第五十九話 出発
ラー王国最北端の町、ノーラルア。
ここは先程までいた王都とは打って変わって、人気のない場所だった。
町というよりは村って感じだ。
「この町も数十年前までは人々で賑わっていたんだ」
クリス曰く、この町は山脈が近いこともあり、もともと鉱業が盛んで裕福だったらしい。
しかし数十年前、山脈の資源を独り占めしようと企んだロザン神聖国が侵攻してきたことで戦争に発展、
なんとか追い返したものの、戦場となったこの町は壊滅状態になってしまったそうだ。
それ以来、鉱業は衰退して今のような閑散とした町になったとのこと。
「じゃあ、あそこに見える石壁もその時の名残ってことか」
転送屋を出て最初に目に入った、この町とさらに北にある山脈を隔てるように建てられた石壁。
村の雰囲気にそぐわない異質さから気になっていたのだが、理由がハッキリしたな。
探せばもっと興味深い発見があるかもしれないが、残念なことにゆっくりと観光している場合ではないのだ。
その後、特に迷うこともなく馬と合流して石壁を通り、北にある山脈に向けて出発した。
---------
ノーラルアを出発してから一時間くらいが経過し、俺達は山脈の麓までやってきた。
ここから本格的に狭い上り坂に入るため、話し合って順番を決めておいた。
先頭は道案内も兼ねて剣士のクリス。
その後ろは俺とレイナの2人、アンドルと続き、殿はカルスが務めることになった。
「……少し急ぐから遅れないように付いて来てくれ」
当然だが山道ということもあり、足場には折れた木の枝が散らばっている。
さらに水分を多く含んでいるのか、少し湿っているため安定しない。
そんな中をクリスは少しだが確かにスピードをあげた。
「おいおい、こんな狭い道でスピードあげたら落馬するんじゃ……」
「今は集中するから静かにして」
俺はただ疑問を口にしただけなのだが、レイナに黙るように手をつねられた。
一人じゃ馬にも乗れない俺には人権がないらしい。
今の俺に出来るのはただ黙って置物と化すか、万が一でも落馬しそうになればレイナの下敷きになってやるくらいだ。
それからさらに5時間ほど経過した。
辺りは薄暗くなってきて、フクロウみたいな鳴き声が響いてきた。
気温もすっかり下がり、霧がかかって視界は最悪だ。
これ以上進むのは危険。俺の本能がそう告げる。
俺達の事情を汲み取ってクリスは急いでくれているのかもしれないが、これでは元も子もない。
置物精神を心がけていた俺だが、今回ばかりは意見させてもらうか。
「そろそろ――――――――」
「ねえ!! これ以上は危険だよ!!」
勇気を出した置物を差し置いて、レイナが大きな声を上げる。
どうやら考えていたことは同じだったらしい。
役割を取られたが、まあ許してあげよう。
「分かっている! もう少しだ!!」
俺達が考えていたことは、当然クリスにもおわかりだったようだ。
しかしそれでも馬を止めることはなかった。
「よし、着いた。ほら、ここだ」
ようやく馬を止めたのは、ほどなくしてからだった。
そこは山の中にしてはやけに開けており、如何にも休憩場所に適している場所であった。
「今日の内にここまで来ておきたかった。急いですまないな」
「……ここは人工的に作られた空間ですね。一体誰がどうして……」
「もともとここは鉱業の拠点として開拓された場所なんだ」
クリスとアンドルの会話をよそに、俺とカルスはさっそく焚き火の準備に取り掛かる。
しかし拾ってくる薪が湿っているせいか、火のつきがあまりよくなかった。
まあ幸いなことに、ここは山なので薪には困らない。
数撃てば当たる作戦で忍耐強くいこうか。
「こんな寒いなら防寒具のひとつでも買えばよかったな」
日中はポカポカだったんだが、夜風にさらされて手がすっかり悴んでしまった。
手袋くらいは買っておいた方がよかったかもしれないな。
「タオルならあるけど、いる?」
「いや、いいよ。自分で使いな」
これは見立てが甘かった俺のミスだから大人しく焚き火で暖まるとします。
「今晩は事前に用意しておいた食料で何とかなるが、明日からはどうする?」
「もちろん、移動途中で調達するつもりさ」
「そうは言っても、今日一度も魔物と遭遇しなかったけど」
レイナの言う通り、今日は一度も魔物と遭遇することはなかった。
そのおかげで戦闘によるリスクやタイムロスこそなかったが、
明日からはそれが逆に命取りになる可能性があるということだ。
「もちろん、その辺のことも計算に入れているから安心してくれ」
「それならいいけど」
レイナはさらに具体的に聞こうとはしなかった。
クリスがそのことを考慮しているという事実さえ確認できればよかったのだろう。
「ロザン神聖国にはどのくらいで着くんですか?」
「今日の内に登るだけ登ったから、明日は一日穏やかな平面だろう。
そして明後日には下山し、明々後日には到着する予定だ」
今日を含めて4日間か。
山脈を越えるんだし、それくらいはかかるか。
それにしても、この男、頼りになるな。
無茶ぶりでの参加だったにも関わらずここまで計画を立てているなんて。
ララ様が劇押しするわけだな。
「明日は早く出発する。今日はもう休んだ方がいい」
今日もかなり忙しい一日だったが、こんなのはまだまだ序の口らしい。
明日もレイナには頑張ってもらわないとな。
「エトはいいよね。後ろに乗ってるだけでいいんだもん」
「はい、すみません」
移動に関しては俺は完全にお荷物だ。
せめて明日の食料調達には貢献しよう。
「おし、今日の見張りは俺とアンドルでまわす。お前らは寝てろ」
こうして1日目は終わった。
まあまあ順調だったな。
明日もうまくいくように祈っておこう。




