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転生ミスで異世界へ  作者: たけのこ
第七章
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第八十七話 朝日

 満月のもと、船は淡々と進んでいた。


「俺が気絶している間にそんなことがあったのかよ……」


 ヴェロニカの風魔法で吹き飛ばされてから、エリックは意識を失っていた。

 目覚めた時には、すでに戦闘は終了しており、魔王の姿もなかった。

 故に、事態を飲み込めず、混乱していた。


 それでは可哀想なので、船上で一通りの流れを教えてあげた。

 とは言っても、未だにうまく処理できずにいるようだ。


「その……魔王? ってのはよく分からねぇな」


 まあ、エリックの反応が一般的だろう。

 この世界において、魔王は一種の都市伝説であり、地球で言うUMAのようなものだ。

 名前は知っていようが、実際に存在を信じる者は少ない。

 俺だって、彼と同じ立場だったら半信半疑だった。


 だが、今回は違う。

 俺はこの目でハッキリと見た。

 そして、それに見合う実力もな。

 もはや、疑うことは出来ない。


「皆が言うんだし信じるけどよ……やっぱりいまいちピンと来ないんだよな……。それよりも――――――――」


 エリックが急に立ち上がり、目の前に座るシェリィを指差す。

 その表情は、まるで有名人を前にした子供のようだった。


「あんた、『水王』だったのか!! どうしてずっと黙ってたんだよ!!」

「おい、エリック。声がデカいって」

「聞け、エト! いいか? 『水王』は五雄王の中でも『炎王』と並び、滅多に遭遇できない偉人なんだぞ!!」


 そりゃあ、確かにレアかもしれないけどさ……。

 なんかもう、疲れたせいで乗っかれない。


「熱くなってるとこ申し訳ないが、偉人だなんて言ってくれるな」

「え? でも……各地で数々の功績を打ち立てたって……」

「それは歴代の水王だ。アタシは何もしてない」


 シェリィは呆れ顔で首を振る。

 自ら明かさなかったのは、そんな後ろめたさがあったからか。


「あの、シェリィさん……」

「アタシは敬われるような人間じゃない。だから、ため口でいい」

「そうは言っても、助けてくれたのは事実です。

 だから少なくとも、俺にはあなたを敬う理由がある」


 今回の救出作戦、シェリィがいなければ完遂することは不可能だった。

 それどころか、全滅する可能性の方が高かっただろう。

 彼女の協力があったからこそ、今こうして会話をすることが出来るんだ。


「アンタを助けるのに協力したのは、ただ利害の一致に過ぎない。アタシの本当の目的を知れば、軽蔑するに決まってる」

「あれ? 魔王に会うことじゃないんですか?」

「それだけじゃない。アタシは、魔王と婚約するつもりだったんだ」

「……え? 婚約……?」


 婚約ってつまり、魔王と結婚するつもりだったってことか!?

 ちょっと待ってくれ。流石に驚きを隠せない。

 あの化け物を人生の伴侶に選ぶなんて、命が何個あっても足りないぞ。


「どうよ? 少しは軽蔑したか?」 

「驚きはしましたけど……別に軽蔑ってほどでは……。

 それに、まだまだシェリィさんはお若いんだし、婚約者っていうのは早いんじゃないかと……」


 いくら『水王』とは言え、まだまだ子供なんだ。

 婚約なんて考えずに、人並の青春を送るべきだと俺は思う。

 それに、焦って無理にでも婚約者を探そうものなら、寄って来るのはロリコン野郎ばかりだぞ。


「若いだって? 嬉しいこと言ってくれるじゃないか。けど残念、アタシはこう見えても400を越えてるぞ」

「……えっと、何を?」

「馬鹿! 年齢だよ!! あんまり大声で言わせるな!!」


 年齢が……400を越えているだって……?

 それが本当なら、長生きってもんじゃない。

 シェリィが嘘を言っているようには思えないし……。

 えっとそれじゃあ、俺の目に狂いがなければ、目の前にいるのは400歳を越える少女ってことか?


「つまり、人族ではないということか」

「その通りだ。ほら、これを見てみろ」


 ジーク先輩の言葉に応えるように、シェリィは髪を後ろに束ねた。

 すると姿を現したのは、少しだけツンと尖った耳だった。

 この特徴ってまさか……。


「まさか、エルフ族か?」

「詳しく言うと、エルフ族と人族のハーフだ。だから、中途半端なとんがりなんだよ」


 魔法学校で使用する教科書で目にしたことがある。

 エルフ族とは、人魔族に分類される種で、とんがった耳と小柄な体が特徴だ。

 さらには、優れた魔法の素質と数千歳と言う寿命を持つという。


「驚いたな。エルフ族は他の種とは距離を置き、人里離れた森の中で暮らすと聞くが……」

「とある事情があってな、エルフ族は特に人族が嫌いなんだ」


 人族とエルフ族との間に何があったのか。

 教科書には、そこまで詳しくは載っていなかった。

 けどまあ、ほぼ絶縁状態だから、相当なことがあったんだろうな。


「けど、シェリィは人族の血も引いてるんだろ? それって、大丈夫なのかよ?」

「そりゃ、一族からは酷い扱いをされたさ。だからこうして一人行動をしている」

「それは大変だったでしょうね。小さな頃から差別なんて……」

「当時はまだガキだったから、それなりに堪えたな」


 過去の辛い出来事を思い返しているはずなのに、シェリィの表情には雲一つない。

 それどころか、段々と明るくなっていくようだった。


「一族のもとを去ったのは、7歳の時だった」

「7歳!? まだ子供じゃないですか」

「子供とは言え、当時でも腕は立つ方だったぞ。少なくとも、寄ってたかって来る変態どもを返り討ちにするくらいにはな」


 後の水王ならば、若くともそれくらいの実力はあるのか。

 まあ、この世界は努力よりも才能がモノをいうからな。

 シェリィは生まれながらにして、究極の才能を秘めた天才だったってことだ。  


「ま、そんな最高究極天才なアタシでも限界は来た。当時はまだ読み書きはおろか、人族の言葉を喋ることすら出来なかったからな」


 独りではいつかは限界が来る。

 それは、シェリィも例外ではなかったようだ。

 それもそうだろう。いくら強かろうが、結局は7歳の少女なのだから。


「三日三晩、飲まず食わずで死にかけたアタシを救ってくれたのが、当時の水王である師匠だった。

 彼には生きる術を全て教えてもらった。まさに、命の恩人だ」


 ここに来て、シェリィの顔から笑顔が消え失せ、影が差し込んだ。


「とは言っても、師匠は人族だから、アタシが30代になる頃には病に倒れたけどな。もちろん、治そうと奔走したけど、結局は無駄だった」


 地獄のような環境に生まれ、過酷な幼少期を過ごしたシェリィにとって、その人物はまさに救世主だっただろう。

 その恩人の最期を看取ることになるなんて、彼女にとっては想像し難い苦痛だったはずだ。


「今際の際、アタシは師匠からこの杖……ポセイドンを受け継いだ」

「師匠の形見ってことね。どうりで肌身離さないわけだ」

「ただの形見じゃない。この杖は水王の象徴なんだ」


 杖を手に取り、優しくそっと撫でる。

 その姿は、まるで過去の記憶に思いを馳せるかのようだった。


「五雄王にはそれぞれ象徴がある。『水王』はこの杖だ。肌身離さず手にしているのは、それが理由さ」


 象徴か……。

 まあ確かに、五雄王の地位を示すものがなくちゃ、名乗ったもん勝ちになるもんな。

 そう考えると、『光王』の場合は、ラー王国の王位が象徴になっているのだろう。


「――――――――って、何でアタシの人生語りみたいになってるんだ。えーっと、何の話だったっけ?

 ……あ、思い出した。どうして、アタシが魔王と婚約しようとしたかだったよな。理由は至極単純、幸せな生活をしてみたかったからだ」

「……結婚が必ずしも幸せに繋がるとは限りませんよ」

「かもな。だが、少なくとも、アタシには夫婦というものが尊いように思えるんだ。……そ、そろそろこの話は止めにしよう。何だか顔が茹で上がりそうだ」


 シェリィは我に返ったようで、話を区切った。

 自分語りが恥ずかしくなったようで、照れくさそうに顔を隠す。


「シェリィ、ひとつ尋ねたいことがある」

「陸に着くまでまだ時間があるからな、聞いてやる」


 散々悩んだ挙句、捻り出すように言葉を口にするジーク先輩。

 それに応えるように、シェリィも顔を上げる。


「魔王が言っていたレグルスとは、一体誰のことなんだ」

「難しいな。何せ、8000年も前の人物なんだぞ」

「そうか、それなら――――――――」

「……だが、師匠から少し聞いたことはある」


 魔王はヴェロニカが口にした『五雄王』という単語に反応した。

 そこには、並々ならぬ関係があったことが容易に想像できる。

 俺も気になっていたことを、ジーク先輩が代わって聞いてくれた。


「冥王レグルス、巷ではそう呼ばれているそうだ」

「冥王……?」


 ジーク先輩とエリックは聞いたことがないようで、首を傾げた。

 俺も詳しくは知らないが、『冥王』という単語には心当たりがある。

 アルムガルト家の本に載っていた。


「知らなくても無理はない。古い書物にしか記載されていないからな。

 師匠曰く、冥王レグルスは初代五雄王と深い関わりを持つ人物だったようだ」

「関わり……ですか」

「どんな関係だったのか詳しくは分からない。ただ、五雄王の象徴を創り出した人物らしい」


 水王の杖のように、形があるものを創るのは分かる。

 けれど光王の象徴のように、形ないものはどうやったんだろう。

 まさかとは思うが、ラー王国を建国したとかじゃないよな?


「それってつまり、その杖を創った人物ってことだよね? 凄腕の職人だったのかな」 

「仮にそうだったとしても、ただの職人じゃなかったのは確かだ。

 伝説の三魔獣の話を覚えてるだろ? 奴らにはそれぞれ名前がある。

 邪竜ウロボロス、凶蛇サーペント、そして海獣ポセイドンだ」

「ポセイドン? あれ、確かその杖も同じ名前でしたよね?」


 偶然、名前がかぶるなんてことはないだろう。

 だとしたら、伝説の三魔獣である海獣ポセイドンから名前を借りたのだろうか。

 うん、それが一番可能性が高い。

 地球でも、伝承に出て来る人物や物から名前を拝借することは、珍しいことでもないからな。


「この杖の芯は、海獣ポセイドンの死骸から集めた骨で作られている。

 先端の水晶玉には、心臓の血を含んでいるそうだ」


 あれ? 名前どころか、体を拝借してるんかい。

 しかも心臓の血とか、何てえげつないことをするんだ……。

 水晶玉が禍々しく渦巻いているのは、恨みとかが関係しているんじゃないか。


「その話が本当ならば、海獣ポセイドンはすでにこの世にはいないということになる。それも、8000年以上前にな。

 ならば何故、今もまだ伝承として語り継がれている? 死んだという話も聞いたことがないぞ」


 確かにそうだ。

 他の2体は今も生きており、度々大きな被害を与えているらしいから、伝承として今も残っているのは理解できる。

 だが、海獣ポセイドンは8000年も前に死んでいるのだ。

 地球で言えば、イエス・キリストが生まれるよりも遥か前の出来事。

 神龍と初代五雄王の戦いのように、歴史の転換点となる大きな出来事が関係しているならまだしも、

 わざわざ、その存在が伝承として受け継がれている意味が分からない。


「そこが面白いところなんだよ。アタシが考えるに原因は2つある。

 1つは、伝承を受け継ぐという行為自体が、風習のようなものに変化したからだ。

 伝説の三魔獣は、人類が生まれる前から猛威を振るっていた起源種と考えられている。

 人類が誕生した後もそれは変わらず、まだ戦う力を持たなかった人類は蹂躙されることになった。

 情報を後世に残すことが、せめてもの抵抗だったんだろうな。

 それが結局、風習のようなものになり、8000年もの間、途切れることなく伝えられる要因となったわけだ」


 う~ん、難しいな。

 つまり、誕生したばかりの人類は正面からじゃ勝てないから、その脅威を受け継いでいくことで犠牲者を減らそうと試みた。

 それが結局、恒例行事のようなものに変化したことで、8000年経った現在も伝承として耳にすることになった。

 そんな感じだろうか。


「もう1つは、そもそも世間は海獣ポセイドンが死んだことを知らないからだ。

 どうやら冥王レグルスは目立つことを嫌う性格だったようでな。人知らぬ間に、一人で始末したみたいなんだよ」

「仮にそうだとしても、姿を見せなくなれば生存を疑う者も出て来るんじゃないか?」

「それが驚くことに、海獣ポセイドンは子孫を残していたんだ。

 そいつが親と入れ替わりになったみたいで、今もまだ猛威を振るってる。

 戦闘能力自体は親には遠く及ばないみたいだけど、世間からしたら脅威であることに変わりはない。

 ま、仮に当時、海獣ポセイドンを倒したと証言したところで、有り得ないって切り捨てられるだけだっただろうな」


 結局、脅威は消え去ったわけではないようだ。

 ただまあ、色々な要因が重なったことで、海獣ポセイドンが現在まで語り継がれる存在になったということは分かった。

 冥王レグルスの方は、魔法学校で軽く調べてみることにしよう。


「何か俺達……すっげぇこと聞いたんじゃないか?」


 世間には広まっていないであろう事実を知ったことで、エリックは興奮気味だった。

 ここだけ見ると、先行上映で観た映画の内容をネタバレしたくてウズウズしているようだ。

 とは言っても、別に口止めしなくても大丈夫だろう。

 そもそも話がぶっ飛び過ぎていて信じてもらえないだろうからな。


「はあ……一通り聞いたけど、今は頭に叩き込むだけで精一杯だよ」


 レイナはパンク寸前といった感じで、空を見上げていた。

 俺も聞くのが精一杯で、咀嚼することは出来なかった。

 何も食べていないのに、お腹いっぱいだ。


 ……冷静に考えると、それっておかしくないか?

 最後に食べたのは、おつかいに出かける前だったはず。

 そこから諸々考慮すると、俺は丸一日以上、飲まず食わずの状態だ。


 それなのに、お腹が減っていないどころか、喉も乾いていない。

 極度の緊張で身体に不調をきたしている可能性が高いな。

 それとも――――――――


「……クソ」


 ヴェロニカの言葉が頭をよぎる。

 ええい、余計なことは考えるな。

 きっと家に帰れば、腹の虫が暴れ出すはずだ。

 伝説の三魔獣なんかに引けを取らない虫がな。


「皆、聞いてくれ。俺は今回の件、陛下に報告すべきだと考える」


 シェリィの話を一通り聞き終え、ジーク先輩が手を挙げる。

 彼の意見に、俺達は頷ぎ答えた。


「それって、アタシも必要か?」

「そりゃあな。もしかしたら、陛下に良い男を紹介してもらえるかもしれないぞ?」

「お前、馬鹿だな。アタシがその程度の誘いに乗るわけがないだろ。

いいか? 仮に紹介してもらったところで、出て来るのは貴族のボンボンだろうが」

「それじゃ駄目なのか?」

「当たり前だ。結婚において重要なのは釣り合いだからな」


何が釣り合いの要素なのかは分からないが、仮に実力なのだとしたら、お相手が可哀想だ。

『水王』と釣り合う人間なんて、同じ五雄王くらいだもん。

おっと、話がずれたな。

今、重要なのは、シェリィを説得することだ。


「シェリィさんは大事な証言です。忙しいのは承知ですけど、どうかお願いします」

「そこまで言うなら……仕方がないな」


 俺の証言だけでも、ララ様なら信じてくれるだろう。

 しかし、他の人物までそうとは限らない。

 そこで水王の証言ひとつ加わるだけで、信憑性が爆上がりするのだ。


「まだまだ気が休まりそうにないな……」


 そっと肌を撫でる青い風に、心を預ける。

 辺りは清々しいほどに静かで、まるで海に包まれているようだ。

 魔の大陸は、もうすっかり遠くに置き去りになっている。


 船の進む先、地平線から暖かい光が漏れ出ていた。


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