第七十九話 会敵
要塞の中は薄暗く生暖かかった。
至る所に腐敗臭が漂っており、誰のものか不明な血痕が散らばっている。
流石は化け物の住処といったところだ。
「エトが捕まってるとしたら、逃げにくい地下か上階だろう」
「どうするの? 虱潰しじゃ時間が掛かり過ぎる」
「だったら分かれたらどうだ? アタシは別にひとりでもいいぞ」
「いや、分かれるとしたら2人ずつだ」
「そんじゃ、エリックだっけ? お前がアタシと来い」
「え? マジ……?」
二手に分かれるならば、普通、戦力が均等になるように配慮する。
そうなれば、自分が最強だと自負しているシェリィは、必然的にエリックと組むことになる。
ジークは異議を唱えようとしたが、悩んだ末に止めておいた。
彼自身、シェリィの実力に無意識のうちに気づいているからだろう。
「気を付けるんだぞ。万が一何かあれば、すぐに駆けつけるからな」
「ご心配ありがとう。けどま、アタシがいるから大丈夫だろ。むしろ、アンタらの方が心配だ」
「ご忠告どうも。じゃ、またあとで」
要塞に侵入してから僅か2分、未だに敵側に侵入はバレていない。
地下には、シェリィとエリック。上階にはレイナとジークが向かうことになった。
「エリック、本当に大丈夫かな」
「シェリィを信じるしかあるまい。認めたくはないが、彼女の実力は本物だ」
「それは私も分かってる。だけど、もしも見捨てられたりしたらどうしようって話」
「そんなこと、俺が許さん」
「……頼りにしてる、リーダー」
階段を探し、フロアを駆け回る。
要塞内部は複雑な構造になっており、まるで迷路のようだった。
「これじゃ、エトを助け出せても迷子になりそう」
「問題ない。通った道は覚えている」
「それなら安心でき――――――――ッ!? 止まって!!」
角を曲がった先で、巡回中の敵と出くわした。
お互い相手を認識するや否や、即戦闘態勢に移行する。
「うがぁl!!」
敵はハンマーを片手に握りしめ、力いっぱい振り下ろす。
直撃すれば頭蓋骨が粉砕されるだろうが、警戒していた分、レイナ達の方が一手早かった。
「『光の鎖』」
「うばッ!?」
無数の鎖が、敵の四肢を拘束した。
引きちぎろうと手足をバタつかせるが、その隙をレイナは見逃さない。
「『水斬撃』」
レイナの杖から放たれた斬撃が、敵の頭を切り落とす。
出会って数秒、地面に転がる頭には驚きと苦痛の表情が張り付いていた。
「やっぱり、光魔法って便利だよね」
「どの魔法にも、それぞれの長所がある。お前の使用する水魔法だってそうだ」
「そう言えば、そんな感じの話、学校でしてたっけ。寝てたから詳しくは覚えてないけど」
「まったく……お前には向上心というものが無いのか。
いいか、水魔法は五大属性魔法の中では最も火力が低い。その代わり魔力の燃費が良く、物量で圧倒出来るのが強みだ」
「そうなんだ。覚えておくよ」
さらに奥へと進むレイナ達。
やがて2人は上の階へと繋がる階段を見つけ出した。
急ぎ足で駆け上がった先、そこもまた迷路のような通路が続く。
「もう! 何で馬鹿の集団のくせに、アジトがこんなに複雑なの!?」
「……おそらく、馬鹿だからだろう」
部屋が極端に少なく、その代わり通路が恐ろしく長い。
一体どこの誰が設計したのか問いただしたくなる構造だった。
「このままじゃ埒が明かない。エトの名前、叫んでいいよね」
「リスクは承知の上だろうな?」
「当然。むしろ、そのリスクも含めた作戦でしょ」
階一帯に響き渡る程の声量を出すため、レイナは軽く息を吸い込む。
あまり叫ぶのは得意ではない彼女だが、つべこべ言う暇はない。
「エト~!!! 聞こえる~!!? 聞こえてるなら返事して~!!!」
慣れない大声に、レイナは喉を傷める。
おまけに、エトらしき返事は一切返ってこない。
「ハア……ハア……とりあえず、この階にはいないかな」
「また階段探しか。まったく、骨が折れる」
「あれ? なんか聞こえない?」
「ああ。それに、妙な揺れまで感じる」
振動の発生源は不明。
ただ分かるのは、こちらに向かって来ていることだけ。
レイナとジークは警戒し、通路の前後を見張る。
「……」
揺れは徐々に大きくなっていき、両耳には大きな破砕音が鳴り響く。
レイナは汗ばんだ手で杖を握りしめ、唾を飲み込んだ。
「――――――――来るッ!!」
ジークの叫びと同時に、何者かの手が壁を突き破ってきた。
壁越しなどお構いなしに、最短でこちらを狙ってきたのだ。
「――――――――ッ!!」
狙いは、先程の大声で位置が割れていたレイナだった。
彼女は瞬時に後ろに体を逸らせ、間一髪のところで回避する。
が、敵の手には鉈が握られており、その先端が落ちてくる。
(やば。躱せない)
レイナは回避を早々に除外し、受ける判断をする。
最悪、腕の一本持っていかれるだろうが、回復魔法を使えば止血はできる。
そう判断した。
「動くな!!」
瞬間、ジークの声が耳を通り抜けた。
レイナはその言葉を瞬時に理解し、防御も除外する。
抵抗をせず、流れに身を任せたのだ。
「う……」
腹部の圧迫感と同時に、自身の体が後方へと引っ張られる感覚を覚える。
視線を向けると、いつの間にか光る鎖が巻き付いていた。
どうやら、ジークの仕業のようだ。
「無事か? レイナ」
「おかげさまで。今のは危なかった」
体勢を整えて、破壊された壁の方へと向き直る。
その穴から姿を現したのは、顔に黒い包帯を巻いた猫背の男だった。
「始末……失敗」
「同じ言語……。やっと話が通じそうな奴と会えた」
「用心しろ。タダで話を聞くような輩なら、先程の様な不意打ちはしないだろう」
ピリついた空気の中、視線が交錯する。
お互いが相手の出方をうかがっているため、現場は膠着状態になった。
「ねえ、白髪の人族の少年に見覚えはない? 最近、おたく等が攫ったはずなんだけど」
「心当たり……ある」
「ッ! 今すぐ居場所を教えて!!」
「無理……貴様ら……敵……言えることは……この先にいることだけ」
「そう……なら力尽くで案内してもらうッ!!」
「笑止」
先に動いたのは相手の方だった。
地面を蹴り、鉈を右手に斬りかかって来る。
狙いは首だ。
(速い。けど、カウンターで――――――――)
「わ!」
杖を構え、迎え撃とうとするレイナの体が、再び後方へと引っ張られた。
直後、鉈の刃が前髪をかすり、数本の髪の毛が空を舞う。
「同じ手……無駄」
初撃が外れた後も、再び地面を蹴りつけて追撃してくる。
今度は先程よりも深く踏み込んでいるため、ジークの補助だけでは直撃する。
レイナは直感でそう察した。
「『水流弾』!!」
至近距離から水魔法を放つ。
使ったのは殺傷力の低い水流弾だが、直撃すれば体勢を崩すくらいのことはできる。
が、敵はすぐに鉈を縦に構えて、水流弾を斬り裂いた。
(反射神経、それに武器の強度もなかなか……)
結果として、隙を生むことは出来なかったが、追撃を防ぐことには成功した。
敵の方も、もう一度追撃を加える気はないようで、鉈に付着した水滴を振り落として様子見をしている。
「レイナ、ここは引くぞ」
「……は? どうして?」
「先程の動きを見て分かっただろう。奴はそこらの雑魚とは違う。かなりの手練れだ。
冷静になって考えろ。この狭い通路上では、奴の方が有利だ」
「エトに繋がる手掛かりを前にして、引けって? 悪いけど、断る。
私ひとりでこいつを倒す。そして、居場所を吐かせる」
客観的に判断するジークに対し、レイナは猛反発する。
普段は冷静な彼女も、家族の事となると感情的になってしまう。
父親を亡くしてからは、より一層その傾向が強くなった。
「そもそも、奴が嘘を言っている可能性もある」
「そうだとしても、後々邪魔になるくらいなら、今ここで戦闘不能にした方がいいでしょ」
「何を言っても聞く耳を持たないか……」
説得を試みるも、無駄だと判断したジークは溜息をこぼした。
意見の食い違いによる対立、そんな2人の様子を目の当たりにし、敵は嘲笑する。
「仲間割れ……愚か」
「仲間割れだと? 笑わせるな」
やれやれと呟いたジークは、一人逃げ出すことなく、レイナの横に立つ。
「たった今、決まっただけだ。お前を倒すという方針がな」
「……理解不能」
「俺にはパーティーリーダーとして、メンバーの安全を第一に考える責任がある。
だが同時に、メンバーの我儘を聞くことも、俺の責任のひとつだ」
何を言ったとしても、レイナはひとりで戦うだろう。
それならば自分も協力し、2人で挑んだ方がリスクは低い。
ジークはそう判断した。
「ふん、もっと賢いと思っていたぞ」
「そう? 私、勉強嫌いだからさ」
2人で協力して立ち向かうと決めたものの、依然として状況は悪い。
一本道で横幅は狭い、そんな通路で白兵との戦闘は、本来避けるべきことだ。
だがしかし、引くという選択肢はもう存在しない。
「私に策がある。けど、ちょっと時間が掛かる」
「俺に時間を稼げと? 難しい話だが……やるしかないな」
レイナは両手で杖を握りしめる。
そして、一度深呼吸を挟み、目を瞑って集中し始めた。
何をするのかは不明だが、敵からすれば黙って見ているのは好ましくない行動だ。
「作戦……阻止」
「お前の相手は俺だ」
飛びかかって来る敵を前に、ジークは正面から迎え撃つ。
「邪魔」
「ぐぅ!」
両手に光魔法で作り出した剣を握り、鉈を受け止める。
全身に重い衝撃が伸し掛かるが、両足で踏ん張り押し返す。
そして敵が後方に下がった隙に、一歩踏み込んで右手の剣を振るう。
「稚拙」
敵は地面を軽く蹴り、一回転をしてジークの剣を躱した。
さらにそのまま空中で鉈を振るい、カウンターを仕掛けてきた。
「くッ!」
すぐさま後方へと回避するジークだったが、右肩に切り傷を負う。
しかし怯まずに、今度は左の剣で着地を狙った。
が、それも読まれて、逆に回し蹴りを喰らう。
「ぐ……それならば、『光の鎖』!」
空中に出現した無数の魔法陣から、光る鎖が伸びる。
しかし敵はその全てを躱し、鉈の一振りで破壊してしまった。
「お前……この魔法をどこかで見たことがあるのか?」
「ある……貴様よりも……洗練されてた」
「そうか……それならば、是非お会いしたいものだ……な!!」
次に仕掛けたのは、ジークだった。
両手の剣を構え、地面を駆ける。
「正面……上等」
両手の剣を鉈の一本で受け止め、返しに蹴りを繰り出す。
が、ジークはそれを察して一歩下がる。
「『光弾丸』」
拘束が不可能ならば、攻撃に切り替えればいい。
ジークはそう判断し、光魔法を行使する。
魔法使いが接近戦に弱い理由。
それは魔法を行使する際に、一定の集中力が必要になるからだ。
そのため、敵の動きに意識を割き過ぎれば、魔法がうまく形にならない。
しかし、ある程度経験を積んだ魔法使いならば、特に集中する事無く魔法を使えるようになる。
ジークはその例に当てはまる魔法使いだった。
「回避……困難」
向かって来る無数の白い光弾を、鉈で全て切り落とす。
しかしその際に僅かだが隙が生じ、ジークの剣が頬を掠めた。
「ふう……これくらいの傷ではすぐに完治するか」
ジークは接近戦でも魔法を行使できるが、今回はかなり窮地に追い込まれていた。
その理由には幾つかあり、その一つが単純に敵の実力が高かったこと。
二つ目が、この通路にあった。
狭いこの通路では、満足に動くことができない。
そのため、回避する際に意識をいつも以上に割かなくてはならないのだ。
その影響で、ジークは使える魔法が簡単なものに限られていた。
「せめて数秒の隙があればいいんだが……」
目の前の敵が、そんな隙を与えてくれるはずがない。
それでも、時間を稼ぐためにジークは仕掛ける。
「動き……鈍くなった」
所詮は、魔法使い。
本職には勝てるはずもなく、ジークは段々と押され始める。
やがて両の剣も折られ、絶体絶命のピンチに陥った。
「時間稼ぎは十分か?」
追い詰められた状況で、不敵に笑うジーク。
そんな彼の呟くような声に、レイナは反応する。
「十分!!」
自信満々な声に呼応するように、彼女の持つ杖……セイレーンの先端にある水晶玉が光る。
「ふぅ……喰らえ『水激流』!!」
直後、杖の先端から轟音と共に凄まじい量の水が放出される。
その規模は、この通路を飲み込んでしまうほどのものだった。
「仰天……回避……不可能」
大量の水が味方もろとも敵を飲み込む。
そしてそのまま波となった水は通路を進み、その先にまで到達するのだった。
「ゲホッ! ゲホッ! まさか、通路の先にこんな広い空間があったなんて……」
レイナ自身も巻き込まれ、ぐるぐる回る視界が晴れた時には、辺りは広い空間へと変貌していた。
彼女が出現させた大量の水も、その広さの前では微量と成り果てた。
見たところ、ここは食料や武器を保管する部屋のようだ。
「何て強引な……まさか味方も巻き込む策だったとは……。それに、先程の魔法いつの間に覚えたんだ?」
「上級水魔法でね、ずっと練習してた。でも、まだまだ未熟だよ。本当はこんなもんじゃない。
それに、発動までに時間が掛かり過ぎるから、実戦じゃまだ使えないんだ。
けど、こうして先まで来られたよ。時間稼ぎありがとう」
レイナは床に落ちていた帽子を拾い上げ、再びかぶる。
ジークは頭を振り、髪の毛に付いた水を飛ばす。
お互いの無事を確かめ合う2人の前で、ひとつの人影が立ち上がる。
「不覚……反省」
敵もまた生きており、鉈を構えて戦闘態勢に入る。
しかし、先程までの地の利は消え去っていた。
「ここなら、こちらが有利だ。レイナ、協力して倒すぞ」
「了解、リーダー」
これ程の広さならば、十分に距離が取れる。
それに、味方に魔法が当たるリスクも限りなくゼロだ。
流れは、完全にこちらにある。
そう、2人が考えた矢先――――――――
「はっはっは!! よくぞここまで到達したな!!」
何処からか聞こえてくる大声。
次の瞬間、奥の壁が一面崩壊し、ひとりの男が現れた。
長身で筋骨隆々、額の角が妖しく光る。
「褒美として、この俺が相手にしてやろう」
明らかに異質な男を目の当たりにし、ジークの本能は警告を発する。
ここからすぐに立ち去れ、と。




