第七十話 エルダルド
アンドルとアリス、そしてカルスが屋敷を去ってから2日が経過した。
未だに彼らのいない生活には違和感を覚える。
毎日顔を合わせるのが普通だったんだ。
しばらくは続くだろうな。
「レイナ、準備はできたか?」
「うん。バッチリ」
今日はテサーナ王国に向かう当日だ。
ララ様が寄こした護衛がいるため、俺達は特に武装をする必要はない。
だが、敵か味方かわからない相手のところに手ぶらで向かうのは流石に不安だ。
「気を付けていくのよ」
「危なかったらすぐ帰って来てね!」
ルビアさんとリダに見送られ、屋敷を後にした。
---------
雲一つない晴天のもと、俺達はサンダルト城へと向かった。
「お待ちしておりました」
驚くことに、出迎えてくれたのはディオンテさんだった。
他にも何人か騎士がいるところから察するに、彼らが護衛なのだろう。
「まさかディオンテさんが護衛をしてくれるなんて……、凄く心強いです」
「ええ。私がいる限り、あなた方には指一本も触れさせませんよ」
ディオンテさんと会話するのはこれが初めてじゃない。
それなのに、どうしてこんなによそよそしい態度なんだろう。
レイナとももう顔見知りのはずなのに。
「……いつも通りに接してくれて大丈夫ですよ。師弟なんですから」
「そうはいきません。あなた方はこの国の要人なのですから」
要人とその護衛。
今はそういう関係だから気軽に会話することができない、そういうことらしい。
それなら、少しむず痒いけど我慢するしかないか。
「時間がありません。急ぎましょう」
ディオンテさんの先導のもと、俺とレイナは護衛に囲まれながら移動する。
向かう先は転送屋、そしてそこからテサーナ王国まで一瞬だ。
そう何日も掛かる日程ではない。
それにしても、確かに転送魔法陣は便利だが、まさか国の要人とかも利用するものだったとは……。
勝手な偏見だが、馬で向かうものだと考えていた。
「ねえ、エト」
「ん? どうした?」
「エトは……大丈夫?」
一体何についての大丈夫なんだろう?
体調のこと? いや、そんなことじゃないだろう。
「……大丈夫だよ、俺は」
彼女が言いたかったのは、きっと心のことだろう。
この先待ち受けるであろう不安、怒り、そして哀愁などといった気持ちに対しての。
「そっか」
レイナはそれ以上は何も言わなかった。
ただ考え込むような横顔だけを残し、歩き続けた。
---------
転送魔法陣の光が弱まり始め、辺りは全く別の場所へと変化した。
「帰って来たね」
「ああ、あの日ぶりだな」
全てが始まった地、テサーナ王国に帰ってきた。
ここには楽しい思い出と苦々しい思い出の両方が詰まっている。
「今日で全てに決着をつけよう」
「うん。もちろんそのつもりだよ」
首都テリラスを進むこと数十分。
目の前にはあの忌まわしき王城がそびえ立っている。
「ここには苦い記憶しかないな」
全ての不幸の象徴ともいえる王城を前に、レイナは唇を噛みしめる。
そして、意を決したように先を急ぐのだった。
王城内は思っていた以上にスムーズに進んだ。
元々俺達がやって来ることは知っていただろうが、それでも迅速かつ丁寧な対応に驚きを隠せない。
少なくとも、今のところは敵対心はうかがえないな。
ただし油断は禁物だ。
「こちらになります」
案内されたのは謁見の間ではなく、物静かな一室だった。
イメージとしてはサンダルト城にある平等の部屋と似ている。
もしかしたら、この狭い部屋の中で虐殺でもするつもりなのだろうか。
「……ふぅ」
もしも向こうがその気だったとしても、こちらにはディオンテさんがいる。
それに、並の剣士だったら俺とレイナでも十分対応できるだろうしな。
ひとまずは心を落ち着かせるのが最優先だ。
「陛下、例の者を連れて参りました」
「通してくれ」
扉が開き、ソファに腰かける若い男と目が合った。
豪華とは言えないが、それでもきちんとした服装からしてこの男がエルダルド・ランベルクだろう。
よく見れば、父親であるドルズの面影があるしな。
「アルムガルトの皆さん、今日は来てくれて感謝する」
エルダルドは手で向かいのソファに腰かけるよう促してくる。
今のところ何か仕掛けてくる気配はないため、大人しく従うことにしよう。
「馴れ合うつもりはない。さっさと本題に入って」
レイナは敵対心を隠す気もなく、いつでも戦闘態勢に入れるように目を光らせていた。
当然、俺もいつでも動けるように警戒心をびんびんに高めておく。
まアンドルとアリス、そしてカルスが屋敷を去ってから2日が経過した。
未だに彼らのいない生活には違和感を覚える。
毎日顔を合わせるのが普通だったんだ。
しばらくは続くだろうな。
「レイナ、準備はできたか?」
「うん。バッチリ」
今日はテサーナ王国に向かう当日だ。
ララ様が寄こした護衛がいるため、俺達は特に武装をする必要はない。
しかし、敵か味方かわからない相手のところに手ぶらで向かうのは流石に不安だな。
まあ剣とか杖がなくても戦闘ができないわけじゃないから幾分ましだけど。
「気を付けていくのよ」
「危なかったらすぐ帰って来てね!」
ルビアさんとリダの見送られ、屋敷を後にした。
---------
雲一つない晴天のもと、俺達はサンダルト城へと向かった。
「お待ちしておりました」
驚くことに、出迎えてくれたのはディオンテさんだった。
他にも何人か騎士がいるところから察するに、彼らが護衛なのだろう。
「まさかディオンテさんが護衛をしてくれるなんて……、凄く心強いです」
「ええ。私がいる限り、あなた方には指一本も触れさせませんよ」
ディオンテさんと会話するのはこれが初めてじゃない。
それなのに、どうしてこんなによそよそしい態度なんだろう。
レイナとももう顔見知りのはずなのに。
「……いつも通りに接してくれて大丈夫ですよ。師弟なんですから」
「そうはいきません。あなた方はこの国の要人なのですから」
要人とその護衛。
今はそういう関係だから気軽に会話することができない、そういうことらしい。
それなら、少しむず痒いけど我慢するしかないか。
「時間がありません。急ぎましょう」
ディオンテさんの先導のもと、俺とレイナは護衛に囲まれながら移動する。
向かう先は転送屋、そしてそこからテサーナ王国まで一瞬だ。
そう何日も掛かる日程ではない。
それにしても、確かに転送魔法陣は便利だが、まさか国の要人とかも利用するものだったとは……。
勝手な偏見だが、馬で向かうものだと考えていた。
「ねえ、エト」
「ん? どうした?」
「エトは……大丈夫?」
一体何についての大丈夫なんだろう?
体調のこと? いや、そんなことじゃないだろう。
「……大丈夫だよ、俺は」
彼女が言いたかったのは、きっと心のことだろう。
この先待ち受けるであろう状況に対する不安、怒り、そして哀愁について。
「そっか」
レイナはそれ以上は何も言わなかった。
ただ考え込むような横顔だけを残して歩き続けた。
---------
光が弱まり始め、周囲が全く異なる光景へと変化した。
「帰って来たね」
「ああ、あの日ぶりだな」
全てが始まった地、テサーナ王国に帰ってきた。
ここには楽しい思い出と苦々しい思い出の両方が詰まっている。
「今日で全てに決着をつけよう」
「うん。もちろんそのつもりだよ」
街を覆い隠すような薄暗い雲のもと、首都テリラスを進むこと数十分。
道中では、みすぼらしい格好をした人がちらほら見えた。
そして今、目の前にはあの忌まわしき王城がそびえ立っている。
「ここには苦い記憶しかないな」
全ての不幸の象徴ともいえる王城を前に、レイナは唇を噛みしめる。
そして、意を決したように先を急ぐのだった。
王城内は思っていた以上にスムーズに進んだ。
元々俺達がやって来ることは知っていただろうが、それでも迅速かつ丁寧な対応に驚きを隠せない。
油断は禁物だが、今のところ敵対心はうかがえないな。
「こちらになります」
案内されたのは謁見の間ではなく、物静かな一室だった。
イメージとしてはサンダルト城にある平等の部屋と似ている。
もしかしたら、この狭い部屋の中で虐殺でもするつもりなのだろうか。
「……ふぅ」
もしも向こうがその気だったとしても、こちらにはディオンテさんがいる。
それに、並の剣士だったら俺とレイナでも十分対応できるだろうしな。
ひとまずは心を落ち着かせるのが最優先だ。
「陛下、例の者を連れて参りました」
「通してくれ」
扉が開き、ソファに腰かける若い男と目が合った。
豪華とは言えないが、それでもきちんとした服装からしてこの男がエルダルド・ランベルクだろう。
よく見れば、父親であるドルズの面影があるしな。
「今日は来てくれて感謝する」
エルダルドは手で向かいのソファに腰かけるよう促してくる。
今のところ何か仕掛けてくる気配はないため、大人しく従うことにしよう。
「馴れ合うつもりはない。父親を殺された恨みを晴らしたいっていうなら、受けて立つから」
レイナは敵対心を隠す気もなく、いつでも戦闘態勢に入れるように目を光らせていた。
当然、俺もいつでも動けるように警戒心をびんびんに高めておく。
背後にはディオンテさんが控えているため、万が一の事態にも十分対応可能だろう。
「父親の敵討ち……か。そんなこと考えたこともなかった。
今日あなた達に来てもらったのは、全く別の理由だよ」
ドルズのような胡散臭さは微塵も感じない。
むしろ心優しい善良なイメージが頭の中で大きくなる。
「だったら、その理由とやらを教えて」
強気な態度を貫くレイナだったが、想定していた性格とあまりにも乖離していたため、戸惑いを隠しきれなかった。
彼女にとっては、ドルズのような性格だった方が色々とやりやすかったのかもしれない。
「行動で示そう」
エルダルドは口を閉ざし、ソファから腰を上げた。
今のところ武器を取り出すような仕草はないが、この世界には魔法がある。
わざと手ぶらに見せて、こちらの油断を誘っているだけかもしれない。
周囲からの攻撃にはディオンテさんが何とかしてくれると信じよう。
俺が備えるべきは正面、エルダルドからの攻撃だ。
いつでもレイナを庇えるように体の重心を調節し、即座に反撃できるように右手を準備しておく。
エルダルドが俺とレイナの正面まで距離を詰めてくる。
もうお互いが手を伸ばせば触れ合えるほどの近さだ。
仕掛けてくるなら絶好のタイミングだが――――――――
「この度は、本当に申し訳なかったッ!!」
俺達の目の前で、エルダルドは両手を揃えて深々と頭を下げた。
得物を取り出そうとするわけでもなく、魔法を行使するわけでもない。
まさか距離を詰めてまでしたかったことが、この謝罪だったなんて。
「ドルズ・ランベルクの愚行によって、あなた方には多大なる迷惑をかけてしまった」
「……は? 何それ……」
突然の謝罪にレイナは困惑する。
事前に、エルダルドも被害者である可能性の話はしていた。
しかし彼女の中では、エルダルドは敵以外の何者でもなかったようだ。
「ただ謝って許されるとは思っていない。
この罪は息子であり、そして国王であるこの私が引き受けるつもりだ。
どのような罰でも受けよう。望むなら王位も――――――――」
「そんなもの……いらないよ。父さんはもう帰ってこないんだから……」
レイナは拳を震わせて、力いっぱい握りしめる。
そして、怒り任せにその拳でエルダルドを殴りつけようとした。
「おいッ! 落ち着け!!」
「……わかってる」
咄嗟に止めに入ろうとしたが、レイナは怒りながらも理性を保っていたようで、寸前で踏みとどまった。
流石に、こちらから国王を殴れば大問題になりかねない。
それはララ様の顔に泥を塗る行為であるため、絶対に避けなければならない。
「遠慮することはない、好きなだけ殴ってくれ。
それが私への罰だというのなら、この命も好きにしてくれて構わない」
ここまで来ると、逆に手を出されるのを待っているかのように思えてしまう。
それくらい奇想天外なことを口にしているのだ、この男は。
「どうしてそこまでするんですか? 言ってしまえば、あなたには罪を償う必要なんてないですよね?」
向こうからの一方的な話では、混乱を生むだけだ。
それなら、こちらから踏み込んでみるしかない。
「このままでは、私は自分を許せないからだ。
父の愚行を止めることができず、君たちの父親を見殺しにしてしまった自分のことが……」
「父さんのこと何にも知らないくせに、適当なこと言わないで!!」
国王の面前だろうと関係なく、レイナは声を荒げる。
それでも、まわりの騎士たちが止めに入ろうとしないところを見るに、エルダルドはこうなることを想定していたのかもしれない。
「知っているさ。君たちの父、カイン・アルムガルトは私にとって大切な人だったから」
「その話……詳しく聞かせてもらえませんか?」
俺の頼みをエルダルドは快く承諾してくれた。
何故だろう、彼の話は俺達にとって重要な気がするのだ。
「小さい頃の私は、両親が放任主義だったこともあり、ひとりぼっちでね。
そんな私の面倒を見てくれたのが、カインさんだった」
「つまり……友達だったと?」
「そんな馴れ馴れしい関係ではなかったよ。当時のカインさんは王子で、私は貴族の子だったから。
ただ、その時から私は彼のことを尊敬していた。
誰にでも優しく、そして気高い心がある彼こそが、次の王に相応しいと思っていたよ」
エルダルドの言う通り、カインさんは誰にでも優しかった。
赤の他人である俺を、家族として温かく迎え入れてくれる聖人のような人だ。
そして同時に、誰よりも覚悟のある人でもあった。
間違いなく、王に相応しい人物だ。
「私は王位を継いだ彼の右腕になり、この国のために尽力する。
それが彼への恩返しであり、天命なのだと信じて疑わなかった。
だがしかし、その頃には既に私の父……ドルズの陰謀が動き始めていたんだ」
結局のところ、カインさんは王位を継ぐことはなかった。
それどころか、アルムガルト家は田舎にまで追いやられることになる。
その原因に、エルダルドの言う陰謀が関係しているだろうことは想像に難くない。
「ある日の議会で、ドルズは国王が悪行を働いていると発言した。
その内容は、賄賂だとか女遊び……挙句の果てには自分の息子を誘拐されただとかの根拠のない話ばかりだったよ」
「つまり、あなたは実の父親に利用されたってことですか……」
「悔しい話だが、その通りだよ」
「でも、根拠がないなら退位まで追い詰められることなんてないんじゃ……」
「もちろん、たったひとりの発言だったら真面目に取り合う人間はいなかったかもしれない。
だけど次々と同調する者が現れて、皆がアルムガルト王を追及するようになった。
今思えば、その時点で既に議会はドルズの手中へと堕ちていたんだろう」
議会を支配し、目的のために皆を扇動したということか。
けれど、果たしてドルズ・ランベルクに味方する人間なんているのだろうか?
計画自体は考えつくにしても、実行するには圧倒的に人望が足りない気がするが……。
「……あの男に同調する人間がいるとは思えない」
レイナも実際にドルズ・ランベルクと対面し、会話したからこそ分かるのだろう。
あの男がどれだけ胡散臭く、不誠実な人間だったのか。
「議会の人間からすれば、アルムガルト王よりもドルズの方が自分たちに都合が良かったからだ」
「嘘だ! だって父さんが、お爺ちゃんは誰よりも優しい人間だったって言ってたもん!」
「その優しさが議会の人間には鬱陶しかったのさ」
「どうして……? そんなの意味が分からないよ……」
「アルムガルト王の政策によって、多くの平民が貧困から脱することができた。
議会の人間は、それが面白くなかったのだろう。
奴らも他人を見下し、優越感を得ることが生きがいの同類だったってわけだ」
人間には、自分より下の人間を見下して優越感を得ようとする一面がある。
当然、俺達のような一般市民の間でも、まして上下の差が著しいなら言うまでもない。
「そんなの……おかしいよ…………」
「この国の中枢は腐ってるんだ。救いようがないくらいに……」
エルダルドは苦々しい笑みを浮かべ、やるせなく拳を握りしめた。
王位を継いでからそう時間は経っていないだろうに、苦労が顔に滲み出ているのが見て分かる。
「当時の私は何も知らず、地方の魔法学校でいつもと変わらない日常を送っていたよ。
あの日……あの時に、私が父の暴挙を止められていれば、この国は今とは違っただろうに……」
エルダルドは自嘲するように肩を震わせた。
部屋には重々しい空気が流れ、薄暗い影が不気味に伸びてくる。
「…………これからどうするつもりなの?」
「私の使命は父を止めることだった。だが、その使命すら……もう果たせない。
私は王位を退くことにする。それが、せめてもの――――――――」
「王位を退いて……それで終わり? ふざけないでよ……」
レイナは力強く立ち上がり、エルダルドの襟を掴む。
あまりに突然の出来事で、俺は止めに入ることができなかった。
「それじゃあ、いつまでも繰り返すだけでしょ!? 何が、『今とは違った』だよ!
父さんの愛したこの国は、まだ死んでないッ!!」
「おい、レイナ! その辺にしとけって!」
「エトも見たでしょ!? ここに来るまでの道中、貧しい人達が苦しんでるのを!
明日にはもっと増えてるかもしれない! それでも、お前は見て見ぬふりを続けるの!?
それじゃあ、ドルズ・ランベルクとなんにも変わらない!!」
レイナは激しく息を切らしながらも、睨みつけるように視線を逸らすことはない。
「父さんに憧れてたっていうのも、口だけだったんだね……」
「違う! 私は今でもカインさんを尊敬している!」
「だったら、行動で示してよ」
ここに来て、ようやくレイナは両手を離した。
そして、真っ直ぐな視線をエルダルドに向ける。
「あんたがこの国を……皆を救って。貧困から、そして薄汚れた醜悪さから」
「し、しかし、私にはアルムガルト王のような手腕は……」
「直ぐにとは言わない。だけど、あんたにはやり遂げてもらう。
それが、私達からあんたへの罰だから」
レイナは一通り喋り終えて、満足したように溜息をついた。
そして、パッと振り返ってこちらを向く。
「はあ~満足。さ、皆の所に帰ろっか」
「え? ちょ、まだ用件が――――――――」
「父さんのことなら大丈夫。明日、家族みんなで迎えに来よう」
「……そっか。まあ、そっちの方がカインさんも喜ぶだろうな」
家族みんなで……、レイナは確かにそう言った。
それはつまり、エルダルドのことを信用するという意味だ。
最初の態度からは考えられない展開だな。
「陛下、それで大丈夫ですよね?」
「……あ、ああ、もちろんだ」
レイナは最後ににこりと笑い、部屋を後にした。
---------
王城を背後に、俺達は首都テリラスを歩く。
街の様子は変わらず薄暗いままだ。
ただ行きの時とは違い、レイナの顔は晴れやかに見えた。
「私さ……エルダルドに恨みを全部ぶつけてやるって心に決めてたんだ。
だって、父さんを殺した男の息子なんだよ? 絶対に同類だって思ってた」
「実際に会ってみてどうだった?」
「アイツの顔を前にすると、自分が何をしたいのか分からなくなっちゃった。
まさか、いきなり謝罪してくるなんて思ってなかったからさ」
俺の目から見ても、あの時のレイナは混乱していた。
まるで迷子になった子供のように、心が彷徨っていた。
だからこそ、最終的にあんな選択をしたことに驚いたんだ。
「アイツの話を聞いてるうちに、気づいたんだ。
エルダルドは確かに敵の息子だけど、そこに血のつながりなんて関係ない。
私が恨んでいるのは、他でもないドルズ・ランベルクただ一人だけなんだって。
私がやろうとしてたことは、ただの八つ当たりだったんだよ。
そう考えたら、何だか自分が滑稽に思えちゃってさ」
「だから、エルダルドを信用することにしたのか?」
「……まだこの選択が正しいのかはわからない。でも、少なくともアイツの話に嘘は感じなかった。
この国の未来を、ドルズ・ランベルクと同じような奴らに託すくらいなら、アイツに賭けてみようって思っただけ」
ここでレイナは足を止めて、後ろの王城へと向き直った。
そして、小悪魔のような笑みを浮かべて一言呟く。
「ま、半分くらいは意地悪だけどね」
「相変わらず、お前らしいな……」
行きと道は同じはずなのに、心なしか足取りが軽く感じる。
肩の荷がおりた、ということなのだろうか。
何だか落ち着かないが、まあ悪い気はしないな。
ふと空を見上げると、分厚い暗雲の隙間から、眩しい日差しが俺達を照らしていた。




