第六十一話 魔物の襲撃
レイナに叩き起こされて目が覚めた。
もう少し丁寧に起こしてくれと頼んだが、彼女はお返しとかなんとか言っていた。
昨日、俺は優しく起こしてあげたはずなんだけどな。
とまあ最悪な目覚めではあったんだが、カルスお手製のコーヒーもどきを飲んだらどうでもよくなった。
前にクリスが語っていた予定によると、今日はこの山脈から下山するんだったな。
食料も無事に確保できたし、今のところは順調といえる。
この先も変なイレギュラーに巻き込まれないことを祈ろう。
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空は一面、雲が広がっている。
昨日の絶景から打って変わって、辺りはずっと殺風景のまま変わらない。
そんな山林の中にのびる一本道を、俺達は進む。
幸いなことに昨日は晴れていたから、足元は安定していた。
「……ん? なんだか変な音がしねぇか?」
順調に進んでいた矢先、カルスが不穏なことを呟いた。
これが勘違いだったらよかったんだが、残念なことに俺も同じ感想を抱いた。
少なくとも、何か異常なことが起こっている。
「周囲を警戒しろ。魔物かもしれない」
クリスの言葉に、皆が戦闘態勢に入る。
しかし周囲を確認してみても魔物の姿らしきものは見当たらない。
やっぱり勘違いなんじゃないか。
そう思ったのも束の間、左右の木々の間を何かが走っているのが見えた。
「チッ! 白狼だ!!」
カルスが叫ぶのと同時に、白い狼が左右に姿を現す。その数、9匹。
過去にレイナと一緒に討伐したことはあるが、正直もう会いたくなかった。
それがまさかこんなところで再び遭遇するとはな。
こいつらは個々の戦闘力は決して高くはないが、厄介な知性とチームワークを持っている。
「いいか! 絶対に馬を止めるんじゃないぞ!!」
今現在、俺達は白狼と並走状態にある。
もしもここで足を止めでもしたら、きっと囲まれてやられるだろう。
しかし、このままでは膠着状態のままだ。
「どうするの!? このままじゃ埒が明かない!!」
きっと白狼は待っているんだ。
俺達を全滅させることができる、一瞬の隙を。
だったら、わざわざこっち側が待ってやる必要はない。
「『電撃』!」
左側を走る複数の白狼、その内の1匹に狙いを定め俺は左手を伸ばす。
そして魔力をこめて電撃魔法を放った。
……が、それを見越していたかのように木の陰へと隠れて防がれてしまった。
こいつら……魔法が当たらない距離を意図的に保ってやがる。
「くそ!!」
「私がやるよ」
そう言うと、レイナは自分が握っていた手綱を俺に渡そうとしてきた。
「レイナ、ダメだ! お前が手綱を握っててくれ!」
確かに杖を使った状態のレイナなら命中させることができるかもしれない。
しかし冷静に考えてみると、落馬すれば終わりの状況。
加えて白狼に追われていることで馬は興奮状態にある。
以上より素人の俺が手綱を握るのはリスクが高すぎる。
「じゃあ、カルス!! なんとかできない!?」
「無理だ! 地面に魔力を流せねぇ!!」
カルスの土魔法は範囲が広く強力だ。
ここら一帯の木々を倒すことは簡単だろう。
しかし、そのためには地面を直接触れる必要がある。
馬を走らせている以上、それは不可能だ。
果たして打つ手はないのか。
否、そう言い切るにはまだ早計だ。
もっと脳みそをフル回転させて考えろ。
確かに俺の電撃は簡単に防がれてしまった。
きっと木々の間を通るようにコントロールしたとしても、速度が足りずに当たらないだろう。
しかし俺にはまだ手が残されている。
例えばロドルフとの決闘や古の洞窟でのトロール戦の際に使用した、あの魔法とかだ。
あれはカルス曰く、魔力をそのまま打ち出しているようなものらしい。
そんな芸当は普通なら不可能なんだが、俺の場合は電撃魔法を使える影響なのか可能だ。
一応、似たようなことは光魔法でもできるらしいのだが、それは魔力を光線として打ち出しているので根本的には違うそうだ。
話を戻すが、俺はその魔法を魔砲と名付けた。
なんて中二病くさい名前なんだと勘違いされそうだが、やっぱり技名はかっこよくあるべきだと俺は思うんだ。
さて、この魔砲を使用すればどうか。
電撃は貫通力がないため木の陰に隠れることで防がれてしまった。
しかし魔砲ならば隠れた木を貫通して白狼を倒せるだろう。
ところが問題は倒した後だ。
魔砲は攻撃力、貫通力ともに抜群だが弱点も存在する。
それは、使用するたびに負傷することだ。
王都にて何度かカルスを交えて練習したが、この弱点だけはどうしても克服できなかった。
きっとあまりの出力に俺の肉体が耐えられないのだろう。
故に複数を相手にするときには使えない。
他にも新魔法はあるが……この場面ではあまり役立たない。
くそ、考えてはみたが、どうやら俺に打てる手はないのかもしれない。
「僕たちが持っている食料で気を逸らせばいいんじゃないか!?」
白狼は自分たちが持つ食料のにおいを辿って追跡してきた。
そう考えたアンドルは自らが持つ食料を捨てようとする。
「やめておけ! こいつらは魔物たった1匹分の肉よりも人間5人と馬5頭の方を優先するだろうぜ!」
「それじゃあこのまま襲われるのを待てってことですか!?」
5人の中じゃ一番戦闘力が低いと言っても過言じゃないため、アンドルが焦るのもよくわかる。
「……それは違う。向こうがこちらの隙をうかがっているというのなら、逆に誘ってやるだけさ」
クリスはそう言って不敵に笑う。
その直後、前方にたった一か所だけ不自然に木が生えていない場所が見えてきた。
あれはそう、昨日も一昨日もお世話になった休憩地点だ。
確か、鉱業の拠点だかなんだかで開拓された場所だっけ。
まさかこんなところにもあるなんて、クリスはそれをわかってたのか?
「いいか? 好機は一瞬だ」
どんどん目の前の休憩地点へと近づいて行く。
隠れる木がなくなるにも関わらず、白狼は追跡をやめることはない。
馬もその足を止めることはなく、やがて休憩地点へと到達した。
その瞬間、クリスは体を傾けて馬から滑り落ちた。
それを好機だと捉えた白狼が一斉に俺達に向かって突進してくる。
これが罠だと気づきもせずに。
「今だ!!」
落馬したかのように見えたクリスは、体を回転させて着地すると同時に地を蹴った。
そして左腰の鞘から一本の剣を抜くと、正面から向かって来る2匹の白狼の頭を切り落とした。
「エト!! 左から来る!!」
「わかってる!!」
俺に向かって来るのは2匹だ。
それも変則的な動きではなく、ただ馬鹿正直に真正面から。
さっきとは違い遮蔽物がない今、絶対に外さない。
「電撃!!」
向かって来る2匹に左右の手をそれぞれ向ける。
未だ左右の手から同時に電撃を放出することはできないが、左右ずつだったら可能だ。
まずは右手、そして左手。
俺の手から放たれる閃光はいとも簡単に白狼の命を奪った。
「よし!! こっちは大丈夫だ!!」
こちらに向かって来る白狼はもういない。
その確認が取れたため、今度は他の皆の助けをするべく周囲を確認する。
まず目に入ったのは、2匹の白狼に襲われるカルスだった。
馬に乗っているため、カルスは土魔法が使えない。
そんな丸腰ともいえる状況では、いくらカルスといえどもピンチだ。
助太刀するために、俺はすかさず両手を構える。
「おいおい、地面に触れられなきゃ俺がただの木偶の坊だと勘違いしてねぇか?」
そんな俺の考えを見越していたかのように、カルスは余裕の笑みを浮かべる。
よく見ると彼の右手には小石が握られていた。
そんなもので何ができるのかと疑問に思ったが、なんと小石を白狼に投げつけた。
次の瞬間、小石はまるで弾丸のように容易く白狼の体を貫通した。
「おお、すげぇ……」
道端の小石が弾丸になるなんて……。
カルスが凄いのか、土魔法が凄いのか、そのどちらかはわからないがただ一つ言えることがある。
相変わらずなんて物騒な世界なんだ。
「アンドルがまずい!!」
アンドルには3匹の白狼が飛びかかっていた。
その内の1匹は剣で突き刺していたが、残りの2匹には打つ手がなかった。
俺はすぐさま左右の手を構えるが、感覚でわかる。
間に合わない。
「頭を下げろ」
その声が聞こえ、アンドルはすぐさま頭を下げる。
アンドルと白狼の間にある僅かな隙間を何かが通り抜けたと認識した時には、
すでに全部終わっていた。
クリスが剣を鞘に収め、口笛を吹いて馬を呼ぶ。
彼の足元には首を切断された2匹の白狼が横たわっていた。
ついさっきアンドルを襲おうとしていた2匹だった。
「ねぇ、今のクリスの動き、見えた?」
「目で追うのがやっとだった」
レイナは一旦馬を止めると、顔をこちらに向けてきた。
今回の戦闘には参加しなかった彼女だが、その頬には汗が流れた跡があった。
「ごめん。怖かったか?」
「そりゃあね。まあ信頼してたから、大丈夫だって」
俺に背中を預けるのは不安だっただろう。
それなのに文句の一つも言わず、手綱を握り続けてくれたことには感謝したい。
「……もう追ってくるやつはいないっぽいな」
カルスは右手を軽く払ってから、再び手綱を握りしめる。
そしてクリスが乗馬して再び走り出すと、それに続いて走る。
その後はアンドル、そして俺達の順で続いた。
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馬を走らせ続け、遂に日が暮れた。
どうやら、ようやく下山し終えたようで、この先は平坦な道が続いている。
一時はどうなるかと思ったけれど、計画に支障はないみたいだ。
「今日はここで休もう」
クリスが馬を止めたのは、川の近くの野原だった。
ここまで来ると、さすがにもう休憩地点はないみたいだ。
「はあ……疲れた」
レイナはすでにぐったりしていた。
身体的というより、精神的にだろうが。
「さてと、俺も休みますか」
俺もかなり疲れた。
馬に乗りっぱなしで尻が痛いし、久しぶりの戦闘で緊張もした。
まあ今晩は川のせせらぎでも聞きながら寝よう。
「今日の見張りはエトとクリスだ。さすがの俺も3日間連続はきついからな」
心の平穏を破ったのは、カルスの残酷な言葉だった。
ああ、完全に忘れてた。
見張りの当番、俺だった。
川のせせらぎが遠くなるような気がした。




