第七十二話 入学
3ヶ月が経過した。
特筆すべきアクシデントもなく、実に平穏な3ヶ月だったといえる。
相変わらず、ララ様との友人関係も続いているしな。
ただ、ひとつだけ大きな変化があった。
「それじゃあ、出欠をとろう」
学生時代によく聞いたであろう、このテンプレ発言。
何を隠そう、ここは王都サンダルトにある魔法学校、その一室だ。
そう、俺は生徒として、このクラスに編入したのだ。
当然、編入するには条件がある。
それは、魔法学校の理事長から渡される推薦状が必要であること。
他にも多々あるが、もっとも難しいのはこの条件だ。
では、どうやってその条件をクリアしたのか、疑問に思う人も多いだろう。
答えは簡単、肝心の理事長がララ様だったからだ。
理事長とのコネがあれば、それほど難しい条件ではない。
「エト・アルムガルト君」
「は、はいッ!」
「何をボーっとしているんだ」
「いえ、少し考えごとを……」
ああ、このやり取り、妙な懐かしさを感じる。
まさか、こっちの世界でも学生をやることになるとは、転生直後の俺は想像もしていなかっただろうな。
「よお、エト。1限まで時間あるし、どっか行かね?」
「悪いが先約があるんだ」
親しげに話しかけてきたこの男の名は、エリック。
このクラスに編入して間もない頃、浮いていた俺を気に掛けてくれた優男だ。
今ではこうして仲の良い友人関係を築いている。
「ちぇッ……、1限に遅れんなよ」
「ああ、わかってる」
席を立ち、急ぎ足で教室を出る。
すると、丁度こちらにやってくる銀髪の少女と目が合った。
「相変わらず、目立つな」
「そういうエトだってそうでしょ? 白髪なんて、この学校にもあんまりいないし」
「それはそうだけど、所詮は偽物だし……」
地毛である黒髪では登校することはまず不可能だ。
かと言って、染魔薬で毎日染めるというのも現実的じゃない。
その点、ララ様の呪法で染められたこの白髪なら、雨の日でも安心だ。
ただし、絶対安全というわけでもない。
呪法には、その対となる解呪法と呼ばれる魔法がある。
解呪法は文字通り、呪法を打ち消す魔法だ。
今の俺が解呪法を掛けられれば、その時点で元の髪色に戻ってしまう。
それだけは何としても避けなくちゃならない。
「へぇ~、結構慣れてきたんじゃない? 学校生活」
「それなりにはな。お前だってそうだろ」
「そう見える? 残念、私、まだ友達いないよ」
「それは……なんていうか…………ごめん」
「いいよ、別に。馴れ合うつもりもないしさ」
レイナは気にしていないようだが、教室でボッチっていうのは精神的にキツイものだ。
俺は前世でもボッチではなかったけれど、想像するだけで心が痛くなる。
表面上では大丈夫でも、内側から壊れていく可能性だってある。
「だから、お前まで通う必要ないって言ったのに。今ならまだ間に合うかもしれないぞ」
どうしてレイナもこの学校に通っているのか、話は今から2ヶ月前に遡る。
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時は、カインさんを埋葬してから1ヶ月後。
「学校に通おうと思う」
家族みんなで食卓を囲んでいる時に、俺はそう切り出した。
家族の問題が全て解決し、平和な日常にようやく戻った今このタイミングがベストと判断したからだ。
「……今更どうして?」
「学びたいことがあるんだ。一番手っ取り早い手段がそれってだけ」
「本気なら、いいんじゃないかしら」
「僕も、学校に通うのは大切だと思うよ!」
ルビアさんとリダも特に反対はしなかった。
ただ、レイナは面白くないような顔をして、俺を凝視していた。
「でもさ、どうやって入学するの?」
「その辺はララ様に掛け合ってみる。だから、まだ通えるかは分からないけど、一応報告だけでもしておこうかと思って」
「ふーん」
食事を済ませ、早速ララ様のもとへと向かう俺の背後から、足音がひとつ迫ってきた。
このタイミングで俺に用があるのは、終始不満そうにしていたレイナに違いない。
「あのな、そういうのはストーカーって言うんだぞ」
「あれ? ばれちゃったか」
レイナは観念し、俺の横に並んでくる。
悔しそうにしているが、隠れる気がこれっぽちも感じられなかったぞ。
「学校に通うって言ってたけど、本当は別に目的があるじゃないの?
元の世界に帰るまでの数年間、ずっと通うつもりなんてないでしょ?」
「お察しの通りだよ。俺は残された数年で、この世界をまわりたいんだ。
だけど、そのためには学ばなくちゃいけないことが多すぎる」
「だから、学校に通うつもりなんだね」
「まだ学校に入学できるかも分からない段階だから、家族には黙ってた。
入学できるようなら、ちゃんと俺の口から伝えるよ」
「うむ、それでいい」
真意を聞いて、レイナは満足したように笑った。
ひとまず、彼女の不満は解消されたようだ。
「どれくらい通うつもりなの?」
「う~ん。目安としては1年とか? まだ分からない」
それよりも、何でレイナはまだ付いてくるんだ?
当初の目的は完遂したはずだが……。
「あ、何その目。もしかして、面倒くさい女だと思ってる?」
「いや、どうして付いてくるのかな~と……」
「ちっちっち……分かってないね。この世界を旅してまわるのに必要なのは、知識だけじゃないんだよ」
「何が言いたい……」
「ズバリ、仲間だよ!! 1人より2人の方が手数は2倍なんだから!!」
「そのもう1人が使えないやつだったら足手纏いだけどな……」
「ん? 何か言った?」
「いえ、何も」
この話の流れ、どうやら、レイナも俺と同様に入学しようとしているに違いない。
止めようにも、どうせ聞きやしないだろうから諦めるか。
「あ、勘違いしないでね。私は、私の意思で入学するんだから」
「わかってるって。別に止めやしないよ」
やがて、サンダルト城に到着した。
事前にアポは取ってあるため、追い返されることはない。
向かう先は、慣れ親しんだ平等の部屋だ。
「ご機嫌よう。今朝も穢れなき快晴ですね」
「お久しぶりです。今日は時間を割いてもらい、ありがとうございます」
「いえいえ、最近は暇ですからね。あら? 本日はレイナもいらっしゃってくれたんですね」
「久しぶりです。用件はエトと同じですけど……」
テーブルを挟み、いつもの定位置に座る。
そして、日替わりのティーを嗜みつつ、本題に入る。
「魔法学校に入学したい……ですか。それも、可能な限り早く……と」
「身勝手な話だとはわかっています」
「困りましたね。今はどこも入学試験は終わってしまっていますし……。
方法はあるにはあるのですけど、あまりおすすめはできません」
「入学できるなら、どれだけきつくても構いません」
「それならひとつだけあります。王都サンダルトに位置する、サンダルト魔法学校です」
サンダルト魔法学校? 聞いたことがないな。
きっと有名な学校なんだろうが、一体何が問題なのだろう。
「サンダルト魔法学校は実力至上主義の学校でして、問題児も多数存在するのです」
「あー、そういう感じですか。まあ、大丈夫です。目立たないように立ち回るので」
「そうですか。それじゃあ、特別入学試験の日程を決めなくちゃですね」
あ、そんなすぐに決められるんだ。
もっと学校関係者に相談するとかあるかと思っていたんだけど……。
「日程につきましては、またお知らせ致します」
「ありがとうございます! 本当に助かります!」
「お礼の代わりとしては何ですが、後日、頼みたいことがあるのですが……」
「もちろん! 何でもやりますよ!」
「ふふ、内容は当日のお楽しみということで、よろしくお願いしますね」
その後は世間話でもして、その日は解散となった。
ララ様に相談してから僅か4日後、俺とレイナはサンダルト魔法学校へと足を運んでいた。
想定外なことに、もう入学試験を実施すると言われたのだ。
できるだけ早い方がいいとは言ったが、ちょっと早すぎるだろ。
「緊張してる?」
「べ、別に……。これでも、一応調べてきたからな」
レイナには得意げに語っているが、内心では調べてきたことを少し後悔している。
サンダルト魔法学校は、世界三大学校のひとつに数えられているエリート学校だ。
この学校はクラスが1から10まで存在しており、入学試験の結果によって実力順に分けられている。
どうやら、クラスが1に近いほど優秀であり、逆に10に近ければ落ちこぼれといった具合だ。
ララ様が実力至上主義と仰っていたのも納得できる。
「一応、試験内容を教えとく。筆記試験、運動試験、後は魔法か剣術の選択試験だ」
「3つだけ? 思ったよりも簡単そうだね」
「お前……筆記試験むりだろ」
「舐めないで。私、地頭いいからさ」
「言っとけ」
目的のためには、入学することがマスト。
運動試験と筆記試験ならレイナよりもいい点数をとれる自信はあるが、問題なのは選択試験だ。
選択試験で魔法を選択した場合、五大属性魔法で採点されることになる。
元々はこの世界の住人ではない俺は、五大属性魔法をひとつも使用することができない。
つまり、俺は選択試験では剣術を選ばざるを得ないわけだ。
ディオンテさんに鍛えてもらっているとはいえ、果たして未熟な剣術でどこまでやれるか。
「では、これより特別入学試験を始める」
こうして、俺はサンダルト魔法学校の入学試験に挑むことになった。
入学試験は丸1日かかり、試験中は試験官が付きっきりだった。
それが原因とは言わないが、結果は散々だった。
筆記試験は、魔物や地理、そして歴史に至る幅広い分野の基礎問題が出題された。
否、基礎問題とは言っているが、俺にとっては難題だったことを覚えておいてほしい。
運動試験は、短距離走や長距離走、他にも幾つかあったが、どれも難しくはなかった。
魔闘気が使えないため、トップとまではいかないだろうけど、使えない者の中では割と上位だったと思う。
そして、問題の選択試験。
当然、五大属性魔法が使えない俺は剣術を選択した。
ディオンテさんから真剣流初級の認可はもらっているが、所詮その程度。
語ることすら恥ずかしい結果だった。
入学試験を終えて、俺のクラスは8組に決まった。
そう、下から3番目である。
別に学校のトップを目指そうとは思っていなかったが、それでも何とも言えない微妙なクラスだ。
言い訳がましいが、特異属性魔法の使用が認められていれば、もっと上のクラスに行けたはずだ。
電撃魔法は攻撃力に関しては、並の魔法よりも上だしさ。
まあ、もう過ぎた話だからしょうがないけど。
レイナについて話そう。
彼女の場合、運動試験こそ悪くなかったが、筆記試験は悲惨だった。
どうやら、彼女の地頭(笑)にかかれば、お茶の子さいさいのようだ。
それで、レイナは何組に編入することになったのか。
答えは、なんと2組。
上から2番目のエリートクラスだ。
あのレイナが、どうして2組なのか。
答えは簡単で、選択試験の結果が輝かしいものだったからだ。
彼女は選択試験で魔法を選択し、得意の水魔法で試験官を驚嘆させてみせたのだ。
俺が8組で、レイナが2組。
そして、現在に至る。
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「私は2組だし、それなりに心地いい学校生活を送れてる。問題は8組のそっちでしょ?」
「う、それは確かに……。けど、大人しくしてたら絡まれることもないし平和だぞ」
「それは、それは、何とも不自由な学校生活だこと」
「そろそろ1限始まるだろ。ほら、優等生は戻った方がいいぞ」
「はいは~い」
レイナは小さく手を振り、踵を返した。
優等生である彼女は、毎日授業で忙しそうだ。
それに比べて劣等生の俺は、結構気ままな学校生活を送れている。
俺としては、そっちの方が時間が取れて助かっている。
「おい、そろそろ席つけって!」
「わかってるって。今行く」
エリックに返事をして、俺も自分の教室へと急ぎ戻った。




