第六十六話 ひとりの限界
クリスが消息不明になり、ひとりで進む決心をした。
結界魔法の掛けられた部屋を通り、向かいにある一本道へと歩みを進める。
さっきまではクリスがいたため安心感があったが、彼はもういない。
ここから先は、より一層警戒心を研ぎ澄ませなくては。
相変わらず、地下は薄暗い。
それに、びっくりするほど静かで不気味だ。
呼吸するたびに、身体が小刻みに震える。
これが寒さのせいなのか、はたまた恐怖のせいなのかは自分でもわからなかった。
一本道を進むにつれて、何やら大きな音が聞こえてきた。
まるで獣が唸っているような、おぞましい音だ。
まさかとは思うが……見張りが獰猛な猛獣とかいうパターンじゃないよな?
それは非常に勘弁してほしいのだが……。
……いや、これはもしかして、いびきか?
規則正しい一定の波があるし、間違いなくいびきだ。
ただ俺の知っているものよりも、随分と野太いけど。
やがて一本道も終わりが見えてきた。
ようやく、次の部屋に辿り着いたのだ。
ここから少しだが部屋の内部が見える。
部屋の真ん中に、机に突っ伏して眠りこける巨漢の男がいる。
どうやら、あれがいびきの根源のようだ。
体格差が凄まじいため、取っ組み合いとかになったら俺に勝ち目はない。
しかし、運がいいことに寝ているんだ。
今なら静かに忍び寄って赤子の手をひねるように倒せる。
この距離から電撃魔法を使用する選択肢もあったが、相手が想像以上の巨漢の為、効きが悪いかもしれない。
なのでここは確実な手段をとろうと思う。
俺は右手に剣を握り、音を立てないように注意しながら近づく。
そして巨漢の男の寝る部屋へと足を踏み入れた瞬間――――――――
「かかったなマヌケがっ!!」
「――――――――ッ!!」
死角だった両脇から、2人の男が飛びかかってきた。
その手には、キラリと輝く短刀を握りしめている。
ここで俺は気づいた。
寝首をかくつもりだったが、誘われていたのは俺の方だったのだと。
短刀が迫りくる僅かな時間で俺がとった行動は、防御ではなく回避だった。
もしも反射的に防御を選択していたのなら、少なくとも1つは刺し傷ができただろう。
そしてそのまま体勢を崩されて殺される。そんな未来が簡単に見える。
けれど俺が選択したのは回避。
小さい頃から鬼ごっこをしていた影響で、そっちの方を反射的にとるようになっていたから。
そのおかげで、俺は今この瞬間、死を回避することができたのだ。
敵を認識した瞬間、俺は瞬時にしゃがむことで短刀を躱す。
そして、左手を構えてカウンターを試みる。
「『電撃銃』!!」
連射力が自慢の電撃銃で左右の敵をほぼ同時に攻撃した。
右の敵は頭に当たったが、左の敵はちょうど短刀の刀身部分に当たったため、倒しきることができないかった。
しかし、立ち上がる力を利用して追撃を仕掛ける。
「うらぁ!!」
右手に握りしめた剣の先を敵の首元に向けて、最短で突き上げた。
すると、驚くほど簡単に剣先は皮膚を破って貫通した。
噴き出す血を無視して、俺は残った巨漢の男の方向に向き直る。
「よくもこの野郎!!」
電撃魔法で迎え撃とうと左手を構えたが、一手遅く顔を鷲掴みにされた。
そしてそのまま力任せに後ろ向きに押し倒される。
その際の衝撃で剣が床に滑り落ちた。
「殺してやる!!」
大きな手が俺の首を力いっぱい握りしめる。
押し返そうにもあまりの体重差にピクリともしない。
振りほどこうにも丸太のように太い腕は固定されたかのように動かない。
「うぅ……」
呼吸ができない。
声を出そうにも、言葉にならない呻き声しか出てこない。
ああ、俺の人生はここで終わりか……。
――――――――なんて言うとでも思ったか。
悔しいが腕力じゃ勝てないし、剣もない今の状況は誰がどう見てもピンチだ。
しかし、俺の手札にはまだ電撃魔法が残っている。
それに、敵は一番効果を発揮できる至近距離にまで近づいてくれた。
首を絞める太い両腕に、俺はそっと両手で触れる。
振りほどくわけでもなく、ただ優しく。
そして、魔力をこめる。それも、電気出力最大で。
電撃も電撃銃も、自分から離れた敵に電気を流すための手段に過ぎない。
俺の電撃魔法は、魔力を電気と同等の性質に変化させるというものだ。
その工程は、全て俺の肉体で行われている。
つまり、俺の両手を通して直に電気を流し込むことだって可能なのだ。
俺の両手から直接電気を流された巨漢の男は、激しく痙攣し始めた。
そして、段々と俺の首を絞める力も弱まっていき、ぐったりと倒れてしまった。
「ゲホッ……ゲホッ……」
首を絞められていた時間は5秒にも満たないが、相当ダメージが残った。
今もまだ首辺りに違和感が残っている。
「刃物辺りで向かってこられたら、やばかったな……」
今回はたまたま力業だったから、生き残ることができた。
果たして、運がいいのか、悪いのか……。
「……ああ、こんな感じか」
起き上がってすぐに目に入ったのは、床に広がる血の海だった。
深紅に輝くその液体は、まるで幻想的なアートのようだ。
けれど、その血の源泉を見ると、決して心地よいものとはいえない。
人を殺すのは初めてじゃない。
だけど、今回は魔法じゃなくて、凶器で直接刺し殺した。
あのスルッと首を貫通していく感覚が、今もまだこの手に残っている。
ああ、たった一振りの剣で、人は簡単に死んでしまうのか。
人間の脆さを、身をもって知ることになった。
罪悪感がないわけじゃないが、もう戻れない過去のことだ。
「……ごめんなさい」
部屋の向かいには、また細い小道が続いている。
……行かなきゃ。
---------
小道をぬけて、また次の部屋へと辿り着いた。
その部屋は今までとは違い、大きい棚だらけだった。
古臭くて、蜘蛛の巣までたくさんある。
まずは周囲を警戒し、敵が部屋内にいないことを確認した。
そして、ちらりと棚に並ぶものを見てみた。
……これは、魔法薬か?
それだけじゃない、武器や絵画らしきものまである。
どうやら、奴隷組合が扱っているのは奴隷だけじゃないようだ。
もしかしたら、回復薬とか置いてないだろうか。
そう期待して、隅から順番に魔法薬の瓶に貼られたラベルを読んでいく。
しっかし、どれもこれも聞いたことのないようなものばかりだな。
やっと見つけたそれっぽい瓶を手に取った瞬間、反射で敵の姿が映った。
「『光弾丸』」
次の瞬間、白い光弾が数発俺を襲った。
後ろにステップを踏むと同時に身を屈めたため、右肩にかすめるのみで済んだ。
一瞬でも気づくのが遅れていたのなら、死んでいたかもしれない。
「くそ! 『電撃銃』!!」
敵のいる方向に向けて電撃銃を数発撃ち込む。
しかし、照準がずれていたためか直撃させることはできなかった。
それでも、棚の陰に隠れる時間くらいは稼ぐことができた。
「そんなところに隠れても無駄だ!」
敵は男で、おそらく光魔法の使い手だ。
ここにきて、ようやく魔法使いが相手というわけか。
正直、すごいやりずらいな。
幸い、右肩の傷は問題ない。
ただ服が焦げているところを見ると、さっきの光弾は熱を帯びているっぽいな。
若干だが、肌がピリピリとしていて火傷しているのがわかる。
「私には弱い者いじめをする趣味はない。
今すぐここから去るのなら、見逃してやってもいい」
「勝手に弱い者認定すんなよ。やってみなくちゃわかんないだろ」
先程ちらりと見たから敵の位置は把握している。
敵は、この部屋の向かいにある細い一本道を塞ぐように立っている。
つまり、倒さなくては先には進めないということだ。
「そうか……。残念だが、君にはここで死んでもらおう」
「それはこっちのセリフだ。『電撃』!!」
隙を見て棚から飛び出し、俺は敵目掛けて電撃を放つ。
横幅の狭い一本道に立っている以上、避ける余裕はないはず。
これで勝負ありだ。
「無駄だ! 『反射』」
そんな言葉と共に、敵の前に霞んだ鏡のようなものが現れた。
その鏡は俺の放った電撃をいともたやすく跳ね返してしまった。
今度こそ照準は合っていたが、それがかえって裏目に出たのだ。
「――――――――うッ!」
最速で放った電撃が、その速度をほぼ落とすことなく自分に返ってくる。
予想外の展開に、俺は動くことができなかった。
それでも、咄嗟に電撃をコントロールして逸らすことには成功した。
「『光の鎖』」
何とか直撃は免れたものの、その隙に、どこからともなく出現した鎖に左手と右足を拘束されてしまった。
対象の動きを縛るこの魔法のことは以前から知っている。
しかし、その時とは比べ物にならないくらい強い力で縛られている。
この場合、無理に引きちぎるよりも破壊する方が早く済むな。
「『電撃銃』!!」
拘束されていない右手を使い、左手と右足を縛る鎖に向けて電撃銃を撃ち込む。
……が、威力不足だったのか鎖を壊すことができなかった。
もしかして、使用者の力量で鎖の耐久値まで変化するのか……。
くそ、しまった。
「私の鎖は並の攻撃じゃびくともしないぞ。では、くらえ。『光弾丸』!!」
まずい、敵の攻撃が来る。
もう鎖を両方とも壊すのは不可能だ。
ならば選ぶのは――――――――
「『電撃』!!」
一か八か、威力を重視した電撃で右足の鎖を狙う。
すると狙い通り、鎖を破壊することに成功した。
しかし、もう左手の鎖は間に合わない。
向かって来る光弾を躱そうと体を動かすが、鎖が邪魔をして数発喰らう。
ダメージを最小限に抑えることには成功したが、それでもかすり傷が3つと左腕を貫通した。
「ぐぅッ! くそ! 『電撃』!!」
ほぼやけくそで左手の鎖も壊し、再び棚の陰に身を隠す。
咄嗟に左腕の傷を確認するが、焦げているためか血はあまり出ていない。
それでも、耐え難い痛みが襲って来る。
「うぅ……痛って」
ここで回復薬を使うか?
……でも、この傷以上の重傷を負う可能性だってある。
幸い、命には別状ないんだ。
一先ずは様子見でいいか。
「これでわかっただろう? 君じゃ私には勝てない。最後のチャンスだ」
敵は余裕そうに上からものを言ってくる。
実際なところ、実力差があるのだからそういう態度なのは至極当然か。
……それでも、こいつを倒さなくちゃ先には進めないんだ。
敵の使うあの鎖の魔法は厄介だ。
電撃でしか壊せないとなると、2か所以上縛られれば隙になってしまう。
しかし、隠れている今の俺に対して使ってこないところを見ると、目視できる範囲でしか使用できないと推測できる。
もうひとつ厄介なのは、あの反射する魔法だ。
正直、チートすぎじゃねとは思う。
しかし、きっと明確な弱点も存在するはずだ。
考えられる弱点としては……自分の前方にしか鏡を出現させられないとかか?
……仮にそうだったとしても、あの細い一本道にいる以上、前方からしか攻撃できない。
もしかしたら、そのことを計算した上でのあの位置なのかもしれない。
他に考えられる弱点としては……反射できる威力に限界があるとか。
そうだよ、それが一番可能性が高いじゃん。
……けど、そういえば電撃は通用してなかったな。
じゃあ、俺の攻撃はほとんど反射されるってことじゃんか。
……できれば最後まで取っておきたかったけど、使うしかない。
電撃を超える威力を持つ、あの魔法を。
「すぅー……はぁ……」
深呼吸をひとつ。
もしも失敗すれば待っているのは死だ。
だけど、失敗することは考えない。
……よし、覚悟はできた。
「おっと? 去る気になったか?」
「いいや、先に進むことしか考えてない」
「……馬鹿だな。じゃあ、もういい」
堂々と敵の前に姿を現し、そして右手を構える。
全身の力を全て右手に集約させて、そして唱える。
「『魔砲!』」
中二病っぽい名前だが、正真正銘、俺の切り札だ。
電撃とは比べ物にならない迫力に、敵は身の危険を本能で理解する。
「――――――――なッ! くそ、『反射』!」
再び敵の前に霞んだ鏡が出現する。
俺の電撃を反射するほどの頑丈さを誇るが、今回ばかりは話が違ったようだ。
「うわぁああ!!」
魔砲はいとも簡単に鏡を貫いてしまった。
想像すらしていなかったであろう事態に、敵は情けない断末魔をあげながら消えてしまった。
文字通り、粉微塵となって。
「ハア……ハア……」
魔砲を使った代償に、俺の右手は惨たらしく爛れていた。
そこに左腕の痛みまで加われば、もう想像を絶する。
このままでは、この先に進むことは不可能に近い。
「……使う、か」
事前に備えておいたこの回復薬を使わざるを得ない。
ただし、治せるのは右手か左腕のどちらか一方のみだ。
回復薬の中身を半分ずつ傷に使おうとすると、効果がでないから。
治すのは無難に利き腕の右手にした。
これでもう、俺には傷を治す手段はない。
この先にはもう敵がいないことを祈るしかない。
---------
光魔法の使い手との激闘を終え、さらに先を進む。
これまでと同じくただの一本道かと思ったが、途中から階段に変わった。
さらに地下へと進むってのか。
左腕の傷が相変わらず痛む。
けれど、歩みを止めることはできない。
もうすぐだ。もうすぐ、家族と会えるはず。
階段をおりて、遂に最後の部屋へと到達した。
そこには、たくさんの檻と監禁された人達がいた。
どうやら、ここが目的地のようだ。
「ああ、どうか助けてください」
「お願いします」
「家族に会いたいよぉ」
奴隷として連れて来られたであろう人達が、俺の姿を見て必死に懇願する。
大人から子供まで幅広い年代の人間が監禁されてきたのか。
ここから解放してやりたい気持ちも山々だが、それよりも先にやらなくてはいけないことがある。
「ルビアさん!! リダ!! どこかにいないか!?」
薄暗い部屋の中、俺は叫ぶ。
ここのどこかに、いるはずなんだ。
頼む、答えてくれ。
「……その声は、エト兄?」
「リダか!? 無事だったのか!!」
部屋の最奥にある檻に、見覚えのある顔があった。
間違いない、リダだ。
ああ、本当によかった。
「怪我はないか!?」
「僕は平気。だけど、母さんが……」
「大丈夫だ。ルビアさんの方にはレイナが向かってる」
「え!? レイナ姉までいるの!?」
「ああ。詳しい話はここを脱出してからにしよう。ええっと……この檻の鍵はどこにあるかわかるか?」
「鍵ならここにあるさ」
突然、聞いた覚えのない声が返答してきた。
振り返ってみると、いつの間にか男が立っていた。
腰には二振りの剣が携えられており、剣士であることを窺わせる。
「そんな怖い顔しなさんな。嘘じゃねえよ、ほら」
男は胸の内ポケットから鍵を取り出し、見せびらかす。
挑発か? それとも、単なる余裕?
男の行動の目的がわからず、俺は困惑する。
「こんなところまで家族を助けに来るなんて感動もんだ。
けどよ、その左腕の怪我……無理してるだろ?」
「……お前には関係ないだろ。それとも、見逃してくれるのか?」
「それは条件次第だな」
まさか話の通じるタイプの敵か?
……いや、俺はもう何人も奴隷組合の人間を殺しているんだ。
そんな俺を見逃すなんて、裏切りと同じことになる。
やはり油断を誘っているのか。
「話がわかりそうなガキでよかった。俺の名前はヴォルクだ」
「……名前は言わないぞ」
「はは、つれないな。まあいいさ」
「それで、その条件は?」
「神器をひとつでもいい、俺の前にもってこい」
「……神器だって? 聞いたことがないな」
アルムガルト家にはたくさんの本があった。
この世界の大まかな歴史だって、そこから学んだ。
けれど、こいつの言う神器って文字は見た覚えがない。
「どうも最近のガキは知らないことが多いらしいな。
まあ簡単に言えば、大昔の偉人が創り出した武具のことだ」
「そんなのを手に入れてどうするつもりなんだ?」
「決まってんだろ、最強になるためだよ。
歴史上最も多くの武功をあげた勇者、圧倒的な剣技をもって生涯無敗を貫いた初代剣王。
世間ではそのあたりの連中が最強とよばれ、尊敬や畏怖の念を抱かれてきた。
その例に漏れず、俺も小さい頃から圧倒的な強者に憧れてきたんだ。
神器を手に入れることは、それすなわち、常人を超越した力を手に入れることと同義だ」
ああ、つまりはゲームで言うところの伝説級の装備って感じか。
この世界、そんなものが存在しているのか。
相変わらず物騒極まりないな。
「そんなもの……本当にあるなんて保証はないだろ」
「いいや。その内のひとつはすでに俺が持っているからな」
ヴォルクと名乗る男は、自身の左腰に携えられた二振りのうちの片方を撫でる。
確かに、その剣は他の物とは一風変わった雰囲気を纏っている。
白と緑の神々しい色合いに、日本刀のように反った異質なデザインだ。
「こいつは神器の中のひとつ……名をアテナと呼ぶ。
元々は組合の商品でな。売り飛ばされそうなところを俺が貰ったのさ。
ま、その代わりにこうして組合に加入しなくちゃならなくなったわけだが……」
「だったらこれを機に脱退すればいいだろ?」
「そいつはできない。組合には様々な武器が流れつくからな。
もしかしたら、神器とも出会えるかもしれない。このアテナのようにな」
ヴォルクは奴隷組合の人間として、俺と会話をしている。
もしもこの交渉が決裂したのなら、迷わず俺を殺しに来るだろう。
それなのに、肝心の神器がわからないんじゃ交渉のしようがない。
不運だが、戦闘は避けられない。
「その反応じゃあ、交渉以前の問題だったみたいだな。……残念だよ」
ヴォルクは最後にそう呟くと、神器とは別の剣を抜いて殺気を露わにした。
これまでのチンピラとは比べ物にならない、本物の殺気だ。
俺はその迫力に気圧され、冷や汗が止まらなくなる。
「くらえ、『電撃銃』!!」
後手に回ればこちら不利と判断し、俺は即攻撃を仕掛ける。
おそらく、電撃では容易に躱されてしまうだろう。
だからこそ、質より量で攻めることにする。
「ほう……見たことない魔法だな。特異属性魔法か?」
向かって来る攻撃を全て剣で防ぎきり、ヴォルクは余裕そうに笑みを浮かべる。
くそ、俺の想定違いだったか?
ならば、量ではなく質で――――――――
「ほら、ボーっとすんなよ」
「――――――――がッ!」
ヴォルクがこちらに向かって動き出したと思ったら、いつの間にか蹴り飛ばされていた。
油断はしていなかったはずだ。
それなのに、こいつの動きについて行けない。
「もっと楽しませろ!!」
「うぐぅ………………、うおぉぉ!」
がむしゃらに俺は電撃を放つ。
それでもヴォルクは簡単に躱してしまった。
だが、俺の狙いはその後だ。
「なんだよ、まさかこの程度で――――――――おっと!」
一度躱して油断するかと思ったが、曲がって戻ってきた電撃すらも躱されてしまった。
そして、そのまま俺へと距離を詰めてあっという間に首を掴まれた。
これをチャンスだと思い、俺はヴォルクの体に直に電気を流そうとしたが、それより早く投げ飛ばされる。
「エト兄! 大丈夫!?」
「ああ、すぐに……終わらせるから」
ここまで圧倒されれば魔砲を使うしかない。
俺は手を構えようとして、そして気づいた。
どうして俺を後方へと投げ飛ばしたのか、その理由が。
「勘違いしないでほしいんだが……俺はお前を舐めちゃいない」
「その神器とやらを使ってない癖にか?」
「本気だが全力じゃないってだけだ。俺はお前を相手に慢心はしていない。
実際にお前はここまでひとりで到達したんだしな。
それに、少し前に聞こえたあの轟音……あれは、切り札の類だろ?」
轟音……ああ、光魔法の使い手を倒すために使った魔砲のことか。
「これは勘だが、あれを喰らったら俺でも一溜まりもないだろうな。
だから、悪いが使えないようにさせてもらう」
こいつは俺を投げ飛ばすことで位置関係を調整したんだ。
もしも俺が魔砲を使おうものなら、ヴォルクを貫通してリダにまで被害が及ぶように。
俺がリダを傷つけられないことを利用しやがったんだ。
「そんな姑息な真似をしなくても、お前なら俺をすぐに殺せるんじゃないのか?」
「それはそうだが……退屈してるんだ。遊び相手くらいにはなってくれよ」
遊び相手と認識しているのなら、すぐに殺されるということはないはず。
それなら、試してみる価値はある。
「お!? 剣を抜く気になったか。だが、片手しか使えない状態でどこまでできるかな?」
剣士相手に近接戦なんて馬鹿げてると思うかもしれない。
実際に、剣術に関しても俺とヴォルクの間にはかなりの差がある。
だが、剣というのは恐ろしい武器だ。
まぐれでも腹などに突き立てれば、例えプロとアマチュアでも一発逆転の可能性があるのだから。
俺はそのまぐれを狙う。
「さあ、稽古をつけてやる。かかって来い」
……舐めやがって。
だが、そういう態度でいてくれるほうが好都合。
「うおぉぉぉ!!」
俺は右手に剣を握りしめ、ヴォルクに向かって突進した。
そして何度も斬りつけようと試みたが、全て軽く受け流された。
それならばと、攻撃方法を刺突に切り替える。
「はっはっは。まるで子供と遊んでる気分だな」
それでも、それでもヴォルクにかすり傷ひとつ付けることは叶わない。
自分が想像する以上に実力が離れていたのかもしれない。
それこそ、まぐれすら起きない程の差が。
「あらよっと」
俺の単調な攻撃に痺れを切らしたのか、ヴォルクは軽く反撃してくる。
片腕でしか張り合えない俺は、簡単に剣を落とされてしまった。
すぐさま手を伸ばして拾うも、顔面を蹴られて吹き飛ばされた。
「うぅ……」
何か液体が流れてきたと思ったが、どうやら鼻血のようだ。
だけどあんまり痛みはない。だって、左腕の方が痛いから。
「僕はもういいから! それ以上やったら死んじゃうよ!!」
リダが叫ぶのが聞こえる。
だけど、内容はあまり入ってこない。
「ほらほら、次はどうする?」
どうやったら、コイツに勝てる?
剣術だけじゃなく、腕力もスピードも負けている。
それは多分、ヴォルクは魔闘気を使っているからだろう。
俺にあって、ヴォルクにはないもの。
やはり、電撃魔法しか思い浮かばない。
……いや、まだひとつだけ手はあったか。
「おいおい、まだ剣に拘るのか?」
「ああ」
再び俺は剣を持って突進し、先程と同じように振り下ろす。
当然、簡単に防がれるだろうが、剣は囮だ。
昔、ノービスとの決闘の際に使った手を再現する。
「お!?」
俺の考えなど全く考慮していないヴォルクは、俺が剣を放棄したことに驚きを表す。
よし、まずは意表を突くことには成功した。
あとは、ありったけの全力を以て殴りつけるだけで――――――――
「剣を捨てるか。いい作戦だが……残念だったな」
ヴォルクは俺の狙いを見透かしていたかのように、拳を受け止めてしまった。
そして続きざまで、俺のみぞおちを蹴り上げた。
「ゲホッ……オエェ……」
「最初にお前には剣術以外の攻撃方法があることは把握しているんだ。警戒しない方がおかしいだろ」
地面でのたうち回る俺を、楽しそうに見降ろすヴォルク。
ああ、まるで玩具を見ているかのような眼だな。
そして、ヴォルクは剣先を構えて俺の右脚を刺し貫いた。
「うああぁぁ!!」
鋭い痛みが右脚を駆け巡る。
今日だけで一体どれくらい地面をのたうち回ったか分からない。
ただ痛みで涙が出てくるのは、人生初めての経験だった。
「はっはっは。どうした、もう終わりか!?」
痛みと恐怖が渦巻き、体が小刻みに震える。
脳内では、ここに来る前に酔っ払いが吐いた言葉が蘇っていた。
「お前らは怖くないのか? 殺されるかもしれないのに」
その言葉を聞いた時、俺は本当に怖くなかった。
同時に、その理由も分からなかった。
しかし、今となっては理由が分かる。
俺は、仲間がいたから怖くなかったんだ。
他力本願とまではいかないが、もしも俺が危機的状況に陥ったとしても、
クリスやカルスが何とかしてくれるだろうと、心の底で考えていたのかもしれない。
だから2人のいない今の状況で、こうして恐怖を感じているのだろう。
「おいおい、まさか後悔してるのか? こんなところに来るんじゃなかったって」
痛みや恐怖、それらの存在は大いに感じる。
だが、ひとつだけ断言できることがある。
「ようやく家族の顔が見れたんだ。後悔なんて……するわけないだろ」
むしろ、ここに至るまでにどれだけ後悔を重ねてきたと思ってるんだ。
それに比べたら、俺のこの痛みや恐怖なんて……。
「へえ……。じゃあ、今度は右手を切断してみるか? そうしたら、考えが変わるかもしれないぞ」
「……何が最強になるだ。結局は弱い者いじめが大好きな小物じゃねえか」
「なるほどな。じゃあ、最強への糧となってくれ」
動けない俺に、ヴォルクは剣を大上段に構える。
そして、冷酷に振り下ろそうというタイミングで足音が鳴る。
「未来の最強に、是非とも僕も稽古をつけてもらいたい」
「誰だ、お前は」
部屋の入口に立っていたのは、消息不明だったクリスだった。
どうやって戻ってきたのかは不明だが、首元には緑のネックレスをしている。
どうやら、自力で結界魔法を突破してきたらしい。
「仲間を随分と可愛がってくれたみたいだ」
「ああ、結構可愛かったぜ。お前はどんなふうに鳴くのかな?」
先に仕掛けたのはヴォルクだった。
目で追うのがやっとという速度で近づき、剣を振り下ろす。
ほぼ不意打ちともいえる初撃に、クリスは焦ることもなく剣を抜いて防いでみせた。
「最強って言うのは不意打ちをするものなのか?」
「こんなのも防げないようじゃ、相手にするまでもない雑魚ってことだ」
「それじゃあ、僕は雑魚じゃないのか」
「ああ、合格だ。ちゃんと剣士として死をくれてやる」
軽く言葉を交わしながらも、両者の剣は止まることはない。
むしろどんどん加速していき、ぶつかり合う剣戟の音が部屋に響き渡る。
俺には剣捌きは互角に見えた。
しかし、表情を見ればどちらが押しているのかは明白だった。
「お前の流派は、真剣流と龍剣流の組み合わせだな」
「あ!? だったらどうした!?」
「確かに2つの流派を独自に織り交ぜるのは効果的だ。しかし、お前の場合はどちらも中途半端でお粗末だな」
クリスの小馬鹿にするような笑みを受け、ヴォルクは怒りをあらわにする。
しかし、すぐに先程までの余裕な表情を取り戻す。
「ふん。口で言うのは簡単だぞ?」
ちょうど剣がぶつかり合った瞬間に、ヴォルクは右足で蹴りをお見舞いする。
ところがクリスにとってはそんなもの取るに足らない攻撃だったようで、軽く躱して地面に残した左足を蹴り払ってしまった。
当然、支えを失ったヴォルクは地面と衝突する。
「ほらな。龍剣流の強みである機動力をこれっぽっちも活かせていない」
「し、知ったような口を聞きやがって!!」
ヴォルクは飛び上がってクリスと距離をとる。
そして、再び剣を構え直した。
「それより、その腰に携えたもう一本は使わないのか?」
「……必要ない」
「そうか。てっきり双剣流も使えるのかと期待したんだが」
「さっきから俺の先生ぶってるんじゃねえ!!」
ついに感情を抑えられなくなったヴォルクは、咆哮しながら突進する。
そして先程よりも速く、そして鋭い刺突を繰り出す。
しかし、クリスはそれをひょいっと首を傾けて躱した。
続く連撃すらも、クリスは容易に防いでみせる。
最後に大きく振りかぶった攻撃をバックステップで躱して、その脚で地面を蹴ってカウンターを喰らわせた。
「僕が先生だったら、お前は落第だな」
ヴォルクは無防備でカウンターを喰らい、腹から血を流しながら崩れ落ちた。
激しい攻防だったが、その最後はあっけないものだ。
俺はまともに加勢することもできなかった。
「エト、大丈夫か?」
「お陰様でなんとか。それより、そいつの胸ポケットに鍵が……」
「落ち着くんだ。人の心配をするよりも、自分の心配をしろ」
クリスは自分の持つ回復薬を右脚の怪我の回復に使ってくれた。
左腕にも同様に怪我があるが、移動するには困らないので後回しだ。
「ほら……よ、鍵……だ」
地面に大の字に倒れるヴォルクは、自ら鍵を差し出してきた。
その腹には大きな切り傷ができており、今もなお出血は止まらない。
医学知識のない俺でも、もう助からないとわかる。
俺はヴォルクから鍵を受け取り、すぐさまリダを解放した。
「ずっと……ずっと待ってたんだよ」
「遅くなってごめんな、リダ」
「その間、僕が母さんを守らなくちゃって……」
「お前はよく頑張った。あとはお兄ちゃん達に任せろ」
リダは俺に抱き着いて、腕の中で泣きだした。
俺はその間ずっと頭を撫でてやった。
「レイナ達の方は……うまくいってるといいけど」
「心配する必要はない。
僕はカルスのことを好ましく思っていないが、頼りになる男であることだけは断言できるからな」
クリスの言う通り、カルスはとても頼りになる男だ。
それに、レイナだって俺よりも戦闘に関しては数段上。
単純な戦闘だけなら心配ないのだが……。
果たして、あの脳筋たちが結界魔法を攻略できるだろうか。
そんな疑問が、俺の頭からなかなか離れなかった。




