第七十七話 集落の戦い
魔の大陸。
そこは遥か昔に外界との関わりを絶った種族が住むと言われる大陸だ。
未知の生態に興味を持ち調査に出た者は少なくないが、その全ては成果をあげることなく行方不明となった。
「何だか……鼻がツンとする」
「腐敗臭が大陸全土に蔓延している。やはり、ただの大陸ではなさそうだな」
「はあ~早く原住民に会いたいな~」
異質な雰囲気を感じ取り皆が神経を尖らせる中、シェリィは浮ついた表情を浮かべてスキップをする。
あまりにも異端な行動に、誰も彼女を止めることはできなかった。
「なあ、こういう場面ではああやってはしゃいでる奴から死ぬんだぞ」
「分かってるよ。けどさ、どうせ言っても無駄でしょ」
「仕方がない、彼女は好きにさせておこう。俺達は周囲を警戒しつつ、互いに援護できる距離を保つぞ」
ジークを中心に陣形を整えて、シェリィに遅れずに付いて行く。
「こうして歩いていても、びっくりするくらい植物が見当たらないね」
「ああ、それに見てみろ」
ジークは地面を少し掘り返し、そこから土を手に取る。
すると、少し赤く染まった土は見る見るうちにボロボロと崩れ散った。
まるで蒸発するかのような、一瞬の出来事だった。
「何この土。まるで呪われてるみたい」
「少なくとも、こんな土では生命は芽生えないだろう」
「それじゃあ、ここの住人は何食って生きてるんだろうな」
何気ない会話を続けながら、未知なる大陸を進んでいく。
やがて――――――――
「おお! 集落だ!」
「やっと原住民との遭遇か」
「話通じるといいけど……」
海岸から今に至るまで生物らしい生物には遭遇しなかった。
しかし、ようやくここに来て、原住民の根城へと到着したのだ。
「俺が前に出る。話が通じるようなら、会話を試みる。が、もしも通じないようなら分かるな?」
「全員撲滅ね。そっちの方が、話しが早い」
「おい、レイナ。頼むから一人くらいは残してくれよ」
集落は薄気味悪く、生活感はない。
家を形成するための木々が存在しないため、地面を掘ってその中で暮らす形だ。
その様な構造の家では生き埋めになるリスクもあるが、この大陸の土なら問題ない。
「これ、本当に住民いるのか?」
「分からん。もしや既に廃村なのかもしれん」
「あ~もう! めんどくさいから集落全部水没させるか?」
「……いや、その必要はないらしい」
集落の中心まで歩いてきたタイミングで住民が地面の穴から姿を現し始めた。
その数、ざっと20人ほど。
全員、槍や鎌やらの武器を手に持っている。
「どうやら、俺達を誘い込む罠だったようだな」
「あはは! ようやくお出ましってわけね!」
すでに囲まれている状況下、されど動揺する者はいない。
「お前たちの代表と話がしたい!!」
今にも戦闘が始まろうとする中、ジークが一歩前に出る。
犠牲者を出すことを好まない彼は、可能な限り平和的な解決策を提案する。
が、どうやら相手側にはその気はなかったようだ。
「があぁぁぁ!!」
槍を片手に男が突撃してくる。
速度はまあまあだが、決して躱せない程ではない。
「交渉決裂……以前の問題だったな」
ジークは首を傾けて槍を躱しつつ、右ストレートをみぞおちに叩きこむ。
男が痛みに怯んだ隙に、今度は左ストレートで右横顔を突きぬいた。
この一瞬の攻防を契機に、戦闘が始まる。
「うがああぁぁ!!」
「来るなら……手加減はできないから!!」
レイナが対峙するのは7人の住民たち。
その全員が武器を手にしているが、彼女は決して焦らない。
「『水流弾』!」
魔法使いは距離さえ保てば、白兵相手に一方的に攻撃ができる。
その強みを活かし、レイナはすぐさま水魔法を放つ。
殺傷力の低い水流弾を使ったのは、機動力を奪ってから確実に始末するためだ。
「ぼがあぁぁ!」
住民は誰一人避ける仕草すら見せずに被弾する。
体勢が崩れた住民たち目掛け、続けざまにレイナは水魔法を繰り出す。
「『水斬撃』」
今度は殺傷力の高い魔法に切り替えることで、動けない対象を確実に仕留める。
が、全員の首を飛ばすわけではなく、2人だけは片足の切断に留めた。
エトの行方を聞き出すために必要だからだ。
「よし、こっちは完了。未知の相手とは言っても、戦闘力は並以下だね」
スピードと知能は凡、おまけに魔法を使ってこないときた。
下手したら、人族かそれ以下の戦闘能力と言わざるを得ない。
「うお! こっちにも来やがった!」
エリックは3人の住民たちを相手取る。
8組とはいえ、最高峰の魔法学校の一生徒として彼にも負けられない意地がある。
「くそ! 喰らいやがれ! 『火流弾』!!」
火魔法は他の五大属性魔法に比べて殺傷力が高く、殲滅に向いている。
今のように周囲に余裕がある状況では、仲間たちに当たるリスクも気にすることはない。
「うががぁぁあ!」
こちらの住民たちもやはり回避行動を取ることはなく、皆火だるまになった。
「へ! この程度かよ」
少しは苦戦するかと思っていたエリックだったが、思うように事が進み笑みをこぼす。
が、この笑みはすぐさま消え失せることになる。
「な!? こいつら、まだ動くのかよ!」
体中が炎上しているはずなのに、住民たちは足を止めない。
それどころか、呻き声を出しながらゆっくりと進行してくる。
その姿は、まさにゾンビそのものだった。
「く……そ、それなら『爆火弾』!!」
エリックは右手を構えて、魔力を集中させる。
すると掌から火の玉が顕現し、真っ赤に発光する。
そして十分に圧縮し、住民に向かって撃ち放った。
「うばぁ――――――――」
火の玉が着弾すると同時に、激しい爆発を引き起こした。
やがて煙が引くと、直撃した住民が体中に深い傷を負っているのが確認できた。
「ハア……ハア……直撃しても五体満足か……」
前に使った火流弾とは違い、爆火弾は爆発で対象に大きなダメージを与える中級魔法だ。
その威力は直撃すれば対象を即死させる程に高いが、その分だけ会得難易度も高い。
そのため、まだまだ未熟なエリックではその効果を十分に発揮することはできない。
今のように使用することは出来ても、通常よりも魔力消費が大きく、威力と速度は下がってしまったのだ。
「けど、確かに手応えはある。
寄られる前にこのまま押し切って――――――――」
「やめておけ。お前がその魔法を使用し続ければ、すぐに魔力が枯渇するぞ」
「ジーク先輩! けど、俺は……」
「奴らは打たれ強い。ここは俺に任せろ」
エリックを下がらせ、ジークは一歩前に出る。
相手取るのは、エリックの分に加えて新たに5人だ。
如何にこの距離間では魔法使いが有利とは言え、一度囲まれてしまえば形勢逆転されてもおかしくない。
だが、ジークほどの実力者がそんなヘマをするわけがなく――――――――
「『光の矢』」
光で構成された数多の矢が出現し、一斉に放たれた。
その矢の貫通力は凄まじく、住民たちは為す術なく体を貫かれる。
頭や胴体、手足などに大きな穴を残して、皆地べたに倒れ込んだ。
「す、すっげぇ」
手こずっていた自分が馬鹿みたいだと勘違いしてしまうほどに、ジークの実力は圧倒的だった。
1組と8組。単純な努力では埋められない差を、エリックは痛感する。
「この程度、雑作もない」
光魔法の原理は、魔力の硬質化と反射・放出だ。
先程の矢のように魔力を硬化して実態化したり、相手の魔力(つまり魔法)を反射させるなど、他の五大属性魔法に比べてやれることが多い。
そのため適合者が少ないという欠点を除けば、五大属性魔法の中で最強と謳われる。
「さて、後はシェリィだが……」
一方のシェリィは、特に危な気もなく残りの住民を片付けていた。
その表情は、弱すぎて拍子抜けと言った感じだった。
どうやら最初の方の活気は、何処へと飛んで行ったようだ。
「……つまんな。下がこの程度じゃ、上の力量も大したことなさそう」
「上? それはどういう意味だ?」
「え? ああ、何でもない。独り言よ」
シェリィは髪を触りながら、杖をクルクルと回して遊んでいた。
後はエトの居場所を聞き出すだけだが――――――――
「お、おい! こいつら、まだ動くぞ!!」
エリックの叫びで、全員が警戒を強める。
驚くことに、丸焼きにされ、その上で体中穴だらけになったはずの住民が立ち上がっていたのだ。
普通に考えれば立つことは疎か、意識を保つことさえ出来ないはずの大怪我のはずだ。
「驚いた。これじゃあ、まるで不死身だぞ」
「見て。怪我が癒えてる。回復魔法とは違うみたいだけど……」
「独自の治癒能力を備えているのか。どうりでこちらの攻撃を回避しないわけだな」
怪我の癒える速度はお世辞にも早いとは言えない。
しかし驚くべき点は、これほどの怪我でも瀕死にならない生命力の方だろう。
「なるほどね。これが魔人族。噂通り不死身の肉体みたいだ」
「お前知っていたのか?」
「噂だから半信半疑だった。けどまあ、半分合ってて半分間違いってところか。
見てみろ。レイナが相手にした奴らの一部はちゃんと死んでる。
つまり、完全な不死身というわけじゃないってことだ」
レイナが対峙したのは7人。
その内の5人は一切動かずに倒れ込んだままだった。
「何かしらのタネがある。どれ、アタシが試してやろう」
シェリィは声高に宣言し、自身の杖を水の泡で空に浮かせた。
魔法使いが杖を放棄してどうするのかと思えば、懐からナイフを取り出してクルクルと回し始める。
どうやら、このナイフで戦うつもりのようだ。
「お前、ナイフだけで大丈夫なのか?」
「問題ないな。アンタ達は手を出すなよ」
深手を負っているとはいえ、敵の数はかなり多い。
それに武器を持つ者も少なくないため、近接戦では不利となる。
「うががぁぁあ!」
「うっさいな!」
振り下ろされる鎌を軽くいなして、シェリィは手始めに両太ももに刃を突き立てる。
さらに背後から迫る槍を見ることなく躱し、手首を切って武器を無力化する。
一呼吸する間もなく今度は3人の大男が掴みかかって来るが、体を捻って回避して逆に足首を切りつけた。
(すごい動き。あれが本当に魔法使いなの?)
同じ水魔法の使い手としてだけでなく、近接戦でも格が違う。
ここまで敗北感を覚えたのは、人生で初めてだった。
「これくらい屁じゃないか。それなら、次は――――――――」
シェリィはナイフを指先で回し、一気に駆ける。
迎え撃とうと両腕を構える敵の目の前で瞬時にナイフを投げ、首に突き刺す。
そして、一瞬ふらついている間に、懐に入り込みナイフを首から引き抜いた。
「頸動脈を切った。普通なら助からない……けど、大丈夫そうだ」
普通なら出血多量で意識を消失するだろうが、その気配はない。
それどころか、叫び声をあげて突撃してくる。
怯む様子はないが、痛みは感じているということだろう。
「うばああぁ!!」
首から大量の血液が流れ出ているにも関わらず、迷うことなく飛びかかって来る。
シェリィは軽くバックステップを挟みながら距離を取り、右手にナイフを握り直す。
「そんじゃ、次の攻撃はどうだ?」
左手から小さな水の弾を放ち、敵の視界を一瞬奪う。
その隙に地面を蹴り、勢い任せて右手を振り抜いた。
刹那の静寂の後、敵の頭がまるで捨てられたボールのように大地を転がり落ちた。
「ふう……まあ大方予想通り。
持ち前の生命力と再生力が意味をなさない程の怪我……つまり、即死するほどの怪我なら殺せる」
事実、レイナに首を刎ねられた住民たちは起きることなく死んでいた。
ただそれだけでは確証が持てないし、生と死の線引きも不明だったため、シェリィは自ら実証したのだ。
「確かに驚異的な生命力だけど、逆に言えばそれだけしかない。
単純な戦闘力なら、そこらの冒険者よりも下だ。
それに、こいつらとは会話が成り立つとも思えないし、ここはさっさと全滅させて次に行った方がいい」
「そうだな。わかった、俺が動きを止める。『光の鎖』」
ジークが光魔法で鎖を作り出し、残った住民たちを一人残らず拘束する。
あとは身動きが取れない彼らの首を刎ねれば殲滅完了だ。
「ねえ、エト・アルムガルトについて何か知らない?」
次々と首を刎ねていく中、レイナはダメもとで一人に問いかけてみた。
しかし、返って来るのは言語かも分からない奇声だった。
「レイナ、無駄だって!」
「……分かってる。分かってるよ……」
レイナは、今も捕らわれているエトの身が心配でならなかった。
言葉の通じる誘拐犯ならまだしも、戦闘狂の野蛮人となれば安否が想像できない。
一刻も早く救出しなければ、手遅れになりかねない。
「早く……早く助けないと」
「ああ、俺も同じ気持ちだ。先を急ごう」
集落の住民を殲滅し終え、一行はさらに奥地へと進む。
その道中には、嘘みたいに大きなクレーター、枯れた川の跡などの興味深い場所があった。
さらに歩みを進め、やがて巨大な要塞へと辿り着いた。
「こいつはさっきの集落よりもヤバい臭いがプンプンするぞ」
「用心しろ。エトを倒した連中が中に居るかもしれん」
この要塞の中にエトがいる確証はない。
だが、何かしらの手掛かりはあると断言できる程に要塞は大きかった。
少なくとも、この大陸の連中にとっては重要な拠点であることは疑いようがない。
「待っててね。すぐに助けてあげる」
数多の星空が照らす中、レイナはお気に入りの帽子を深くかぶり直し、深呼吸をするのだった。
 




