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転生ミスで異世界へ  作者: たけのこ
第八章
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第九十二話 図書室の天使

 翌日もまた、いつものように学校へと登校していた。

 誰にも悩みを打ち明けられない苦悩、それから来る精神的疲労が溜まりに溜まって体は限界に近い。

 こんな状況でも授業には出席しないといけないので、やはり学校は強敵だ。


「最近、調子悪そうだね」

「悪い、頑張って外には出さないようにしてるんだけど……不快だったなら謝るよ」

「いやいや、そういう意味じゃないよ!」


 最近の俺は、人混みを避けるべく休み時間は図書室にこもっている。

 そうなれば、司書であるアンナと顔を合わせるのは時間の問題だった。

 真っ先にこちらへと向かってきたのは、俺の授業態度が気に食わなくて文句を言いに来たのだと思ったんだが、それは杞憂だったらしい。


「隣、座ってもいいかな?」

「俺には拒否権なんて無いし、あったとしても拒否したりしないよ」


 図書室は誰のものでもない。

 本に限らず、席についてもそうだ。

 だから俺達しか利用者がいないとしても、隣に座るのを拒む権利はない。


「昨日は災難だったね」

「見てたのか……食欲が失せたのなら謝るよ」

「別にそんな心配しなくても大丈夫だよ。むしろ、嬉しかったもん」


 あんな場面、食欲が失せてもおかしくないのにアンナは嬉しかったと言った。

 他の人からは白い目で見られたのに、彼女だけは違う感情を抱いていたらしい。


「だって5組のいじめっ子を返り討ちにして、さらには2組のいじめっ子にも一泡吹かせたんだよ! クラスメイトとして、これほど嬉しいことはないよ!」


 アンナはニコニコで手を握って来る。

 クラスが同じというだけで、まるで我が身のように喜んでいる。

 実力主義であるこの学校において、下剋上とはそれほどまでに大きな意味を持つ行為なのだ。


 しかし、今の俺は手放しで喜ぶことも、自慢することも出来やしない。

 それどころか、眩しいくらいの純真な笑顔を前に、目を逸らさずにはいられなかった。


「あの時の俺は……本当に俺だったのかな」

「え? それってどういう意味?」

「あ、悪い、忘れてくれ」

「やっぱり何か変だよ。悩みがあるなら、私を頼って。あ、私じゃ嫌なら、先生でも……いいんだけどさ。とにかく、悩みを抱え込むのは一番良くないことだよ」


 周囲の人を、自分勝手な妄想のような悩みに巻き込むわけにはいかない。

 そんな風に考えて塞ぎ込んでいるから、こうして決壊寸前なのかもしれないな。

 だったら一か八か、相談してみるのも有りだろう。


「俺さ、前に数日学校を休んだことがあるんだけど……覚えてる?」

「もちろん。欠席理由も不明だって言うから、心配したんだよ」

「その時を境に、自分が以前とは変わってしまったんじゃないかって不安なんだ。

 それに、考えれば考えるほど、自分がどんな人間だったのか分からなくなる」

「つまり、肉体的な話っていうよりも、精神的な話ってことかな?」

「まあ、そうかな」


 魔の大陸での出来事は伏せつつ、悩みを告白する。

 言葉にしてみれば馬鹿みたいな悩みだけど、頭にずっと引っ掛かって離れない。


「難しい話だね。自分である証明なんて、出来っこないもん。私達の持つ精神は、形のないものだからね」


 もちろん、側の証明なら身分証とかで出来るだろう。

 しかし、今回の話は精神の話であるため、そういった類のものは役に立たない。


「それじゃあ……やっぱり無理矢理納得させるしかないのか……」

「確かに形はない。だけど、精神から来るその人の印象といったものは、第三者からの判断で定まるんじゃないかな。つまり、その問題の解決に必要なのは、エト君自身じゃなくて、私達第三者から見て変わったかどうかが重要なんだと思う」


 今の自分が、以前の精神(じぶん)のままなのかと言うのは、自分じゃ決して判別できない。

 そこでアンナは第三者からの印象で変わったかどうか判別できるんじゃないか、そう考えているようだ。

 確かに精神が変われば、少なからず第三者に与える印象も変化するかもしれない。


「欠席前後で、他の人から変わったなんて一回でも言われた?」

「……いや、言われてない……な」

「私も変わってないと思う。昨日の一件だって、家族思いのエト君ならいつだって同じことをしたと思うな。だから、安心して。これまでも、そしてこれからもエト君はエト君のままだよ」


 魔の大陸での一件があったせいで、昨日の自分の行動に自信が持てなかった。

 そんな中で当事者ではないアンナにここまで言ってもらえたのは、思った以上の良薬だった。

『これまでも、そしてこれからもエト君はエト君のままだよ』

 この言葉だけで、どれだけ楽になれるか。


「今、目の前にいる俺は、本人を真似た偽物かもしれないぞ?」

「もしそうだとしても、私の考えは変わらないよ。だって、ここまで似てたらもはや偽物じゃなくて、本物と言っても過言じゃないもん」


 アンナは笑みを溢しつつ、俺の目を見て放さない。

 そんな彼女を前に、今度は俺も逸らすことなく、その視線を堂々と受け入れることが出来た。


「それと、人間は良くも悪くも変わり続ける生き物なんだから、これまでの自分はもちろん、これからの自分も否定しちゃだめだよ」

「そうだな、その通りだと思うよ。ありがとう。こんな悩みを真面目に聞いてくれて」

「全然大丈夫だよ、これくらい。少しでも役に立てたなら良かったな……はは……」


 さっきまで笑顔だったアンナだが、ここに来て急に顔が強張る。

 朗らかだった雰囲気が一変し、何故だか緊張しているようだ。

 まずい、何か気に障ることでもしてしまっただろうか。


「えっと、ごめん! 気に障ることを言ったなら謝るよ!」

「え!? あ、いやいや、全然違うよ!! その……何て言うか……お礼の代わりにさ……私の相談も聞いてほしくて」

「相談? もちろん、それこそ俺で良ければだけど」


 アンナの表情を見る限り、想像以上に深刻な相談なのだろう。

 それこそ家族との確執だったり、いじめっ子に目を付けられているだとか。

 相談相手としては最悪な部類だと自覚しているけど、お礼も兼ねて全力で応えさせてもらおう。


「私はね、この学校を卒業したら、両親の決めた婚約者と結婚することになってるの。

 だから、その……自分の将来がもう決められてて、なりたいものにもなれないし、やりたいことも出来ない。家族ともうまくいかなくって、司書になったのも家に帰りたくない一心だったから」

「それは……」


 何か気の利いた言葉を掛けてあげようにも、何を言えばいいのか分からなかった。

 両親の意向で無理矢理この学校に入学させられたことは知っていたが、将来まで束縛されているなんて、俺には想像も及ばない苦痛だろう。

 もしも相談の内容が家族との絶縁か、それに近しいものだったのなら力にはなれない。

 相談を聞いてもらった恩があるとはいえ、家庭の事情には迂闊に手を出すわけにはいかないからだ。


「あ! 別にエト君の想像してることを頼もうってわけじゃないんだ!

 仲は悪くとも今まで育ててもらった恩もあるし、ずっと前から覚悟はしてるつもりだから!」


 アンナはあたふたした様子で、両手を振る。

 俺が勝手に想像して飛躍させ過ぎただけなのに、要らぬ心配をさせてしまったようだ。

 これはいかん、せめて相談内容くらいは黙って聞かなければ。


「その……私ね、エト君のことがずっと羨ましかったの。家族とも仲が良くって、毎日が楽しそうで。図書室に通ってるのも、自分の将来のためなんだよね?」

「まあ、将来というか、やりたいことに向けての準備だよ」


 今の俺の目標は、この世界を記憶に残すこと。

 そのためには、実際にこの足で世界を巡らなくてはならない。

 とすると必要になって来るのは、冒険者としての基礎知識に地理知識もろもろだ。

 それらの知識を手っ取り早く身に付けられるのが、この図書室なのだ。


「エト君が編入してから、ずっと見てきたんだよ。最初は私には出来ない生き方をしている君のことが、ただ羨ましかった。だけど、昨日の出来事が私は自分の事のように嬉しかった。多分、私の中でエト君は目指すべき目標であり、憧れの対象になってるんだと思う」

「ずっと見てきたなんて、男にはあんまり言わない方がいいぞ。勘違いする輩も多いからさ……」


 今のご時世、ただでさえ想像力豊かな輩が多くなってきているんだ。

 そんな勘違いされそうな言葉は、無益な勘違いを生みかねない。


 それはそうと、こんな俺のことを憧れの対象と言ってくれたことに、俺は素直に嬉しかった。

 ただがむしゃらに生きているつもりだけど、そんな姿が誰かの支えになるのなら感無量だ。


「何を伝えたいのかというと……私のことを記憶の片隅にでも置いていてほしいの。

 どんなに小さな記憶でもいいから、私のことを忘れないでほしい」

「忘れたりなんてしないよ。俺にとっては、この世界の全てが覚えておきたい記憶だから」

「それなら……これからも図書室に来てくれる? 毎日とは言わないからさ」

「もちろんだよ。この学校に通っている間は、約束する」


 自分の内に秘めた言葉を吐き出せたことで、アンナはホッとしたように溜息を溢した。

 白い肌が熱を帯びているようで、ほのかに赤みがかっているのが印象的だった。


 ただでさえ利用者の少ない図書室に長時間拘束される彼女にとって、話し相手となる俺の存在は、俺の想像よりもずっと大きいらしい。

 だが、それに関しては俺も同じだ。

 編入という異例の形で入学した俺は、クラスではエリックとアンナくらいしか話し相手がいないからな。

 今日、こうして話が出来て改めて理解することが出来た。


「そろそろ仕事に戻らないと……。今日は色々とありがとうね」

「それはこっちの台詞だよ。ありがとう」


 レイナには以前から悩みを吐露していたが、自分の満足いく答えを見つけることは出来なかった。

 もしかしたら、俺は答えを自分自身で見つけ出さなければならないと、勝手に思い込んでいたのかもしれない。

 だがしかし、他でもないアンナの言葉で俺は今の自分を認めることが出来た。

 やっぱり、俺にとってもアンナは想像以上に大きな存在なんだろうな。


 目の前の闇が完全に晴れたわけじゃないが、進むべき光を見つけることが出来た日だった。


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