第八話 崩壊
レイナの誕生日から三週間経過した。
俺の生活に大きな変化はない。
強いて言うなら、レイナとよく話すようになったくらいか。
日中、俺は電撃魔法の練習をしている。
弱めの電気放出なら自由にコントロールできるんだが、強くすればするほどコントロールが難しくなる。
もっと練習が必要なようだ。
頑張るとしよう。
そして、今日もいつも通りの一日がやってきた。
――――――――はずだった。
「……ふぅ、疲れた」
練習が終わり、俺は一息ついていた。
電撃魔法はコントロールするのに頭を使うため、長時間練習すると頭が爆発しそうになる。
故に、休憩が必須なのである。
「どこ行くの?」
「部屋で休む」
レイナが話しかけてきた。
彼女は、俺の返答を受けて少し残念そうにしていた。
何故だろうか?
「ふーん。せっかく新しく覚えた魔法を見せようと思ったのに」
「……それは、ごめん」
彼女はそっぽを向いて、行ってしまった。
うーん、見てあげれば良かったかな。
まあ、今見ても大した感想を返してあげられなそうだし、許してほしい。
そして、俺はよろよろとした足取りで部屋に向かった。
いつもと変わらない部屋。
俺は部屋に入るなりベッドに飛び込んだ。
ふかふかで気持ちいい。
ベッドの上で、俺はしばらくボーっとしていた。
次第に、少しの眠気と虚無感を感じるようになり、俺の頭に様々な疑問が浮かんできた。
宇宙はどうやって生まれたんだろう。
魂って何だろう。
天使様って何なんだろう。
なぜ俺という存在は生まれたんだろう。
そもそも生まれるって何なんだ?
答えがないことは分かっている。
それなのに、考えずにはいられない。
まるで賢者タイムみたいだな。
数年後、俺はこの世界から去る。
最初は帰りたい一心だった。
今もその気持ちは変わらない。
それでも、いつか、この世界が恋しくなるのだろうか。
この人たちが。
この環境が。
まあ、数年も居れば恋しくなるんだろうな。
そうなってもいいように、この目に焼き付けよう。
この世界を。
俺は体を起こした。
そして、窓の外を見た。
「ほんと、一面草原だな」
俺は微笑した。
気がつけば、疲労が無くなっていた。
「レイナの魔法でも見てやるか」
今なら素晴らしい感想が浮かびそうだ。
そう思い、視線を外そうとした時だった。
「……誰だ? あれ」
一人の男がいた。
ぽつりと。
その男と目が合った。
そして、その男はうっすらと笑った。
俺は背筋が凍るのを感じた。
すぐに窓から飛び退いた。
「な、何なんだ……!?」
心臓がバクバク音を立てている。
額から汗が流れ、床に落ちる。
――――――――見られた。
俺の髪を。
黒髪を。
染魔薬の効果は一生続くわけではない。
水を浴びると効果が消える。
つまり、風呂に入れば黒髪に戻ってしまうのだ。
だから俺は今、黒髪だった。
「や、やばい……!」
こうなれば、男を止めて説得するしかない。
俺は立ち上がり、もう一度窓の外を見た。
しかし、男の姿はどこにもなかった。
「やっぱり俺、疲れてるんだ! そうに違いない!」
そう自分に言い聞かせて、ベッドに潜った。
毛布にくるまり、目を閉じた。
結局、この後ずっと男が頭から離れなかった。
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「……ㇳ! ……ェㇳ! ……エト!!」
「……うん? あれ? どうしたんですか?」
朝だった。
目の前には、汗だくのカインさんがいた。
どうやら、俺は彼に起こされたらしい。
「エト! 今から言うことをしっかり聞きなさい!!」
「な、何かあったんですか?」
「テサーナ国王直属の騎士団が家に来た! 君はレイナと一緒に裏から逃げなさい!」
「え?」
意味が分からない。
国王直属の騎士団!? そんなのがどうして家に?
カインさんの顔を見るに、嘘ではないことは明らかだった。
「急いで! 早くしないと家族全員捕まってしまう」
「ルビアさんとリダは!?」
「既に見つかってしまった」
嘘だろ!?
二人は無事なのか!?
「カインさんは!?」
「私は……、残る。ルビアとリダを見捨てるわけにはいかない」
「そうだとしても……、どうするんですか? まさか戦うんですか?」
――――――――国王直属の騎士団……。
弱いわけがない。
カインさんが上級魔法を使うことができて、尚且つ上級剣術もマスターしてるとなれば話は違うのだが……。
そんな主人公スペックを持っている人なんかいないだろう。
故に、戦いを挑むなど自殺行為だ。
「いいや、戦闘はしない」
そうだとすると、何か手はあるのだろうか。
「奴らの狙いは、私だ」
「カインさんが!?」
「おそらく、私が前国王の息子だからだろう」
カインさんが前国王の息子だから消す……。
現国王にとって、カインさんの存在が不都合だからか。
それなら、アルムガルト家の血を引くリダも殺されるんじゃないか?
「……エト、二人のことは私に任せてくれ。君はレイナを頼む」
「――――――――は、はい」
俺は彼の頼みを受け入れた。
もっと冷静になっていれば良い案が見つかったかもしれない。
けれど、俺には無理だった。
「あと、これを」
小さな袋を渡された。
中を確認してみると、お金と染魔薬が入っていた。
「そろそろ私は行く。どうか、どうか生きてくれ」
彼は俺の肩を掴み、力強く言った。
ふと俺の頭の中で、カインさんにもう会えないんじゃないかという不安が生まれた。
「カインさんも、絶対に死なないでくださいね!!」
彼は俺の言葉に力なく頷き、部屋から出て行った。
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俺はすぐにレイナの部屋に向かい、勢いよくドアを開けた。
いつもなら彼女は起きていただろう。
しかし、今日はめずらしく二度寝をしていたらしく――――――――
「うわぁ! びっくりした! いきなり何!?」
彼女はベッドから身を起こした。
パジャマだった。
「今すぐ家を出る準備をして!」
詳しい説明をする暇がない。
俺は話をまとめるのがあまり得意ではないのだ。
「はぁ? どこか行くの?」
「時間がない! 早く!」
「……分かった」
彼女はベッドからのっそりと出てきた。
そして服を手に取り、俺の方を向いた。
「ねえ、着替えたいんだけど……」
どうやら俺に部屋から出て行ってほしいらしい。
普段なら大人しく出ていくが、そんな時間はない。
「着替えるのもあとにして!!」
「ええー。まったく、一体何があったの?」
やむを得ないな。
簡潔に言うしかない。
「敵が家に来たんだ。 今カインさんが足止めしてくれてる。だから、その間に逃げるんだ」
彼女の顔が一瞬で曇った。
「敵って魔物? 私たちじゃ倒せない?」
「魔物じゃない。それに、倒せないからカインさんが足止めしてくれてるんだ」
彼女は真剣な顔で「分かった」と小さく呟き、家を出る準備を始めた。
そこから彼女の準備が完了するまで時間はあまりかからなかった。
必要最低限のものを袋に詰めて、部屋を出る。
「母さんとリダは?」
「……助けられない」
「そう……」
彼女は、どこか落ち着いているように見える。
てっきりカインさんを助けに行くかと思っていた。
ルビアさんとリダも危機だと知ったら尚更。
俺は通りかかった窓を横目で見た。
すると、家の前に複数の人がいるのが分かった。
格好からして騎士団だろう。
カインさんの話はやはり本当だったのだ。
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裏口から家を出た。
カインさんが引き付けてくれたおかげか、こちら側に騎士団はいなかった。
「あそこに父さんの馬がいる」
彼女は冷静だった。
まるで、こうなることを事前に知っていたかのように。
彼女は馬にまたがると、俺に手を差し伸べた。
俺はその手を取り、彼女の後ろにまたがる。
彼女はカインさんから馬術を習っている。
それに比べて俺は、馬に乗ること自体初めてだった。
「……いくよ」
そう言うと、勢いよく走りだした。
あっという間に家が小さくなっていく。
「みんな……。どうか無事で」
俺はぽつりと言った。
同時に助けに行くと誓った。
レイナを安全な場所に送り届けたら、必ず。
一人では無理かもしれない。
けれど、仲間を集めて助け出して見せる。
「……」
レイナの顔は見えなかったが、その背中はどこか悲しげだった。
こうして俺の日常は崩壊した。
この先、どんな困難があるか分からない。
けれど、必ず乗り越えていつも通りの日常を取り戻そう。
そう決心したのだった。