第五十八話 物品調達
時刻は昼頃。
ちょうど真上にある太陽が辺りを照らしつける。
そんな中、俺達はサンダルト城を背にして王都の町を歩いていた。
アンドルは妹を実家へと預けるために1人屋敷へと向かった。
つまり物品の調達は俺とレイナ、そしてカルスの3人ですることになった。
「物品の調達って言っても、具体的に何が必要なのかいまいちピンとこないんだよな」
馬はララ様が用意してくれるため、それ以外のものにお金をまわせるのだが……。
果たして何が必要なのだろう? 食事? それともテントとか?
しかし食事は旅の途中で魔物でも狩って食べればいいし、寝るのだって焚火さえあれば最低限なんとかなる。やはり必須かと言われると首を傾げざるを得ない。
飲料水に関してはレイナがいるから全く問題ないし。
「そりゃあ戦いに行くんだから、装備品しかねぇだろ」
あ、やっぱりそうですよね。
カルスはそんな細かいところ気にしませんよね。
「じゃあさ、私ちょっと行きたい店があるんだけど。どうかな?」
「おう、予算が許す限りなんでも買ってやるよ」
レイナについて行くこと数十分、着いたのは少し古びたお店だった。
窓は黒塗りにされており、外から中を覗くことは叶わない。
なんていうか……ジメジメしてるな。
ラー王国という名には相応しくないんじゃないだろうか。
「……いらっしゃいませ」
お店の雰囲気に負けず、店員も不気味な老婆だった。
あれは……そう、魔女だ。もちろん、悪い方の。
「なあ、レイナ。お前が買いたいものって……」
「うん、杖だよ。昔から使ってみたいと思ってたんだ」
レイナはまわりの杖に目もくれず、お店の奥へと姿を消した。
俺は少々興味があるのでゆっくりと壁に取り付けられた杖を順番に見てまわった。
以前、クリスに連れられて王都を観光した時にウォーラードというお店に行ったことがある。
そこは装備品全般が売られていて、杖も当然売られていたのだが数はあまり多くなかった。
おそらく、レイナは何回か王都の杖屋を1人でまわっていたのだろう。
そしてこのお店に目を付けたに違いない。
それにしても、こうして見ると杖にはたくさん種類があるもんなんだな。
見た目が違うのは当然として、値段も杖によって全く違う。
やはり使われている材料が関係しているのだろう。
ほら、これなんかその辺の木から作られているような安っぽさだ。
値段も銀貨3枚。きっと初めての杖デビュー用なのだろう。
「なあ、カルス。予算ってどれくらいなんだっけ」
「いままでの稼ぎを含めて金貨250枚ってとこか」
金貨250枚。
そこには今までの依頼の報酬や高魔石を売却して得た利益も含まれている。
これだけあれば人数分の馬も揃えられる気がするが、もしかしたら物価が違うのかもしれない。
まあ、金貨250枚もあればかなりいい杖を買えるんじゃないだろうか。
このお店にある杖、どれもお手頃価格だし。
「これにする」
レイナは一番奥に置いてあった杖に目を付けた。
それは、このお店にあるどの杖よりも異質なオーラを放っていた。
全長はレイナの身長とほぼ同じ。
漆黒の捻じれたグリップ、その先端には蒼い水晶玉が取り付けられており、かなりの高級感があった。
値段を見てみると、なんと金貨150枚ジャスト。
「ほっほっほ。その杖に目をつけるとは、嬢ちゃん見る目あるねぇ。
そいつはセイレーンつってね、この店が誇る最高傑作さ。まあ、随分と前に流れてきたもんだけどね。
そのグリップはこの大陸には存在しないと言われる幻の大樹から作られていて、
先端のその水晶玉は魔力を増幅させる希少な高魔石を使用しているんだ。
滅多に見られたもんじゃないよ」
怪しげな魔女に、胡散臭い説明。
これ、本当に金貨150枚もする代物なのだろうか。
傍から見たらただの詐欺にしか見えないのだが。
「試させてもらえない?」
「ほう……まあ、いいよ。好きにしな」
返事を聞き、レイナはセイレーンをその手に取る。
見たところ握っただけじゃ光ったりはしないみたいだ。
「試すって言ってもどうやってやるんだ? まさか試し打ちでもするのか?」
「まあ、見てて」
心配する俺をよそに、レイナは杖の先端を掲げる。
一瞬、天井でもぶっ壊すのかと思ったのだが、杖の先端から出てきたのはビー玉サイズの水滴だった。
それも1滴だけじゃなく、10滴以上だ。
それを空中でジャグリングのようにクルクルまわす。
「なあ、カルス。俺が想像してた試すと違うんだが」
「そりゃあ、店内でブッパ出来るわけねぇだろ。
それに魔法使いにとって杖って言うのは単に魔力出力を上げるだけじゃない。
魔力の扱い……つまり魔法のコントロールもやりやすくなるのさ」
魔法のコントロール、確かにそれは重要な要素かもしれない。
実際、俺は自分の電撃魔法のコントロールに苦戦しているし。
「じゃあさ。俺も杖を使えばもっとうまく電撃魔法を扱えたりするかな」
「可能性は否定しないが、お前は剣を使うんだろ?」
「確かに……。でもさ、それなら何でカルスは杖を使わないんだ?」
カルスは剣士ではない。
つまり、杖を使うことはメリットでしかないはずだ。
それなのに彼は今まで一度も杖を使ったことがない。
「……俺が? だって重いじゃねぇか。それに土魔法と杖は相性最悪なんだよ」
「相性? そんなのあるのか?」
「土魔法の中でも、例えば周囲の地面を操るときなんかは直接魔力を地面に流し込まなくちゃならねぇ。
だから手を塞ぐ杖はかえって邪魔になるんだ。お前らも一回死の森で見たろ?」
そう言われ俺は過去の記憶を思い返す。
死の森での出来事はあんまり思い出したくないんだけどな。
そう、あれは確か猿どもに囲まれてた時だった気がする。
もうダメだ~みたいな時にカルスが土魔法で地面を崩すことで形勢逆転したんだった。
確か……あの時のカルスは地面に手をつけていたような……つけていなかったような。
というか、そんな細かいところまで覚えてるわけないだろ。
「そういうもんなのか。魔法の世界……奥が深いなぁ」
ゲームのように杖を装備すれば全体スペックアップ!! みたいにはいかないみたいだ。
「それで、どうだ? 気に入ったか?」
「うん。かなりいい。さすが高級品だね」
一通り試して満足したらしく、レイナは杖をおろす。
すると空中に浮いていた水滴がポツポツと地面に落下した。
「それで、購入してくれるのかい?」
ここで一度レイナがカルスの方を向く。
買ってもいいかという確認だろう。当然カルスは頷く。
交渉成立だ。
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陰湿なお店を後にして、俺達は再び王都を歩く。
「はー! やっぱり日向っていいな」
やっぱり日向は心が洗われる気がして好きだ。
賛同を得ようとレイナの方を見ると、当の本人は先ほど買った杖に目を奪われていた。
「すごい……。本当にこれ私のものなんだ」
まあ気持ちがわからんわけではない。
俺も最新のお高いゲーム機を購入した時はそんな感じだったし。
何だか昔の俺を見ているようでむず痒いな。
「さて、次はエトの剣でも見に行くか?」
「俺は最悪、カルスの作る剣でもいいけど」
「いや、あれは時間経過で硬度が落ちていくから止めといたほうがいい。
それに、自分の剣は持っておいた方がいいぞ」
「それなら、俺も一本買おうかな」
そうと決まれば善は急げ。
向かう先は以前にクリス案内のもと訪れた、ウォーラード。
確かここは杖だけでなく剣も置いているはずだ。
「らっしゃい!! おや? エトさんにレイナさんではないですか」
「お久しぶりです。モーザスさん」
「本日は何用で?」
「剣を見に来たんです」
ウォーラードの店主モーザス、高魔石を換金する時以来の再開だ。
「ほほう、剣ですか……。店の右手にありますので、どうぞごゆっくりご覧ください」
モーザスに促され、俺はお店の右手に目を向ける。
そこには以前と同じように様々な種類の剣が並んでいた。
農民が使っていそうな少しぼろい剣から、騎士が愛用している一般的な剣。
なんとクネクネ曲がった剣まである。
まるで人間のように個性豊かだ。
「癖が強いのは避けたいよな……」
俺が欲しいのはやっぱり真っ直ぐな剣だ。
少年心をくすぐるのは日本刀のような反りがあるものなんだが残念ながら見当たらない。
「これとかどうかな」
一通り目を通した俺が選んだのは、このシンプルな剣。
これといって個性がない、しかし言い換えれば癖のない一本だ。
モーザス曰く、この剣を使用している騎士も多いみたいだ。
「どれどれ、値段は金貨15枚か。もっと高くてもいいんだぞ?」
「いや、これ以上高いやつはあんまり俺には合わない気がする」
俺は剣士としては凡人だ。
そんな状態で良い武器を得たとしても、あんまり恩恵がない。
それに、俺のメインウェポンは電撃魔法だしな。
「ま、お前がそこまで言うならいいけどよ」
「この剣でお願いします。あと剣帯もひとつ」
「そういや、アンドルのも買っておいた方がいいか。
へい、店主。エトと同じものをもう一本頼む」
そこからはスムーズだった。
代金を払って剣帯を腰に巻き付け、購入した剣を左腰へと携える。
帰り際にモーザスさんと少し言葉を交わしてお店を後にした。
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装備を一通り揃えた後、安心と信頼で有名な魔法薬の専門店バン・ヘルガーにて回復薬を人数分買いそろえた。
この回復薬、負傷部位にかけるだけでなんと中級回復魔法と同等の効果が得られるのだ。
カルス曰く、中級回復魔法なら大抵の傷は治せるらしい。
メンバー内で回復魔法を使用できるのはレイナ1人だけなので、万が一を想定し各自持っておくことにしたのだ。
他にも旅において必要になりそうな小物を買っておいた。
物品調達を終え、俺達はアンドルと合流した。
そしてその足で再びサンダルト城へと向かい、クリスとも合流した。
ララ様が用意した馬はラー王国の最北端の町に待機させているらしく、そこまでは転送屋を利用することになった。
「おっし、お前ら気を引き締めろよ」
カルスの掛け声とともに、俺達は転送魔法陣に足をつけた。
これが家族救出作戦の第一歩だ。




