第五十二話 作戦会議
決闘を終え、時刻は午後へと突入した。
本来なら魔法の特訓の時間なのだが、今日は部屋でゆっくりとすることにした。
休息をとるためとも言えるが、やはり一番は明日に備えてだ。
「けど、どうすりゃ勝てるかな」
クリスの言った、決闘全体を見つめ直すとはどういう意味だろう。
う~ん、分かるようで分からない。
何か見落としてしまっている要素があるというのだろうか。
「ダメだ、全く分からん」
俺は諦めたようにベッドに後ろからダイブした。
そしてしばらくの間、目を瞑った。
「……」
次に気が付くと、隣に違和感を感じた。
心なしか優しい鼻息が聞こえてくる気がする。
間違いない、誰かが隣にいる。
しかし一体誰だ?
まあ、男どもはないだろう。
やはりアリスあたりが正解か? 彼女ならやりかねない。
「何だ、お前かよ」
結局目を開けて確認してみたが、正解はレイナだった。
こやつと同じベッドで寝るとろくなことにならないからな。
早く立ち去ってもらおう。
「おい、人の布団で勝手に寝るなよ」
「うぇ……?」
寝ぼけているのか、レイナはあどけない鳴き声をあげた。
これを狙って出していないというのだから恐ろしい。
「あ、やっと起きた」
レイナはまだまだ眠そうにしていたが、何やらやることがあるのかゆっくりとその体を起こした。
「もう、午後は魔法の特訓をしようと思ってたのに、寝てるなんて聞いてない」
「いや、だったら俺が起きるまでしてればよかっただろ」
「まあ、確かにそうだね。けど、もう夕方だからどうしようもない」
「それで、俺に何の用だよ。どうせ決闘関連なんだろ?」
やはり俺の予想通りだったようで、レイナは一度座り直した。
「明日どうするつもりなの?」
ベッドの端に腰を下ろしたまま、真剣な口調で聞いてきた。
当然、俺は回答に詰まってしまい、その場には沈黙が流れた。
1分2分と、どんどん時間が流れていく。
無情なことに、誰も助け船などは出してはくれない。
俺とレイナの2人しかいないのだから、当たり前ではあるけど。
俺が熟考しているのをよそに、彼女は両足をぶらぶらと遊ばせて返事を待っていた。
心なしか、彼女はこういう流れになることを分かっていて、いやそれを望んでいたかのような様子だった。
「……今から考えるところ」
長い時間の中で俺が捻り出した答えは、何とも間抜けなものだった。
少なくとも、この場にいるレイナに溜め息をつかせるほどには。
「やっぱり、何となくそうなんじゃないかと思ってた」
「確かに自分でも情けないと思う。けど、まだ時間はあるだろ? そう簡単に答えは出ないもんなんだよ」
「どうだかね。明日になっても答えは出てないと思うよ」
俺のことを信じていないのかと反論したくなる。
けれど彼女の言っていることは多分、当たる。
このままでは明日、無策で再び決闘に臨むことになり、今日と同じ轍を踏むことは避けられないだろう。
「やっぱり、明日断った方がいいんじゃない?」
「それはダメだって。もし断ったりしたらクリスにも落胆されるだろうし」
「それは明日負けても同じでしょ。本当にそれだけが理由なの?」
ぐ……、それはそうだ。
それなら、俺はどうして諦めたくないんだろう。
もちろん、この決闘に勝たないと剣術を教えてもらえないからというのもある。
けれど、俺は多分――――――――
「悔しいからだと思う。年下だからとかじゃなくて、見下されて敗北するってことが。それだけじゃない、ここで諦めるっていう選択肢を選びたくない」
俺は弱い。そしてすぐに泣く。それは自分でも認めている。
けれど、そんな俺でもプライドくらいはある。
今ここで諦めてしまったら、きっとこの先、些細なことで同じような選択肢を選んでしまうだろう。
そんな弱腰で意気地がなくて、芯から情けない人間には死んでもなりたくない。
「なるほどね。エトって結構な負けず嫌いなところあるよね」
「そうか?」
「うん」
負けず嫌い……か。
確かに体育祭とかの行事には人一倍熱心だったのは覚えている。
面子的に他クラスには勝てないと始まる前から諦めているクラスメイトに対して、
俺は勝てる可能性が1%でも残っているのなら、挑戦してみる価値はあると常に考えていた。
「ふぅ……、何だか吐き出したら頭がクリアになった気がする」
俺は本心を包み隠さずに答えた。
恥ずかしくて言うのを躊躇ってしまっていけど、いざ言ってしまえば何故だか楽になった。
たまには溜まったものを吐き出してみるのもいいだろう。
「俺は明日の決闘、何が何でも勝って見せる」
「けど無策じゃ勝てないよ」
「分かってるって」
「分かってないよ」
俺の言葉に、レイナはすぐさま反論した。
それも、彼女にしてはめずらしく力強い口調で。
そのせいで俺は少し驚いてしまった。
「こんな状態になっても、まだ強がってる」
「この決闘は俺個人の問題だ」
「それは、違うよ」
レイナは強めの口調を崩さずに俺へと向き直った。
そして、右手を俺の頬目掛けて振り抜いた。
部屋に乾いた音が響く。
一瞬、俺は何をされたのか理解できなかった。
「……今日の朝も、私のことを頼ってくれなかったよね」
「それは………………ごめん」
レイナは怒っているわけではなかった。
ただ寂しそうな、悲しそうな表情を浮かべていた。
「私だけじゃない。アンドルやカルスのことも」
「……ごめん」
「そんなに私たちが頼りないの? 信じられないの?」
「……違う。前に言っただろ、皆を守れるくらい強くなるって。そのためには、自分のことくらい自分で何とか出来るようにならないと」
テサーナ王国での一件の後に、俺は誓った。
皆を助け、守れる存在になるのだと。
そう意気込んだくせに、自分のことすら出来ないんじゃ話にならない。
「もちろん覚えてる。けれど、一人じゃどうにもならない時もあるよ」
「けど……」
「私は……私たちはただの庇護対象じゃない。私たちは仲間なの。時には助けるし、助けられる存在なの」
レイナはそう言って俺の両手を握ってきた。
彼女の力強い視線が俺の瞳へと注がれる。
「困った時や躓いた時は、仲間を頼って。仲間を頼るのも、立派な力なんだから」
レイナは決して視線を外そうとはしなかった。
彼女は言葉と、そして眼で語り掛け、俺を説得しようとしているのだ。
「……わかった」
ここまで熱心に説得されては、俺も折れるしかない。
それに彼女の言う通り、仲間を頼ることがダメという訳じゃないんじゃないだろうか。
いつの間にか俺は、だいぶ自己中な考え方になっていたみたいだ。
「仲間を守りたいってのに、その肝心な仲間を蔑ろにしちゃ、元も子もないもんな」
俺はレイナに応えるように、力強い視線を送り返した。
すると、彼女はさっきまでの暗い顔が嘘だったように、晴れやかな笑顔を浮かべた。
まるで、真っ暗闇の中から輝かしい太陽が顔を覗かせたような印象だった。
まさに夜明けだ。
「そう来なくっちゃね。じゃ、作戦会議しよっか」
レイナは待ってましたと言わんばかりに、大袈裟に手を叩いた。
すると、タイミングを伺っていたのか、部屋のドアが音を立てながら開いた。
そして、部屋の中へと入ってきたのは、アンドルとアリスだ。
「僕たちも仲間なんだろ?」
一体いつ頃からドアの前で待機してたのだろうか。
これもレイナの策なのだろうか。何だか掌の上で踊らされてる感じがする。
ま、それも悪い気はしないけどな。
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「え~これより、作戦会議を始めます」
会場は俺の部屋。
参加者は俺、レイナ、アンドル、そしてアリスの四名。
カルスは……どうやら不参加のようだ。
「さて、今回話し合う内容は皆も知ってる通り、明日の決闘についてだ」
俺一人では全く策は出なかったが、ここにいる皆で話し合えば、あるいは一つくらい策が浮かぶかもしれない。
「それについてなんだが、一ついいだろうか?」
話し合いの前に、参加者の一人アンドルが手を上げた。
もちろん断る理由もないので発言を許可する。
「今日の決闘、何で君は一回も魔法を使わなかったんだ?」
「そうだよ! エトが魔法を使ってれば勝ってたのに!」
冷静に疑問を投げかけてくるアンドルに対し、アリスは何やらボソボソと呟きながら手のひらを前に向けるジェスチャーをしていた。
もしかして、電撃魔法の真似でもしているつもりなのだろうか。
「それは……何て言うか、使っていいのか分からなくてさ」
「駄目な訳ないだろ。魔法も君の手札の一つなんだから」
だって仕方がないじゃん。
決闘って言われたら、なんかお互い剣でやるイメージがあるしさ。
それに、カルスがさも当然のように剣を渡してきたしさ。
勘違いするじゃん。そんなの。
まあ、建前はそこまでにしておくとして。
本音はノービスに剣で勝ちたかったからだ。
自分を見下している相手に、相手の得意としている分野で勝ちたかったんだ。
結局はその考えが敗北に繋がったんだけど。
「それで、仮に魔法を使うとしたら勝率はどれくらいなんだ?」
「そうだな……。正直、あんまり高くないと思う」
俺の十八番である『電撃』はどうも貫通力がないという弱点がある。
実際、クリスには剣一本で防がれてしまっている。
一応、電気出力を高くすれば、防御されるよりも速く命中させることは出来るかもしれない。
けれど、よーいドンの状態でその調整がうまくできる自信がないのだ。
せめてもう少し使える魔法の種類があればな……。
ま、今更遅いか。今ある手札で何とかするしかないよな。
「でもさ、古の洞窟で使ったあの魔法ならいけるんじゃないかな」
「いやあれは……」
レイナの言っているやつは、多分トロールやドルズ・ランベルクに放った魔法のことだろう。
あれを使えば間違いなく勝てると思うけど、自分も怪我するし、何より威力の調節が出来ないから命まで奪ってしまう。
殺してしまうのはさすがに不味い。
「あれは……使えない」
「それじゃあ、魔法じゃ勝利には結びつかないってこと?」
「そうなるな。第一、一対一であの距離からのスタートだ。圧倒的に剣士が有利に決まってる」
「それじゃあ、他の方法を考えるしかないか」
そして部屋に沈黙が流れる。
皆が真剣に策を考えてくれているのだ。
「一度、クリスの言葉の深意を考えてみるってのはどうかな?」
「確かに、あの人はエトが勝てると思っているみたいだし、その考えには賛成だ」
クリスの言葉は主に二つ。
決闘全体を見つめ直せ。
戦いとは過程よりも結果が全て。
この二つがどう勝利に結びつくのかは未だに謎だ。
そしてまた沈黙が訪れる。
皆がクリスの深意について考えを巡らせるが、誰も答えを見つけ出せない。
しかし、そんな空気を断ち切ったのはアリスだった。
「今から皆で庭に爆弾を仕掛けるっていうのはどうかな?」
「……」
あまりにも現実的ではない策だ。
しかし、絶対に勝ちをもぎ取るというのなら、悪い考えではない。
そうか、罠を張るって策もあるのか……。
「アリスの言う爆弾とまではいかなくとも、ある程度卑怯な手を使うのもいいんじゃないか?
きっと、クリスさんもそのつもりで言ったんだと思う」
「つまり、剣に毒を塗ったりとか?」
「考えは悪くないと思う。けれど決闘である以上、さすがに限度はあると思う」
「その限度ってどのくらいなんだ?」
俺がそう聞くと、アンドルは考え込むような仕草を取った。
「クリスさんは多分、相手が想像もしていない手を使えって言いたいんじゃないか? 相手が卑怯ともとれるような手を」
「う~ん、仮にそうだとしても、その肝心な手が思いつかないんだよな」
そして話は「決闘全体を見つめ直せ」という言葉の方へと移行する。
「全体って言ってもな……。意味が分からん」
「もっと視野を広げろってこととか? 例えば、決闘そのもののルールとか」
「ルールか……。それってさっき話した剣しか使ってなかったことと関係あったり?」
「クリスさんは、エトが剣しか使っていなかったことを分かっていたんじゃないかな?
だから、エトが決闘は剣しか使っちゃ駄目だって勘違いしてると考えた。
それで、もっといろんな手段を考えろってことを遠回しで伝えたかったとか」
俺とレイナとアンドルで話し合いはどんどん白熱する。
俺一人じゃこんな考えにすら至らなかっただろうな。
「じゃあ一先ず、その言葉の深意は剣に固視するなってことだったとして……。結局、いい策なんて思いつかないぞ」
やはり行き詰ってしまう。
もちろん詳しい策は自分で考えろってことなんだろうけどさ。
「それじゃあ、ここは一旦クリスさんから離れよう。そうだな……、相手の特徴を整理してみるなんてどうだろう」
「いいんじゃない? エトとノービスの特徴を比べてみるだけでも、意外な穴が見つかるかもしれないし」
「まあ、手あたり次第やってみるしかなからな。わかった。それじゃあ、特徴を挙げてくか」
そして挙がった特徴は以下のものだった。
一つ、剣術では俺よりも優れている。
二つ、パワーはほぼ互角。
三つ、足の速さもおそらく互角。
四つ、身長は俺の方が高い。
五つ、おそらく魔法を使えない。
一先ず、直ぐに挙がるのはこれくらいか。
「う~ん。エトが勝ってる要素は身長か、もしくは魔法の二つだけかぁ……」
「魔法に自信がないのなら、残るのは身長だけだ」
実に悲しい事実である。
年下相手に勝っている要素が身長しかないなんて。
「身長が有利に働く状況なんてあるか?」
「無くはない。例えば、お互いが素手での戦いなら基本的に身長が高い方が有利だ」
「確かにリーチの差が生まれるもんな」
つまり、お互い素手での戦いに持っていけば勝ち目はあるということか?
……いや、ノービスの体術がどれほどなのか未知数である以上、この要素に頼るのは良くない。
明日は実質一発勝負なのだから、なるべく不確定要素は避けたいところだ。
「……エト、君から見た相手の印象や性格を聞かせてくれないか?」
「別にいいけど、そんなのが役に立つか?」
「ああ、そういった面は自分が思っている以上に実戦の行動に反映されるものだ」
アンドルには彼なりの考えがあるようだ。
それにしても、印象や性格か……。
そんなの一目瞭然だろう。
「いつもはどうなのか知らないけど、まあ間違いなく俺のことを格下だと見下してるだろうな」
「そうか……。それなら、弱点はあるかもしれない」
「ホントか!? それってどんな弱点なんだ?」
「落ち着くんだ。まず第一に、戦闘において相手を見下す行為は自分は絶対に相手に負けないという自信から来るものが多い。つまり、そういった輩は自分が負けることなんて微塵も思っていない。故に、行動が画一的になりがちな特徴がある」
ほうほう、確かに相手を警戒する必要とかないもんな。
思えば、今日の決闘でもそうだった。
ノービスのやつは考える必要なしって感じで毎回同じ動きをしてきた。
ただ開始と同時に突っ込むという動きを。
それは絶対に負けないという自信から来ていたわけだ。
「……その考え、結構使えるかも」
「本当か!!」
「ああ、うまくいけば魔法なんか使わずに勝てる」
今の話を聞いて、俺の中にある策が浮かんでいた。
この策がうまくいけば、俺は危なげもなく勝利できるだろう。
「教えてくれ! その策とやらを!!」
アンドルとレイナは食い入るように前のめりになった。
遅れてアリスも参戦する。
そんな興奮気味の3人に俺は冷静に策を説明する。
「いいか、俺の考えた策は――――――――」
俺考案のとっておきの策を聞き終えた3人の反応は様々だった。
アリスはすでに勝利を確信したかのように拍手した。
レイナは面白そうだと笑っていた。
アンドルは終始不安そうに眉をひそめた。
「仮にその策でいくとしても、もし相手が今日と同じ動きをしなかったらどうするんだ?」
「そうしたら……魔法を使う。けど、多分あいつは同じ動きをしてくると思う」
「……そこまで言うなら僕は何も言わない。けれど、本当にいいのか?」
「ああ。これなら、反則でもないしな。まあ、あいつは反則だとか言うだろうけど」
今日一通り考えて導き出した一つの策。
それはこちらの長所を活かすというより、どちらかと言うと相手の短所に付け込むものだ。
うまくいくかはやってみなくちゃ分からない。
けど、一番成功率が高いのは多分この策だ。
「よし、それじゃあ作戦会議は終了だ」
こうして無事に明日に向けて策を練ることができた。
これも、仲間を頼ったおかげなのかもな。
きっと俺一人じゃ思いつかなかっただろうし。
やっぱり、レイナの言う通りだったな。
これからも困った時は皆を頼ることにしよう。
そして逆にみんなが困った時は、俺が率先して助けてあげるんだ。
俺は心にそう決めたのだった。




