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転生ミスで異世界へ  作者: たけのこ
第七章
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第八十四話 再会

 話は少し遡り――――――――

 

 地下を目指し、要塞を駆け回るエリックとシェリィ。


「なあ、待ってくれよ!」


 入口からここまで走り続けたことから、エリックの方は息があがっていた。

 一方のシェリィの方は、まだまだ余裕な表情で溜め息をついている。


「ハア……ハア……くそ……どんな体力してるんだよ」

「若い男のくせに情けないな。運動不足なんじゃないか?」

「……やかましいな」


 ここに至るまでに何度か敵と遭遇したが、その全てをシェリィひとりで片付けてしまった。

 戦力にはろくにならず、それどころか足を引っ張っている。

 最初から分かっていたことだが、その事実がエリックに焦りを生んでいた。


「……なんか聞こえないか?」

「アタシもそう言おうと思ってたよ。まるで金属を擦るような音だ。近づいてくる」


 シェリィ達の後方から、ひとりの大男が姿を現した。

 全身が歪んでおり、顔には様々な金属片が刺さったままだ。

 手には血のこびりついた肉切り包丁を持っている。


「うげぇ……グロい容姿だな。あれはモテないぞ」


 ナイフを片手に、シェリィは嫌悪感を示す。

 そんな彼女を横目に、エリックが一歩前へと踏み出す。


「あ、おい」

「くらえ! 『爆火弾(ファイアブラスト)』!」


 エリックが先制に火魔法を放つ。

 未熟な彼にとっては燃費の悪い魔法だが、切り札であることには変わりない。

 シェリィばかりに任せっきりな自分自身への焦りが、この切り札を早々に切らせたのだ。


「うがが……」


 男に直撃したが、それでも倒すには至らなかった。

 それどころか、負傷した部位もすぐに治っていく。


「おい、その魔法は使うなって言われてたんじゃないのか?」

「分かってる! けど、俺だって役に立つって示したいんだよ!」


 言い合う2人を目掛けて、男は突進してきた。

 その標的は、一歩前に出ていたエリックだった。


「チッ!」


 火魔法で迎え撃とうとするエリックの前に、シェリィが強引に割り込む。

 そして振り下ろす肉切り包丁を、小さなナイフで受け止める。

 が、あまりの体格差に段々と押される。

 肝心の杖も、背中に背負っているため使えない。


「あはは……いいね。やっと味のありそうな奴が来た」


 窮地に立たされていながらも、シェリィに浮かんだのは笑みだった。

 そんな彼女の背後から、小さな火の玉が飛んできて男の顔面を燃やした。

 突然の展開に怯んだ隙を見て、シェリィは後方へと距離を取る。


「まさか、アンタに助けられるとはね」

「そう言っても、どうせひとりでも何とかなったんだろ」

「そうだとしても、助けられたのは事実だ」


 そもそも窮地に陥ったのは、自分を庇ったせいだ。

 エリックはそう思いながらも、口に出すことはしなかった。


「うごご……」


 顔面の火傷もすぐに治り、再び男が迫って来る。

 エリックは今度は前に出ることはなく、むしろ一歩さがった。

 シェリィが杖を手に取ったからだ。


「うがぁ!」


 肉切り包丁を躱し、懐に潜り込む。

 続けざまに、膝にナイフを刺し込んで体勢を崩す。

 さらに掴もうと迫って来る手を、蹴って防ぐ。


「行くぞ? 『水の槍(アクアランス)』」


 至近距離から放たれた槍が、男の頭部を貫通し、そのまま壁まで突き刺さる。

 男の脳みそが壁に飛散し、まるで絵画ように一面を飾った。


「やっぱり、俺は要らないな……」


 自分が助太刀するまでもなく、シェリィはひとりで勝ってしまう。

 ボソッと呟いたエリックの肩に、小さな手がポンと添えられた。


「なぁにを焦ってるのかは知らないけど、逆効果だぞ。友達を助けたいなら、もっと冷静さを持て」

「けど……下手に俺が付いて行くよりも、あんたひとりで助けに行った方がいい気がするんだ」

「……そっか。それじゃあ、来た道を帰るといい。けどまあ、そうしたらアタシはアタシの目的のために動くけどな」

「は? それじゃあ、エトはどうするんだよ!」

「アタシはアンタの友達を助けたいっていう想いに協力しているだけだからな。アンタがそれを放棄するなら、協力する義理はなくなる」


 あくまでも、エリックがいるから協力している。

 彼女は淡々とそう述べた。

 取って付けたような話だとしても、自分に存在意義を与えてくれることに感謝する。


「今のままでも良いってことか? こんな役立たずなのに……」

「……二手に分かれる時、アンタを指名した理由がわかるか?」

「弱いからだろ?」

「それもあってるけど、一番は相性だよ。アタシにとって、アンタが一番相性が良かったから選んだんだ」


 彼女の見えない配慮を察したエリックは、それで満足した。

 ただ今ある事実を受け入れて、友人を救うために進むだけだ。




 ---------




 そして現在――――――――


 闘技場の壁に開いた穴から、エリックとメスガキが姿を現す。

 一体どうしてこの組み合わせなのか。

 考えても理由が見当たらないが、2人がここにいるという事実は俺の目から見ても明らかだった。


「逃げろ! 殺されるぞ!!」

「どっちみち、手ぶらで帰ったらレイナに殺されるっての」

「こいつは他の奴とは違う! 本当の化け物なんだよ!!」


 突然、俺を掴むヴェロニカの手に力が入る。

 予想外の乱入に、心底ご立腹のようだ。


「その青髪、そしてその特徴的な杖。よりにもよって、あなたでしたか……」

「ん? アンタと面識なんてあったっけ?」

「わたくしが一方的に知っているだけですわ。何せ、あなたは巷では有名人ですもの」

「……そうかよ」


 どうやら、ヴェロニカはあのメスガキのことを知っているらしい。

 それが関係しているのかは不明だが、メスガキが姿を現してから明らかに不機嫌になった。


「邪魔しないでもらえないかしら? 今からディナーですの」

「そいつは無理な相談だ。その青年を助けるって約束しちゃったからな」

「そう……それは残念」


 ヴェロニカの長く鋭い牙が迫って来る。

 抵抗しようにも、掴む力が強すぎてまともに動けない。

 エリック達も距離が離れていて、間に合わないだろう。

 覚悟を決めて、目を瞑るしかできない。


「――――――――ッ!」


 ところが、突然体が軽くなった。

 目を開くと、掴んでいたヴェロニカの手が宙に浮いていた。


「『水の刃(アクアメス)』」


 メスガキの杖から放たれたビームが、ヴェロニカの手を切断したのだ。

 この距離から、しかもあのヴェロニカの手をだ。

 凄まじい高圧であることがうかがえる。


「チィッ!」


 今度は反対の手で襲い掛かって来る。

 今の俺には両手で防ぐしか抵抗できないが、そんな心配は杞憂だった。

 高圧の水が、もう一方の手を貫通したのだ。


「痛ッ!」


 貫通したことで制御を失った手がかすり、俺の左手首に切り傷が付いた。

 けれど、何でもない軽傷だった。

 それよりも問題だったのは、切断面から漏れ出た血が俺へと迫って来ることだった。


「うお!」


 大量の血が迫って来る中、突然、俺の体を包み込むように泡が発生した。

 この魔法は……レイナも使っていた水の泡(アクアバブル)だろうか。

 ただ泡の内部が水で満たされていないのが相違点だ。


 俺を包み込んだ泡が、勝手にぷかぷかと動き出した。

 迫り来る血も、地面から発生した水の壁で足止めされている。

 まさかあのメスガキが、これだけの魔法を遠隔で操っているのか?


「エト! 大丈夫か!?」


 泡がエリック達のもとまで運んでくれて、近くで破裂した。

 すぐに駆け寄って来るエリックの存在が、何故か凄く懐かしい。


「助かった。あんた……何者なんだ?」

「アタシはシェリィ。そいつの熱意に感謝するんだね」


 初対面の時は、生意気な少女としか思わなかった。

 だが命を救われた今は、打って変わって天使のように見える。


「あなた達は招待していないわ。今すぐその子を返しなさい」

「バァカ! 返すわけねえだろ! お前みたいな怪しい女によ!!」


 エリックが言い返すが、大して相手にされていなかった。

 ヴェロニカは冷静さを取り戻すためか、一度深呼吸をする。

 その間に切断した腕は治り、貫通した傷も塞がった。


「わたくしのディナーを邪魔した罪は重いわよ。弟の茶番とは比べ物にならない地獄を見ることになるわ」


 ヴェロニカが指の先端に付いた血を、勿体なさそうに眺めている。

 あれは、偶然にも俺の手首を切り裂いた時に付着したものだった。

 まさかとは思ったが……そのまさかだった。


「うげぇ……あいつ血を舐めてるぞ」


 血の味について熱弁していたが、まさか本当に飲むとは……。

 しかもそれが自分の血となると、余計に鳥肌が立つ。


「うぅ……」


 突然、ヴェロニカが苦しみだした。

 頭を抱えて、辛そうに搔きむしっている。

 タイミング的に考えて、俺の血を飲んだからに違いない。

 理由は全く分からないが、俺の血が毒だったとかか?


「何よ……この味……」


 毒とかではなく、ただ単に味だったらしい。

 俺の血が激マズ過ぎて苦しんでいるのだったら、何とも複雑だ。


「こんな味……始めてよ。甘味、塩味、酸味、苦味、うま味、どれにも当てはまらない。

 まさに未知の味。こんなものが、この世界に存在するの?」

「なあ、エト。お前、日頃からおかしなものでも食ってたんじゃないか?」

「そんなわけないだろ。さっきから気味の悪い話ばっかだ」


 自分の血が、未知の味と言われたところで喜べるかよ。

 それどころか、さっきから寒気がしすぎて、うんざりだ。


「益々あなたに興味が湧いたわ」


 ヴェロニカが翼を広げて、空へと飛び立つ。

 そして自ら心臓を貫き、大量の血を噴出した。


「気を付けろ。あいつは血を操る」

「どうやらそうみたいだな」


 空を覆い尽くすほどの血がそれぞれ凝固し、矢へと形が変化する。

 空からの無数の矢による攻撃、普通なら回避しようのない物量だ。

 それなのに、シェリィという少女は焦る素振りすら見せない。


「なあ、大丈夫なのか!?」

「落ち着け、エト。この人の実力は俺が保証するから」


 ヴェロニカが手を振り下ろす。

 それを合図に無数の矢が勢いよく降って来る。


「『水の屋根(ウォータードーム)』」


 シェリィが空に向けた杖から、勢いよく水が放出されて、丸い屋根を形作った。

 範囲こそ広いが、相当な薄さなので完璧に防げるのか疑問だ。

 数本なら剣で防げるが、数十本は不可能だぞ。


「不安そうだな。まあ、大丈夫だよ」


 その自信は一体どこから来るのだろう。

 ただ剣を構えて、上に視線を向ける。

 すると驚くことに、矢が水に触れた瞬間、溶け出したのだ。


「いくら凝固しようとも、血は血だよ。水には簡単に溶ける」

「やはり、あなたが一番の障害のようですね」


 ヴェロニカの特異属性魔法にそんな弱点があったとは……。

 だが、それで完封というわけではない。

 何せ、彼女はそれ以外にも魔法が使えるからだ。


「これはどうかしら?」


 ヴェロニカが手をかざす。

 すると、そこから目を覆いたくなるほどの灼熱が発射された。


「『炎流弾(フレイムショット)』」


 辺り一面を焼き尽くすほどの規模に、俺はただ眺めることしかできない。

 普通なら絶望して立ち尽くすことしかできない場面でも、シェリィは冷静に対応する。


「『水激流(アクアストリーム)』」


 杖の先端から、凄まじい量の水が一点集中で放出される。

 そして、炎と水が空中で真っ向からぶつかり合い、相殺された。

 それと同時に、水蒸気が発生してお互いの視界を奪う。


「もう何が何だか……」


 ここまで高度な魔法の撃ち合いは、初めて目にしたかもしれない。

 こんな規模の戦い、介入することすら不可能だ。

 ハッキリ言って、レベルが違う。


「ん? これはまさか……」


 水蒸気が辺りを支配する中、薄らと地面が隆起しているのが目に入った。

 これは間違いなくヴェロニカの土魔法の影響だ。


「気を付けて! 土魔法が来る!」


 次の瞬間、地面から物凄い速さで棘が伸びて来て、俺の右肩を狙った。

 躱す暇もなく、無防備な状態だったため、貫通したと思った。

 ところが、棘の先端が肩に当たると同時に曲がり、そのまま地面へとポチャリと落ちた。

 この感じ……泥か?


「当然、考慮に入れてるよ。だから、大丈夫だ」


 いつの間にか、シェリィが地面に手を触れていた。

 そうか、土に水分を与えて柔らかくしたのか。

 土壇場でこの判断をできるなんて、戦闘経験も半端じゃない。

 見た目は少女なのに、何もかも俺よりも上手だ。


「水魔法だけでここまで出来るなんて、流石だわ。だけど……これはどうかしら?」


 ヴェロニカが翼を勢いよく広げて、風を起こした。

 足を広げて踏ん張るが、風はどんどん強くなり、やがて立っているのがやっとの状態になった。

 体が二回りほど小さいシェリィは、やっとの思いで地面にしがみついている。


「ほら、次行くわよ?」


 再び、ヴェロニカが翼を勢いよく広げた。

 今度は耐えられず、後方へと飛ばされた。

 それでも風は止むことなく、身動きが取れなくなってしまった。


 そんな俺達を前に、ヴェロニカが両手をかざす。

 すると、さらに凄まじい風が発生して、壁に押し付けられた。

 やがて壁すらも崩壊して、凄まじい爆音とともに遥か後方へと吹き飛ばされた。


 方向感覚が狂い、自分がどうなっているのかも分からない。

 どれくらい飛ばされたのかも、皆が何処にいるのかも。

 ただひとつ分かったのは、自分の体が泡に包まれていることだけだった。


「うわぁぁ!」


 やがて大きな壁にぶつかり、泡が破裂した。

 怪我がなかったのは、この泡のおかげだろう。


「――――――――エト?」 


 まだ周囲の状況を呑み込めていない。

 それなのに、この心が落ち着くような声は……まさか……。


「……レイナ? レイナなのか?」

「エト……やったぁ!! エトだぁ!!」


 レイナが勢いよく抱きついてくる。

 周囲の状況を確認しなくちゃいけないのに、彼女と再会できた喜びが頭を支配する。


「驚いたよ。いきなり壁が壊れたと思ったら、そこからエトが吹き飛んできたんだもん」

「それじゃあ……俺はここまで飛ばされたのか?」


 方向感覚がバグっていて、どれくらい飛ばされたのか分からない。

 ただレイナの言う通りなら、俺は闘技場からここまで吹き飛ばされたということになる。


「風魔法だ。それも、翼に乗せて威力を増したね。ま、アタシの泡で被害は抑えられたけど」


 瓦礫から姿を現したのは、ボロボロになったシェリィだった。

 ボロボロと言っても怪我はなく、ただ服に傷がついただけだ。


「ありがとうございます。助かりました」


 年下だろうが、命の恩人だ。

 敬語はマストだろう。


「アンタの友達も無事だよ。向こうでのびてる」


 どうやら、エリックも助かったらしい。

 ひとまず、レイナとも合流できたし、むしろ飛ばされた甲斐があったんじゃないだろうか。


「ん? おい! どうしてそんな血だらけなんだよ!」


 レイナと再会できた喜びのせいで見落としていたが、彼女は頭から血を流していた。

 それどころか、体中至る所に血の跡が出来ている。

 きっと、回復魔法で傷を治癒した跡だろう。


「え? そりゅあ、戦闘中だもん」


 レイナが指をさす方向に目を向けると、そこには2人の姿があった。

 片方はジーク先輩、もう一方にも見覚えがある。

 ……まさか、あの時の坊ちゃんか。

 そう言えば、レイナ達の対処に赴いたって老婆が言っていたな。


「がぁ!!」


 ジーク先輩が殴り飛ばされた。

 すぐに駆け寄ると、受けた左腕が粉砕骨折していた。


「誰だお前らは!!」


 少し目を離した隙に、坊ちゃんが目の前にまで迫って来た。

 こいつの拳をまともに受ければ、ひとたまりもない。

 迫り来る拳の迫力だけで、そう理解した。


「待ちなさい!」


 その声が響くと同時に、坊ちゃんは拳を止めた。

 どうやら、その声の主に覚えがあるようだ。


「チッ、ここまで追って来たか」


 空を見上げると、そこにはヴェロニカの姿があった。

 本当に、しつこいな。


「グレイン。あなた、こんなところで遊んでいたの?」

「姉上! どうしてここに!?」


 ん? 姉上だって?

 それってつまり、ヴェロニカと坊ちゃんは姉弟なのか。


「え? どういうこと?」


 困惑気味のレイナとジーク先輩。

 どうやら2人は坊ちゃん……グレインと交戦していたようだ。

 そんな最中、風で飛ばされた俺達がそこに合流したという形か。


「丁度いいわ。久しぶりに共闘と行きましょう」


 俺とシェリィ、そこに満身創痍のジーク先輩とレイナ。

 戦力としては、それでも十分高い。

 だが、相手はどちらも元気いっぱいだ。


 ヴェロニカも人知を超えた化け物だし、弟のグレインの方もどうせ化け物だろう。

 何せ、レイナとジーク先輩を相手に、ここまで押しているのだから。


 風で飛ばされた甲斐があっただって? 

 前言撤回、事態はより最悪に傾いたのだ。



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