

 土魔法は地面だけじゃなく、まわりの壁すらも利用することが出来る。

 つまり、廊下のような狭い空間は独壇場ということだ。


 このまま避け続けるのは不可能なため、俺は廊下から移動することを選ぶ。

 もやしっ子の狙いはレイナの情報だから、追って来ざるを得ないはずだ。


「その手に僕が乗ると思ったか!!」


 逃げる傍ら、チラッともやしっ子を確認するが、追って来る気配はない。

 それどころか、折れた木刀を握り、その先端を坊主頭へと向けている。


「……何のつもりだ?」

「僕は追いかけっこは得意じゃないんだ。だから、取引といこう。このまま君が逃げれば、僕はこの2人を半殺しにする」


 半殺しにされてくなければ、逃亡するのを止めろと……。

 しかし取引も何も、そいつら2人は俺にとっては赤の他人だぞ。

 そう考え、いつもの俺だったら気にせず逃げただろう。


「そうだ……それでいい」


 赤の他人であることは間違いない。

 だがそれでも、そいつら2人の持つレイナへの想いは本物だ。

 俺との決闘ならまだしも、あのもやしっ子の手で半殺しにされるのは少々理不尽ではないだろうか。


「結局は他人頼りだな」

「利用してやっただけだよ」


 再び左右の壁から手が無数に伸びてくる。

 その全てを躱すが、跳躍した一瞬を狙われ、天井から伸びる手に捕まった。

 巨大な手が、俺を握る形で拘束してくる。

 振りほどこうと力を入れるが、拘束はビクともしない。


「やっと捕まえたよ」


 五大属性魔法の中でも、土魔法は攻撃力がその場その場で左右される。

 何故なら、変化させる物の硬度によって高くも低くもなるからだ。

 一応、魔力で硬度を上げることが出来るそうだが、それは高等テクニックらしい。


 今この場でもやしっ子が操っている廊下は、頑丈な石造り。

 つまり、俺は巨大な石の手に拘束されていることになる。


「さあ、諦めてレイナさんの居場所を吐いてもらおうか」

「……やだね」


 拘束が強くなり、全身の骨が悲鳴をあげる。

 その時、何処からともなく美しいクラシックが流れ始めた。

 おそらく、学校中に鳴り響いている。


「この音楽……まずい、舞踏会が始まっちゃう。おい! さっさと居場所を吐けよ!!」

「……絶対やだね」

「もう加減できそうにないからさ……最後のチャンスだよ」


 加減とか言ってるけど、今も十分全身の骨が砕かれそうなほどきつい。

 あと少しでも強くなれば、普通の人は全身骨折だろう。


「つ……お前ら3人を見て……どれもレイナには見合わないって思ってたけど……」

「何の話をしてるんだ! さっさと居場所を吐け!」

「ケホ……一番見合ってないのは……お前だよ」

「はぁ!?」


 下のクラスに喧嘩を吹っ掛けるブルは一見……いや一見しなくてもクズだけど、それでもレイナを賭けた戦いには真摯に臨んでいた。

 坊主頭の方は名前すら知らないけど、ブルと共闘だけでなく、守ろうとする義理堅いところがあった。


「それに比べてお前は……自分の目的のために利用して……切り捨てて……挙句の果てにレイナの自由さえも奪おうとする」

「もういい加減に我慢の限界だよ……」

「この身が壊れようとも……お前みたいなゴミを近づかせるわけにはいかないんだよ!!」


 全身に渾身の力を込める。

 体が痛みで悲鳴をあげようとも、構わず込める。

 やがて拘束する石の手に、ひびが入った。


「ま、まさか……そんな」


 もやしっ子がどんな手を打とうとも、もう手遅れだ。

 すでに俺の身を拘束していた石の手は、大きな音を立てて崩れ去ったからな。


「い……石で拘束してるんだぞ!!」

「俺を拘束したければ……鋼でも持ってこいや!!」


 もやしっ子は石を体に纏わせて即席の甲冑を作り出す。

 が、俺の拳の前には、そんなものあってないようなものだった。


「うばぁ!!」


 渾身の右ストレートが、もやしっ子の顔をぶち抜く。

 甲冑のおかげで威力が落ちたが、それでも気絶するには十分すぎる威力だ。

 廊下を物凄い速さで飛んでいくもやしっ子をバックに、音楽は無情にも舞踏会の開始を告げたのだった。




 ---------




 サンダルト魔法学校の敷地内にそびえ立つ、2番目に高い塔。

 まるで大蛇の腹の中のように続くらせん階段を、俺はゆっくりとあがる。

 道中、様々な絵画と目が合ったが、足を止めることはない。


 らせん階段を抜けた先、そこには丸くひらけた天文台があった。


「よう、ここから見下す景色は絶景か?」

「うん。人がゴミのようだよ」


 通り抜ける夜風が、俺の髪をそっと撫でて来る。

 一歩間違えれば転落する危険と隣り合わせの中、俺は確実に歩みを進める。

 そして、天文台の端っこに座るレイナの隣に腰を下ろした。


「お前が変な酔狂に好まれてるせいで、大変だったんだぞ」

「そいつらは見る目があるね。まあ、相手が私じゃなかったらいい線行ってたんじゃない?」

「他人事みたいに言いやがって……まったく。にしても、悪くないじゃん。ここからの眺め」

「さっきのは嘘だよ。ここからでもわかる。皆がそれぞれの思いを胸に踊っている姿は、そう悪いものじゃない」


 天文台から見下ろしてみると、そこには柔らかな歓喜と共に踊る生徒の姿がある。

 世界中でここだけにしか光がないんじゃないかと錯覚してしまう。

 現実ではない、まるで幻想の中にいるかのようだ。


「他人の不幸は蜜の味ってよく言うけど、他人の幸せも案外悪くないもんだな」

「それって自分はどっちなの? 不幸、それとも幸せ?」

「さあな……」


 ふと見上げてみると、そこには数多もの星が広がっていた。

 あれがデネブ、アルタイル、ベガ……なんて言ってみたかったけど、どれも分からないや。

 こっちの世界の天文学は習ってないし、これからも習うことはないだろう。

 だけど、そんな知識が無くたって、美しいものは美しい。


「さ、立って」

「え? いきなりなんだよ」


 突然、レイナが俺の手を取り、立ち上がる。

 手すりなど設置されていないため、一歩踏み出せば2人仲良くお陀仏だ。

 当の本人は、そんなこと微塵も考慮していないだろうけど。


「せっかくの機会なんだから、踊らないと勿体ないでしょ?」

「え? だって、舞踏会には興味が無いって……」

「エトの思い出作りには興味があるから。さ、レディをリードして」


 もしかして、俺が参加しないと言ったからだろうか。

 だとしたら、ちょっと申し訳ないな。


「踊りの授業はサボってたからな。酷くても笑うなよ」

「奇遇だね。私もだよ」


 踊りに関しては、日本では馴染みのない文化だし、こっちの世界でもあまり触れることはなかった。

 きっと傍から見たら、不協和音のような踊りに違いない。

 だけど、今この場は俺達だけの舞踏会だ。


「なぁ、さっきの話だけど……ほら、俺は幸せなのか不幸なのかってやつ」

「それがどうかした?」

「俺は今、間違いなく幸せだよ」

「そ、よかった」


 地上からは切り離された、2人だけの世界。

 誰の邪魔もしないし、誰からの邪魔も受けない。

 そんな俺達を見守るのは、天に広がる星たちだけだった。


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