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転生ミスで異世界へ  作者: たけのこ
第六章
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第六十五話 侵入

 あっという間に夜がやって来た。

 一応、仮眠でもとっておこうかと思ったが、緊張して眠れなかった。

 それはレイナも同様だったようで、2人で仲良く談笑していた。

 アルムガルト家での平凡な一日の話を。


「そろそろ時間だ。行くぞ」


 クリスの呼び出しを受け、俺達は空き家の前に集まる。

 天気はすっかり晴れて、くっきりと浮かんだ満月がほのかに明るい。


「それじゃ、行って来る。ここは頼んだぞ、アンドル」

「任せてくれ。エト達も、気を付けるんだぞ」


 アンドルと軽く別れを告げた後、俺達は屋敷を目指して歩き出した。




 ---------




 ベルリオはすっかり静寂につつまれ、人気は微塵も感じない。

 所々の家では明かりがついているから、人自体はいるのだろうけど。

 酒場も含め、町のお店は軒並み閉まっており、少し寂しい。


「昼間が嘘みたいだな。ま、こんくらい静かな方が都合はいいが……」


 カルスは一通り町を見渡して、俺と同じ感想を抱いた。

 レイナはいつもの帽子を深くかぶり、杖を強く握りしめていた。

 クリスは周囲を警戒しつつ、冷静に俺達の先頭を務めている。


 屋敷に向かう途中で気づいたが、空き家と屋敷は道一本でつながっている。

 きっと家族を連れて逃げる際に、迷ったりしないようクリスが配慮してくれたのだろう。

 相変わらず気配りのできる男だ。


 長い一本道を歩き、ようやく俺達は屋敷へと到着した。


「よし、門番が少ない」


 屋敷は周囲を高い鉄格子で囲われている。

 そのため、無理やり乗り越えようとしない限り、入口は正面の扉しかない。

 幸いなことに、主人の不在と夜間である今の状況のおかげで、門番は2人だけだった。


「どうする? 正面から行くか、それとも裏から行くか」

「屋敷に入るだけなら裏からでもよかったが、脱出する時のことを考えると門番は今のうちに排除しておきたい」

「んじゃあ、決まりだな」


 カルスは右手で地面に触れる。

 そして、10秒ほど続けた後、魔法を発動させた。


「『大地の縛り(フィールドバインド)』」


 すると門番の足元の地面が触手上に伸びて、あっという間に拘束してしまった。

 音もなく、そして迅速な犯行だった。

 おまけに、助けを呼べないように口まで塞いでいる。


「ふう……成功した」

「今回は随分と長く地面に触れてたね」

「ん? まあな。ああやって規模とか被害を考慮すると、繊細な魔力制御が必要になるからな。

 ほら、俺はそんな細かいこと苦手そうだろ?」

「確かに。カルスは脳筋だからね」


 増援がないことを確認して、俺達は正面の扉に近づく。

 そして、もがく門番をクリスが気絶させ、人目のつかない場所に放置しておいた。

 身動きがとれなくなっても使命を全うしようとするその心持ちは尊敬してあげよう。

 それにしても、途中で目覚めないのかと疑問に思ったが、

 クリス曰く、丸1日は起きないとのことだ。

 他でもない彼が言うんだ。きっと、本当なんだろう。


「門番は片づけたが、中にどれほど衛兵がいるかは不明だ。なるべく用心してくれ」


 クリスを先頭に、俺達は屋敷の敷地内へと侵入した。

 正面の扉をぬけて目の前に広がったのは、広大な庭だった。

 そこにそびえ立つ木々や噴水の間を、見回りの衛兵が眠たそうに歩いている。


「見たところ1人だけか。酔っ払いの言っていた通り少ないな」

「あいつも拘束するでしょ?」

「そうするつもりだが、聞きたいことがある」

「あ~なるほどね」


 レイナは納得したようで、杖を構えた。

 その先端は見張りの衛兵をしっかりと捉えている。


「『水流弾(ウォーターショット)』」


 レイナの得意魔法(おはこ)は、いともたやすく衛兵の横顔に直撃した。

 不意打ちの形だったため、衛兵はバランスを崩してその場に転倒してしまった。

 そして事態が飲み込めていないであろう間に、俺達は距離を詰める。


「よお、ちょっと道に迷っちまってな」

「お前ら――――――――」

「死にたくなければ黙れ」


 叫ぼうとした衛兵は、自分の首に剣先が向けられていることに気が付いた。

 不甲斐ない自分を戒めるためか、悔しそうに顔を歪ませている衛兵に対し、クリスは冷酷に尋ねる。


「物置部屋、そして事務室。どこにあるのか教えてもらおうか」

「もちろん、それ以外のことは話すなよ」


 その後、捕まえた衛兵から2つの部屋の場所を聞き出すことに成功した。

 物置部屋は屋敷の正面廊下を真っ直ぐに進んだところにあり、

 事務室は左廊下を進んだ別館にあるとのことだ。

 この2部屋は対極に位置しており、かなり距離が離れている。

 つまり、駆け付けようと思っても簡単にできることじゃないということだ。



 最大限に警戒しつつ、庭を通り抜けてようやく屋敷内へと辿り着いた。

 屋敷内は最低限の明かりしかなく、薄暗くて不気味だった。

 視界があまり良くないので、より一層見回りの衛兵には気を付けなくちゃな。


 やがて俺達は正面廊下と左廊下の分岐点に辿り着いた。

 話によれば、ここを真っ直ぐ行けば物置部屋、左に行けば事務室だ。

 つまり、レイナとカルスとはここでお別れということか。


「ここで別れよう」

「そうだな。見張りには気をつけろよ」


 この先、激しい戦闘が待ち受けており、もしかしたら死ぬかもしれない。

 それなのに、クリスとカルスは慣れていると言わんばかりに軽く言葉を交わすだけだった。

 自分は絶対に死なないと確信しているからこそ、こんなに余裕なやり取りが出来るのだろう。


「ねえ、エト。気を付けてね」

「言われなくても。お前こそ無茶すんなよ」

「ふふ、大丈夫だよ」


 もっと言うべきことがあるかもしれないが、今の状況ではこれが精一杯だ。

 まあ変にかっこつけるよりは、いつも通りの方がいいか。

 おかげで、レイナの笑顔が見れたことだし。


「じゃ、またあとで」

「ああ、あとでな」


 レイナ達と別れ、俺とクリスは左廊下を進む。

 外観じゃ何とも思わなかったが、実際に中に入ってわかったことがある。

 この屋敷、相当な大きさだ。


「……誰か来る」


 クリスが小声でそう呟いた。

 注意深く耳を澄ますと、確かにこちらに向かって来る足音がひとつあった。

 それに合わせて、ほのかな明かりも見える。


「隠れます?」

「……いや、ここで仕留めよう。エト、この距離から狙えないか?」

「一応、いけますよ」


 手ぶらな俺達とは違い、向こうは明かりを持っている。

 そのため、攻撃すべき大体の位置は予測できる。

 ほぼ正面に佇む明かりを目掛け、俺は魔法を放つ。


「『電撃(スパーク)』」


 暗闇の廊下に一筋の光が通り抜けて、明かりが床に落ちた。

 耳を澄ましても、こちらに近づいてくる足音は聞こえなくなった。


「……やったな」


 俺が仕留め損ねた際の保険として追撃の準備をしていたクリスだったが、その必要がないとわかり剣を収めた。

 そして俺が倒したであろう衛兵の隠蔽を済ませ、何事もなかったように別館にある事務室に向かって歩き始める。


 やがて廊下の終点に辿り着いた。

 そこには両手開きの扉があり、中からは人の声が聞こえてくる。

 どうやら、ここが事務室のようだ。


「数は……3人。部屋の真ん中に2人。右端に1人だ」

「右は俺がやります」


 部屋から漏れ出る音だけで、クリスは敵の大まかな位置を予測してしまった。

 まあ、彼の言うことだし大体あってるだろう。

 こういうのを全幅の信頼と呼ぶのかな。


「行くぞ。3……2……1――――――――」


 心の中でカウントが0になったと同時に、俺とクリスは勢いよく扉を開いた。

 俺が狙うのは右、そちらの方向に目を向けると確かに1人だけ書類を見つめる男がいた。

 向こうもこちらに気が付いたようだが、その時には俺はすでに『電撃』を放っていた。


 事務室に入ってから敵の位置を把握するまで、およそ1秒ほど。

 そこからすぐに『電撃』を放ったため、敵は動くことも出来ずに被弾した。

 残りの2人も俺が加勢するまでもなく、クリスに制圧されていた。


「地下への入口はどこにある?」


 クリスが制圧した2人の内の片方は、まだ意識が残っているようだった。

 尋問するために、意図的にそうしたのだろう。


「さっさと答えろ」

「……くたばれ」


 次の瞬間、男は応援を呼ぼうと大きく息を吸い込んだ。

 そのことを見越したクリスは、躊躇なく頭を机に叩きつけ黙らせてしまった。

 かなりの強さだったため、男はそのまま意識を失い倒れ込んだ。


「忠誠心の高さは結構だが、敵に回すとこの上なく面倒だな。

 仕方がない、地下への入口は自力で探そう」

「了解です」


 ここが事務室である以上、どこかにあるはずだ。

 ただ、あまり時間はかけられない。


 ゲームや映画では、そういう隠し通路は棚の後ろにある傾向が高い。

 確か地面に残った跡で見分けられるんだっけ。


「……あ、ここだ」


 壁沿いに並ぶ棚の足元を見てまわり、ひとつだけ不自然に引きずった跡を発見した。

 間違いない。この棚の裏に隠し通路がある。


「よく見つけたな」

「前の世界の知識ですよ」

「そうなのか。話を聞いた限りだと、そんな物騒な世界だとは思わなかったが」

「現実じゃなくて、まあ娯楽の一環です」


 ゲームとか映画の話をしたところで理解できないだろうし、この説明でいいだろう。

 それよりも、この棚を動かす方法を探す方が先だ。

 てっきり固定された本でも引けば勝手に動くものだと思っていたのだが、どうやら違うらしい。


「どこかに棚を動かすための仕掛けがある筈です」

「……この棚の裏にあることさえわかれば十分だ」


 仕掛けを探すのは時間の無駄だと言わんばかりに、クリスは棚を蹴り壊してしまった。

 少し年季が入っていたとはいえ、2メートルサイズの棚の真ん中に大穴があいている。

 どんなに鍛えている人間でも、こんなこと不可能だ。

 やはり、クリスはゴリラだったのか……。


「ぼさっとするな。ここからが本番だぞ」

「わかってます」


 棚の裏には、真っ暗な階段が続いていた。

 間違いない。ここが奴隷組合の拠点の入口だ。


「一体何の音だ!?」


 階段の先の暗闇から、足音が近づいてくる。

 声の感じからして男だな。

 どうやら、棚を壊した時の音を聞かれたみたいだ。


「俺がやります」


 どこから来るのかさえ分かっていれば問題ない。

 棚にあいた大穴から、俺は先の見えない階段に手を向ける。

 そして『電撃』を放とうとしたが――――――――


「待て、敵は2人いる。隠れるんだ」


 クリスに引っ張られ、俺は棚の横に隠れた。

 落ち着いて聞いてみると、確かにこちらに向かって来る足音は2つある。


「棚が壊されてるぞ! 誰がやった!?」

「見ろ! 棚に穴があいてるぞ!」


 男2人は急いで階段を駆け上がって来て、レバーのようなものをおろした。

 すると棚がぎこちなく動き出し、入口が露わになった。

 まあ、棚を動かす仕掛けは、そちら側にも当然ついているか。


「おい! 一体何があった!?」


 男2人が事務室に入ったのを確認し、俺は手を構える。

 ちょうど死角に隠れていたため、俺達の姿は見つかっていない。

 今なら、完璧な不意打ちができる。


「『電撃銃(スタンガン)』」


 敵の背後さえとっていれば、躊躇することもない。

 万が一反撃されたとしても、クリスが何とかしてくれるだろうしな。

 まあ今回は2人ともノックアウトすることができた。


「服装が違う……。奴隷組合の連中だ」

「……こいつらが」


 今倒した2人はボロボロの服装をしている。

 先程から倒していた衛兵のものとは、似ても似つかない。

 クリスの言った通りでまず間違いないだろうが、俺は違和感を感じた。


 その違和感の正体は、2人の首元にある緑色のネックレスだった。

 こんな服装に頓着なさそうな人間が、果たしてネックレスなんてするだろうか。

 家族からのプレゼントとか、そういうのなら理解できる。

 だが2人ともが同じものをつけている時点で、その線はない。


「どうかしたのか?」

「いや、なんでもないです」


 もしかしたら、同僚からのプレゼントかもしれない。

 少なくとも、今この場で考えることじゃないのは確かだ。

 ほら、早くしないとクリスに置いて行かれてしまう。


「ここから先は何があるかわからない。警戒するんだ」


 階段をおりるたびに、不気味な冷風が身体を撫でる。

 まるで、心霊スポットを探索しているような感じだ。

 それも、お化けよりも質の悪い輩がたくさん出てくる最悪な場所を。


 クリスの後ろに続き、長く暗い階段をぬけた先には、至って普通の部屋が広がっていた。

 俺達がさっき倒した2人が座っていたであろう椅子が2つと、カードが散らばったテーブルがあるだけ。


「この部屋には何もないが……見ろ。まだ先が続いている」


 この部屋の向こうに、また別の部屋に繋がるであろう一本道がある。

 きっとその先に、捕まった人間がいるに違いない。


 さっさと次に進むため、俺達は部屋に足を踏み入れた。

 その瞬間、部屋全体が緑色に発光し始める。

 何か異質なことが起きていることを、直感で理解する。


「結界魔法だ!! さがれ!!」


 クリスに突き飛ばされ、俺は階段のところまで後退する。

 何が起きたのか把握できず顔を上げると、クリスが緑色の光に包まれていた。


「はやく手を!!」


 すぐに手を伸ばそうとしたが時すでに遅く、クリスの姿は跡形もなく消えてしまった。

 あまりに突然の出来事に、頭が全くまわらない。

 ただ目の前で起きたことに、唖然とするだけだった。


 落ち着け……。まずは状況を整理しよう。

 クリスが言うには、部屋には結界魔法が掛けられていたらしい。

 先程の一連の流れから考えるに、発動条件は部屋への侵入で間違いないだろう。

 クリスの安否は不明だが、姿が消える様子が転送魔法陣と似ていたため、おそらく何処かに飛ばされたと推測できる。


「……さて、どうするか」


 結界魔法は、指定した空間に様々な効果を付与する魔法だ。

 その付与する効果によって、習得難易度も変化する。

 まあ、初級でもかなり難しいのだが……。


 古の洞窟では、結界内に侵入した者から魔力を吸収するという効果だった。

 今回の場合は、侵入した者をどこかに転送するとかだろう。

 そんな効果がありなのか疑いたくなるが、目の前で実際に起きたのだから信じざるを得ない。


 しかし、そのような効果なのだとしたら謎がひとつある。

 俺達が事務室で倒した奴隷組合の2人は、どうして転送されずに済んだのだろう。

 結界内に侵入した者を識別して効果を適用しているというのなら解決するが、

 果たして結界魔法はそんなに便利なものなのだろうか。


 古の洞窟のものは、結界内に侵入した者には無差別だった。

 それに、カルスが言うには結界魔法はそんな万能なものじゃないらしい。

 つまり、何かしら識別する方法があるんじゃないだろうか。

 効果を適用する者と、しない者を。


「……そういえば」


 部屋に侵入した際に目にした、あの緑色の光。

 俺はそれと同じ色を、その少し前にも目撃している。

 自分で立てた仮説を実証するため、階段を駆け上がり事務室に戻った。


「やっぱりそうだ」


 事務室で倒れる男2人のネックレスを見て、確信する。

 初見時は違和感しかなかったが、その理由がようやく分かった。

 このネックレスこそが、結界魔法の効果を適用するか否かの鍵だったのだ。


 まだ試してはいないが、多分この仮説はあっている。

 つまり、俺ならあの部屋の先に行けるのだ。


「……」


 しかし、脳裏によぎるのはレイナ達の姿。

 おそらく、向こうにも同じ結界魔法が掛けられているだろう。

 さて、そうなると俺が教えに行くべきか?

 ……しかし、時間的にはもう手遅れという可能性が高い。


 レイナが俺と同じ立場だったら、どうしただろう。

 ……うん、アイツのことだ。きっとひとりでも先に進むだろうな。


「絶対に助け出そうな、レイナ」

「うん。父さんのためにも、絶対」


 ベルリオに到着してすぐにレイナと交わした言葉が、今になって甦る。

 ここで退散することは簡単だが、ずっと待ち焦がれた家族を救出するチャンスが目の前にあるんだ。

 ここはひとつ、勇気を出してみよう。


 俺はネックレスを首にかけ、再び階段をおりて地下に向かった。

 そして結界魔法の掛けられた部屋に恐る恐る足を踏み入れる。


「よし、いけた」


 俺の仮説通り、結界魔法の効果は俺に対して適用されることはなかった。

 そうと分かれば、俺は足を止めることなくその先へと向かう。


 この先には、きっとまだまだ危険が待ち受けているに違いない。

 クリスなら、ここは一旦撤退してレイナ達と合流すべきだと判断するだろう。

 しかし、向こうのことはレイナ達に任せたんだ。

 俺は、俺の役割を全うしなくてはならない。

 それに、もう逃げることには疲れたんだ。

 クリスには申し訳ないが、ここが俺の正念場だ。


 固い決意を胸に、俺は先の闇に向かって歩みを進めた。


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